烏兎匆匆とはよく言ったもので、いよいよ熱き戦いの日となった。
この1ヶ月の間、どうやらランスは俺の渡したノートを上手く活用したらしく、一通り俺がチェックしたところクラスメイト達の技術面は大幅に向上していた。他にも次期生徒会長のみやびん先輩との初接触なんかもあったが、中々有意義な時間だったんじゃないかな。
まあとにもかくにも体育祭だ。
お約束通りの全体行進から始まり、藤巻先輩の宣言とともに体育祭が幕を開けた。競技開始まで少しの間自由時間が設けられたので、俺はわざわざ見物に来てくれた敷地内で働く人達に、一人一人挨拶して回ることにした。いつだって礼儀と礼節は大事だからね。
一通り済んだところで赤組のテントへと舞い戻る。ちなみにこの日は競技中を除き、白組側とは一再接触できないようになっている。曖昧な結論を避けるためか最初の100メートル走のゴール地点にカメラが設置されていたり、採点の難しい応援合戦などは全て省かれていたり、やはりこの体育祭も歴とした試験であることが伺えるね。
第1種目・全員参加の100m走が始まるため、俺達1年男子はグラウンドに集合するが……案の定ミスターがどこにもいない。やはりサボりか。
競技は全て1年生から順番に行われる。最初は1年の男子から始まり3年の女子で終了するが、途中休憩を挟んでからは1年女子から始まり3年男子で終わるパターンに切り替わる。
各クラスは事前に提出したプリントを基に組み合わせが決まり、他クラスが誰をどの順番で走らせようとしているのかは、本番に初めて判明する。他クラスの組み合わせを事前に手に入れられれば勝率を大きく上げられるが、そのクラスの生徒が自分のクラスへの被害を度外視してでも裏切らない限り不可能なので、他クラスの組み合わせは基本的に推測と推理で予想するしかない。
今回組み合わせを決めたランスは、1組目には勢いをつけるため運動自慢が集まると予想したのか、参加者は森重と石田といったクラスでも運動が不得意な面子をあてがった……が、リュンケルや卍解ちゃんも似たようなことを考えたのか、1組目で速そうなのはまさかの須藤君ただ1人だった。とんだ出来レースだなこりゃ、須藤君をオッズに表すと1.0だ。
「ありゃまあ、どうやらDクラスにとっては微妙なスタートかもね」
圧倒的大差をつけてゴールを決めた須藤君を見物しながらそう結論付ける。彼ほどのスピードなら大概の相手には勝てるのに、あんな勝てて当たり前の面子だと駒損もいいところだ。だけどまあ、これほどの圧倒的勝利ならクラスも勢いに乗るだろうから、ここまでなら悪い出だしというわけではなかった。
「……それじゃ悪いけど、彼等の勢いを止めてくるとしますかね」
2組目の俺は指定されたコースに入る。
ランスの目論見は実にシンプル。1組目を捨てることで生じた他クラスの勢いを、最強カードで確実に殺すこと。
Dクラスは本堂君と鬼塚君、二人ともそこそこの運動能力を持った生徒だ。おそらく須藤君が作った勢いにあやかろうとしたんだろうが……2組目に割り振られたメンバーを見るに上手くはいかないだろうね。
Bクラスは浜口君と柴田君。浜口君は論外だが柴田君はBクラスきっての快速、須藤君でも確実に勝てるとは言えない実力者だ。
Cクラスは小宮君と近藤君。どちらもバスケ部員なので運動能力はかなり高いと見ていい。
ちなみにAクラスのもう1人は戸塚。まるで期待はしていないが、せめて浜口君には勝ってほしいな。
……総括すると、1組目とは比べ物にならないほど死のグループだね。
「おっ、本条も2組目か!ベンキョーじゃ勝てる気しないけど競走なら負けないぜー?」
「ほほーう?足の速さに随分自信があるみたいだね柴田君」
「ふふん、何を隠そう……Bクラスの快速柴田マンとは、俺のことだぜ!」
「何その通り名ダッセェ。もうちょっと君ネーミングセンスを養った方が良いんじゃない?」
「一之瀬のこと卍解ちゃんなんて呼び方してるお前にだけは言われたくねーよ!?」
むかちーん。俺のエレガントでアウトスタンディングなネーミングにケチを付けるとは不届き者めー、君にはこの上無い屈辱的な敗北を与えてやるー。
2コースに入った俺はピストルの合図とともに最優のスタートダッシュを決め首位に立つ。柴田君も好スタートを切り猛スピードで俺を抜かそうとするが、たった30㎝ほどの差が一向に縮まらない。
