そう、桐葉君は嘘はつくけど約束は守るんです……どんな場合でも。
いよいよ迎えたクラス内投票の日。
他クラスがどうかは知らないけど、Aクラスは皆冷静に投票を終え集計が終わり発表されるのを静かに待っていた。クラスのリーダーによって脱落者が初日に決められ、当の本人であるランスがそれを受け入れているのだから騒ぐ必要もない。当初はあれだけ取り乱していた戸塚もようやく覚悟を決めたのか、別れのときが来るのを悲痛そうな表情で俯いて待つ。このまま予定通りランスが退学すれば、何の波乱も無く試験が終わるだろう。
……先に結論を言っちゃうと、Aクラス最大の波乱が巻き起こるだろうけどね。
チャイムと共に真嶋先生が、何やら焦燥を隠せない表情のまま教室へと入ってくる。この学校に勤めて何年になるかは知らないけど、教え子が退学してしまったことなんて両手の指でも足りない筈。……だからと言ってここまで不条理な退学を通告するのは、きっと初めてなんだろうね。
「これより追加特別試験の結果を発表する。まずは賞賛票を一番多く集めた生徒は……35票で坂柳、お前だ」
「ありがとうございます。まさか私が選ばれるとは思いませんでした」
清々しい程白々しい有栖の謙遜に、きっと真嶋先生を含む40人の心が1つになっただろう。この女ぬけぬけと……ってね。
というかウチのクラスで有栖に賞賛票を入れたのは、ランスと戸塚以外の全員で37。そこからその2人が入れたであろう批判票を引くとぴったり35、ってことは……外部からの賞賛票0じゃないかこの娘。後で好き放題おちょくってやろ。
「続いて……最もクラスからの批判票を集めた者を発表する。そのものは退学となり、この後すぐ荷物をまとめ私と共に職員室まで来てもらうことになる」
さて、いよいよ地獄の幕開けだ。
ちらりとランスを見やると、目を閉じたまま平静を保っている。恨み言1つ吐くことなく退学を受け入れたことには見事な精神だと感心するけど……君はこれからこれ以上無く取り乱すだろうね。
だって……
「最下位は36票を集めた生徒……
戸塚弥彦」
退学するのは君じゃないんだから。
「バカな、どういうことだ!?」
先程までの平静さが嘘のように、ランスは立ち上がりながら声を荒げる。
「…………え……?なんで、俺、え……?」
一方の戸塚は何が起こったのか理解できずただただ呆然とするばかり。真嶋はそんな2人を悲しげな目で見つつ、全ての生徒の賞賛票・批判票の結果が書かれた紙を黒板に張り出した。ランスは戸塚の1つ上、批判票30票という結果だった。さて俺は、と……票操作しといて良かった。案の定外部から40票以上入れられちゃってるよ。
やがて事態が飲み込めたランスは、間違いなく元凶である有栖に食って掛かる。
「どういうことだ坂柳!」
「どういうことも何も……別に貴方は最初からターゲットではありませんよ?」
「ふざけるな!お前は確かに言った筈だ、この試験で俺を切り捨てると!」
「ああ、そのことですか……あれは嘘です」
憎たらしいほどにこやかな笑みで一ミリも悪びれることなくほざいた有栖に対して、ランスは怒りよりも困惑を隠しきれない様子だ。以前有栖が説明したランスを切り捨てる理由が、割と妥当に思えるから尚更だろうね。
「戸塚君を切り捨てる理由は、彼を残すメリットが無いからですよ。学力はクラス最下位、運動能力も下の下……トップである私に噛みつく割にクラスに何も貢献もしていません。不要な人間を処理するこの試験で葛城君、貴方のような優秀な人間を切り捨てるほど私は愚かではありませんよ」
「何故、こんな回りくどいことをした……!?」
「リスクを避けるのは当然でしょう?万が一彼が自力で賞賛票を集められていたら退学にはできませんから」
他クラスの策略で能力の低い戸塚を残留させようと賞賛票が集まる可能性も0ではないけど、ランスを切ると公言しておけば誰も戸塚に賞賛票など入れないだろうね。
「……な……なあ本条……!」
ようやく状況を飲み込めたのか、戸塚は絶望した表情を浮かべながら力の無い足取りで俺の席まで近寄り……土下座をして俺に縋り付いた 。
