3学期が始まってすぐの木曜日の朝、12台のバスが高速道路を疾走する。
1年~3年全校生徒の大移動……ジャージを着用することと、予備のジャージや替えの下着を用意することを指示されただけで、それ以外の詳しい説明は一切されていないという恒例の不親切ぶりだが、まあ十中八九この先特別試験が俺達を待ち構えていることだろう。
移動時間は3時間ほどと結構な長旅であり、バス内ではクラスメイト達が持ち込みを許可された私物で時間を潰していた。持ち込み自由とはいっても最上位の優等生クラスらしくほとんどの生徒がおとなしく読者をしている中、俺は隣の席の橋本(ちなみにバスの席順は五十音順)とEカードに興じていた。
ちなみにハンデとして俺が常に奴隷側かつ必ず先にカードを出しているにもかかわらず、戦績は19勝0敗で俺が勝ち越している。
「……いくぞ、『皇帝』!」
「はい残念、『奴隷』は20度刺す~♪」
「ちくしょぉぉぉおおおおお!」
「橋本うるさい。周りに迷惑でしょうが」
「なんで俺が『皇帝』出すときに毎回ピンポイントで奴隷伏せてんだよ!?もしかしてイカサマしてるんじゃないだろうな?」
「ははは、何をバカなことを」
「いやだってどう考えてもおかしいだろ……」
「してるに決まってるじゃないか」
「おい」
不服だろうが見抜けなかったお前が悪い。負けた方に罰ゲームを付け足さなかった時点でおかしいと気づきたまえよ。
だいたい目を瞑ってランダムに出せば100パー勝ちなのに、わざわざそっちに勝ち筋を残してやってんだからむしろ感謝してもらいたいね。
「……それではお前達も気になってるであろう、今回の特別試験についての説明をこれから行おうと思う」
やたらと長いトンネルを抜けた直後に、ハンドマイクを手にした真嶋先生が突然話を切り出した。特別試験があるとはまだ一言も聞かされていなかったが、この期に及んで察していない生徒などたとえDクラスにもいないという判断からの短縮だろう。……おっといけない、あの子達は既にCクラスだったね。
「あと1時間もしないうちにとある山中の林間学校へ到着する。部活に所属していない生徒を除けば、普段の学校生活では上級生と触れ合う機会は少ないだろうが、今回の特別試験は学年の垣根を超えての集団行動を7泊8日の日程で行う。特別試験の名称は『混合合宿』……全て口頭で説明するのは合理性に欠くので、これから試験に関する資料を配布する」
前の席からから回ってきた20ページ程もある資料を、適当にパラパラとめくってひと通り目を通し……
「わー、やる気でなーい」
「幸先不安なこと言うなよ……」
自身のモチベーションが著しく下がったことを実感する。
露骨にテンションの下がった俺のことなどお構いなしに、全員に行き渡ったことを確認した真嶋先生は説明を再開する。
「資料はバスから下車するときに回収するので、ルールは今のうちにしっかり把握するように。……今回の合宿は諸君の精神面での成長を目的としている。社会で生きていく上で必要なことを始め、普段関わらない人間とも友好的な関係を築けるかを各自それを学んでいくこととなる」
うん、まあ……俺の得意分野だね。
自分で言うのもどうかと思うが、俺のコミュニケーション能力はえげつないほど高い。初対面だろうが年上だろうが、適当に5~10分会話すれば大概の相手とは打ち解けられると自負している。俺より交遊関係広いのってたぶん同学年だと櫛田ちゃんくらいだろうし。
自分に有利過ぎる分野だということが、この特別試験が気に入らない理由の1つ。……まあこっちはあくまでおまけの理由だけどね。
「目的地に辿り着き次第男女別に分かれ、お前達には学年全体で話し合い6つの小グループを作ってもらう。なお詳しい内容は5ページに記載しているので、しっかりと目を通しておくように」
5ページに書かれている内容は、小グループを形成する上での人数の上限と下限。退学者の数に応じて必要人数は変化するのだが、1年生は男女ともに80人ずつなため10人~15人だ。
そして1つのグループ内には最低でも2クラス以上の生徒が存在しなければならず、グループ結成は満場一致の反対者のいないものでなければいけないそうだ。
「他クラスと組んでの試験、か……体育祭以来だな」
「そうだねー。それも体育祭のような競技中だけの一時的なものじゃなくて、炊事洗濯入浴就寝の日常生活を全て共にするらしいよ?」
これまで散々いがみ合わせておいて今度は仲良く共同生活をさせるとは、相変わらずこの学校は意地が悪いね。それとも船上試験のように裏切りが発生する要素が
「特別試験の結果は林間学校最終日に行われるテストによって決められる。内容は7ページに記載してあるのでチェックしておけ」
