女王の女王   作:アスランLS

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改めて思いますが、金(プライベイートポイント)の力はシンプルながらとても強力な武器ですね。

そしてそんなプライベイートポイントを、我らが桐葉君はアホな使い方しかしていません……。


9巻エピローグ

【side:一之瀬】

 

心優しいクラスの皆が私を受け入れてくれたことに、私は感極まって泣いてしまいそうになるのを堪えていたそのとき……先ほどまでとてもつまらなそうにしていた本条君が、パチパチと拍手をしながらこちらに近づいてきた。

私は、いや私達は思わず姿勢を正し身構える。……おそらく今回の件に本条君は何も関与していない。それどころか今朝神崎君に聞いたから考えるに、本条君は今回の件を解決するにはどうすればいいかを遠回しに教えてくれていたらしい。いや、もっと言うなら二学期末には既に私に対して助言してくれていたっけ……。

ともかく有栖ちゃんと私、どちらの顔も立てつつもずっと一歩引いた位置から成り行き見守っていた彼が、ここに来て前に出てきた……何をするつもりなのかまるでわからず、どうしても体が強張ってしまう。

 

「君はこの1年自分がリーダーとして求められることに対して、どこか後ろめたさをずっと感じていたね。……そのつまらねー柵は今日無くなった。そのことをまずは祝福しておくよ」

「あ、ありがとう……?」

 

私の抱えていたものが本条君に筒抜けなのはもう今更だとして、彼は何が言いたいのだろう?

 

「でも1つだけ問題が残ってるよね?たった1つとはいえバラ撒かれた噂を肯定してしまった以上、有栖の言ったようなことを君がしでかすのではって疑念は、このまま根強く残っちゃうだろう」

「それは勿論覚悟してるよ。しばらくはそういった疑惑の目で見られるかもしれないけど、少しずつ払拭していけたら─」

「うんうん、たしかにそれが無難な解決法だろうね。……でもさ、ぶっちゃけ面倒じゃない?」

 

本条君は何か携帯を弄りながらそんなことを言い出した。どうしよう、話がまったく見えない……。

 

「め、面倒?」

「学年末テストだの一年生最後の特別試験だので色々と大忙しなこの時期に、そんな回りくどいことにかかずらわなきゃならないなんて……正直嫌でしょ?」

「え、ええと、でも……」

「言い淀んだってことは、やっぱり多少はそう思ってるんだね。だからちょっとした親切心で俺が解決方法を提示してあげるよ。確証の無い噂なんて、明確な実績で捩じ伏せればいいのさ。……はい送信っと」

 

彼がそう言い終わるとほぼ同時に私の携帯が震えた。明らかに無関係ではないので軽く断りを入れてから携帯画面を開くと……桐葉君から2000万プライベートポイントが送金されていた。

 

「えっと本条君……これ、どういうことなの?」

「たった今送ったそのポイントは、どう使おうと君の自由だ。何ならそれで今すぐウチのクラスに移動してきてもいい」

「「「なっ!?」」」

 

本条君の発言から送金した額を察した周りの生徒達が騒然とする。当然だろう、過去この学校で2000万もの大金を個人で集めた生徒は一人もいないという話は有名だ。だというのに同級生がもう既に集めていたことも……そしてそれをあっさり手放したことも、私達からすれば理解できる次元を完全に超えてしまっている。

 

「いくら有栖でも自分に従う子を無意味にイジめるほど外道じゃないし、優秀な君ならウチのクラスメイト達もきっと仲間として迎え入れてくれるよ。まあこれまで築いた人徳や信頼は二度と戻らないけど、どうしてもAクラスの恩恵を得たいと思うなら安い代償でしょ?」

「本条、お前!」

「おっと悪く思わないでよ柴田君、あくまで選択するのは彼女だ。……さて卍解ちゃん、君はその金をどうするんだい?」

 

そう言って試すように不敵な笑みを浮かべる本条君。……もう何度も身をもって知ったことだけど、この人に隠し事は一切できない。私がどうしてもAクラスで卒業したがってることは、きっとバレているんだろうな。

 

「勿論どういう使い方をしようと文句は言わないよ。どうせあぶく銭だし」 

「そっか。……じゃあ、選ばせてもらうね」

 

