女王の女王   作:アスランLS

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今回でようやく8巻は終わりです。
現状1年生で桐葉君に勝てる可能性があるのは有栖ちゃん、綾小路君、高円寺君ですが、今回その誰とも敵対しないので試験はかなりダイジェストで進みます。


合宿終了

試験を前日に控えた、最後の夕食の時間。

いつものように有栖と合流しようとしていたら、珍しく何やらどんよりとした雰囲気の卍解ちゃんが目についたので声をかけてみる。

 

「随分と辛気臭い顔してるね卍解ちゃん」

「え? ほ、本条君。ううん別に、ちょっと考え事をしていただけ-」

「有栖の悪意は慣れてないと疲れるでしょ?」

 

時間も惜しいのでつまらねー弁解を遮り核心をつくと、卍解ちゃんは一瞬怯えた様子を見せたがすぐに取り繕って苦笑いする。

 

「にゃはは……やっぱり本条君には隠し事はできないかー。でも悪意ってほど大袈裟じゃなくて、ちょっと坂柳さんから快く思われてないなってだけだよ」

「ふーん……まあ詳しいことは聞かないでおくよ。正直興味無いし」

「は、はっきり言うんだね……」

「俺は有栖と違ってサディストじゃないけど、だからと言って聖人君子でも無いから。それじゃ明日の試験頑張ってね、応援してる」

 

そう言い残して有栖の元へ向かう。

有栖の性格を考えれば、おそらくこの合宿中ではこれ以上卍解ちゃんを追い詰めようとはしない。あくまで彼女という器に罅を入れるだけに留まる。そして合宿明けてすぐに、大量の液体を注ぎ込んで自壊させようとするだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本条、少し時間いいか?」

「ありゃコージー?いいけど、どしたのさ?」

 

夕食を済ませ、グループメンバーの何人かに筆記試験とスピーチの指導を行った後、入浴しに大浴場へ向かおうとしたところをコージーに引き止められた。

 

「たしか本条は、元生徒会の橘茜と仲が良かったよな」

「そうだねー、俺が一番尊敬している先輩と言っても過言ではないかな」

「橘の現状についてはどれくらい把握している?」

「ほぼ全部かな。同じグループの生徒から酷い扱いを受けていることや、コランダム先輩達に迷惑をかけないため誰にも助けを求めていないこと……そして状況的にもうほぼ詰んでいることまで、全部」

 

この1週間さぞや地獄の日々だっただろう。夕食で見かける度日に日に焦燥していったことや、グループメンバーである先輩達が皆軽い罪悪感らしきものを抱えている様子からして、やはりどこかの生徒会長さんが裏で意図を引いて茜先輩を攻撃していたようだ。酷いことするぜまったく。

 

「……助けなくていいのか?」

「実はもう既に手は打ってあるんだ。茜先輩がクラスメイトに嫌われてたら流石にどうしようもないけどね」

 

コランダム先輩にはもう合宿中すれ違ったときに伝えてある。「もし必要無かったら後で返してください」って。当然怪訝そうな顔をしていたが……最終日には嫌でも理解することになるだろうね。

 

「……なるほど、まさにお前だけに許されたパワープレーだな。しかし本条、お前なら橘を傷つけない解決策もあったんじゃないか?」

 

コージーの言い分はもっともだ。俺はいくつかある選択肢の中でも最低最悪、茜先輩が最も傷つくであろう手段を選び取った。徹底した合理主義者であるコージーが理解できなくても無理は無い。

 

「んー……そうだね、今はちょっと後悔してるよ。随分と落胆と失望させられた」

「落胆?失望?……まさかと思うが、橘が自力で解決できると思ってたのか?」

「なわけないでしょ。この件は凡庸な茜先輩にはどうしようもない悪辣さだし」

 

俺は何も茜先輩の能力に一目置いている訳じゃない。あの人の素晴らしさはその『献身』であり、彼女はどこまで行っても凡庸の域を出ない。

そもそも俺が失望や落胆をしたのは、茜先輩に対してではなく他でもない俺自身にだ。あれだけ慕っていた筈の茜先輩が、こうして悪意に晒されもがき苦しんでいたというのに……俺の心はちっとも揺らがない。

 

「コージーも余計なことに首突っ込んでないで、グループで断トツビリなスピーチの練習でもしてなよ」

「……善処する」

 

おいこら視線を逸らすなバカタレ。……なんでこの子はこうもスピーチが下手なんだろうね。コージーパピーはこんなのに日本の命運を預けていいの本当に?

