女王の女王   作:アスランLS

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完全に中弛みした8巻が……やっと終わった。


8巻エピローグ

【side:堀北学】

 

「何をした南雲!」

「まだ結果発表は終わってませんよ藤巻先輩。そもそも何を怒ってるんです?Bクラスの生徒が退学になるだけですし、むしろライバルと差がついて良かったじゃないですか」  

「ふざけるな!」

 

白々しい笑みを浮かべる南雲に、藤巻はさらに声を荒げて詰め寄る。教師が面前であるため藤巻を諫めるべきだと頭ではわかっているのに、俺も緒方も怒りを堪えるのに精一杯で動けずにいた。

 

「えー、一部お静かにお願いします。残念ながら、グループの責任を取って猪狩さんの退学が決定しました。グループ内で連帯責任を命じることもできますので、後程私のもとへ来てください」

 

続いて女子の順位が発表されるがもう耳に入らない。ここまでくれば嫌でも理解させられる……南雲の挑戦状は、この悪辣な罠の隠れ蓑であったのだ。

解散が命じられ、バスの準備が整うまで自由時間が設けられる。南雲は退学を命じられた3年Bクラスの生徒、猪狩を手招きしてこちらへ呼びつける。

 

「猪狩先輩、教えてくださいよ。一体グループ内の誰を道連れにするんですか?」

 

猪狩が口を開くまでも無く、俺は誰が道連れにされるのかを予想できてしまう。それぞれのグループに誰が所属しているかなど当然把握している。猪狩のグループは主にBクラスとDクラスの生徒だが……たった一人だけAクラスの生徒が所属している。俺のよく知るその女子生徒は己の置かれた状況を悟っているのか、声を殺して泣きながら立ち尽くしていた。

 

「決まってるでしょ。散々グループの平穏を乱した、Aクラスの橘茜さんよ」

 

最悪の予想は裏切られることなく、全員に言い聞かせるように猪狩はそう吐き捨てた。

俺はクラスの代表として確実にAクラスで卒業するため、そしてクラスから退学者を出さないため、責任者にはならないよう皆に指示を出した。

しかし道連れルールがある以上どうしても確実性には欠ける。周囲を巻き込むことに躊躇いの無い南雲にいつ狙われてもおかしくない。だからこそ俺は正々堂々と戦うことを条件に奴の挑戦を受けた。

南雲は逆らう者に容赦せず、反則紛いの手段を講じたことも少なくないが、約束を破ったことはこれまで一度も無い。俺はそのことを信頼して第三者を巻き込ませないよう約束した。

 

だが南雲は前提を覆した。

 

合宿中内密に接触した綾小路が、特別試験のルール制定に生徒会が介入できるか聞いてきた意味がようやく理解できた。おそらく男女の交流を最低限にすることと、退学者の道連れルールは南雲の介入で追加されたもの……こいつは初めから試験中俺の目の届かない女子生徒で、なおかつ俺と最も親しい橘を嵌めるつもりだったのだろう。

おそらく橘以外は試験でかなり手を抜きボーダーを割ったのだろう。橘が手堅い成績を残していれば道連れ対象にはならないが、南雲の悪意にそんな甘い考えが通用する筈がない。橘が夜中に騒いで眠れなかった、橘の間違った助言を聞いたせいで試験結果が芳しくなかった等、橘以外のグループメンバーが結託し口裏を合わせれば裏付けが取れてしまう。

Bクラスは退学になってしまう猪狩をちゃんと救済するという条件で協力したのだろう。同学年を掌握する南雲なら2000万ポイントをかき集めるのはそう難しいことではない。そしてこの時期にわざわざ下位クラスを指名する理由は無いし、放っておけば上位2クラスが共倒れする以上C、Dクラスに断る理由も無い。

 

「南雲……堀北が君の勝負を受ける条件に、第三者を巻き込まないと約束させた筈だろう」

「待ってくださいよ緒方先輩、俺は無関係ですよ」

「白々しい!」

「藤巻先輩も落ち着いてください。橘先輩がグループの足を引っ張ったせいで平均点のボーダーを下回り、道連れにされただけじゃないですか」

 

緒方と藤巻の糾弾を、南雲は薄笑いを浮かべながら意にも介さない。俺も思うことは色々あるが、今は南雲よりも優先することがある。

俺は泣きながら俯いている橘の元へ向かう。……合宿前と比べて随分とやつれてしまっている。この7日間、相当つらい思いをしてきたのだろう。

 

「堀北君、ごめんなさい……!」

「何故だ橘……何故俺に相談しなかった。お前なら嵌められたことに気づいていたはずだ」

「それは……堀北君の、負担になることがわかっていたから……」

  

