「クラスの皆。たった今真嶋先生に説明された内容から考えるに、今後我々は他クラスから狙われる立場になる。そこで授業が始まる前に今後の方針を決めたい」
教壇に立つ葛城の言葉に、俺や有栖及びそのパシリ達以外のクラスメイトは真剣に聞き入る。おいこら橋本、興味ないからって頬杖つくんじゃない。
「今最優先にすべきことは、三週間後に控えた中間テストの対策だ。ここで結果を出せば他クラスをさらに引き離せるだろう。そこでクラス全体で勉強会を開こうと思う」
葛城の方針は非常に堅実な内容だった。なるほど確かに目の前の課題を地道にこつこつとクリアしていけば、クラスの将来は磐石になるだろう。俺にとってはつまらないことこの上無い判断だが、やはり葛城は良いリーダーになるだろう……有栖さえいなければな。
「坂柳、本条。あの小テストで満点を取ったお前達には、教師の役割を務めてもらいたい──」
「お断りします」
「じゃあ俺もパス」
俺達の返答をある程度予想していたのか、葛城は苦々しそうに顔をしかめるだけだったが、その側近である戸塚は納得がいかないとばかりに立ち上がった。
「ふざけるなよお前ら。クラスに貢献しようとは思わないのか?」
「クラス一丸となっての中間テスト対策……それ自体に異議はありません。私が不服なのは、何故当たり前のように葛城君がクラスをしきっているのかということです」
「は?葛城さんがリーダーを務めることに何の問題があるんだよ?」
「問題しか無いですよ。先ほど真嶋先生は減点される要素は生徒の素行不良だと仰いました。戸塚君、確かあなたは授業開始一日目の午前中、私語が目立つと葛城君に怒られていましたよね?」
「だ、だからなんだよ!?確かにそれは悪かったと思ってるが、葛城さんには関係──」
「大ありです、部下の失敗は上司の責任ですよ。それに……察するに戸塚君は評価が個人ではなくクラス単位であると、葛城君から聞かされていなかったようですね。葛城君が情報を秘匿していたとは考えづらいので、そのことを見抜けなかったのでしょう。そんな方にクラスの命運を預けたくありません」
「こ、この女っ……!」
「座れ弥彦」
「葛城さん!?でも……!」
「わかっている。……坂柳」
今にも有栖に飛びかかりそうな程怒っている戸塚を下がらせてから、葛城は怖い顔で有栖に向き直る。……顔が怖いのは元からか、ごめんね。
「お前のグループのメンバーがまるで取り乱していなかったから、もしやと思っていたが……お前は真嶋先生が説明したSシステムの全容をほぼ解明していたようだな。……何故それをクラス中に共有しなかった?そうすれば減点を0に抑えられていたかもしれないんだぞ」
「それは葛城君、貴方がクラスのリーダーに相応しいか見定めるためです。果たしてこの人に、クラスの命運を預けてよいものか」
「……そんなことのためだけに、クラスポイントを失うリスクを取ったのか……?」
「貴方を見極める為には安い代償です。私も貴方には期待していたのですが……小テストの結果といい、正直失望させられました。貴方にリーダーを任せるくらいなら、不本意ですが私が前に立ちましょう」
よくもまあ涼しい顔して平然とデマカセを言うよなこの娘は。情報を差し止めたのは葛城達に不満を抱かせて自分達に歯向かうよう誘導するためだし、そもそもお前は葛城がどれだけ優秀なリーダーだろうと……むしろ優秀であればある程嬉々として潰しにいくだろうに。
「お前がリーダー?はっ、杖が無きゃ日常生活も満足にも行えないような女がつけ上がるなよ!」
「ご心配なく、私が動けずとも桐葉を筆頭に頼れるお友達が沢山いますので……周りに足を引っ張るような人しかいない葛城君と違って」
「こ、このアマっ……!」
「やめろ弥彦。……坂柳、今の問答ではっきりした。俺もクラスへの被害をまるで省みないお前に、クラスを任せるわけにはいかん」
「なるほど、お互い譲るつもりは無いと……それでは、一つ勝負しませんか?」
「勝負……だと?」
怪訝そうな顔をする中、有栖はそれはもう楽しそうに提案した。
「ルールはいたってシンプル、次の中間考査で私と葛城君どちらがより高い点数を取るのかというものです」
「それで勝った方がリーダーだとでも?」
「まさか、そんなリーダーの決め方は誰も納得しません。ですが学力が上に立つ者の指標の一つになることもまた事実」
「む……」
「そもそも誰がリーダーに相応しいかはクラスの総意で決めるべきでしょう。この勝負はその判断の参考になります。……それとも、学力では私には勝てないからと勝負を避けますか?まあそれもある意味賢い選択ですが」
「さっきから聞いていればいい気になるなよ坂柳!たまたま満点だったからって図に乗りやがって!いいぜ、その勝負受けてやる!」
「おい弥彦!?」
「大丈夫ですよ葛城さん、こんな生意気な女凹ましてやりましょう!」
ほんと無能な敵って頼りになるよな。……残念ながら戸塚、この勝負は受けた時点でお前達の負けみたいなものなんだぜ?
