楽しみです。
【side:坂柳有栖】
特別棟にて待つこと数分……桐葉が綾小路君を連れて階段を上ってきました。
「有栖おまたせー」
「いえ、私も今来たところです」
不毛な茶番に二人とも思わず笑ってしまいます。こういうデートの待ち合わせみたいやり取り、一回やってみたかったんですよね。普段は私の身体を考慮してわざわざ迎えに来てくれるので、いざしようにも機会が全然……おっといけない、綾小路君が何やら居心地悪そうにしていますね。
「すみません綾小路君。お呼びしたのは、一応今回の件についてご説明しておこうと思いまして。……と言っても、余計な心配だったようですね」
試験期間中に私は、今回の試験で綾小路君のマイナス要素になることはしないと約束しました。やむにやまれない事情で山内くんを利用して彼に批判票を集めざるを得ませんでしたが……
「勝負を持ち越したいと直談判してきた時点で9割方信用はしていたが、念には念を入れ手は打たせてもらった」
「存じています。……ですが、約束を破ったことにはなりませんよね?」
「そうだな。多少精神的には負担になったが、マイナスを与えないことには偽り無かったし大して気にしてない」
「ありがとうございます」
「よかったね有栖」
精神的に負担をかけたことを槍玉に挙げられてはどうしようかと危惧していたのですが、あまり気にされていなかったことに内心安堵しています。
「それはそうと……戸塚君の批判票は葛城君以外の38票入っている筈だったんですが、結果は36票でした。もしかして……」
私は期待するような視線を綾小路君に向けます。……正直可能性としては五分五分、また桐葉の悪い癖が出ただけかもしれません。私の最も信頼するパートナーは、どうも刹那的な生き方が大好きなようですし。
「なんかディスられた気がする」
うるさいです桐葉。
……ですがもし綾小路君が戸塚君に賞賛票を入れていたとしたら、私の策略を見抜いていたということになります。
そして彼は、私の視線に対して肯定するように頷きました。
「確信は無かったがお前の判断はどうにもブラフに思えたからな。そうなると狙われるのは唯一の取り巻きである戸塚だ。……賞賛票1票でどうにかなるものでもないけどな」
「素敵です。倒すべき相手だと定めた私の目に狂いは無かったようですね」
「……それで今回の件に関しては、単に俺をからかいたかっただけか?」
「多分そうじゃない?」
「違いま……すとは言い切れませんが、勿論ちゃんとした理由もあります。以前にも似たようなことを話しましたが、この試験は何者かが貴方を退学にさせるため用意したものなのです。事実、私にメールを送ってきた人物は貴方を退学させるよう指示してきましたので」
父を陥れた人物の関係者、そんな得体のしれない相手に、この私が命令される……これほど不愉快な話はそうそうそう無いでしょう。思い出すだけでも杖を握る手に力が入ります。
「……メール?」
「はい、父を停職に追いやった学校側の人間と思われます。……この追加試験にしても、他クラスには賞賛票ではなく批判を投じるという理不尽なルールだったそうですから、まず間違いないでしょう」
「もしそれがまかり通れば、どんな生徒でも結託して退学させることが出来るな」
「たぶん俺に批判票が集中するね」
Aクラスを目指すならば桐葉ほど邪魔な生徒は他にいませんから、下手をすれば3クラスが手を組んでまで総攻撃されるでしょうね。
「もちろん現職員達も猛反発し、その事態だけは避けることが出来たようです。どちらにせよそんな無粋な輩に協力して貴方を退学させるなんて、何一つ面白くありません。よって私は葛城君と戸塚君以外のクラスメイトの賞賛票を全て貴方に入れると決めました」
「とはいえこんな監視カメラだらけじゃ、もしかしたら見張られてるかもしれないよね?だから寸前までちゃんとコージーを退学させようとしていると思わせたって訳。余計な心配させてごめんね」
「さっきも言ったが大して気にしてない。……それで山内を狙った理由はなんだ?どうやらこの追加試験前から仕込んでたみたいだが」