 

 

 

 

 

そして迎えた最終日、グループの優劣を決める戦いの日がやってきた。

各グループそれぞれ様々な過ごし方をしただろうけど、たぶん俺達ほどドライなグループも早々無いだろうね。

自由時間はそれぞれ他グループの友人と過ごしていたり、壁を作って自分の世界に入っていたりと、メンバー間の親密さはこれといって深まらず、かといって険悪という訳でもない絶妙な距離感で過ごしてきた。せいぜい自由時間にポケモン映画はどれが最高傑作かで熱く語り合ったくらいだ。

勝つためにお互いを利用し合い、勝つためにお互いの欠点を補うビジネスライクの結束。俺達が共有すべき志はただ一つ。グループの勝利だけでいい。……約2名は共有していないが、まあ仕方ない。

試験そのものは小グループか学年ごとに行われ、大グループは集計時の順位にのみ用いられる。全校生徒一斉に試験するには人手もスペースも足りないから当たり前だけどね。

試験内容は想定通り『禅』、『スピーチ』、『駅伝』、『筆記試験』……1つくらい想定外が欲しかったところだけど、まあ贅沢は言わないでおこう。

俺達1年は座禅、筆記試験、駅伝、スピーチの順番。駅伝による疲労が後々に影響することを考慮して、眼鏡コンビの順番を早めにしておいてよかったぜ。

朝食を済ませ座禅場に1年生が全員集合し、小グループごとに分かれて教師達の説明を聞く。

 

「ではこれより座禅の試験を開始する。採点基準は2つ。道場に入ってからの作法・動作と、座禅中の乱れの有無だ。終了後は次の試験の指示があるまで各自教室で待機するように。名前の呼ばれた順に整列し試験を始める。Aクラス、葛城康平。Dクラス、石崎大地」

 

おっといきなり変化球。これまで何回も座禅をさせられてきたが、順番はいつも一緒だったので急な変更に周囲から思わずざわめきが起こる。

 

「早く整列しろ石崎。次、Bクラス浜口-」

 

戸惑う石崎君は慌てて整列に向かう。ふむ、グループの何人か……幸村君や別府君が少し動揺しているみたいだね。

 

「はいはい慌てない。ただ順番が変わっただけで揺さぶられてちゃ向こうの思う壺だよ?今回の特別試験は心の成長がテーマだし、こういう意地悪もあるんでしょ」

「あ、ああすまない。もう大丈夫だ」

 

俺が優しく宥めると2人も落ち着きを取り戻し、教師に名前を呼ばれるとしっかりと返事して道場の中へ入っていった。その後すぐ俺も名前を呼ばれ道場の中へと入る。中は多くの教師がボールペンを持って立ち歩き、和室の景観を損ねるカメラが数台セットされていた。たぶん採点に確実性を持たせるためだろうけど……うちのグループは俺が入念に指導したから大半が満点に近い成績を取れるだろう。動揺してた石崎君がちょっと怪しいけどね。

 

 

 

 

 

 

 

座禅を終え、俺達のグループは指定された教室へと集まる。

 

「すまない本条……本番中足が痺れて、少しマイナス査定を食らったかもしれない」

「はいはい、いちいち気にしなーい。失敗を忘れるのも実力の内だよ?今から筆記試験だしそこで挽回しなさい。……他の皆も、俺の渡した筆記試験対策用紙の内容はちゃんと暗記してきたよね?」

「そりゃできる限りのことはやったけどよ……ほんとにあてにして大丈夫なんだろうな?」

「む。学力グループ内断トツビリな石崎君の癖に生意気な」

「うるせぇ放っとけ!?」

「教師達も別に俺達を退学にしたいわけじゃないからね、ばっちりテストに出る部分は教え方に熱が入る。俺の眼はそれを見逃さないよ」

 

