女王の女王   作:アスランLS

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Q.その眼を持っていて何か不都合なことはありますか?

桐葉「俺の近くで女の子がパンチラしたとき、偶々見ていなかったという嘘が有栖に通用しないこと」


女王VS麒麟児

 

「マジでボコボコにしてやるあの野郎!」

 

用済みになった左手の爪を切っていると、そんな怒号が聞こえてきた。テントに戻っても須藤君の怒りは収まるどころかさらに勢いを増し、拳をボキボキと鳴らしながらCクラスへ向かうのを、平田君がどうにか宥めている。

 

「ありゃりゃ、完全にリュンケルの手玉だね」

「愚かなことです。たとえ向こうが反則を行っていようと、明確な証拠を全て隠滅されては無意味だというのに」

 

ましてやあの粗暴な態度では、学校側も到底真面目に取り合ってはくれないだろう。それだけならまだしも、もしこんな大衆の面前で暴力沙汰なんて起きれば、須藤君1人の失格じゃ済まないかもね。

 

「邪魔すんなよ平田。体育祭の間リーダーは俺だろ」

「君がリーダーであることを僕は否定しないよ。……でも、クラスの皆を見てごらん?」

 

須藤君は周りを見渡すと、Dクラスのほとんどは怒り狂う彼に怯え、逆鱗に触れないよう距離を置いている。ちなみにホリリンなんかは呆れたような視線を向けている。

まったく、世話が焼けるなぁ……。

 

「有栖、ちょっと行ってくるわ」

「わざわざ貴方が手を貸す必要は無いのでは?このままDクラスが脱落しても、私達の勝負はほぼ確定していますよ」

「普段ならほっとくけど今回Dクラスは仲間だからねー、少しくらい手助けしてもバチはあたらないでしょ」

 

どうやら彼……ついでに彼女はリーダーという役割を正しく理解していないらしい。ちょっとした老婆心でそれを諭してやるべく、俺はDクラスのもとへ歩き出す。

 

「お前ら、なんだよその目は……俺はクラスのために必死になって-」

「本当にそうか?お前はクラスを勝たせたいって気持ちより、自分の凄さを見せつけたいとしか思ってないんじゃないか?感情に任せて行動して、運動が苦手な奴を役立たず扱いして……それで勝てるなら苦労はしないだろ。リーダーなら冷静な判断と的確なアドバイスをしたらどうだ?」

 

苛立つ須藤君に幸村君はそう指摘する。口調はきついものの言っていることは正しいが……今の彼にそんな正論は却って逆効果だね。

 

「るせえ……」

「僕も同じ気持ちだよ須藤君。君を頼りにしてるからこそもっと冷静になって、皆の気持ちに応えて欲しいんだ」

 

赤信号が点ったところで、俺は気配を消して須藤君達へ接近する。

 

「るせえよ……」

「君ならできる筈だよ須藤君。だから-」

「るせぇつってんだろ!」

 

目を血走らせた須藤君は怒りに任せて平田君を殴りかかったので、俺は寸前で彼の手首を掴んで止めた。

 

「ほ、本条君!?」

「またテメェか!首突っ込むならテメェからぶっ殺すぞ!」

 

掴まれた腕を振りほどこうとしながら喰ってかかる須藤君に対して、俺はわざとらしく溜め息をつく。

 

「脆弱だね。何の信念も持たない奴の拳は、やはり羽のように軽い」

「あ”ぁ?」

「俺には絶対負けない……だっけ?このザマでよくもまあそんな大口を叩けたもんだ、ある意味感心感心」

 

露骨な俺の挑発にキレた須藤君は蹴りを浴びせようとするが、俺は須藤君の足裏が地面から離れる寸前のタイミングでその足を踏む。あまりに想定外の出来事に須藤君の中で怒りを困惑が凌駕した隙に、彼の胸ぐらを掴んで無理矢理こちらに引き寄せる。

 

「いつまでもガキみたいに駄々こねてんじゃねーよ。ここまでの結果に納得がいってないんだろうけど、こうなることを予想できなかったお前の負けだ」

「な、んだと……!」

 

軽く威圧しながら淡々とそう指摘すると、須藤君は若干気圧されながらも俺を睨み続ける。度胸だけは一丁前だね。

 

「お前はリュンケルがスポーツマンシップに則って、正々堂々戦ってくれるとでも思ってたのか?ラフプレーや反則行為に対する心構えや対策を何もしてなかったのか?」

「そ、それは……」

「それでリーダーとは片腹痛いな。チームのリーダーを任された者に必ず求められるのはね、チームを勝たせるビジョンだよ」

 

有栖のように緻密な戦略を立てる。卍解ちゃんのように仲間と団結して挑む。リュンケルのようにルールの裏をかく。

どれを好むかは人によるだろうけど少なくとも須藤君……それにホリリンは現状、リーダーとしてこの3人の足下にも及んでいないことは確かだ。

 

