「あぁしんど……受験シーズンでも無いのにノイローゼになっちまうぜ……鬼頭も神室ちゃんも大丈夫か?」
「うっさい、今話しかけてくんな……」
「……」
期末試験まで残すところあと一週間。今日も今日とて地獄の勉強会を終え、有栖と側近4人で帰宅していた。この勉強会は学力の低さに比例してきつくなる仕組みなので、クラスでも上の方の橋本はまだ愚痴る元気はあるものの、マスミンとファルコンは会話すら拒否するくらい満身創痍だ。一方有栖は生粋のドSなので、悶え苦しむクラスメイト達を満喫して非常に元気でいらっしゃる。
「なあ本条、流石にスパルタ過ぎないか?Bクラスが侮れないのはわかるけどよ、これまでのテストでも平均点は僅差とはいえずっと俺らの方が上だっただろ。今日まで散々死に物狂いでやってきたんだし、後は自習でもいいんじゃないか?」
まったく……いずれこういう軟弱なことを言い出す奴が出てくるとは思っていたが、よりにもよって側近のお前かよ。嘆かわしいぞこのゆとりっ子が。
「じゃあ逆に聞くけどさ、橋本は何のために勉強しているのかな?」
「は?目的?」
「あっ、将来の進路がどうとかずっと先のことは置いといてね。テスト勉強は何のためにするのかって意味」
「えっと、そりゃあテストで高い点を取るため……とかじゃないのか?」
「うんうん、まあそうだよね。君達はそうなんだろうね」
「君達は、って……お前は違うのかよ?」
「違うよ?俺も有栖もいちいちテスト勉強なんかしなくても、授業ちゃんと聞いてるだけで99%の問題は難なく解ける」
「なんだ自慢かよ……はいはい、天才様は頭の出来が違うんですねー」
何やら呆れたように肩を竦める橋本だが、別にマウントを取りたくてこんな話を切り出した訳ではない。
「……でもそれはつまり、才能に胡座をかいてるだけじゃ1%を取り零すということだよね?なら俺はその1%を断じて見逃す訳にはいかない。そんな妥協は断じて認められない」
「……ああ、そういう……」
「だから俺は常日頃から勉学を欠かさないし、俺と張り合う有栖も当然そうだろうね……わかるか橋本?俺達にとって勉強なんてのは、満点を取れないならただの時間の無駄なんだ。それをなんだお前は、ある程度のレベルで満足して勝手にモチベーションを下げよってからに。普段なら価値観は人それぞれだからとやかく言わないけど、今回指導を任されたからには問答無用で無理強いするつもりだから覚悟したまえー」
「……マジかよ」
「桐葉はいい加減なように見えて、時間や約束や自分で決めたルールは絶対に守ったりと、大事な部分は意外ときっちりしています。……きっちりし過ぎてまるで融通が利きませんが」
「な、なあ姫様。アンタの方から口添えしてやれば、本条も少しは手加減してくれたりとかしないのか?」
「聞き入れてくれるでしょうが、しませんよ?少しでも勝率を上げることには私も賛成ですし……何より貴方達が必死に頑張る姿は見ていて気持ち良いですからね♪」
「満面の笑みで言い切りやがった!明らかに俺達が悶え苦しむ様を楽しんでるのに、何かいい感じの言い回しで誤魔化しやがった!」
そう、俺と有栖が共同で勉強会を開く……その真の地獄は一切脱出不可能という点だ。俺は手を抜けないし有栖は手を抜かない。哀れなクラスメイト達はテスト本番まで際限無く、学力を無理矢理引き上げられ続ける運命なのだ。……まあクラス全員が満点かそれに準ずる点数を取れるようになるとは、俺も有栖もハナから思っちゃいない。勉学とは日々の積み重ね、この短期間で俺達が無理矢理引き上げるにはどうしても限界がある。そうでなかったら有栖もランス達秀才止まりを自由にさせたりしなかっただろうし。……おっと?
