小野寺先生によって案内された場所は、畳の敷き詰められた道場のような部屋だった。どうやら他グループの一部とも同時に課題が行われるらしく、橋本がいつものように軽薄な笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってくる。
「はいストップ。橋本、畳の
「は?ヘリ?」
「緑色の部分のこと。理由はまあ色々あるけど、踏むのは無作法にあたるから注意してね」
「これそんな名前だったのか」
「今は特別試験中だし、減点されかねない行動は慎まなきゃね」
俺達の会話が聞こえていたのか、集まった生徒は露骨に足下に気を配り始める。課題を担当するいかつい顔のおじさんはその様子を何やら満足そうに眺めていたが、ほどなくして話を切り出す。
「今日から君達には毎日、朝と夕方にここで座禅を行ってもらう」
「座禅とは、人生で初めてでござるなぁ…………な、なんでござろうか?」
外村君の何気ない呟きを見咎め、強面のおじさんは彼に近寄り圧をかける。……ああ、やっぱりそういう内容か。
「お前のその口調は生まれつきか?それとも、何かしらやむにやまれぬ事情があるのか?」
「そ、そういうわけではござらんが……」
「そうか。どんなつもりで使っているのかは知らないが、ここではそれも減点対象だ」
「な、なんですと?」
「初対面の相手にそんなふざけた口調で話しかけられたら、相手がどう感じる思う?これから社会へ出ていく以上、他者への配慮が欠けた言葉遣いは矯正することだ」
あまりにドストレートな正論かつ圧のある指摘に、でかい図体を思いきり縮こませてしまう外村君。何をしようとオール自己責任というスタンスの学校に慣れちゃった子には、結構カルチャーショックが大きいだろうね。
そしておじさんは外村君のみならず、集まった生徒全体にも勧告する。
「社会の中で個性を出すなとは言わん。しかし相手を思いやる気持ちは決して忘れてはならない。ここではそういったメンタルに影響を及ぼす授業を行う。その一つが座禅だ。言葉や動作を止め集団に溶け込む。相手を配慮し考えるのだ……自分はどんな人間か、何をすべきなのかをな」
そしてグループごとに座らされ、座禅の仕方やこの部屋での色々なルールの説明を受ける。
そして実際に座禅を行うのだが、意外とできない生徒が多いみたいだ。コージー、六助、リュンケル、山田君あたりが特に問題も無く結跏趺坐(あぐらを組んだ後、それぞれの足を太股の上に乗せた状態)を組めていた。この4人、特にリュンケルがおとなしく座禅を組んでいる様子は大変腹筋によろしくないが頑張って耐えた。他の5人のうち石崎君と墨田君は痛そうにしながらもどうにか形だけは何とか取り繕えていたが、浜口君と別府君と幸村君はどうしても組めず、半跏趺坐(片足だけを太股の上に乗せた状態)から始めていた。股関節の柔軟が必要だね。
初回は大半を説明に費やしたため5分という短い時間だったけど、おそらく本番の試験ではちゃんと結跏趺坐を組めるかどうかが評価の分かれ目になるだろうね。
朝の清掃と座禅を終え、朝7時になったところで皆お待ちかね朝食タイム。
案内された室外には広々とした食事スペースが用意されていた。複数の調理場も用意されていることからして、たぶん自分達で作れってことだろうね。
「今日のところは学校側が提供するが、明日からは朝食は各自グループ内で作ることになる。人数や分担方法は全体で話し合って決めるように」
「おいおいマジかよ。飯なんて作ったことないぞ」
「おいおい石崎君、これまで家庭科の時間何してたのさ?」
「わ、悪かったな!中学んときは少しばかり荒れてて、そんなもんロクに受けてこなかったんだよ!」
いやいやそんなさも今は品行方正に生きています、みたいな弁明されてもねぇ……。
明日以降の調理方法の説明を受けながら朝食の準備が進められていく。献立は一汁三菜を基本としたシンプルなもの。