まあ普段の俺ならこんなヤマ張りみたいな教え方は絶対しないんだけど、残念ながら時間が足りないからその場凌ぎに頼るしかない。

その後各小グループが集合し、試験が始まる。難易度は大して高くもないのでちゃっちゃと答案を埋めて、カンニングを疑われないよう頭部を一切動かさず他の人の様子を伺う。……真面目に勉強してきた生徒は余裕があり、そうでない生徒は余裕をなくしている中、うちのグループの面々は概ね大丈夫そうだ。

テスト終了後リュンケルと六助以外が集まり自己採点を行うと、俺と幸村君と浜口君が満点、コージーと別府君が95点、山田君と墨田君が90点、石崎君が80点という結果だった。

 

「疑って悪かった本条!おれこんな高い点数取ったの生まれて初めてだ!」

「いやむしろ点数落とし過ぎだろう……本条の対策用紙を真面目にやっていれば90は固い筈の問題だったぞ?」

「真面目にやってこれなんだよ悪かったな!?」

 

……ふむ。座禅でも皆ある程度しっかりとこなしていたし、筆記もさほど難しくなかった……たぶん今のところ1位だけど大した差はついていないだろうね。

 

「それじゃ皆。次は駅伝だけどあまり頑張り過ぎないよう適度な速さで走るように。途中で怪我して完走できなかったら失格なのは勿論、ここで体力を使い果たしたら次のスピーチがしんどくなるからね」

「だけど本条、そんな悠長にして駅伝で負けたら本末転倒じゃないか?」

「全くもって問題無し。足の速さで俺と勝負になるのは同学年ではコージーと六助だけだけど、2人とも同じグループだから対抗馬は誰もいない。俺にバトンが回ってくる頃にたとえ最下位でも、まとめてぶち抜いてあげるよ。たかだか7㎞弱でバテるような柔な鍛え方してないしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、駅伝はコージーが予想したよりも頑張ってくれた(それでも全然本気を出しちゃいないと思うが)おかげで2位と僅差の3位でバトンを受け取るや否や、前を走っていたBクラスの時任君と戸塚を抜き去る。あとはもう差が開いていく一方で、アンカーの六助に回る頃にはもうどうあがいても追いつけないほどのリードを保っていた。そして六助は流すように走って優雅にゴールテープを切った。

『駅伝』の後のスピーチも、六助のいかに自分が美しく完璧な存在かを熱く語ったスピーチに多くの人が疑問を抱いたものだが、それ以外のメンバーは無難に終えることができた。何人かの子にスピーチの内容まで考えてあげた甲斐があった……今さらだけど俺働きすぎじゃね?まあいいけどさ。

特別試験終了後、全校生徒の大半が疲労で満身創痍になる中、男女共に体育館へと集められた。いざというときはポイントで退学を回避できるよう、初日に回収された携帯は既に返却されている。

 

「林間学校での8日間お疲れ様でした。内容は違えど数年に一度開かれる特別試験ですが、全体的に前回よりも評価の高い年となりました。ひとえに皆さんのチームワークが良かったことが要因でしょう」

 

この林間学校の責任者と思われるお爺さんがそう告げる。表面上は笑顔ではであるが、内心では何かつらいものを圧し殺している……きっと心の優しい人なんだろうね。

 

「先に結果に触れますと、男子生徒の全グループがボーダーラインを超え退学者は0という、これ以上無い締め括りとなりました」

 

そう発表された瞬間、男子達からは安堵の声が漏れ聞こえてくる。……男子生徒のってことは、まあそういうことなんだろうね。

 

「それではこれより男子グループの総合1位を発表しますが、ここでは3年生の責任者の名前のみを読み上げます。まずグループ1位……石倉健介君が責任者を務めるグループです」

 

よっしゃ、予定通りうちの大グループが1位だぜぃ。

発表直後2年生のほぼ全員が歓声を上げみやびん会長の勝利を祝福するが、当のみやびん会長はにこりともせず複雑そうな表情を浮かべている。……全容を知っている身からすれば気持ちはわからんでもない。勝つ気が無かった勝負でどうしても勝ちたかった人に勝ってしまえばそうもなるだろう。ちなみにコランダム先輩の大グループは2位……ということはランス達もか。どうにか面目は保てたようでよかったね。

 

「堀北先輩」

 

気まずげな表情のまま3年生の集団に近づいていくみやびん会長に、藤巻先輩が敵意を向けるが元主将……何かしっくりこないからチカちゃん先輩でいいか……チカちゃん先輩とコランダム先輩に手で制される。