「クク、随分と楽しそうじゃねえか。ちょっと俺も交ぜてくれよ?」
りゅんける が あらわれた ▼
和気藹々と下校している最中に突然エンカウントしたヤンキー上がりに、先程までぐったりしていたファルコンは意識を覚醒させ、有栖を庇うように一歩前に出た。流石はAクラス1の
「お心遣い感謝致しますが鬼頭君、ひとまずは下がっていてください。……こうして直接お会いするのは初めてですね、リュンケルさん」
「次そのふざけた呼び方したら殺すぞ。……そういうテメェは坂柳だな。話に聞いてた通り、女王様気取りでいいご身分だな」
「そういう貴方こそ、普段引き連れているお仲間はいらっしゃらないんですか?あちこちから恨みを買っておられるのですから、1人でうろつくのは危ないのでは?」
「ハッ。雑魚共が報復しに来たところで、俺は全て返り討ちにする自信があるんだよ。誰かに守られてねえと怖くて外も出歩けないテメェと違ってな」
「なるほど、これまでその程度の小物しか苛めてこなかったのですね」
「はいストップ・ザ・お前ら。エンドレスで煽り合ってんじゃないよまったく」
多分そうなんじゃないかと薄々わかっちゃいたが、この2人とにかく相性が悪い。たぶんどうあがいても絶対に手を取り合えない……というか2人とも、こうして争うこと自体を楽しんでさえいるから始末に負えない。
「ククク、まあ確かに俺も暇じゃない。今用があるのはテメェじゃなくて本条なんだよ。今日は見逃してやるから精々隅っこで震えて失禁してろ」
「噂に聞くDクラスの黒幕さんの正体も掴めていない方が、随分と大きな態度を取るのですね。今も血眼になって手がかりを探しているようですが、そんなに無人島試験で踊らされたのが悔しかったのですか?」
「だからキリがないからやめろって言ってるでしょうが。お前らあんまりしつこいと橋本と無理矢理キスさせるぞ?」
「一時休戦だ坂柳」
「ええ、是非もありません」
「お前ら俺をどう雑に扱っても傷つかないって勘違いしてないか?というか俺だって願い下げだし!」
埒が明かないので最強カードをちらつかせて無理矢理黙らせる。俺はもうさっさと帰ってご飯が食べたいのだ。
「それで俺に何の用なのさ?もしかしてコージーのことでも聞きに来たの?」
「わかってんなら話が早ぇ。テメェがある程度気にかけている奴をふざけた呼び方で呼ぶことは知ってる。問題はこれまで鈴音のケツを追いかけてるだけに過ぎなかったあいつを、何故お前が気にかけてたかってことだ」
「コージーを気に入った理由は、彼の足の速さを既に知っていたからだけど?俺は大概のことでは誰にでも勝てるから、俺が負けるかもしれない人材ってのは貴重なのさ」
「なるほど、確かに一見辻褄が合う。……が、本当にそれだけが理由か?あいつは俺がかねてから探っていた、Dクラスの陰で暗躍してきた奴……Xの最有力候補なんだよ。何か隠してんじゃねぇだろうな?」
「誰を気に入ろうが俺の勝手でしょ?何より友達の情報を俺が売ると思う?随分と見くびられたものだね」
リュンケルはしばらくの間俺を睨み続けていたが、やがて凶悪な笑みを浮かべて踵を返した。
「フン、まあいい。テメェから無理に聞き出せなくても、既に色々と材料は出揃ってる。Xの正体を突き止めるのはもう時間の問題だ。……Dクラスを潰したら次はBクラス、そして最後にお前らだ。精々それまで学校生活を楽しんでおくんだな」
「ええ、楽しみに待っていますね。……それまでに貴方が蹴落とされていなければですが」
「クク、万に1つもありえねえよ」
去っていくリュンケルを見送るが、俺は心の中で合掌しておく。有栖から色々聞かされたコージーの正体が誇張でないなら、リュンケルじゃ彼には決して勝てないだろう。
「井の中の龍、大海を知らずってところかね」
「どんな井戸ですかそれは」
華麗なるディナータイムを済ませて習慣である走り込みをしてると、噴水の傍でコージーとランスが楽しげに……いや別に楽しそうではないが何やら話し込んでる。なんというか、意外な組み合わせだね。
「おーいランスとコージー、何してんのー?」
「……本条か」