食べ盛りには少々物足りない内容に石崎君がげんなりとする一方、無人島のときに比べれば全然いいと幸村君は安堵していた。このあたりは特別試験を早々にリタイアした子と、最後までやり遂げた子の差だろうね。
食事中に俺とみやびん会長と石倉先輩ら3人の責任者の話し合いにより、食事当番は各学年2回ずつ、1回ごとに交代するローテーション方式に決まる。
それで誰が担当するか、だけど……
「まあ俺は責任者だからやるとして、あとは何人か適当にクジで選んでもいいんだけど、進んで立候補してくれるというカインドネスに満ち溢れる人がいたら手をあげてー……意外にいたね」
Bクラスは3人とも、Cクラスはコージーと幸村君、そしてDクラスは意外にも山田君が手を上げた。
「お、おいアルベルト。お前料理とかできたのかよ?」
「Of course, I usually cook for myself.」
「は、え……?」
「普段から自炊してるんだってさ」
「わかるのか本条!?」
「むしろ今のわからないの石崎君……?」
朝食を済ませた後は大グループごとに普段の教室よりも広い教室に集まり、本格的な授業を受けることになる。
席順は自由かつ上級生の小グループはまだ来ていないので、どこに座ろうが構わないのだが……
「どうする皆?別に適当に座ってもいいんだけど、たまには先輩達の顔を立てるために待っててあげよっか?」
「何様だお前と言いたいところだが、確かにその方がトラブルが少なくて済むな。……だから勝手なことはするなよ高円寺に龍園」
「ククク、別に構わねえよ」
「席が自由なら好きに座るべきだと思うがねぇ」
絶対に好き勝手に座ると思っていた二人は、意外にも先輩達を待っていた。無法ではなく自分の決めたルールで動く六助はともかく、ここまで不気味なほどおとなしいリュンケルに何人かの子が警戒しているね。彼とコージーの間にあったこと知らないなら仕方のない反応かもしれないけど。
やがて上級生が来て席順を決めることになったのだが、だいたいは小グループごとに固まる中、自分の隣で授業を受けないかとみやびん先輩からお誘いがあった。面白そうだったので二つ返事で了承する。
「お前らのグループ構成を見て少々心配もしていたんだが……見た感じ特に苦もなくまとめられてるようだな」
「まあこういうのは別に苦手じゃないですからね。あまり好きじゃないだけで」
「念のため釘を刺しておくが、この俺に勝った奴が退学になんてなるなよ?」
「それはまあ、彼等の頑張り次第ですね」
要約すると勝ち逃げは許さないってことだろうけど、俺達の話を聞いていたであろううちのグループには良い刺激になったかもね。リュンケルや六助、コージーのような心臓に毛が生えてる連中でも無ければ、この学校で生徒会長に目をつけられたくはないだろうから。みやびん会長ぐっじょぶ。
授業の内容はやはり施設の説明やこの一週間で学んでいくことの説明に大半が費やされたが、昼からはグラウンドにて持久走をメインとした基礎体力作りだった。最終日の試験では駅伝も行われるらしく、数日後にはコースにも出るとのことだ。
「はあ、はぁっ……」
持久走が終わった直後、見た目通り体力の無い幸村君は膝をついてどうにか息を整えている。
「おいおいこの程度でヘバんのかよ。あまり俺らの足引っ張んなよな」
呆れたように溜め息をつく石崎君だが、ここで放置するのは後に禍根を残しそうなので彼に詰め寄る。
「な、なんだよ……?」
「さっきの侮辱はちょっと見過ごせないな」
「アイツが足手まといなのは事実じゃねぇか」
「彼が体力不足なのは怠惰によるものじゃなく、これまでほとんどの時間を勉学に費やしてきたからだよ。……遊びもせず寝食も惜しんでね」
「うっ……!」
本人から聞いたわけではないが普段の成績や利き手の人差し指にできたペンだこ、それに長時間に渡り机作業をしてきたであろう股関節の硬さからして間違いないだろうね。