不安そうに見守るクラスメイト達、固唾を飲んで見届けるC、Dクラスの人達に囲まれながら、私はこの悪魔の誘惑と言うべき問答に対する答えとして……

 

 

 

送られてきた2000万を、そっくりそのまま本条君に送り返した。

 

「……ふむ、それが君の選択か」

 

携帯画面を確認しポイントが戻っていることを確認した本条君は、とても愉快そうに笑った。

 

「誘ってくれたことはとても嬉しいけどごめんね、私はこのクラスでAを目指したいんだ」

「それはまあ予想通りだけどさ、だったらポイントは俺達と戦うための軍資金にでもすればいいじゃないか。これだけ証人がズラリといるんだし、俺が騙し取られたって学校に泣きついたところできっと相手にされないだろうに」

「うん、クラスのリーダーとして考えるならそうするべきだってわかってる。でも……私を信じて悪評を晴らそうとしてくれる人のポイントを利用するなんて、やっぱり私にはできないや」

 

確証の無い噂を明確な実績で捩じ伏せる……全クラスの生徒が見ている前でこうすれば、私にかけられた疑惑はあっという間に風化するだろう。2000万という大金を手放してまでする必要があるかどうかは、人によって判断にわかれるかもしれない。

けれど……私を信じてくれた本条君を裏切るなんて、私には到底できっこない。きっと坂柳さんや龍園君にはリーダーとして不適格と判断されるだろうけど、それでも私は私のやり方でAクラスを目指すんだ!

 

「なるほど、それが君の信念なんだね。なら……ちゃんと最後まで貫き通しなよ?」

「うん、もちろんだよ!」

「……というわけだ有栖。結論として卍解ちゃんは疑いの余地の無い、お人好しのおバカちゃんだったよ」

「おバカちゃん!?」

「どうやらそのようですね。……すみません一之瀬さん、噂に踊らされて貴女にあらぬ疑いを向けてしまったようです」

「えっと、別に気にしてないよ坂柳さん。私が過去に罪を犯したのは事実なんだし、そう疑っちゃうのも無理は無いよ」

 

ベレー帽を被りペコリと頭を下げてくる坂柳さんに、私はそう返すしか無かった。

……いくら私でも坂柳が本当に申し訳なく思っているとは考えない。現に彼女は噂を流したのは自分達じゃないというスタンスを崩していない。そこを追求してしまえば、どちらか一方が倒れるまで争い続けることになるだろう。……改めて思うけど、非常に手強い相手だ。

 

「何だか良い感じにまとまったみたいだけど……皆ちゅうもーく」

 

話が一段落したところで私達の担任である星之宮先生が、茶柱先生と南雲会長を引き連れてやってきた。

……私は生徒会に入る条件として、私がBクラスに振り分けられたであろう理由……自分の犯した過ちを南雲先輩に教えている。坂柳さんが私の過去を知っていたのは、おそらくはそういうことなんだろう。

……それでも私が生徒会に入ることができたのはこの人のお陰だし、別に恨んでるわけじゃない。元はと言えば全て私が蒔いた種だ。

 

「生徒会長が教師と共に一年生の教室にやってくるとは、何か問題でも発生したのですか?」

「問題と言えば問題だな。お前ら1年の間で行われてる無根拠な誹謗中傷の応酬が、もはや無視できないレベルになってきいてな。これ以上の無意味な噂の吹聴した者は今後、処罰の対象となると先ほど決まったそうだ」

「……なるほど。学校側が動いたのであれば、後は任せておいて問題は無さそうですね。桐葉、帰りますよ」

「はいはいっと」

 

もうここに用は無いと判断し、坂柳さんと本条君が去っていった。

全クラスを巻き込んだ噂ともなれば、当然学校側に訴える生徒も出てくる。そうなれば学校側も事態を重く受けざるを得ない。……坂柳さんほどの人がそんなことを考慮していないとは考えづらいし、やっぱり私以外の噂を拡散させたのはAクラスじゃなく、誰かが私を助けるために危険を承知で行ってくれたようだ。

そしてその誰かはおそらく……

 

沸き立つクラスメイト達に囲まれながら、私はそれぞれのクラスに戻っていく生徒達のうちの人……綾小路君の背中を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【side:綾小路】

 