思えば合宿中1度も橘と顔を合わせることが無かった。それは偶然ではなく橘の方が俺を徹底して避けていたのだろう。俺が南雲の策略への対処に集中できるよう、自身が退学することを受け入れてまで……何が歴代最優秀の生徒会長だろうか。結局の所俺は南雲のことも橘のことも何一つ見えてはいなかった。

 

「奇想天外、いや規格外の戦略でしたでしょう?俺の手を読める人間なんて誰もいません。堀北先輩、あなたを含めてね」

 

何が面白いのか大笑いしながら南雲は俺達に近寄り、橘に向かって煽るように問いかける。

 

「教えてくださいよ橘先輩。3年Aクラスの卒業間近に退学していく気分はどうですか?そして堀北先輩、きっとこれまで感じたことない苛立ちに包まれてるんじゃないスか?」

「……何故俺を狙わなかった」

「今回の手をあなたに用いても防がれるでしょうし、別に俺はあなたに退学してほしいわけじゃないですからね。そこで橘先輩に人柱になってもらうことにしたんです。彼女が脱落すれば、いったいどんな顔をするのか見てみたかったんで」

「思想こそ危ぶんでいたが、お前には一定の信頼は置いていた。これまで常に有言実行してきたお前なら、勝負事には真っ直ぐに向き合う男だと……しかしそのくだらない好奇心のために、お前は大きなものを失ったぞ」

「自分から捨てたんですよ。後輩思いの先輩にちゃんと理解してもらうためにね」

 

約束は守る、約束は守られる。そんな根底を南雲はあっさりと塗り替えた。きっと今回のことはただの前哨戦……おそらくは最後の特別試験辺りで、南雲は再び俺に牙を剥くだろう。だが…

 

「残念ながらお前の思い通りにはいかないぞ。俺達は橘を退学させたりなどしない」

「ま、待って堀北君!」

 

橘は慌てて止めに入るが聞く耳は持たない。クラスのために自身を犠牲に出来るお前を見捨てるわけにはいかない。きっと緒方達も同意見だろうと信じ、自身のポイントを橘へ送金すべく携帯画面を開き……

 

「まさか、吐き出すんですか?この時期に大量の金とクラスポイントを?」

「お願いやめて堀北君……私がダメだったのは自己責任だから-」

「淋しいことを言うな橘。俺達は君を見捨ててのうのうとAクラスで卒業するような薄情者ではない」

「お、緒方君……」

「遠慮することは無い、使え使え」

「藤巻君まで……」

「……待て皆。どうやらポイントを賄う必要は無さそうだ」

 

携帯画面のポイント残高が目に入った俺は、様々な感情が駆け巡る。喜びや感謝よりも、困惑と怒りが先行する。どういうことかは後で本人に問い詰めるとして……

 

「南雲、自分の手を読める人間なんて誰もいないと粋がっていたな?」

「……? ええ、それがどうかしましたか?」

「残念ながら、少なくとも1人いたようだ」

 

俺は携帯画面を向けると、南雲は怪訝そうにそれを見て……驚愕に目を見開いた。

 

「な……あ、あり得ない!いくらアンタでも、個人でそんな額のポイントを所持している筈が……!」

「答える義務が無い……と言いたいところだが、少し考えてみればカラクリはすぐにわかるだろう」

 

南雲も決して愚鈍では無い。俺の言葉を理解したのか、目に見えてイラつきながら奴を探す。が、残念ながらもう既にバスに乗り込んだようだ。

俺は南雲を無視して橘の携帯に退学取り消しに必要な額……2000万ポイントを送金した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高度育成高等学校へと帰還後、夜の自室にて……

 

「……とまあそんな訳でみやびん先輩の目論見に気づいた俺は、ポイントを払って一時的に携帯使う許可をもらって2000万ほど送金したわけです、はい」

 

色々と聞きたいことがあったので、俺は本条を呼び出していた。何やら用事があったらしく2時間ほどしてから本条はやってきた。……頬にくっきり残った紅葉マークがとても気になったが、まあ何があったか薄々予想できる。

 

「まずは礼を言っておく。どの道橘は救い上げるつもりだったが、最終試験に備えてプライベートポイントを残すことができた。借りた2000万は必ず卒業するまでに返却するので安心してくれ」

「別に返さなくてもいいっすよ?特に使い道も無いあぶく銭ですし」

「お前が良くても俺達が駄目だ。後輩から大金を借りておいてそのままなどと、人の道から外れた行いは許されん」

「ふーん……まあ気長に待ってますね。

それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」

 