桐葉から受け取った録音を聴けば、流石に偶々狙った訳じゃないってわかりますよね。
「合宿の際に彼が私にぶつかって失礼な態度を取ったことを覚えていますか?その意趣返しですよ」
特に恨んでいるわけではないですが、1度転ばされたのだから私にも1度転ばせる権利がありますよね?……だから恨んではいないと言ってるでしょう桐葉、その憎たらしい笑みを私に向けないでください。
「しかし私はきっかけを作っただけ。あくまで自分の意思で裏切った彼が、クラスを敵に回し排除されただけです」
「そうだな」
もし仮に私が何も関与していなくても、高確率で彼は戸塚君と同様の理由で脱落していたでしょうね。クラスで浮いている高円寺君に批判票が集まる可能性も低くはなかったので万全を期しましたが。
「総じて今回のような試験は、私と貴方との決着を付けるのに相応しくありません。一刻も早く父が復帰し、正常な学校運営に戻ると良いのですが─」
「有栖、来たよ」
桐葉に遮られて周囲に注意を向けると、スーツを着用した40代くらいの男性がこちらに歩いてきました。……もしメールを送ってきた者の関係者が、監視カメラを通じて私を監視していたのなら、この人気の無い特別棟で綾小路君と頻繁に会えばいずれ誘き出せるという狙いがかりましたが……とうとう引っかかってくれましたか。
「やあ、こんにちは。この学校に来るのは初めてでね、職員室がどこにあるか教えてくれるかい?」
「職員室とは、随分と見当違いの場所をお探しですね。……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「私は、今度理事代行を務めることになった月城と申します」
務めることになった……などと白々しいことを宣うこの男に苛立ち、私は無意識に杖を強く握ったところで桐葉に肩を叩かれ、落ち着きを取り戻して仮面を被り直しました。
「フフ、そうでしたか。しかし校舎すら違うここに偶然迷い込むとは、どうやら相当な方向音痴のようですね。あるいは……監視カメラから私達を見つけて様子を探りに来たのですか?」
少し揺さぶりをかけて様子を見ましたが、桐葉はさりげなく右手の人指し指だけを伸ばしまていました。
私と桐葉の間で決めたハンドサイン……私が精神的に揺さぶりをかけたとき、どれだけ動揺しているかを彼が見抜きそれに応じて指を伸ばす。5本全部伸ばした場合はこの上なく動揺していて、逆に1本だけは平静そのもの……どうやら一筋縄ではいかないお相手のようですね。
「面白いことを言う子だね。愉快な学校だと聞いているが、皆君達みたいな生徒達なのかな?それじゃあ失礼するよ」
何を考えているのか、理事長代行は私達と綾小路君の間を通るように歩いてきました。
「ですから職員室ならこことは別の校舎なので、引き返して下に─」
私の言葉が言い終わる前に、代行は笑顔のまま私の杖を蹴り飛ばそうとしてきました。流石の私も不意を突かれましたが、彼の動きの未来を視た桐葉が蹴り飛ばされる直前、私ごと引き寄せ抱き抱えたことで彼の蹴りは外れました。
「おっと」
しかし代行は片手の塞がった桐葉に追撃を加えてきました。40前後の中年とは思えない激しい猛攻を桐葉は片手で捌き続けますが、防戦一方となりあれよあれよと壁際に追い詰められ、そして決定的な一撃が桐葉の顔面に入る……直前に代行は突然拳を桐葉の鼻先で止めました。
「……ここまで、ですね」
代行は拳を収めながら後ろを振り向くと、携帯を構える綾小路君の姿がありました。おそらくは録画しようとしてたのでしょう。
「お友達がやられているのだから、助けに入ろうとは思わなかったのですか?噂で聞いていた割には、大したことのない普通の対応ですねえ」
「……随分と野蛮なことをなさりますね、代行」
「君には彼を退学させるようにと指令が行かなかった筈だけどね」
「やはりあのメールは貴方のお仲間の差し金でしたか。元より私は誰の命令も聞きませんし……理事代行ともあろう方が生徒に暴力行為をして問題にならないとでも?」
「ああ、その心配はいらないよ。ここの監視カメラはダミー映像に差し替えてあるから」