「助けて……お願いだ、助けてくれよ本条!俺は退学なんてしたくないんだ!今まで突っかかってたことなら謝るし、なんならもう二度と葛城さ……葛城に味方なんかしないから……お願いだ、見捨てないでくれよぉ!」
涙さえ流しながらの、あまりに都合の良い命乞い。これまで慕っていたランスへの義理も何もあったものじゃない、救いようのない見苦しいものではあるが、今の彼の姿を笑える者はそうそういないだろう。特に以前ランスについていた生徒達は……彼がいなければ自分が狙われてたかもしれないのだから。
「っ……俺からも頼む本条!虫の良い話なのは承知しているが、どうか弥彦に手を差し伸べてやってくれ!」
戸塚のあまりにも悲痛な慟哭を聞き、ランスも即座に地に足着けて俺に頭を下げる。
これまで慕ってきた人間を見限ってまで、プライドを捨てて敵対していた俺に縋り付く戸塚。そんな戸塚に何も恨むことなく、自身の退学を天秤にかけても守った筈の信念まで投げ捨ててまで懇願するランス。
そんな彼らに対して俺は……
「うん、駄目」
容赦無く
「俺は言った筈だよ?手を差し伸べるのは1度きりで、当日に気が変わろうがもう遅い……そう約束したよね。俺が約束を破らないのは君もよく知ってるでしょ?」
「だがあれは俺が退学になった場合……っ……!」
「ようやく気づいたようだね……俺はねランス、
「っ……!」
今回の件でランス最大の落ち度は間違いなく、自分を退学させるという有栖の言葉を疑いもせず信じてしまったこと。
いつもの用心深いランスなら、もっと言えば1年間有栖と学校生活を過ごしてきたものなら、彼女の言動の1つ1つや俺の不自然な助け船に対して疑いを向けていた筈。しかし彼は自身が犯した失態を気に病むあまりそれを怠った。責任感が強過ぎるが故に起きた過ち。
「フフ……葛城君、よろしければ感想を聞かせてもらえませんか?信念、意地、私への反骨心……そんなものを優先したせいで、自分を慕ってくれるお友達が犠牲になってしまった感想を」
「ッッッ!坂柳、貴様ぁぁあああ!」
ランスとて馬鹿ではないので普段の俺なら、あのような不透明な提案を自発的に行わないとわかっている。間違いなく有栖が裏で糸を引いていると確信したランスは、とても楽しそうな笑みを浮かべる有栖に詰め寄ろうとして……腕を掴まれ引き止められる。何事かとランスが後ろを振り向くと……
憎悪、悲しみ、絶望……俺がなくしてしまった感情を無理矢理ごちゃ混ぜにしたような表情を浮かべた戸塚が、止めどなく涙を流しながら睨みつけていた。
「……んな……!」
「や、弥彦……!?」
狼狽えるランスの胸ぐらを力強く掴み上げ、戸塚はあらん限りの負の感情をぶちまける。
「ふざけんなよ葛城!お前が余計なことしたせいで、俺は見捨てられちまったじゃねぇか!どうしてくれんだよ!なあ、なんで俺が退学しなきゃいけないんだよ!?お前、退学しても良いって言ってただろ!代われよ!なんとかして代わってくれよぉぉおおお!」
「っ……弥彦、すまない。俺の、せいで」
「謝んなよ!謝んじゃねぇよ!申し訳無さそうに、するなよ……今さらお前に謝られても、もう俺は……うう、畜生……畜生……!」
感情の赴くままランスを罵倒していた戸塚だが、ランスの悲痛な表情をみている内に次第に勢いを無くし、やがて彼の胸ぐらから自然と手が離れ、その場に崩れ落ちて嗚咽を漏らす。
戸塚とてそこまで愚かじゃない。
ランスを恨むのは筋違いだと理解している。
ランスに悪気が無いことなど知っている。
ランスが心の底から悔いていることを察している。
ランスがもし自分を守れるなら、退学を引き換えにしても迷わないことをわかっている。
この1年で生まれた彼等の絆は、決してまやかしでは無いのだから。頭ではそれはわかっているが湧き上がる絶望は抑えられず、結果として彼はランスを罵倒し慟哭するだけに留まっている。
真嶋先生を含むクラスの大半はこの光景を痛ましそうに見るしかなく、生粋の外道である有栖は何が楽しいのか微塵も共感できないが満面の笑みを浮かべており……負の感情が欠落した俺はどうとも思わず、どうとも思えずただ冷めきっている。
失意のまま真嶋先生に連れられて教室を出ていく戸塚を、ランスはただ見送ることしかできなかった。
