「以上でホームルームを終了とする。冬休み中も当校の生徒、そしてAクラスとしての自覚を持ち節度を守って過ごすように」
担任の真嶋先生がそう締め括る。
とうとう2学期も終業式を迎えた。この日は午前中で授業が終わり、さらに部活動も休みであるため校内に残る生徒はほとんどいないだろう。……リュンケルが軽井沢ちゃんに何かを仕掛けるとすれば多分この日かな。
コージー曰く問題ないらしいしそもそも軽井沢ちゃんから助けを求められた訳でもないから、わざわざ俺が首を突っ込む必要もないし放置でいいよね。すまない軽井沢ちゃん、コージーが君にとっての白馬の王子様になってくれることを陰ながら願っておくよ。
「さて、特に用事も無いですし帰りましょうか」
「あ、ごめん有栖。図書館に『世紀末探偵1』返却しに行かないと」
「……そのシリーズ小説、ミステリーとしての完成度は下の下という評判だった気がしますが」
「終盤で犯人は実は地球外生命体だと判明したりするからね。……だけど有栖ならわかるでしょ?ミステリー小説は多少カオスなくらいが一番楽しめる」
「……まあ否定しませんが。では私は桐葉についていくので、真澄さん達は各自ご自由に下校してください」
有栖にそう言われるや否や、マスミンは光よりちょっと遅いくらいの速さで帰り支度を済ませ、別れの挨拶すらせずさっさと教室を出ていった。あんなバイタリティの溢れるマスミン久々に見たな。
「……有栖さあ、ここ最近ちょっとマスミンをこき使い過ぎなんじゃね?」
「どうやらそのようですね。おそらく綾小路君にも気づかれているでしょうし、そろそろ尾行の任を解きましょうか」
いやマジで何のために尾行させてたんだろうねこの子。日頃のコージーの振る舞いからして有益な情報なんて手に入らないのは一目瞭然だし、そもそもすぐバレてるんじゃ尾行の意味も……ああなるほど、マスミンとコージーの接点を作っておくことが目的か。
「最初から卍解ちゃんは餌にするつもりだったってことね」
「ふふ、ご想像にお任せします」
ここまで回りくどい根回しをするとなると、この子よっぽどコージーと全力で戦いたいようだね。それと卍解ちゃんを追い詰めることに何の因果関係があるかはまだわからないけど……まあ有栖なら上手いことやり遂げるだろう。俺は口を挟まず事の経過を楽しんで見物していればいい。
図書館についた俺は返却手続きをする前に、この小説の続きを借りるべくミステリーコーナーへ向かう。長期休暇中は一度に借りられる量がいつもより多くなるし、返却期限も普段より長くなるので、館内には結構な人だかりができている。人ごみが苦手な有栖は外で待ってるとのことだが、だったら教室で待ってればよかったじゃないかあの寂しん坊め。
「あの……」
「んあ?」
『世紀末探偵』の2~10巻を本棚から手に取っていると、隣にいた銀髪の少女に声をかけられた。
Cクラスの椎名ひよりちゃん。髪色や言葉遣いなどからどことなく有栖と似た少女だが、あの子と違って別に好戦的なわけではない。それどころかクラス間の争い自体に興味があるかすら疑わしく、極めて内向的で暇さえあれば図書館に通っているほどの生粋の文学少女だ。何度か図書館で擦れ違ったけど、こうして話しかけてきたことは初めてであるため、俺も少なからず驚いている。
「差し出がましいかもしれませんが本条君……そのシリーズはミステリー小説としては、あまりおすすめできる内容ではありませんよ?」
「うん知ってる、だからこの本を選んだんだ。あいにくと真っ当なミステリーほど楽しめないタチで」
「と、申しますと?」
「椎名ちゃんミステリーが好きなら、『ノックスの十戒』については知ってるよね?」
ノックスの十戒……イギリスの推理作家、ロナルド・ノックスが1928年に提唱した、推理小説を書く上で守るべき10のルール。
犯人は物語の始めに登場させること、探偵方法に超能力を用いないこと、犯行現場に秘密の抜け穴・通路が2つ以上作らないこと……まあ総じて、謎を解く材料は全部読者に提示しておくべきという訓戒だ。
「ええ、勿論です。ミステリー小説を読み手に謎を解かせるゲームと考えるならば、作家も最低限守らなければならないルールがあるという考えですね」
「残念ながらそのフェアプレー精神が守られている小説は、トリックが早々にわかっちゃうから退屈なんだ」
