混合合宿から数日後の放課後。
俺は有栖からの指示で空き教室を借りて、Cクラスの
「まあまあそう固くならないでよ。何も取って食おうって話じゃないんだし」
「あ、ああ悪い……それで、物凄い儲け話があるって本当か?」
誘っておいてなんだけどさ、こんな胡散臭い誘い文句に釣られて1人でノコノコやってきたらダメでしょ。将来変な壺とか買わされそうだねこの子。
「ああ、とびっきりの儲け話さ。……君はAクラスに上がりたい?」
「は?いや、そりゃ勿論上がりたいけど……これだけポイントに差があるんじゃ、Aクラスは流石に無理なんじゃないか?」
ランスが指揮を取っていた頃はリュンケルやコージーに遅れを取り続け大きく後退してものだが、有栖に代わってからは連勝に連勝を重ねBクラスとの差は5月よりも広がっている。並の生徒なら心が折れ始めてもおかしくはない。
「ああごめんごめん、誤解させたようだから言い直すね。クラスを裏切ってでもAクラスに上がりたいと思う?」
「……はあ?どういうことだよ?」
俺の言葉の真意をまるで汲み取れていないのか、アホ面を晒して首を傾げている。俺は負の感情が欠落してるから別に気にならないけど、きっと日頃から何度も周囲を苛立たせてるんだろうなあ。
「Cクラスを裏切って俺達と手を組まない?」
「……え?」
「まあ簡単に言えばスカウトさ。うちのお嬢様は1つ下のBクラスよりもむしろ、成長著しい君達Cクラスを警戒している。大半のクラスメイトはまだまだ君達を軽視しているが、このまま俺達の脅威になる前にさっさと摘み取っておこうって腹積もりでね」
当然そのような事実は一切無いが、まあこの子ならこんな穴だらけの説明でも鵜呑みにしてくれるだろう。
「なるほどな~。まあ確かに、坂柳ちゃんが俺達の急成長に危機感を覚えるのも無理は無い。でもなんで俺がクラスを裏切らないといけないんだよ?そんなことしてなんのメリットが-」
「メリットなら用意してあるよ。この学校の生徒のほぼ全ての生徒が欲するであろう特権をね」
携帯のポイント残高画面を見せると、彼は驚愕して大声を出しそうだったので手で抑えて塞いでおく。まったく、この交渉の場は極秘なんだからしっかりしてよね。
「……ぷはぁっ!な、なんで6000万ポイントもあるんだよ……!?」
「俺は本条桐葉だよ?」
「……そ、そうか。それなら有り得る、のか……?」
いやほんと大丈夫か君?もう高校生なんだからこんな適当過ぎる説明で納得しちゃダメでしょマジで。
「2000万ポイントと引き換えに、生徒はどこでも好きなクラスへ移ることができるのは知ってるよね?そして俺は君をAクラスに迎え入れても、何ら痛手ではない程の財力を持っている。……もうわかったよね?」
「Cクラスを俺の手でボロボロにすれば、その見返りで俺はAクラス、てことか……!」
「その通り。……まあクラスメイトを裏切りたくないなら、別に無理強いはしないさ。他の子にこの話を持っていくだけだから、ちゃんとよく考えて決断をしなよ」
「あ、ああ……少しだけ考えさせてくれ……!」
そう言って俺の前で差も重苦しそうな表情を作って悩み出すが、俺の眼は彼が完全な平常心であることを見抜いている。彼の中ではもう私欲でクラスを裏切ることが決まっているようだ。……別にいいけど清々しいほど我欲の塊だねこの子。
「……わかったよ、俺はお前達につく。散々悩んだけどさ、温い馴れ合いがしたくてこの学校に来たわけじゃないもんな」
どうせこの子は甘い謳い文句を疑いもせず、この学校にノコノコやってきたんだろうなあ。
「それで、俺は何すればいいんだよ?」
「その辺はうちのお嬢様が決めるから、しばらくは待機かな。たぶん行動するのは主に特別試験の時だね」
「ど、どんなことをすればいいんだ?」
「方法はこちらから指示するし、そう難しく考えなくてもいいと思うよ。例えば2学期にやったペーパーシャッフルなら、試験前にCクラスが用意した問題を俺達に流してくれれば十分でしょ?」
「おお!そんな方法が……!」