「細工済みなら別のカメラを使うまでっすよ。なあコージー」
「ああ」
綾小路君と桐葉は同時に携帯を代行に向ける。どちらかに襲いかかればもう一方がその決定的な場面を映像に収められる布陣に、代行は降参とばかりに肩を竦め綾小路君に向き直る。
「私が正式にこの学校で活動するのは来期からです。今日のところは君の父上からの伝言だけ伝えて引きましょう。『これ以上子供の遊びに付き合う気は無い。すぐに帰ってこい』とのことだそうです」
そう言って代行は特別棟から去って行きました。
「賢い判断でしたね、2人とも」
私と言う足手まといを抱えていた桐葉はともかく、万全の状態の綾小路君ならあの代行でも捩じ伏せられたでしょう。ですが……
「相手は代行とは言え理事。下手に攻撃を加えればどうなるかは想像がつく」
「ちなみにダミー映像の件は嘘だったよ。……すごくわかりにくかったけど」
理事代行に暴力行為を働いた映像だけ切り抜かれていれば、間違いなく退学に追い込まれていたことでしょう。……立場が上の相手というのは思ったよりも厄介なようですね。
「坂柳」
「なんでしょう?」
「次の試験、正式にオレと勝負しよう」
……驚きましたね。私と戦うことにあまり乗り気でなかったこの人が、まさか……
「どういった心境の変化でしょうか?そのように面と向かって言ってくれるとは思いませんでした」
「あの男が4月から関与してくる以上、長々と相手をしてる余裕も無さそうだ。……さっさと白黒つけて、それで終わりにしたい」
「ええ、勿論それで構いません。私も4月から桐葉を守らないといけませんしね」
「……本条を?」
「えっとねコージー、2学期末に職員室がどこにあるか迷っていた君のパピーを道案内したのが俺なんだけどね……その際にあの、退学してホワイトシンドロームに来ないかってスカウトされてね」
「ホワイトルームな」
桐葉の極めて特異な眼を知っているなら、手中に収めたいと思っても不思議ではありませんからね。しかし……
「あろうことかこの男、欲しければ綾小路君同様力づくで退学させて見ろ……と、貴方のお父様に喧嘩をふっかけまして」
「…………」
流石の綾小路君も絶句しますよね?
綾小路篤臣……その素性を知るものからすれば、桐葉が考えなしにした行為は卒倒ものでしょう。刹那的にも程があります。
「正気の沙汰とは思えないな……家族を破滅させる、といった脅しをかけられなかったか?嘘だと思っているなら大きな間違いだぞ」
「いーや?そんな脅しされてないよ。俺の両親はあの人と知り合いみたいだし、パピーとマミーを通じて俺のこともよく知っているらしいから、脅しにならないと知っていたんじゃないかな」
「……さっき故意に無抵抗で殴らせようとしていたことといい、やはりお前もかつての龍園のように……」
おっといけない、あやうく見過ごすところでした。
「それでは綾小路君、対決を楽しみにしています。私はこれから桐葉に小一時間お説教をしなくちゃいけないので」
「え、何それ。聞いてないよ?」
「黙りなさい、文句は受け付けません」
彼の手を強引に引っ張りながら特別棟を後にする。
まったくこの人は……いくら厄介な権利を持つ代行を早々に排除できるからと言って、普通無抵抗で顔面を殴らせようとしますか?ハンデを背負っているからと言って、貴方がああも一方的に追い詰められる筈無いでしょうに。
負の感情を忘れてしまった彼にこんなこと言うのは不毛だとわかっていますが、それでも言わなきゃ私の気が収まりません。……もし私が足を引っ張ったせいで貴方に消えない傷が残ったことを想像すると、私の心は引き裂かれそうになるんですよ?
「あ、それから有栖」
「……なんですか?」
「さっき君を片手で抱っこしたときのことなんだけどさ……
間違って胸とか触っちゃってたらゴメンね。有栖全然無いから判別がつかな─」
言い終わらない内に私の拳が桐葉の顔面に突き刺さる。殴られても構わないようなので私が殴ってもいいですよね?
この女、あれだけえげつない策略を企てておいて、もう戸塚君のことは忘れているご様子。