「何やら隠れて密談?知らないうちに随分大胆な男になったもんだね」
「誤解するな、Aクラスが不利になるようなことをした覚えはない」
「ふーん……まあどうでもいいけど」
クラスの統治は有栖の管轄なので俺の知ったことではないというのが俺の見解だが、何故かランスは気分を害したみたいだ。見た目と違って繊細だなこのハゲ。
「……俺ごときがどう足掻こうと恐れるに値しないということか」
「そりゃまた随分と卑屈な考え方だね……」
「話を聞く限り、Aクラスは以前までとは随分変わったようだな」
「まあ大衆の評価はシビアだからねぇ。夏休みの特別試験で散々だったランスと、体育祭でクラスをトップに導いた有栖……そりゃあ求心力も変化するさ」
「そうは言っても坂柳は競技に参加していないし、体育祭で勝利できたのはほとんどお前のお陰だろ?」
「兵の功績=将の功績だよ。それに俺は有栖以外の指示には従わないと公言しているしね」
「ああ、尚更俺を支持する理由が無くなるだろうな……」
「ランスがリーダーの座を勝ち取るには有栖が慢心して、俺の行動を制限しているうちにあの子を蹴落とす必要があった。その機をみすみす逃した以上、もうランスは有栖に張り合うこともできないだろうね」
変に希望を持たせても可哀想だから、あえて厳しい現実を叩きつけておく。ランスはそんな俺に何も言い返すこと無く、気まずい雰囲気の中俺達は寮へと戻る。……随分と腑抜けちゃったなあ。このままAクラスに置いておいてもつまらねーままだろうし、いっそのこと2000万ポイント出してリュンケル辺りに引き取ってもらおうかね?……いや、戸塚が慕っているうちはランスが了承しないか。まったくどこまでも邪魔な奴だねアイツも。
いっそのこと退学にでも追い込んでやろうかあの足手まとい。
……なーんてね。いくらつまらねー奴だからって、大切なクラスメイトにそんな惨い仕打ちできるわけないよな。桐葉君そんな極悪非道じゃないもん。
そんなこんなで寮に着くと、何やらロビーには人だかりができていた……全員が困惑、あるいは何やら怒っている様子だ。またその内の生徒が俺に対して、何かを疑うような視線を向けている。なんか鬱陶しいな。
「何やら随分と騒がしいな」
「誰かに聞いてみるか……なあ博士、この騒ぎは何があったんだ?」
「綾小路殿でござるか」
コージーが近くにいたクラスメイト……外村君に声をかけると、1年生全員のポストに同じ手紙が送られているらしいとのこと。コージー達は人混みを掻き分けてポストへ向かい、四つ折りにされたプリントを持って戻ってきた。コージーが開いたプリントを覗いてみると、
『1年Bクラス・一之瀬帆波、及び1年Aクラス・本条桐葉は、不正な手段でポイントを集めている可能性がある。 龍園翔』
何とも愉快な文章が印刷されていた。
当事者である俺が暢気にそんな感想を抱いていると、自分のポストに灰っていたランスが困惑するように呟く。
「丁寧に名前まで書いて、どういうつもりだあの男は。これがまったくのデマなら訴えられても可笑しくないぞ」
「少なくとも、多少なりとも根拠があって実行したってことか?」
「そうでないなら愚策も良いところだが、奴らしいやり口だ。本来なら名誉毀損もいいところだが、そんなことを気にする男ではない。……念のために聞いておくが本条、心当たりは無いだろうな?」
「さて、どうだろうね?……と、面白そうなのであえて不透明な言い回しをしてみたり」
「おい」
俺の悪ふざけをランスが嗜めていると、どうやらこの騒ぎの主役がご帰還したようだ。
「おい龍園、どういうつもりだ!」
リュンケルがロビーに入ってくるなり、Bクラスの渡辺くんが掴みかかる勢いで詰め寄る。
「あ?いきなり何だ?」
「しらばっくれんな、この手紙のことだ!」
「……あぁそれか。面白ぇだろ?」
……ふむ。
「何が面白い!こんなデタラメ吹聴しやがって、やっていいことと悪いことがあるだろ!」
「へぇ……だったら今ここで証明しろよ。そいつらが不正をしていないって事実をよ」
おっと、卍解ちゃんが騒ぎを聞き付けてリュンケルの元に向かってる。……せっかくだし俺も便乗しようか。