だいたい半分くらい読み進めた頃には犯人が特定できちゃうし、散りばめられた伏線は全て想定通りの回収のされ方をする。万人が驚くようなどんでん返しも全て予定調和に感じてサプライズ感ゼロ。だからこそ俺は多少駄作でも意外性のある小説を好んで読む。十戒?知らん、大いに逸脱したまえ。
「なるほど、それならば……少しお待ちください」
彼女の要求通り少し待っていると、本棚から本を3冊ほど取り出して俺に差し出してきた。
「お待たせしました。トリックがすぐにわかってつまらないなら、少し趣向を変えてこういうのはどうでしょう?」
「んー?……フランシス・アイルズの『殺意』、リチャード・ハルの『伯母殺人事件』、それとF・W・クロフツの『クロイドン発12時30分』か」
「倒叙ミステリと呼ばれるジャンルです。何も犯人を暴くだけがミステリーではありません」
たしかこれらは全て主人公が犯人の小説だったっけ。ふむ……ミステリーの肝がトリックではなく心理戦にあるなら、俺や有栖でも十分楽しめるだろう。中々悪くない着眼点だ。
「それじゃせっかくだから借りておくよ。わざわざアドバイスありがとね」
「いえいえ。……それでよろしければ今度感想を聞かせて貰えないでしょうか?」
「ん、別に構わないよ。……ところでCクラスは今日勝負を仕掛けるみたいだけど、図書館でのほほんとしてていいの?」
「たしかに龍園君は何かを企んでいるようでしたが、私は元々争い事には興味が無いので」
へえ……少し興が乗ったので本来極秘な筈のリュンケルの計画について指摘してみたけど、一切動揺することなく自分の知ったことではないと言い切ったね。もし俺が学校側にリークしたりすれば、クラスポイントが大幅に減らされるかもしれないのに。
六助のようにクラスメイトのことなどどうとも思っていない、という雰囲気でもないし……もしかして俺が特に関知しないことを読み切ってたりして。そうだとすればこの子は、リュンケルより厄介で恐ろしくて興味深い存在にもなり得るかもね。
「ふーん、そっか。でもまあ変な因縁つけられないよう気をつけてねピヨリン。君達のクラスって色々と恨みを買い易い立場だし」
「お気遣い感謝します。……ピヨリン?」
「話してみたら結構面白い子だったから、とりあえず友好の印にアダ名をと。……嫌だった?」
「そんなことはありません、私も本条君とお友達になれて嬉しいです。……では私も何かアダ名で呼んだ方がよろしいでしょうか?」
「気持ちは嬉しいけど名字でお願い。周りの人に二股野郎とか思われちゃう」
俺がアダ名で呼ぶ分にはもう誰も気にも留めないだろうし、長谷部ちゃんみたいに仲のいい人皆アダ名呼びなら特に問題は無かった。しかしおそらくピヨリンは友達が少なく、大概の相手には名字呼びの中俺だけアダ名で呼ばれてるとなれば、確実に色々と良くない誤解を生むだろう。あと有栖が拗ねる。可愛いけど面倒だ。
やんわりと拒否すると目に見えて落ちこんじゃったので、呼び方で距離を詰めた気になってもそれはまやかしだとか何とかで上手いこと言いくるめて、またお薦めの小説があったら教えて欲しいと言って機嫌を直してから、本を借りて図書館を後にした。少々天然入ってたけど、高校生にしては随分と邪気の無い子だったなぁ。
……結局待たせ過ぎたせいで有栖が拗ねちゃったんだけどね。完全に忘れてたのは正直すまんかったと思ってる。
冬休み1日目の早朝8時。
今日は昼から有栖の部屋にて皆でクトゥルフの新シナリオをプレイする約束があるので、朝の内にトレーニングを済ませておこう。前回は他3人の苛烈な妨害のせいで神話生物が降臨しなかったから、今日こそは世界を混沌に沈めてやるから覚悟するがいい。
「……ってあれ?リュンケルと伊吹ちゃん?」
走り込みをしていると、300mほど向こうの並木道で2人が何やら言い争っていた。それだけなら大して珍しい光景出もないが、やけにリュンケルがボロボロなのと、伊吹ちゃんの今にも凍えそうな様子が少々気になる。
好奇心に駆られてそちらに向かう途中、なんと伊吹ちゃんはリュンケルを殴り倒した。
「あー……これでスッキリした。辞めるならさっさと辞めろ、私はもう知らない」
スッキリしたと言いつつ何やら複雑な表情を浮かべつつ、寒さに体を震わせながら伊吹ちゃんは寮に戻っていった。うーむ……あっちも気になるけど、今は倒れたまま動かないリュンケルを助け起こそうかな。