「うぉぉおおおおお!」
ゴール10m手前にて柴田君は、雄叫びとともに猛チャージする。が……それでも差はまるで縮まらず、彼はそのまま2着でゴールした。3位以下とは大差をつけてのゴールだったので、この組以外ならば余裕で1位を狙えただけに無念の結果だろう。
……いやまあタネは至極単純で、最初のスタートダッシュで先行して、それ以降は柴田君と同じスピードになるよう調節して走っただけなんだけどね。これぞ本条桐葉492の特技の1つ、メリーゴーランド走法だぜ。
「くっそー!本条お前、めちゃくちゃ速いな!」
「でも惜しかったじゃないか。スタートダッシュで競り勝ってなきゃ結果は変わったかもね」
「次また一緒になったら今度は勝つからな!」
卍解ちゃん率いるBクラスの生徒らしく、悔しそうにしながらも爽やかに笑いつつテントに戻っていった。なんだったら俺の意地悪に気づいてすらいない。……まあ元気でよろしい。
俺も後続の邪魔にならないようさっさとテントに戻り、残りのレースを有栖と共に観戦する。
ファルコンと橋本はそれぞれ1位、2位と期待通り高順位をマークし、ランスも3位と予想外の活躍を見せた。
「噂に聞く高円寺君はどうやらレースを辞退したようですね」
「さっき体調不良者用のコテージで髪型を整えるのが見えたぜ。あの分だと全競技不参加だろうね」
「競技に参加しさえすれば最下位でも点数が入りますが、不参加では強制的に0点。……私も含めると、赤組は2人分のハンデを抱えることになりますね」
「まあ致命的という訳では無いし、有栖が気に病むことは……あーあ」
「どうしました?」
「須藤君が怖い顔しながらコテージに向かってら。この後どうなるか予想つくし、ちょっと仲裁してくるわ」
「フフ、お気をつけてくださいね」
コテージへと向かう途中、慌ててテントから出てきた平田君とコージーと鉢合う。
「本条君?君も手伝ってくれるのかい?」
「2人とも知らない仲じゃないからね」
「ありがとう、助かるよ!…」
3人でコテージの扉を開けると、須藤君が拳を握り込んでミスターに詰め寄っていた。対するミスターは須藤君のことなど眼中にないかのように、窓ガラスに映った自分にうっとりしている。うーん実にマイペース。
「殴られなきゃわかんねぇのか?」
「ダメだよ須藤君!もし先生に知られたら-」
「っせぇな、クラス内での問題だろ。こいつが先生に泣きつきでもしない限り、殴っても別に問題にはならねぇよ」
発想がリュンケルみたいだね。指摘したらキレるだろうから言わないけど。
「相変わらずむさ苦しいねぇレッドヘアー君。見ての通り今日は体調不良でね、迷惑をかけないために辞退しただけさ」
「嘘つくんじゃねえよ!練習だけならまだしも本番までサボりやがって!」
うん、明らかに嘘だね。ミスターには何の変化も無いけど、ここまであからさまだと無理も無いか……おっと。
「はいストーップ」
「……っ!?」
須藤君が堪えきれずミスターを殴ろうとしていたので、振り上げた瞬間に腕の手首を掴んで止めておく。
「前にも言ったけどさ須藤君、すぐ熱くなっちゃダメでしょうが」
「放せよ本条!これは俺達Dクラスの問題だ!部外者が首突っ込むんじゃねぇよ!」
須藤君は無理矢理振りほどこうと暴れるが、握力100オーバーの俺をそう簡単に振りきれると思ったら大間違いだ。
「部外者も何も、友達が殴られそうになってたら止めるのが人情だろうに」
「友達!?こ、こいつと……!?」
「お気遣いは結構だよクイーンボーイ。心配しなくてもレッドヘアー君など私の敵ではない」
「ん、そうか」
本人が大丈夫と判断したなら、庇いたてる必要もないので手を放す。何やら戦慄していた須藤君だったが、ミスターの舐めた発言を聞き再び炎をたぎらせる。血の気多いなー、ちょっと献血にでもいってこいや。
「だったらかかってこいよ。自慢の鼻へし折ってやるからよ」
「まったく、君といいクールガールといい……私に頼らないといられないみたいだねぇ」
「クールガールってホリリンのこと?」
「今日まで随分と念を押されてね、体育祭には真面目に参加しろと。……それで私が従う筈無いのにね」
「だろうね」
たしかに無人島でのリタイアを知っているなら、何か手を打ってしかるべきだが……あの子ミスターを口で言い聞かせられると本気で思ってたのかね?