流石にここから引き下がることは不可能と悟ったのか、葛城は渋々といった様子で承諾した。
「……わかった。いいだろう」
こうしてAクラスは葛城を擁する保守派と、坂柳を擁する革新派の真っ二つに別れてしまった。今後二人は自身がリーダーとして相応しいかを示しつつ、未だ中立のクラスメイトを自派閥へと取り込んでいくことになるだろう。有栖は楽しそうだから良いとして、内輪揉めで他クラスへの対策が遅れることに葛城は苦々しく思ってるだろうな。それでも有栖と戦うことを選ばざるを得なかったのは……多分、この子の本性がいかに邪悪かを見抜いたんだろう。
クラスは割れども時間は進み、あっという間に放課後になる。一触即発状態の2つの派閥は、それぞれどこで勉強会を開くか話し合っている。
「じゃあな有栖、また明日ロビーで」
「ええ、さようなら桐葉」
「えっ。本条お前、勉強会に参加しないの?せっかく勉強教えてもらうつもりだったのに」
橋本のもっともな疑問に、他の派閥メンバーも同意するように怪訝な表情を浮かべている……もっと言えば葛城派のメンバーも信じられないといった表情で聞き耳を立てている。
「有栖は元々派閥争いに俺を参加させるつもりは無いんだとさ。無敵過ぎてフェアじゃないとのことだ」
「桐葉に頼ったパワープレーで勝ったとしても、私が葛城君よりもリーダーとして優れていることにはなりません。彼が大々的に動くとしたら、それはAクラスが1つになってからです」
「有栖はプライドが高いから、完膚無きまでに葛城を打ち負かさないと気が済まないんだろな。そういう訳で君達政戦ごっこ頑張ってね、応援してる」
「応援してるならもうちょっと心込めろよ」
ナチュラルに見下された葛城派の敵意に満ちた視線を無視して、俺は颯爽と教室を飛び出した。とりあえず秘密裏に有栖から頼まれている用件をさっさと済ませるため校舎を適当にぶらついていると、見回りをしている大好きな先輩の後ろ姿が見えたので、俺はバレないように気配を殺して後ろに回り……
「書記ちゃん先輩ゲェェェッッット!」
「ひゃぁあぁああぁっ!?」
両脇を持って大きく抱え上げた。何が起こったか理解が追い着かないであろう、書記ちゃん先輩こと生徒会の橘茜先輩。俺は高い高いの体勢のままコマのように回り始める。
「書記ちゃん先輩久し振り~、ねぇ元気してました~?というか羽のように軽いですね~ちゃんとご飯食べてます~?」
「そ、その声は本条君っ!?いきなり何するっ、というか降ろしてください回らないでくださいっ!?これが先輩に対する仕打ちですか!?あと書記ちゃん言うな!」
「リクエストにお応えしてすぴーどあ~っぷ」
「いやそんなのリクエストしてませんあなたはいい加減話をにぎゃああああぁぁぁああぁぁあああ!?」
~5分後~
「バカなんですか!?いえ聞くまでもありませんバカですね!本条君はバカです間違いありませんこのおバカっ!」
「バカバカ酷い言われようすね、可愛い後輩のちょっとしたお茶目じゃないですか書記ちゃん先輩」
「タ・チ・バ・ナ先輩ですっ!何が可愛い後輩ですか厚かましい!乙女の両脇に無断で手をいれるなんて、セクハラで訴えられたいんですか!?」
「あー、それもそうすね……すいませんタ・チ・バ・ナ先輩。この通り、手をついて謝るんで許してください」
「普通手をつくって言ったら床にでしょ!?壁に片手ついて髪をかき上げながら謝られても、誠意を欠片も感じませんよ!というか呼び方からして喧嘩売ってますよね!?」
「……まあ流石に悪ふざけが過ぎましたよね、先輩に嫌われても仕方ありません。今後はもう先輩の前には現れませんから」
「そ、そこまでしなくても……べ、別に本条君を嫌いになったわけじゃ……!」
ぷんぷんという擬音が聞こえてきそうな怒り方をしていたかと思えば、我ながら大根だと思うほど露骨な落ち込むフリをして背を向ける俺に、アワアワと狼狽えまくる書記ちゃん先輩。なんだこの人メチャクチャ可愛いな。
「……もう、仕方ありませんね!もう怒ってないから戻ってきなさい!反省してるなら許してあげますっ!」
「やった!書記ちゃん先輩大好き!」
「はぅわっ!?」
振り向きながら満面の笑みとともに行った不意打ちに、顔を真っ赤にしてテンパりまくる書記ちゃん先輩。やべぇこの人、可愛すぎてちょっと引く。