「大丈夫?酷いことするねあの子も」
「本条か……最後の最後に会いたくもねぇ面を拝ませやがって……」
「大丈夫?立てる?」
善意で手を差し伸べるが案の定無視され、リュンケルは自力で起き上がった。ただしその動きは非常に緩慢で、俺をはたいた力も非常に弱々しい。
「その様子だと手酷くやられたみたいだね。しかしコージーも容赦無いなー」
「ちっ……やっぱテメェ全部知ってやがったな」
「全部は知らないよ。俺や六助と同等かそれ以上の身体能力の持ち主なのはわかってたけど、まさか戦闘技術も超一流とはね」
「まるで現場を見ていたかのような口ぶりじゃねぇか。もしや隠れて覗き見でもしてたのか?」
「そんなことしなくても今の君を視ればわかるよ。全身に隙間無くかなりのダメージが入っているけど、その一方で骨は1つたりとも折れてなさそうだ。時間をかければ痣や後遺症が残ることなく全て完治するだろう。……人体の構造を熟知していなければそんな痛めつけ方はできない筈だよ」
「……クク、最早オカルトの域だな。ただ見ただけでそこまでわかんのかよ」
「これでも世界一眼が良いと自負してるからね」
「坂柳だけじゃ力不足だろうが……テメェもいるならあの野郎も倒せるかもな。見届けられねぇのが少し残念だが……まあ精々頑張りな」
そう言うとリュンケルは俺に背を向け、足を引きずりながら学校へと向かう。彼が部活動なんて爽やかなものに取り組む筈も無いし、彼の口ぶりからしてこの学校を辞めるつもりなんだろう。
「リベンジしなくていいの?君は1回や2回の負けで挫けはしないだろう?」
「テメェにはしらばっくれても無駄だろうから教えてやる。暴君が許されるのは成果を出している間だけだ。勝利に導けないどころかアキレス腱に成り下がった以上、もう誰も俺にはついてこねぇだろうな。だったらもう全てどうでもいい」
……なるほど。敗北しただけでなく、何かしらの方法でコージーに弱味を握られたのか。それもリュンケル一人の首では済まない、Cクラスにとって致命的とも言える程の弱味を。
「一応聞いておくが、俺がこれまで集めたポイントをテメェにくれてやろうか?伊吹の奴にでも渡そうとしたがアイツが拒否した以上、このままだと死に金だ」
「いらないよ、たかだか数百万のはした金。ただでさえ多過ぎて持て余してるのに」
「……ククク。断られるだろうとは思っていたが、まさか数百万をはした金扱いとはな。どうやら綾小路の言う通り、俺は戦う順番を間違えたらしい」
何やら意味深な捨て台詞を残して去っていくリュンケルの背を見送りながら、俺は思考を巡らせる。
この短いやり取りの中で、俺は1つの確信を得た。
リュンケルがコージーに対して、微かながら恐怖を感じている。
一方的にボコボコにされたのだから普通ならば当たり前なのだが、彼に限ってはその普通が当てはまらない。
おそらくリュンケルは生まれてきて一度も恐怖を感じたことがなかった。というのも俺の視てきた限り彼がこれまでの試験でハイリスクな戦術を取るときも、心に一辺たりとも揺らぎが無かったからだ。普通なら失敗したらどうしようとか、多かれ少なかれ不安になるのが人間であり、心の強さとはそれらの恐怖を乗り越える力を持つことを指す。
だからリュンケルがコージーに恐怖を感じたことに対して、俺は軽蔑もしないし失望もしない。むしろそれは彼が人としてあるべきものを取り戻せた証拠なのだから祝福すべきことなのだろう。
そして、だからこそ彼がリタイアしてしまうのは残念でならない。その恐怖は彼が大きく成長できる兆しでもあるのだから。
……その一方で、この事実は俺にとっても大きな収穫だった。俺が抱える問題は彼よりもずっと根深いものだが、それでもようやく解決する糸口が見えてきた。
俺は必ず、失ったものを取り戻してみせる。
……程なくして、Cクラスの石崎君が革命を成功させたという噂が1年生全体に広まった。
結局リュンケルは退学しなかったが、完全に孤立し日陰者になったそうだ。
……コージーはどういう意図で、どんな手段で彼の退学を引き止めたのかね?
ちなみに桐葉君の視力は『測定不能』です。間に遮蔽物が無ければ10㎞先の物体も視認できるレベルです。眼球と視神経は最早人外の域に突っ込んでいます。