自らの信念を貫いた結果最も親しい友を犠牲にし、責められながら友を見殺しにするしかなかったランス。
最も慕っていた友のせいで助けてもらえず、彼を恨み憎みながら脱落していく戸塚。
有栖の気まぐれでこの世の地獄を味わった2人だけど、果たしてどちらがより悲惨なんだろうね。
ともかくこれで、ランスは有栖に完全敗北した形になる。今回の件を恨んで報復を企めば有栖はかつてランスについていた生徒……例えば町田辺りを排除するだろうし、自主退学をすればクラスポイントを大きく減らすことになる。常にクラスのことを考えて行動してきたランスは、もう何もできることはないだろう……このクラスにいる限りはね。
全クラスの試験が終了し、各クラスの結果が一階の掲示板に貼り出された。
クラス内投票結果
プロテクトポイント獲得者
Aクラス 坂柳有栖
Bクラス 一之瀬帆波
Cクラス 綾小路清隆
Dクラス 金田悟
退学者
Aクラス 戸塚弥彦
Bクラス なし
Cクラス 山内春樹
Dクラス 真鍋志保
「ほほう、これはまた……」
可能性としては低いだろうと思われた結果に感心していると、おそらくはその立役者であろうコージーが階段から降りてきた。
「やあコージー、賞賛票1位おめでとう」
「お前らAクラスのお陰だ。山内の件のことも含めて、色々と助けられたな」
そう言ってコージーは、ポケットからボイスレコーダーを取り出し俺に返す。……俺が水曜日に彼のポストに投函した、混合合宿後にした山内君との取引の一部始終が録音されたものだ。
「君なら俺らのお節介が無くても切り抜けられただろうけど、一応どういたしましてと言っておくよ。よくこれの持ち主が俺だとわかったね」
「お前が設置された盗聴機や、隠れて録音する奴を見逃す筈がない。だったら消去法で録音したのはお前だ」
「ありゃりゃ、それは盲点だったね。……しかしとんだ大判狂わせだね」
俺が掲示板に視線を移すと、コージーも続いて結果を確認する。……たぶんこの結果全て予想通りだったけど、万が一に備えて確認しに来たんだろうね。
「やはり坂柳の言ったことはフェイクだったか」
「まあ不必要な子を切る試験でランスを切るメリット無いよね。それにランスを切っても彼は粛々と受け入れちゃうから、生粋のサディストである有栖としては何も楽しくないだろうし。……しかし卍解ちゃんの賞賛72票は圧巻だね。批判票0かつクラス内からは39票、クラス外からも33票入れられてるよ」
「それを言うならお前のクラス内賞賛票0、批判票30、クラス外賞賛票42も大概だろ」
「俺にプロテクトポイントなんて無駄の極みだし、そりゃ多少は票操作もするさ。まあそんなことより─」
俺が最大の大判狂わせについて話を切り出そうとした直前、その話の中心人物であるリュンケル……あとランスが、ほぼ同時に姿を見せた。ランスは一瞬俺に強く敵意のこもった視線を向けたきり、なるべく俺の方に意識を向けないようにした。ありゃりゃ、嫌われたもんだよ。
「お前も退学しなかったのかよ、葛城」
「……こちらの台詞だ。貴様だけは確実に消えると思っていた」
「クク、どうやら死神が俺の味方をしたらしい」
「死神、だと?」
「お前には関係無ぇ話だ。しかし坂柳も随分と面白い手を打ったな、お前の唯一の味方を狙うなんてよ。……なあ本条、助けようと思えば助けられたお前に見捨てられた戸塚は、お前を恨まなかったのか?」
「んーとそれがね、有栖のエグい策略でランスのせいで助けられなくなったって状況に誘導されたから、むしろランスを恨みながら脱落していったよ」
「ひゃはははは、それは痛快だな!その現場に立ち会いたかったもんだぜ!」
戸塚の無念を嘲笑うリュンケルを、ランスは鬼気迫る表情で睨めつけた。この国が法治国家でなければ、殺しかかってもおかしくないほどの殺意がこめられている。
「……なんだ、お前にもそんな顔が出来るんだな。今のお前なら本条は無理でも、坂柳には一矢報いれそうだ」
「……そんなことをして何になる。それより貴様はどうするんだ?また坂柳や一之瀬、堀北に挑むのか?」
「生憎と興味ねえな。幸いお前らとの契約は切れなかったし、俺は今後も搾取を続けながら適当に遊ばせてもらうさ」