櫛田ちゃんがリュンケルと手を組んでいたことからして、水面下で問題の流出に関する攻防が行われていたんだろうけど、案の定この子は蚊帳の外か。
「一応言っとくけどここで話したことは誰にも言っちゃ駄目だよ?目論見がバレちゃってるスパイほど使えねーものは無いし」
「わ、わかってるよ……」
「俺に嘘や隠し事は通用しないから注意してね。もし誰かにバレたらこの件は無かったことに……」
「わかってるって言ってるだろ~。俺の言うことが信用できないのかよ?」
うん。
「あと、なんで俺にこの話を持ってきたか聞いてもいいか?」
「うちのお嬢は人の本質を見る目に長けているからね。表向きにはホリリンや平田君の活躍が目立つけど、これまでのCクラスの躍進には君が欠かせない要因だと、しっかり見抜いているのさ」
「さ、坂柳ちゃんが俺のことを……いや~、やっぱりわかる人にはわかっちゃうか~。まあ確かに、Cクラスのリーサルウエポンと言えば俺のことよ。無人島の合宿のときなんて俺の機転が無ければ-」
……うーむ、半分ふざけて言ったんだけどまさか真に受けるとは。しかも明らかな虚言を並べてるのに嘘をついている様子が見られない……まさか本気でそう思い込んでるのかね?まいったな、有栖、コージー、六助に続く俺の眼を欺けるリストにこの子は加えたくないんだけど。
このままこの子の虚構の自慢話に付き合っても時間の無駄だし、さっさとおいとまするとしよう。
「それじゃあスパイ活動頑張ってね。応援してるよ……山内春樹君」
「ふーやれやれ。あんなに騙し甲斐の無い子は初めてだよまったく」
下駄箱で靴を履き替えながら思わず嘆息する。あー無駄な時間だった。まったく有栖ちゃんは体だけでなく器も小さいんだから……聞かれたらぶっ殺されるなコレ。
今頃山内君はAクラスになってからの勝ち組の学校生活に胸を膨らませているだろうが、残念ながら彼に栄光が訪れることは5000%無い。本来あんな小物を有栖がわざわざ潰しにかかることはまず無いし、あったとしても雑草を抜くようにサクッと仕留めるだけなのだが、蛇よりも執念深いあの子は合宿中に突き飛ばされたことを相当根に持ってるのか、俺を登用してまでとことん念入りに潰しにかかるみたいだ。俺の推測ではたぶん山内君は裏切り者であることをクラス全員に糾弾され、嫌われ者としてこの学校を去る末路が待ってるだろう……我ながらどうしようもない悪女に惚れちゃったものだね、うん。
「なあ本条、少し話があるんだけどいいか?」
「ふむ、柴田君と……白波ちゃん?珍しいね」
学校から出た直後、Bクラスの2人に呼び止められた。ここ数日Bクラスの生徒に下手な尾行をされていたけど、痺れを切らして直接接触してきたか。
俺に対するトラウマが払拭されてないのか白波ちゃんは少したじろいだが、どうにか堪えて俺を睨みつける。柴田君も普段の人懐っこさが鳴りを潜め、かすかに敵意のこもった視線を向けている。随分と殺伐としているね。
これから有栖ん家に向かうところだったので、携帯を操作し有栖に『B勹ラス@里予尤z匹レニロ歯ゐ⊃カゝれナニ@τ″少ιぇ犀れます』とメールを送ってから彼らの要求に応える。さてと、適当に口八丁で煙に巻くか。
「うん、構わないよ。それで何の……いや待って、せっかくだから当てたげるよ。最近出回ってる卍解ちゃんの悪い噂について、俺や有栖が首謀者じゃないかって問い詰めに来たんでしょ?」
合宿終わってから舌の根も渇かない内に、学年全体で卍解ちゃんに対する噂が蔓延し出した。暴力沙汰だの援助交際だの薬物だの強盗だの……卍解ちゃんとは縁の無い名誉毀損ものの噂が大量に。
「な、なんで何も言ってないのにわかるんですかっ。疚しい心当たりがあるからそう思うんじゃないんですか!?」
「いーや?簡単な推理だよ。俺に苦手意識のある白波ちゃんが来たってことは、まず間違いなく卍解ちゃん関係だとわかる」
この子明らかに卍解ちゃんに懸想してるからね。こんなもんどっかの朴念仁会長以外はすぐわかる。