テストで求められる能力は道徳、精神鍛錬、規律、主体性の4つ……どれも明確な答えの無いテーマであり、試験の内容については一切記載されていなかった。
それにしても道徳、か。有栖ヤベーじゃんどう頑張っても落第は確実……
ウソウソちょっとしたジョークだから、前の席から目が全く笑ってない微笑みをこっちに向けんといてマジで怖いっす。そして女の勘相変わらずヤベー。
「6つの小グループは一心同体で、いかなる理由であっても脱退及びメンバーの入れ替えは不可能だ。もし仮に途中リタイアする生徒が出れば、グループ全員でその穴埋めを行い1週間を乗り切らなければならない」
つまり仲違いしたり敵対し合ってるようじゃ、この合宿は乗り切れないってわけね。それだと余計なリスクを負わないために、どのクラスも極力同じクラスの生徒で構成されたグループを作ろうと考えるだろうが……そうならないために
「1年生の中で6つの小グループを作り終えたら、同じく6つの小グループを作った上級生と合流し、最終的に1~3年からなる6つの大グループが出来上がる」
他クラスとの協力ってだけでもそこそこハードルが高いのに、ほとんど接点の無い上級生とも組むことになる。精神面の成長を目的としているだけのことはあるね。
「肝心の試験結果は、大グループのメンバー全員の『平均点』で評価される。そして1~3位の大グループには生徒全員にプライベートポイントが支給され、クラスポイントが与えられる。逆に4位~最下位になった場合はペナルティを課されるが、詳しい内容は9ページに記載してある」
指定されたページに記載された基本報酬は…
1位…プライベートポイント1万、クラスポイント3
2位…プライベートポイント5000、クラスポイント2
3位…プライベートポイント3000、クラスポイント1
以上がグループの生徒1人ずつに支払われるとのことだ。シケた額のプライベートポイントはまあどうでもいいとして……例えば10人中9人が同じクラスの小グループを作り1位を取れば27クラスポイントを得られるが、逆に10人中9人が他クラスなら3ポイントしか得られない。
そして4位以下が負うペナルティは…
4位…プライベートポイント5000、クラスポイント2
5位…プライベートポイント1万、クラスポイント3
6位…プライベートポイント2万、クラスポイント5
以上が大グループのメンバー全員から没収され、仮にポイントがマイナスになる場合、累積赤字として記録されるそうだ。体育祭と同じくリターンよりリスクが大きい上に、これまでと違い所謂借金制度が追加されている。
そして先程と同じく例を上げると、10人中9人が同じクラスの小グループを作り最下位なら45クラスポイントも没収されるが、逆に10人中9人が他クラスなら5ポイントで済む。
つまりここまでのルールで考えれば、クラスの優秀な15人でグループを組みトップを狙い、無能な5人を他クラスに分配し盛大に足を引っ張ってもらうことがセオリーに思えるが……そうはさせまいと学校側も色々考えているようだ。
「また、小グループ内でのクラス数に応じて報酬が倍に増えていき、さらにグループの総人数の多さに応じて倍率が増加する。これらは上位の報酬にのみ適応されるので安心しろ」
これが他クラスで組むメリットだ。小グループが3クラス構成なら報酬は倍になり、4クラス構成なら3倍になる。さらに10人の小グループを基準に0.1ずつ倍率が上がり、15人の小グループなら1.5倍されるとのことだ。
ふむ……つまり12人を同じクラスかつ他クラスから1人ずつで構成された小グループが、1位になった場合の168ポイントが理論上の最高の数値か。まあそんなグループを組むには他クラスの完全な協力が必要になってくるし、目指すだけ時間の無駄だな。……実現しても興醒めだし。
「また、最下位になった大グループにはペナルティが課せられる」
「ペナルティ……『退学』でしょうか?」
「そうだ。しかし退学になるのは最下位かつ学校側の用意したボーダーラインを、小グループの平均が下回ってしまった場合に限る」
順位には大グループの平均点を参照し、退学か否かのボーダーには小グループの平均点を参照するのか。少しややこしいけどこれならば、仮に1つの学年の小グループが盛大に足を引っ張ろうと、理不尽な巻き添えを食うことは無くなる。
「そしてボーダーを下回った場合、小グループの『責任者』は退学となる。ちなみに責任者は予め小グループ内で話し合って選任してもらう」
「責任者を務めるメリットは何でしょうか?」
珍しく有栖が真嶋先生に質問する。確かに何の見返りも無しに退学するリスクなど誰も抱えたくないし、何かそれ相応のプラス要素がある筈だよね。
いつも質問役を買って出るランスはリスクを嫌う性分だし、静観していたら流されると判断したのかね?