「おいそれと馬鹿にしていいことじゃあないよ。まあ……それでもなお意見を変えないというなら、もういいけどね」
「ひっ」
彼は少々無神経かつデリカシーが無いけど、決して下衆ではない。優しく諭すとわかってくれたのか、少々顔を青くしながらも石崎君は幸村君に近づいていく。
「えっとその、なんだ……悪かったな。事情も知らず好き放題言ってよ」
「……いや、別に構わない。俺もこの学校に来てから何度も体力不足を痛感させられている」
うんうん、仲良きことは美しきかな。
なんか石崎君に怯えられたり、何故かコージーからの警戒度がかなり上がっちゃったみたいだけど、まあ些細な問題だ。
今日も有栖達と夕食を済ませてから、有栖に承認を貰ってから茜先輩に構ってもらいに彼女のもとに向かうと、何やら俯きながら1人でご飯を小動物みたいにちまちまと食べていた。
「…………」
念のため茜先輩の周りを観察し、
「どしたんすか茜先輩?」
「っ!?本条、君……!」
俺がそう問いかけると茜先輩はびっくりしたように即座に顔を上げたかと思えば、毅然とした表情を取り繕う。……つくづく思うけど、嘘や隠し事が見抜けるって良いことばかりじゃないよね。
「な、何がですか?」
「いや、『私、困ってます』って顔に書いた状態で不味そうにご飯を食べてたんで何事かと……」
「私は別に何も困ってませんよ。不馴れな環境でちょっと食欲が無いだけです」
「ふむ、なるほどそうですか。それじゃあ俺は忙しいのでもう行きます。試験頑張ってくださいね」
「……?今日は随分とまともですね。いつもならもっと滅茶苦茶に私を振り回すのに」
「ははは、流石に体調が良くない先輩に狼藉は働けませんよ」
「体調が万全でも先輩に狼藉は働かないでくださいっ」
ぷんすかとあざとい怒り方をする茜先輩に癒されつつ、俺は食堂を後にする。
茜先輩は意外と頑固な人だし、ああなったら説き伏せるのは少々骨が折れる。ここはコランダム先輩や元主将さんにでも報告……あれ、有栖?
「ごめんごめん、大丈夫?」
「ええ……心配要りません」
廊下で数人の男女が集まっており、その中心には尻餅をついた有栖と申し訳なさそうに手を差し伸べるCクラスの山内君。
エベレストよりプライドの高い有栖は彼の助けを借りることをよしとせず、自力で立ち上がろうと杖を掴み壁に背を向けるようにしながらゆっくりと立ち上がった。……ありゃりゃ、内心大分キレてますなうちのお嬢様。こんな悪目立ちは不本意も不本意だろうし。
山内君はどことなく居心地悪そうに手を引っ込め、一言残して離れていく。集まった生徒達も騒動にならなかったことに安堵しながら散っていく中、
「坂柳ちゃんって可愛いけどさ、ちょっとどんくさいよな」
山内君はとんでもない一言を呟いた。
呟いてしまった。
……あーあ、御愁傷様。
心疾患持ちを転倒させておいて言うことがそれか?とか、常識で考えれば他に色々言うべきことも多々あるんだろうが、何よりもまずは彼を憐れんであげるべきだろう。
意外と地獄耳な有栖はその最低な呟きもバッチリ拾ったみたいだし、今も偶然通りかかったコージーと仲良く談笑しつつも、内心は間違いなく怒り狂っている。
山内君がこの学校を無事卒業できる可能性が完全に潰えたことに合掌しつつ、コランダム先輩達のもとへ向かおうとしたものの……少々予定を変更して、真嶋先生を探すことに。下手すれば茜先輩に一生口きいてもらえなくなるかもしれないが、どうしても確かめておかないことができてしまった。
単なる偶然か持ち前の幸運体質のおかげか、真嶋先生は割とすぐに見つかった。
「先生先生、ちょっと相談があるんですけど」
「お前が誰かに相談とは珍しいこともあるものだな。まあいい、担任としてできる範囲で力になろう」
「あざっす。あ、その前に一応確認しておきたいんすけど……
この学校って、大抵のものはポイントで買えるんでしたよね?」
綾小路(偶然……か?さっきの石崎を見る本条の目が、一瞬あの男が脱落した奴に向ける目と一致していた)