「いや、あの……君の気持ちは嬉しいんですが、本当に凄く嬉しいんですが、その……私にはもう心に決めた人が──」
「? いや知ってますよ会長さんが好きなことぐらい。俺も異性としてじゃなくて先輩として好きって意味で言いましたし」
「へ?…… あ、そ、そうですか……って、なんで私が堀北君のこと好きだって知ってるんですか!?誰にも言ってないのに!」
んなもん一目瞭然でしょうが。
「んー、女の勘じゃないすか?」
「あなた男でしょうが!?」
「多分前世は女だったんですよ。トナカイの」
「多分メスのトナカイは女の勘なんて持ってないと思うんですけどね!もし持ってたらトナカイさんごめんなさい!」
ほんとこの人との会話は楽しいなぁ。本音を言えばあと40時間くらい続けたいところだけど、書記ちゃん先輩も生徒会の仕事とか忙しそうだし……そろそろ本題に入るか。
「ところで書記ちゃん先輩。可愛い後輩からちょっとお願いがあるんすけど」
「だから自分で可愛い言わないでください図々しい。……ちょっと可愛いと思ってしまっている自分が憎いです……それで、用件はなんですか?私も生徒会の一員ですし可能な限り力になりますよ」
頼られて満更でもないのか、ふんすと胸を張る書記ちゃん先輩に、俺は遠慮なく要求した。
「先輩達の代の一学期の中間テストと、4月に行われたテストの問題用紙を譲ってくれませんか?」
俺の要求を聞いた書記ちゃん先輩は、さっきまでと違って真剣な表情になりつつ周囲を窺う。……なるほど、あの会長さんが信頼してるだけあってただ可愛いだけの無能ってわけではないようだ。
「……どうしてそんな物を欲しがるのですか?」
「今日のホームルームで担任が言ってたんすよ、中間テストでクラスの全員が満点を取るのも不可能じゃないって。いくらAクラスとはいえ、三週間の勉強浸け程度でそんなことは到底不可能でしょ。……だけど真嶋先生はその絵空事を確信していた。それはつまり、事前に答えを得る手段があるとしか思えないっす」
「では何故小テストも?そもそもどうして私達が本条君達と同じ小テストを受けたと思うんですか」
「あの小テストの難易度はチグハグでしたからね。最後の3問は普通ならそれこそ事前に答えを知っていなければ早々解けるような問題じゃない。この学校はいちいち回りくどいからあれはおそらく、中間テスト攻略のヒントをさりげなく示していたんでしょうね」
「……なるほど、会長があなたを気にかけるのもわかります。でも本条君なら過去問なんて無くても問題ないのでは?……なら誰かのため?こう言ってはなんですが、あなたがクラスのために貢献しようとか思うような人には見えないんですが」
「ひでー言い草だけど的を射ていますね。先輩には嘘とかつきたくないんで正直に言いますが、ろくでもない使い方をします。……あ、校則やモラルはちゃんと守るので心配しないでください」
「はあ………………」
呆れたように深く嘆息した後、手のかかる弟を見るかのようなジト目を俺に向けてくる書記ちゃん先輩。うむ、多分有栖ともきっと仲良くなれるだろう。
「わかりましたよもうっ。もし私が断ったとしても、他の先輩に声をかけるでしょうしね……でもただではダメですよ。この学校は実力主義、何かを得るにはそれに見合う対価が必要です」
「300万でいいすか?」
「いや額が暴力的過ぎます!?たかが過去問一つに正気ですかあなた!?」
「けちくせー考えは己のスケールを狭めるだけですからね。遠慮せず受け取ってください」
「遠慮しますよ!?というかさせてください私のためにも!過去問一つで後輩から300万も巻き上げたら、私もうこの学校にいられませんよ!」
「ダメっすか。それじゃあこれから書記ちゃん先輩から書記様先輩と呼ぶってことで一つ」
「なんで頑なに役職呼び!?」
その後色々交渉した末、3万ポイントと今後は茜先輩と呼ぶことになった。……あのアダ名ちょっと気に入ってたのに残念だ。
茜「……いや、なんでいきなり名前呼びなんですか!?」
桐葉「嫌なんですか?」
茜「えっ、それは、その……嫌じゃ、ないですけど……」
桐葉「きゃー、茜先輩乙女ー」
茜「そろそろ本気で〆ますよ!?」
桐葉「きゃー、たすけてカイチョーさん、おかされるー」
茜「よーし良い度胸ですこの野郎!!」