リュンケルとランス、どちからが脱落していればあの契約も反故にできたが、両方生き残ってしまったからには契約は続行だ。……もうそろそろ元葛城派の子達の分も肩代わりしてあげようかな。
一足先にさっさとランスがその場を去ると、リュンケルはコージー……それと何故か俺を校舎裏に連れていった。
「いつからお前は聖人君子になったんだ、綾小路」
「ああ、やっぱりコージーの仕業なんだ」
「……お前らにはシラを切っても無駄だろうな。オレが何かしたというより、龍園を慕う連中が行動しただけなんだけどな」
クラス中のほとんどからからリュンケルに批判票が集まることが確実な以上、彼が生き残るには他クラスからの賞賛票を集めるしかない。と言っても彼が賞賛票を入れてくれと頼み込んだところで誰もいれないだろうから、それ相応の対価を差し出して取引をするしかない。そして、その取り引き相手としてうってつけなのが……卍解ちゃん達Bクラスだ。
あの仲良しクラスは退学者を出すことを許容できず、2000万ポイントによる救済を迷いもなく選択した。だけど自前で集めたポイントでは足りなかったようで、他クラスの誰かに不足分を借りることを卍解ちゃんは決意。一番手近な俺に断られた彼女は次にみやびん会長に嘆願し、彼との交際を条件に貸してもらえることになった。
……とはいってもできることならその条件は飲みたく無かった筈だろうね。彼女は生粋の乙女だからそんな経緯の交際に少なからず忌避感を持つだろうし、どうにも先日の件以降無自覚だけどコージーに対して特別な感情を抱いている節がある。最終的にはクラスのために自分を犠牲にするだろうけど、他に借りるあてがあれば即座に飛びつくだろう。……そしてリュンケルはランスと結んだ契約で、俺達から500万ほどポイントを搾取している。
つまりリュンケルのポイントをBクラスに差し出す代わりにBクラスの称賛票をリュンケルに注ぎ込めば、リュンケルは生き残るし卍解ちゃんもみやびん会長の毒牙にかからずに済んでめでたしめでたし、という訳だね。
まあだからと言って既に退学を受け入れたリュンケルがわざわざBクラスに出向いてそんな交渉を持ちかけるわけがない……となると、石崎君達がコージーに泣きついて知恵を貸してもらったのだろう。
「本気を出せば退学を避けられる、と断言したのはこの手があったからだろ?」
「ああ、Bクラスがポイントを貯めこんでるのはわかってたからな。あのお人好しがリーダーならたとえ俺でも交渉の余地はある。……伊吹の奴にそんな知恵は無いから俺も安心して預けたんだが、まさかお前が絡んでるとはな」
……えっ、伊吹ちゃん?あの子リュンケルのこと死ぬほど嫌ってた筈だけど、どういう風の吹き回しなんだろう。
「オレが直接出向いたら作戦を見抜いて、ポイントを渡さなかっただろうからな」
「あいつに何も説明しなかったのは正解だったな。……真鍋をターゲットにしたのはお前か?」
「それは伊吹の提案だ」
ああ、あの2人仲悪かったからね。
だけど手駒である軽井沢ちゃんにとって邪魔な存在である真鍋ちゃんが脱落してるから、間違いなくコージーが裏で糸を引いてると確信したんだけど……珍しく推測が外れちゃったかな?
「あいつにしちゃ思い切ったな。さっきは真鍋の奴、随分と阿鼻叫喚だったぜ」
Bクラス以外はどこも地獄だっただろうね。
「何にせよ、ありがた迷惑な話だぜ」
「そうかもな。……次も同じような試験があったら、お前はどうするんだ?」
「クク、さあな」
ありゃ、何もしないとは言わないんだ?
前線に戻る気も無さそうだから放置したけど、これはひょっとすると……。
不敵に笑って去っていくリュンケルの背を見ながら、Dクラスはもう死んだという評価を一応改めておく。
戸塚君のこれからのご活躍をお祈り申し上げます……。
有栖ちゃんも桐葉君も、戸塚君が嫌いだとかそういうのは一切無いです。愉悦部員である有栖ちゃんが大した理由もなくこうなるよう誘導し、負の感情を抱けない桐葉君が罪悪感無く淡々と切り捨てました。
これにて有栖ちゃんのじゃちぼーぎゃくムーブは一旦終了となります。