「君がいくら運動ができても、それにかまけて惰性で戦ってるようじゃあリーダーは務まらんよ。クラスのためを思うならちゃんと責務を果たせ。それができないってんならさっさと辞めちまえ」

 

言うだけ言って胸ぐらから手を離すと、言い負かされた須藤君は八つ当たりとばかりにパイプ椅子を思い切り蹴飛ばす。物に当たるなよ。

 

「……上等だ、リーダーなんかやってられっかよ。体育祭なんてクソ食らえだ」

 

そう掃き捨てて須藤君は陣地を離れ、寮の方へ向かって歩き出してしまった。

 

「余計なことして悪化させちゃったかな?」

「ううん、厳しい言い方だけど本条君の言ってることは間違ってないよ。……それと、さっきはありがとう。僕だって痛いのは嫌だから助かったよ」

 

半分くらいは俺のせいでDクラスの敗北は決定的になったというのに、周りを見渡しても俺を非難するような視線は全然無かった。どんだけ嫌われてんのあの子。

ともあれこれで須藤君の自尊心は跡形もなく砕け散った。運動と暴力……彼が拠り所にしていた2つが俺にはまるで通用しなかったのだから、彼が感じた挫折感は決して軽くないだろう。

同時にこれはチャンスでもある。人は大きな挫折を乗り越えた先に進化の可能性を秘めている。もし彼が強い意思で立ち上がれたなら、将来Dクラスにとって重要な存在になりうるだろう。ただしここから彼が立ち上がるには、俺の見立てではホリリンの協力が必要になってくると思うけど……戻る前に一応彼にも声をかけておくか。

 

「ねえコージー、ホリリンのことは任せていい?俺は嫌われてるから無理そうだし」

「ああ、このまま堀北が何もしないつもりなら俺が手を打つ。他クラスの本条にこれ以上頼るのもどうかと思うしな」

「それなら安心だね」

 

理由は知らないけど、コージーはホリリンをクラスのリーダーに据えようとしている。だが今のホリリンは須藤君と同じく、リーダーとしては問題外だ。さっき須藤君の醜態に他人事のように呆れてたけど、リーダーが背負う責務を正しく理解しているならあり得ない態度だ。

それにしてもコージー、俺の曖昧な問いかけに苦もなく答えたということは……

 

「ここまで全部君の予定通りかい?」

「否定はしない」

「今からでも君がクラスを率いれば?須藤君やホリリンより適任だと思うぜ」

「くどいようだが、俺は平穏に生きたいんだ」

「そりゃ残念」

「さっきはわざわざ損な役回りを引き受けてもらって助かった」

「別に気にしないでいいよ、仲間同士ちゃんと助け合わないとね。それに彼が対抗意識を抱いていた俺が強過ぎたことも原因の一つだろうし、俺にも責任はあると言えばあるからね」

「否定はしないがそれを自分で言うか……?」

 

さて、用も済んだし有栖のもとへ帰還するか。

コージーはクラス内にいる裏切り者の存在に多分気づいているんだろうが、敢えて体育祭で惨敗させてホリリンにリーダーとしての自覚を持たそうとはね……彼が表に出てくれば俺も有栖も楽しめるだろうに、残念だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波乱の展開を迎えたDクラスと相反して、上級生達の騎馬戦は順調に進んでいった。しかし騎馬戦が終わってもバックれた須藤君は姿を現さず、最も頼れる得点源を失ったDクラスの士気は目に見えて下がっていた。

……でもまだ諦めるのは早いんじゃない?少なくともこの種目では、須藤君より頼れる男がやる気を出してくれるんだからさ。

 

「はっはっは、クールガールはとてもラッキーなようだねえ。……いや、ラッキーなのはクイーンボーイの方かな?」

「まあ運の良さでは誰にも負けないけどさ、組み合わせ決めたのランスだからこれに関して俺は無関係だと思うよ。……あえてロマンティックな言い回しをするなら、俺と君はここで戦う運命だったんじゃない?」

「中々面白い解釈だねえ、嫌いではないよ。流石はいずれ私の右腕になる男だ」

「相変わらず君は勝手だね」

「それが私さ」

 

そう、200m走1レース目で俺とミスターがバッティングしたのだ。コテージにいた平田君とコージーだけは然程驚いてはいないが、それ以外のDクラスの面々はミスターが真面目に参加しているこの光景に、ありえないものでも見ているかのように戦慄していた。

ちなみに他の競走相手は……まあどうでもいいか。どうせ俺とミスターの一騎討ちになると決まっているのだから。

 

「…………ッ!」

 

スタートラインにてクラウチングスタートの体勢に入ると、これまでずっと悠然とした振る舞いをしていたミスターの雰囲気が豹変する。

たちまち俺の本能は警鐘を鳴らし、ライオンに首筋へ牙を突き立てられる寸前の光景をイメージする。

今のミスターから感じる闘気は……野生の獣のそれと何ら遜色ない。有象無象なら感じ取っただけで言葉も発せられなくなるような()()を、こともあろうか俺ただ一人に向けてきやがった。