俺と卍解ちゃんが肩を並べてリュンケルに対峙すると、彼は邪悪な笑みと共に手紙を突き出し問いかける。
「どうなんだ?一之瀬、本条」
「今ここで私達が何を言っても、多分龍園君は信じないよね?」
「ああ、それを判断するのは学校だからな」
「だよね。……皆ごめん、変な疑いかけられちゃったみたい。だけど明日先生に報告して、龍園君の勘違いだって証明してみせるから」
卍解ちゃんは堂々とした態度でそう主張する。彼女らしい実に高潔な立ち振舞いだと感心するけど……少々興が乗った。だったら俺はあえて力づくで
「ちなみに俺の方はあながち的はずれではないんだよね。この学校でなきゃ違法な手段と言えばそうだろうし」
「あ?随分と回りくどい言い方じゃねぇか。ならお前はどんな手段で大量のポイントを集めたんだ?」
「博打」
「「「……は?」」」
俺達の周りを取り囲むギャラリーのほとんどが、宇宙に放り出された猫みたいな表情で呆気に取られる。
「だからギャンブルだよ、ギャンブル。夏休みの特別試験のとき、俺達豪華客船に乗ったでしょ?そこのカジノのルーレットで思いきって全財産つぎ込んで大勝ちしたんだよ」
「「「果てしなくあぶく銭だった!?」」」
「クク、そんな突拍子もない話を信じろってか?テメェが常識外れの額を所持してるのはわかってんだ。それだけの額をルーレットで稼ぐとなると、相当無理な賭け方をする必要がある。生命線ともいえるプライベートポイントを、運否天賦に任せて全額かけたなんて、とても信じられるわけが-」
「じゃあ無理矢理信じさせるまでだよ」
「あ?」
そう言って俺は懐から10個のサイコロを取り出し、リュンケルに手渡す。
「1~6までで好きな数字を1つ選んで振りなよリュンケル。1個でも外したら自主退学してあげる」
「……クッ、クハハハハハハ!正気かよテメェ!?これだけの証人がいるんじゃ、振った後でやっぱ無しじゃ済まされねぇぞ?」
「御託はいいから早く言いなよ。さっさと帰って日課の自習しなきゃならないんだからさ」
「面白ぇ……。なら1だ、精々神様にでも祈るんだな」
「別にいちいち祈るまでも無いよ」
リュンケルは片手を無造作に振り、ロビーの床を10個のサイコロが転がる。確率にして60,466,176分の1、確かに天文学的とも言える数値だが……別に問題ない、俺がギャンブルで負ける筈がないし。
やがて全てのサイコロが止まり、出た目は当然全て1。周りの人間が騒然とする中、リュンケルがサイコロを蹴飛ばそうとしていたので足で踏んで防いでおく。
「釘を刺さなかった俺も悪いけどさ、1度出た目を後から変えようだなんて許されないよ?それに蹴ったところでどうせまた1が出るだろうしやるだけ無駄さ」
「……クク。どうやら化け物は運まで規格外みてぇだな。それに見た限りイカサマサイコロでもなさそうだ……いいぜ、テメェの言い分は信じてやるよ」
「そりゃよかった」
俺はサイコロを全て拾い集めてから、エレベーターのスイッチを押す。
「待てよ本条、一之瀬が不正をしてるかどうか気にならねぇのか?」
「欠片も興味が無いかな。不正をしてようがしてまいが財力で俺に敵う訳が無いし……多分してないだろうしね」
「にゃはは、信じてくれてありがとう本条君」
「どういたしまして。それじゃあテスト頑張ってね、応援してる」
エレベーターに乗り込み今の出来事について考える。一応卍解ちゃんを視たが、間違いなく疚しいことは何もしていない。むしろ気になるのはリュンケル……ではなく、リュンケルの名を騙ってあの手紙を出した奴だ。リュンケルは面白がって話を合わせていたが、間違いなく覚えがなかった筈だ。彼は割と嘘をついても乱れが少ないが、それでもまったくわからないというわけではない。
ではいったい誰なのかとなると、放火魔の理論からして多分あの現場にもどこかにいただろうし……
消去法でコージーしかないよなぁ……。
ちなみに後日学校から、卍解ちゃんが不正を行っていないと発表された。知ってた。
有栖ちゃんと龍園君は、どう頑張っても仲良くできないというのが私の見解です。