「責任者を務める生徒のクラスのグループ報酬はさらに2倍される」
ふむ……つまり理論上は、最高で336のクラスポイントを得られる訳だね。でもまあやっぱり机上の空論だろうけど。
「責任者の決定期限は明日の朝までで、もしそれまでに決めることができなければその小グループは失格……つまり全員に強制退学してもらうことになる。まあ流石に前例は無いがな」
学校側が決めるのではなく、あくまで俺達が話し合って決めろってことね。それで上手くまとまらず揉めまくるようじゃ、その後の共同生活に禍根を残しちゃうだろうね。
「また退学になった責任者は、グループ内の人物1人を連帯責任として退学を命じることができる。わざと赤点を取ったり試験をボイコットしたりなど、平均点のボーダーを下回った原因の一因であると学校側から認められた生徒のみに限るがな」
この道連れルールがあれば、他クラスの足を引っ張らせるという行為はほぼできなくなるだろう。それでも資金力が潤沢な俺達Aクラスなら、他クラスの優秀な生徒をデリートするという作戦を使えなくはないが……
「そしてもう一つ重要なことだが、退学者を出してしまったクラスには相応のペナルティが課される。内容は常に変化するが、今回の試験では退学者1人につきクラスポイントが100ポイント減少する」
「退学の取り消しに必要なポイントはいくらでしょうか?」
「課されたペナルティに加えクラスポイント300、プライベートポイント計2000万が必要になる」
合計400ものクラスポイントを失うんじゃ、道連れさせる旨味は全然無いな。今までと違って今回学校側は、徹底してダーティプレイを規制するみたいだね。……とりあえず有栖、露骨にガッカリするのはやめなさい。
「説明は以上だ。目的地までもうすぐだが、この時間をどう使うのかは自由だ。先程言った通り資料は到着後に回収する。それから携帯電話は1週間使用禁止、同じく後ほど回収する。私物の持ち込みは食料品を除いて持ち込み自由だ」
優等生が揃っているAクラスでも、携帯没収には多くの生徒が思わずげんなりとする。現代人にとって携帯電話はもはや肉体の一部だというのに無体なことをするね。
そして林間学校中、男女は2つの棟に分かれて1週間生活し休み時間や放課後も基本的に外出禁止、接触する機会は1日1回だけ男女共同で食事を取る1時間のみとのこと。
……これが今回モチベーションの上がらない最大の理由だ。せっかくの上級生との交流の機会だってのに、1番仲の良い茜先輩とはほとんど交流できないばかりか、有栖ともほぼ別行動とかどうテンション上げろと?
やる気の出ない俺と同じ気持ちなのか、有栖はつまらなそうな表情で真嶋先生からマイクを借りて前に出る。今回の試験でのウチのクラスの方針を発表するんだろうけど……あの様子だと今回は適当に流すみたいだね。
……ではありませんでした。桐葉君も有栖ちゃんも露骨にやる気を無くしましたね。この二人どちらかがもし退学になれば多分後を追いますね。