 

「オイオイ随分と殺気立ってるじゃないか。こちとらいたいけな草食動物なんだしお手柔らかに頼むよー?」

「それはできない相談だねえ。まあ光栄に思いたまえ、それだけ私が君のことを高く評価しているということさ。パーフェクトな私と言えど、手を抜いて勝てる相手じゃあない」

 

なるほど、これは厳しい勝負になるな……。

俺の眼を持ってすれば骨格や筋肉の状態から、他人の運動能力だろうがある程度想定することができる。だから以前から薄々わかっていたことではあるのだが、同じ土俵に立ってあらためてはっきりと理解させられた。

 

 

刹那でも気を抜けば殺られる。

 

 

合図が鳴るとほぼ同時に、俺は最優のスタートダッシュを決め先陣を切る。審判が合図を出す未来を視ることができる俺は、必ず誰よりも早く動き出すことができる。

しかしリードを奪って尚、俺とほぼ同時にスタートダッシュを決め僅か10㎝ほど後方から迫るミスターに対して、俺の本能は絶えず警鐘を鳴らし続ける。

 

差が全く広がらない……!俺が全力で走っているのに、一向に引き離すことができない!こんなこと今までで一度たりとも無かった!

 

メリーゴーランド走法?そんな余裕などある筈が無い。それどころかほんの僅かでも速度を緩めれば、たちまち追い抜かれてしまうだろう。

 

一瞬たりとも気を抜ぬくな。

 

体中の毛穴をブチ開けろ。

 

己の全てをこの走りに懸けろ!

 

全身の細胞1つ1つに意識を働かせ続け、俺とミスターはトップスピードのまま200メートルを駆け抜ける。

……結果的にメリーゴーランド走法が成立して形になり、0コンマ数秒差で俺がゴールテープを切り、このレースを制した。

高校生のレベルを完全に逸脱した俺達の走りに全ての人が言葉を失う中、レースの邪魔にならないようさっさとテントへ戻ろうとしたら、ミスターが上機嫌で高笑い出した。

 

「はっはっは、まさかこの私に打ち勝つとはねえ!……このスクールに来てから最も有意義な時間だった。今回は私の完敗だよ」

「ありゃ意外。超自信家の君にしては、随分あっさりと負けを認めるんだね」

「先程のレースから考えるに、どうやら私と君の足の速さはまったくの互角。であるならば現状ではスタートダッシュで勝る君には決して勝てやしないだろう。……君の眼は私でさえ持ち得ない才能だ」

 

特に教えた訳でもないのにたった1度の勝負で俺の眼を見抜くとは、大した洞察力だな。

 

「しかしいずれリベンジはさせてもらうよ。スタートダッシュで必ず遅れを取るなら、身体能力そのもので上回ればいいだけの話だからねえ」 

「むむ、シンプルだけど手っ取り早い攻略法だね」  

「私も君もまだ若く、己に秘められたポテンシャルを全て引き出せている訳じゃない。そして私は、自らのポテンシャルが至高であると確信している。……故に約束しよう。君のコンプリートを、私のコンプリートが凌駕するとね」

「揺らぐことのない自らへの信頼、そしてそれを裏付ける圧倒的な才能……うん、やはりミスターはそうでなくちゃね」

「六助だ」  

「んあ?」

「君をオンリーワンのフレンドと認め、この私をファーストネームで呼ぶことを許そうではないか。当然私も今後はクイーンボーイではなく、桐葉と呼ばせてもらうよ」

「強引かつ上から目線な友達だなあ……まあいいや、そういうの嫌いじゃないぜ六助」

 

俺にとって名前呼び、それも呼び捨てとなれば非常に特別な意味を持つのだけど……彼をそのカテゴリに加えることに大した抵抗は無かった。ここまで敗北を強く意識させられたのは、これまでの人生を遡っても有栖以外1人もいなかったのだから。

拳を突き合わせ健闘を讃え合い、俺はテントへ、六助はコテージへと戻っていく。

200m走が終わり30分の昼休憩に入ると平田君に、どうやって六助と仲良くなれたのかを異様に熱心に聞かれたが、正直彼と仲良くなるのに特に苦労した覚えが無いので答えようがない。

そう答えたら話を聞いていたほとんどの人が、「ああ、変人同士波長があうんだな……」といった表情で勝手に納得した。なんでや。

 

 

 

……Dクラスからホリリンと櫛田ちゃん、向こうのCクラスから木下ちゃんとリュンケルの姿が見えなかったので、今頃リュンケル達はホリリンに止めを刺しに行っているのだろうね。さあコージー、どうやって切り抜けるつもりなんだい?

 

 

 




1年生二学期現時点での身体能力は、

綾小路≧桐葉=高円寺

くらいの力関係のイメージです。

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