「とにかく去りたまえ。重ねて言うが私は気分が優れないんだ」
「テメェ……!」
再び詰め寄ろうとした須藤君だったが、平田君が割って入り仲裁を試みる。
「高円寺君の態度にも問題あるけど、体調不良なら休む権利がある筈だよ。何より暴力はよくないよ」
「んなもん嘘に決まってんだろ。無人島のときと一緒じゃねーか」
「それでは根拠に乏しいねぇ。私は不調が態度に表れにくいんだよ」
…………コージーに続き、ミスターもか。
「残りの競技も全部サボる気かよ、あぁ?」
「勿論この先体調が回復すれば参加しようじゃないか。もっとも……」
と、それまで自分の世界に入っていたミスターがこちらに向き直り、両の目でしっかり俺を捕らえる。
「クイーンボーイ。もし君と競い合う機会があるのなら、多少の体調不良は構わずに参加するだろうがね」
「ふむ、可能性があるとすればハードル走か二人三脚か200mの3つ……二人三脚に関してはどうせ君とは誰も組んでくれないだろうし、実質2つだね」
Dクラスも使い物になるかわからない生徒を、推薦競技に登録しているわけないだろうし……はっきり言って望みは薄いなぁ。興味はあるが残念ながら俺の幸運はそんな使い勝手のいいものじゃないし、ましてや組み合わせは葛城が決めたとなれば尚更だ。
「須藤君、もうすぐ次の競技が始まるよ。リーダーの君が不在だと皆の士気にもかかわる」
「……わーったよ、戻れば良いんだろ」
須藤君はイライラしながらも平田君の説得を聞き入れ踵を返すが、コテージを出る前に何か睨まれた。
「今回は絶対テメェにも負けねぇからな……!」
そう捨て台詞を残して平田君とともにコテージを出ていった。最後まで血気盛んだね。
「悪いな本条。須藤は今回の体育祭でもし最優秀生徒になれば、堀北から名前で呼んでいいと言われててな、最有力候補のお前には少し当たりが強くなってるんだ」
「なるほどねー。別にホリリンの許可なんて取らなくても、好きなように呼べばいいのにね。なあミスター」
「同感だねえ。クイーンボーイがいる以上レッドヘアー君の野望は露と消えるだろうし、彼の恋路は前途多難だろうね」
「須藤もお前達くらい図太かったら苦労はしなかっただろうな……」
なんか失礼なまとめ方されたけどさ、俺から言わせれば君も大概だからねコージー。
テントに戻ると、女子の100m走は最終組がコースに入るところだった。とりあえず有栖から結果をざっくり聞いておくか。
「ただいまー。うちのクラスどうだった?」
「おかえりなさい。概ね下馬評通りの結果でしたよ」
「なるほどなるほど。……それじゃこのレースで締め括りだな。マスミンファイトー、美術部の底力見せてやれー」
最終組でAクラスの参加は有栖とマスミン。有栖は当然参加できないんだけどね。
それで他のクラスはというと、警戒すべきは多分ホリリンと伊吹ちゃんだけかな。……まああの二人にしても油断は禁物ってだけで、マスミンが負けるとは思わないけどね。最強の美術部員の力、とくと見せてやれ。
スタートの合図と共に女の子達7人は一斉に駆け出す。最も好スタートを切ったのは当然マスミンで、伊吹ちゃんとホリリンがそれに続く。
「もう9割方勝負は決まったなー」
「ええ。スタートダッシュで先行をとれなければ、真澄さんに勝てる女子生徒はほぼ皆無でしょうし」