「彼女の人徳からして、きっとクラス中が例の噂の出所について探っていたんだろうね。そしてたぶんだけど最初に噂を流したのは、俺達Aクラスという可能性が高いと判明した。そうなると黒幕の可能性が高いのはクラスを掌握している有栖、もしくはそのすぐ下にいる俺だと推測。ここ数日にしていたストーキングはそれを探っていたんだろうね」
「き、気づいてたの!?」
「生憎と生粋の草食動物なもんで、視線には目ざといのさ。……残念ながら俺や有栖から手がかりを掴むことが出来ず、長引けば卍解ちゃんが苦しむと思い、業を煮やして直接問い詰めに来た。……さて、違うかな?」
「ひっ……!」
真っ直ぐ目を見つめながら淡々と目論見を語ってあげると無人島でのことがフラッシュバックしたのか白波ちゃんは震える肩を抱き縮こまり、そんな彼女を庇うように柴田君は前に出る。流石はBクラス屈指のモテ男、行動の1つ1つがイケメンだね。
「あまり白波を追い込むな本条。お前そういう気遣いができる男の筈だろ?」
「ごめんごめん。でも誰だって身に覚えの無い罪で糾弾されたら腹も立つでしょ?」
まあ嘘だけどね。残念なことにその程度では俺の心には何一つ響かない。
「身に覚えの無いって……本条はこの件に関わってないのか?」
「有栖は代役が務まるような仕事を俺に割り振ったりはしないよ。俺が直接動くようなときは、それだけ重要な局面ってことさ。Aクラスを目指すつもりなら今後のために覚えておくといい。それから有栖がこの件に関わってるかどうかについては……わかんないかな」
「は?」
怪訝そうな顔になる2人。さっきまでの白波ちゃんならきっと噛みついてきただろう。あらかじめ心をへし折っといて正解だったね、うん。
「いやいや、あんだけ仲良いのに知らないってことはないだろ!しらばっくれてんのか!?」
「実際知らないんだからしょうがないでしょ。別に悪巧みの一から十まで俺に話してるわけじゃないんだよ?有栖は性格が悪いからこの件に関わっていても別に不思議じゃないけど、俺に伝えてないってことは仕事を割り振るつもりが無いんだろうね」
「せ、性格が悪いって……俺もそう思うけどお前がそれを言っていいのかよ?彼女なんだろ?」
「俺はあの子のそういうところも含めて好きになったから別にいいの」
あとまだ彼女じゃないんだけどね。いちいち否定するメリットは無いからスルーしておくけど。
2人は当然納得がいかないといった様子だったが、俺が知らないと言っている以上追求も難しい。無理矢理聞き出そうにも俺に対して力づくが愚策と気づかないほど愚かでも無し……完全に手詰まりなようで、特に白波ちゃんは悔しそうに歯を噛み締めている。
「……ただまあ、君達も手ぶらじゃ帰りづらいか。俺も呼び止められておいて何もないんじゃ時間を無駄にしたようで癪だし、1つだけアドバイスをあげる」
「アドバイス……?」
「もし今回の首謀者が有栖だと仮定するなら、やっていることが不自然過ぎる。俺の眼から視ても卍解ちゃんは、今噂で流れているようなことをする子じゃない」
「と、当然だよ!帆波ちゃんがそんなことする筈無い!」
「そうだね。生徒会役員も務めている彼女の人柄は、学年のみならず全校生徒が知っている。彼女が事実無根と否定すれば皆それを信じるし、この件はタチの悪いゴシップで終わってしまうだろう。……生粋のサディストである有栖が、そんなチャチな嫌がらせで満足する筈が無い」
「お前ほんとに坂柳のこと好きなのかよ……?」
「大好きだよ?……まあともかく今流れている噂は何かの布石であり、この事件はまだ序曲である可能性が高い」
「「っ!?」」
このままでは卍解ちゃんはより強い悪意に晒される……ようやくことの深刻さを理解した2人は顔をひきつらせた。
「まあ全部有栖が首謀者であるという前提ありきの推測だけど、備えとくに越したことは無いだろうね。卍解ちゃんが大切ならちゃんと守ってあげなよ?」
そう言い残し俺は踵を返し2人のもとから去っていく。少し塩を送り過ぎた気がしないでも無いが、口止めされてないってことは想定済みなんだろう?