 

「お前の勝ちだ南雲」

「んー、何か俺が勝ったって気がしないっスね……勝因はたぶん本条のグループが1年の中で突出してたからでしょうし、もしあいつが堀北先輩のグループを選んでたら結果は逆だったと思いますよ?」

「それも引っくるめての勝負だ。あれだけ執着していたのに、勝ったら勝ったで面倒な奴だなお前も」

 

ふむ……パッと見では呆れたようにみやびん会長を諌めているけど、内心めっちゃ悔しがってるな。コランダム先輩も負けたことなんてほとんど無いだろうし当たり前か。

 

「執着してるからこそ俺の力で勝ちたいんスよ。……だから『男子』の方の勝負は保留にしといて貰えませんか?」

「男子は?女子は関係ないというルールだろ南雲」

「ええ、関係ありませんよ。俺と堀北先輩の勝負には、一切ね」

 

不可解なみやびん先輩の言葉遊びに、コランダム先輩達の表情が険しくなるが……もう遅い。

お爺さんが女子グループの順位を発表していく途中、心苦しそうな表情で残酷な現実を突きつける。

 

「……誠に残念なことではありますが女子グループには、平均点のボーダーを割ってしまった小グループが1組存在します」

 

男女共にその発表を聞き凍りつく。喜んでいた生徒も静まり返る。この特別試験でボーダーを下回る……それはつまり1人、もしくは2人の生徒の退学になるということ。

 

「最下位のグループは……3年Bクラス、猪狩桃子さんのグループです。そしてボーダーを割ってしまったグループは……」

 

一部の女子かは悲鳴が上がる中、コランダム先輩は何かに気づいたようにみやびん会長を見る。先ほどまでの気まずげな表情とはうって変わって、非常に凶悪な笑みを浮かべているみやびん会長を。

 

 

 

 

 

「……同じく3年Bクラス、猪狩桃子さんの小グループです」

 

……告げられたグループは予想通り茜先輩が所属しているグループだった。ルールにより責任者の猪狩先輩は退学し、コランダム先輩達のAクラスでの卒業がより磐石になったことになる。しかし俺の眼前では藤巻先輩達が凄い剣幕でみやびん会長に詰め寄っている。

理由は明白……連帯責任として退学させられるのは、まず間違いなく苛め同然の扱いを受けていた茜先輩だからだろうね。あのグループは大半がBクラスとDクラスで構成されている。合宿中での茜先輩の扱いを知らずとも、道連れ相手に彼女が選ばれることなどコランダム先輩が予想できない筈がない。

半ば部外者だったコランダム先輩が気づくんだから、当の本人が気づかない筈もなく、茜先輩は己の運命を悟り声を圧し殺して泣き出してしまう。

そんな敬愛する先輩の痛ましい姿と、このことを仕組んだであろうみやびん先輩を交互に見て、俺は内心で落胆するように溜め息をつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茜先輩ならもしかしてと思ったが、結局は無駄な試みだった。俺は目の前で打ちのめされている茜先輩を見てもまるで心が痛まないし、茜先輩に悪逆を尽くしたみやびん先輩にも何1つ憤りを感じられない……この悲劇を防げたのに放置していたことに対しても、まるて罪悪感が湧いてこない。

真っ当な人間なら間違いなく怒りと悲しみを抱く筈の状況においても、俺の心が揺らぐことは無かった。 

 

 

 

 

 

 

 




桐葉君が抱える欠陥がようやく明らかになりました。
彼は理由は不明ですが「怖い」や「悲しい」、「憎い」といった強いマイナスの感情を後天的に抱けなくなりました(感じられるのは精々退屈や落胆くらい)。だから寸分の違いも無い同じ食事を延々と続けても苦にならないし、何時間勉学に励もうが過酷な鍛練を積もうがストレスを感じることもなく、両親から恐れられ避けられても気にも止めません。これだけ聞くと何の不都合もない素晴らしい才能にも聞こえかねませんが、どうやら色々と不都合があるらしく桐葉君はどうにかして失った負の感情を取り戻したがっています。




さて、このままでは茜先輩が退学してしまう訳ですが……桐葉君はちゃんと救済の一手打っています。詳細は次回のエピローグにて。
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