そう言って俺を見据える本条は今まで見たことが無いような、まるで綾小路を彷彿させる無機質な表情を浮かべていた。

 

「では率直に聞こう。合宿二日目にポイントを送金したと履歴に残っているが、そのときには既に南雲の企みに気づいていたということになる」

「ええ、そうなりますね」

「普段から橘と親しいお前が、橘を助けようとしても不自然ではないが……もっと他にやり方がなかったのか?」

「勿論ありましたよ?あなたに迷惑をかけたくないっていう、茜さんの気持ちを汲んだとしてもやり様はいくらでも……例えばあなたに送った2000万を猪狩先輩に渡して交渉すれば、茜さんが無為に傷つくことは無かったでしょうね」

「では、何故そうしなかった?」

「みやびん先輩と同じ好奇心ですかね。……たぶんあの先輩と俺は、本質的には似た人種なんでしょう」

 

南雲と本条はよく似ている。奇しくもそれは4月の入学式にこいつと邂逅したとき、他でもない俺の抱いた感想と同じだった。

 

「……橘が苦しむ所を見たかったと?だとすれば心底お前を軽蔑せざるを得ないが」

「有栖じゃあるまいし、俺にそんな趣味はありませんよ。まあ特に隠すことでも無いし打ち明けますが……俺、怒ったり悲しんだりできないんですよ」

「……何?」

 

突拍子もなく本条はそんなことを宣ったが、流石に理解が追いつかない。こいつは何を言ってるんだ?

 

「より正確に言うなら、強い悪感情を抱けないんです。信じる信じないは自由……と言いたいところですが、信じてもらわないと話を進められないので信じてください」

「随分と強引だがまあいい……それで、橘を見殺しにしたことと何の関係がある?」

「この欠陥は生まれつきそうだった訳ではなく、いつの間にかそうなってたもので、俺はどうにかして失ったものを取り戻すべく、色々と試行錯誤を重ねてるんです。……残念ながら成果は上がってませんが」

「今回のこともその一環だと?」

「ええ。茜さんは有栖を除けば最も親しい人……そんな方が理不尽な悪意で苦しみ傷つけば心が痛むのではないか、またその元凶であるみやびん先輩を憎むことができるのではないか、と。残念ながらどちらも徒労でしたけどね。残念無念」

 

つまらなそうに言う本条を見て、俺はこいつに抱いていた懸念が正しかったことを悟った。

本条が南雲と接触すれば、下手をすれば南雲以上の学校の脅威となりかねない。そう危惧した俺は恩を売りそれを引き換えに南雲に味方しないよう約束させた。その判断が間違いではなかった……本条桐葉の危険性は南雲をも凌駕している。こいつの好奇心は敵対する者のみならず味方をする者さえ犠牲にしかねない。

 

「……とまあ今話したこと全てを茜さんに包み隠さず全て話し、もう二度と彼女に関わらないでおく旨を伝えた結果が、こちらになります」

 

そう言って本条はくっきりと紅葉のついた頬を指差す。やはりここに来る前に橘と会っていたのか。

 

「人の信頼を裏切れば、必ずそれ相応の代償を払うことになる。甘んじて受け入れるんだな」

「それがそう単純な話じゃないんですよ。茜さんが俺を拒絶したなら想定の内だったんですが……逆に絶対に逃がさないと宣言されたのは完全に想定外でしたね」

「逃がさない、だと?」

「彼女の言い分を要約すると、『私が助けてくれなんて誰も頼んでないのに、後輩が一丁前に責任なんて感じてんじゃねぇ。絶対にそのひん曲がった性根を叩き直してやるから覚悟しろ』だそうです。……いやはや、素晴らしい先輩を持って俺は幸せですよ」

「そう、か……橘はお前を、そして南雲すらも恨んでいなかったか」

「あんな優しい子他にいませんよ?絶対手放しちゃ駄目ですからねコランダム先輩」

 

手放しちゃ駄目?……ああ、こいつもその口か。

 

「何か勘違いしているようだから訂正しておくが、俺と橘は別に男女の仲があるわけではないぞ」

「……はぁ」

「おい、なんだそのバカにしたような溜め息は」

「いや別に、どうせならいっそのことガッカリすることも無かったらなんて思ってませんよ。それじゃあもう帰りますね」

 

そう言って肩を竦めてから本条は部屋を出ていった。……何だったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




桐葉君は常識も良識もあるから、自分から悪行を行うことは無いので放置していれば無害な草食系なので、実は堀北君の危惧はほとんど杞憂です。目の届く範囲で悪事が行われていても放置して見守りますが。
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