「……まあそんな感じで山内君の懐柔は成功。それとBクラスの子達がお前の尻尾を掴もうと鼻息荒くしてるみたいだよ」
「ご苦労様でした。Bクラスの方々の行動については概ね予想通りですので、放置してもらって構いません」
「さいですか」
有栖の部屋にて、以前俺がプレゼントした熊のぬいぐるみ(命名:鮭之介)を弄りながら報告を終える。……有栖は何か抱きしめながらじゃないと寝付きが悪くなるらしいんだけど、合宿中はいったいどうしてたのかな?まさか鮭之介を持ち込んだんじゃないよね?そんなことしたらリトルガール呼ばわりされても文句言えないんじゃあ……。
「桐葉?今何かとても失礼なことを考えていませんでしたか?」
「いや別に?高校生にもなってぬいぐるみ抱いて寝てるのはかなり痛いとか微塵も(ゴンッ!!)あうっ!?」
「殴りますよ?」
「殴ってから言うなし……」
減らず口には容赦なく振り下ろされる愛の鞭(鈍器)。避けようと思えばどうとでもなるけど、それやったら有栖が露骨に拗ね出してめんど……非常に心が痛むので甘んじて受ける。
「……ところで有栖、いったいどうしたのさ?」
「? どうしたの、とはどういう意味ですか?」
「目元に涙跡が残ってるから、何か悲しいことでもあったのかなって」
「ッ!?」
咄嗟に目元に手をやってしまう有栖。……この子がこんな子供騙しに引っ掛かるってことは、よほどのことがあったんだろうね。
「っ……私を謀るとはいい度胸ですね」
「はいはい凄んで誤魔化さないの。眼に頼るでもなく、今のお前はわかりやすいくらい落ち込んでるように見えるよ。……抱え込まずに話してごらん?お前は気が強いけど打たれ弱いんだから、心身ともに」
「……ふふ、一言余計なんですよいつもいつも。そこまで大袈裟なことではありませんよ。なんでもお父様にとって不利なものがたくさん出てきたらしく、つい先ほど停職が決まったと連絡を受けただけです」
「ファザコンの有栖ちゃんからしたら一大事じゃん」
「誰がファザコンですか」
膨れっ面でポカポカと殴られる。和むなあ……。
しかし、坂柳パピーが停職ねえ……あの人はこの娘の親とは思えないほど清廉潔白な人物だから、誰かに嵌められたと考えた方が現実的だ。そしてあの人はこの娘の親だけあって非常に優秀で、そんじょそこらの有象無象に遅れを取るとは思えない。ましてや政府という後ろ楯があるあの人を、リスクを冒してまで陥れようとする人となると……
「なるほど、綾小路パピーか」
「……ええ。綾小路君のお父様、もしくはその息のかかった人物の仕業かもしれません」
なるほど……大好きなお父様がホワイトなんたらとかいう非人道的な施設を運営している狂人に付け狙われてるんじゃ、不安に思うのも無理は無い。
内心不安でいっぱいな筈。泣き出してもいいくらいなのに気丈に振る舞う有栖を、俺は黙って優しく抱き寄せる。
「き、桐葉……?」
「ここには他に誰もいないし、俺も目を瞑っててあげる。……坂柳パピーはそう簡単に潰されるような人じゃないけど、心配で気が気じゃなくなるのは何もおかしくない。片意地張ってないで泣きたいときには泣いてもいいじゃないか、俺にはできないことだけど」
「……まったく、桐葉の癖に、生意気ですよ」
「はいはい、すみませんねお嬢様」
結局有栖は涙の一つ流すことなく、毅然とした態度を崩さなかった、と主張しておいてあげよう。泣かせた俺がそう主張するのだから、それで間違いないのだ。
桐葉君の最近のマイブーム……ギャル文字
桐葉君との仲が周知されているこの作品だと、いくら山内君でも有栖ちゃんに言い寄ったところで警戒される(そして有栖ちゃん自身演技でもやりたくない)とのことで、桐葉君が金をちらつかせて懐柔しました。
原作では理事長停職のことをあっさり話していましたが、流石の有栖ちゃんも最初聞かされたときは内心穏やかじゃなかったんじゃないですかね?