俺達の予想通り、マスミンの後を追う2人はどんどん距離を開けられていくことに。
何故かは知らないがマスミンは元々文化部とは思えないほど高い身体能力を有していたけど、それに比べて技術面はやや拙く付け入る隙はいくらでもあった。だから俺はこの1ヶ月、ランスを通してひたすらスタートダッシュの練習と走るフォームの調整を徹底させた。今の彼女に勝てる女子は、せいぜい満足先輩くらいだろう。
圧倒的な差に勝ち目は薄いと判断したのか、ホリリンも伊吹ちゃんも間近で競っている相手に勝つことに焦点を切り換えた。
中盤辺りまでホリリンは先行する伊吹ちゃんの後ろをぴったりと張り付いていたが、終盤のスパートでとうとう伊吹ちゃんを僅かに追い抜く。しかしそこから伊吹ちゃんも加速し距離を詰め、最終的にほぼ同時でゴールした。
大接戦のためビデオ判定に持ち込まれた結果、ホリリンが2位、伊吹ちゃんが3位となった。
悔しそうに地団駄を踏んでる伊吹ちゃんは何とも微笑ましいが、まずはせっかく1位だったのにニコリともしないで戻ってきたビショップを労ってあげますかね。
「マスミン1着おめでとー!」
「終わってみれば圧勝でしたね。それでこそ私の大親友です」
「いつから私はアンタの大親友になったのよ……まあアンタが抜ける分は、私らで補うしかないからね」
「おいそういうこと言うなよ、有栖はアキノエノコログサより弱っちいんだから仕方ないだろ」
「もう私は植物より弱い扱いですか、怒りますよ」
「ごめんちゃい」
「はいはい、今日も仲がよろしいことで」
何やらレース直後よりも疲れた表情で、マスミンは俺達から距離を置いた。
1年生の100m走が終わったところで、続いて2年生の番となる。2年の主な知り合い……みやびん先輩、満足先輩、この前主将に抜擢された瀬川先輩が見事1位を獲得していたくらいしかコメントするところが無い。
続いて3年生へと移るわけだが……
「ファイトです茜先輩ー!でも顔面からすっ転ぶとかでもそれはそれで美味しいですよー!」
「応援してるのか茶化してるのかどっちなんですかっ!?」
「これだけ離れてるのに的確にツッコミを入れてきましたね」
「天性のツッコミストだからなあの人」
その直後に周りに奇異の目で見られてることに気づいて、涙目で真っ赤になって俯いちゃうところとか芸術的に可愛いよね。口に出したら有栖が拗ねるから言わねーけど。
結果は可もなく不可もなくの4位。会長さんや元主将も予想通り1位だったし、100m走は全体的に下馬評通りの結果だったな。
全学年が終了したところで集計の後、次のハードル走が始まる前に点数が発表される。
赤組2043点、白組1849点。
有栖とミスター2人のハンデを抱えながらも今のところ赤組優勢だったが、まだ体育祭は始まったばかりだ。このままリュンケルが真面目に粛々とやり続けるとは思えないしね。
メリーゴーランド走法……可能な限り体力を温存しつつ後ろを走る者へ、どれだけ頑張っても追い付けないという精神的ダメージが期待できる優れた走法。スタートダッシュで先陣を切る、相手の速度を把握し合わせる、急なチャージにも素早く対応するといった、いくつもの高等テクニックが必要になる究極の舐めプ。