教室に戻り明人達にさっきの出来事の一部始終を話していると、事件の元凶である坂柳から電話がかかってきた。何やら話があるらしく一階の玄関前に呼び出されたので警戒しつつ向かうと、その場には坂柳と本条が待っていた。

 

「実にお見事でした。綾小路君」

「何の話だ?」

「いくつか謎は残っていますがもう時間もありませんし、後で桐葉に聞いておきます。ただ、何故一之瀬さんを守ろうと思ったのですか?」

「話が見えないな」

「貴方が一之瀬さんを救ったからこそ、彼女はあの場で立ち直ることができたとしか思えません。……おそらくは事前に誰かに対して、自分の過去を告白していたのでしょう」

「その相手がオレだと?」

「そうです」

 

坂柳の推測した通りオレは昨日の内に一之瀬に直接、自分が過去に罪を犯したことを打ち明けさせていた。いずれ坂柳が一之瀬の心を折ることがわかっていたからこそ、あえて事前に折っておいた。

閉じ籠る一之瀬は罪への恐怖から最初はオレを遠回しに拒絶したが、何度も何度も通うことで絶えず圧をかけつつ、彼女の罪を既に知っていることを仄めかし、自発的に吐き出させた。己の過ちに無理矢理向き合わせ、声を押し殺し泣き出しても慰めも叱責もせず話を聞き続け……そして過去の柵を乗り越えた一之瀬は見事坂柳の攻撃を受けきったというのが、今回の騒動の裏側だ。

……まあオレの動きが坂柳にバレていたことは別に不思議ではない。そもそも一之瀬の心を開かせるには、事前に彼女の罪を知っておく必要があった。そしてその情報をオレに伝えたのは他でもない─

 

「オレを動かすために神室を使ったな」

「真澄さんを?」

「一之瀬が万引きをした過去を、あいつは事前にオレに流していた」

「それは彼女の独断です。一之瀬さんのような善人が自分と同じ罪を抱えていたことに、何か思うところがあったのでしょう」

「えー、マスミンも万引きしてたの?いがーい」

「白々しいですよ桐葉、どうせとうの昔に察していたでしょうに」

「まあ常日頃から監視カメラや人の目に注意を割いていたり、体育祭でハチマキを掠めとる動きがやけに手慣れてたりと、気づかないほうが無理な話だよね」

 

普通はそんな些細な手がかりから他人の抱える秘密を暴くことなどできないが、本条の眼は常識を超越した道筋から答えを導き出せるため驚きはしない。ただ、今はそれよりも……

 

「いや、それは違うな。あのとき神室に、自分が万引きをしていた証明としてアルコールの缶を差し出したが……あれはあの日盗んだ物ではなく、入学当初お前が奴の弱味を握ったときの物だ」

「ふむ、その根拠をお聞きしても?」

「神室と別れた後コンビニで同じ銘柄の賞味期限を確認したが、4ヶ月以上も差があった。お前に弱味を握られた際に盗んだアルコール缶は、お前が処分すると言って渡したと聞いていた。つまりあらかじめお前が保管していた缶を、事前に受け取っていたということになる」

 

その時点で神室が一之瀬の過去を話すことは、坂柳の策略の一部だと推測できる。

 

「何故私が、そんな回りくどいことをする必要が?」

「オレを誘い出すためだろ?でなければ今回の1件、オレは静観していただろうからな」

 

考えてみればなんとまあ酷いマッチポンプだ。自分で一之瀬を追い詰めておいて、オレが一之瀬を救うよう裏で働きかけていた。本気で一之瀬を潰したかったならば、あれだけ本条を遊ばせておくとは思えない。

 

「ふふ、流石は綾小路君ですね。一之瀬さんが壊れようが壊れまいがどうでもよかったのですが、貴方が介入してくる可能性を残しておけば、それに乗ってくれるのではと期待しました。可能性は半々でしたが……理想の展開になりました」

 

坂柳はゆっくりとオレとの距離を詰め、闘争の色を宿した目で真っ直ぐにオレを見据えた。

 

「私と勝負してください、綾小路君」

「受けなければどうする?」

「そうですね……龍園君がずっと探していたCクラスを率いる黒幕は貴方であると、桐葉に暴露してもらいます」

「あ、ここで俺が出てくるのね」

 

……まあ、そうくるとは思った。オレが坂柳の立場でもそう脅すだろう。数々の特別試験を経て、他クラスの本条への注目度と警戒度は学年1と言っていい。そんな本条がオレを警戒している、などと言われてしまえば全学年がオレに対して関心を寄せてしまうだろう。

 

「……何を以て勝ちとする。クラス間の差ならば既に歴然だ」

「次の試験内容は存じませんが、その順位で争いましょう。私が負ければ貴方の秘密は誰にも明かさず、そして二度と勝負を持ちかけることもないと約束しましょう。保証相手として学校を立会人にしても構いません。貴方にもリスクを背負っていただくために、私が勝てば黒幕だということは公表させてもらいますが」

 

そのリスクは、オレが棄権したり手を抜いたりしないための保険といった所だろうか。ホワイトルームの理念がよほど気にくわないのか知らないが、どうしてもオレを潰しておきたいらしい。……ねじ込むならこのタイミングだな。

 

「……引き受けてもいいが、1つだけ条件を加えてもいいか?」

「おや、何でしょうか?可能ならば検討しましょう」

「詳細は伏せるが、近いうちにとんでもない面倒ごとを抱え込むことが確定している。その際に本条の力を貸してくれ」

「なるほど……桐葉、かまいませんか?」

「ん、別に良いよ。コージーは警戒心が強いから、有栖が負けたときは正式な契約書を作ればいいかね?」

「ああ、よろしく頼む」

「引き受けてくれてありがとうございます。これでやっと私もこの学校に来て良かったと思えそうです」

 

坂柳は満足そうに去っていき、本条もそれに続こうとしたところをオレは引き止める。

 

「なあ本条……お前はオレが裏でどう動いていたか、どれだけ知っているんだ?」

 

先ほど坂柳は、いくつか謎が残っているが本条に話を聞くと言っていた。本条は今回の件にほとんど関わりを持たなかった筈なのに、オレの思惑がどれだけ見抜かれているか少し気になった。

 

「んーとね……1から全部話すのは時間が足りないから、1つだけ質問させてもらうね?」

「質問?」

「うん、別に答えなくてもいいよ。

 

 

 

 

 

ちゃんと櫛田ちゃんの弱味は握っておいた?」

 

チリ、と後頭部に微かな電気が走ったのを感じた。

 

「……」

「答えたくないみたいだし、それじゃあね」

 

鼻歌を歌いながら機嫌良くさっていく本条の背を、オレは黙って見送った。

……一之瀬が何も訴えない以上、学校側は噂の件について動かない。だから動かざるを得なくするために、全クラスの噂を流出させるという手法を取った。

まったくのデタラメばかりでは信憑性に欠けるので、真実をいくつか織り交ぜる必要がある。だからオレは今後自分に入るプライベイートポイントの半分を渡し続けることを条件に、櫛田が握っている弱味─櫛田にしか打ち明けていないような重いものではなく、何人かには知られているような軽度なもの─を聞き出していた。

安くない代償を支払うことになってしまったが、今回の取引は櫛田を始末する際にとても役に立つことになる。

正直言って、今回の件に介入しようと決めたのは別に一之瀬を助けたいわけでも坂柳の邪魔をしたかったわけでもなく、学年1と思われる櫛田の情報収集力の厄介さをこの機会に知っておくことと、奴を始末するための材料を手に入れておこうと思ったからなんだが……まさかそこまで見抜かれているとはな。

幸い本条は龍園や坂柳のように好戦的ではないから、さほど注意しなくてもかまわないが……もしこの先敵対するようなことがあれば、どう対処すればいいのだろうか。 

頭脳や身体能力だけなら然程懸念しなくてもいい。どちらも脅威的だが、オレならばどうにか対処できる手立てがある。……だがこいつの眼は、あらゆる見通しを容易く覆しかねない。

 

本条、お前の眼はどこまで視えているんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




綾小路君が裏でしていたことは原作と同じなので、興味のある方は原作9巻を読んでください。

今回の件で一之瀬さんは綾小路君に好意を持つようになりますが……今にして思えば地獄の扉を開いてしまったんですね……。

綾小路君は事無かれ主義ですからわざわざ本条君と敵対したりしませんが、もし今後敵対したとき『天帝の眼』をどう攻略すればいいか頭を悩ませているようです。




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