「まず始めに、司令塔は私が務めます」
教壇に立った開口一番そう宣言する。下手をすれば退学なんてポジションに進んで就きたい者などいる筈がなく、またクラスの皆も性格はともかく有栖の指揮官としての能力は微塵も疑っていないので異論は無さそうだ。仮にランスが以前までの状態でも退学のリスクを考慮し、プロテクトポイントを持つ彼女が適任と判断するに違いない。
「そして私が対戦クラスを指名できる場合、Cクラスを選ぼうと考えています」
「……どのクラスが相手だろうと負けはしないと思うが、何故Cクラスにするんだ?」
「大した理由ではありませんが、特別試験では1度もCクラスを打ち倒せていないことが少し気になりまして」
鬼頭の疑問に、有栖は用意していた建前を説明する。
まあ確かに言われてみれば無人島試験と干支試験では有栖の策略もあり惨敗、体育祭では味方だったため倒したとはいえず、ペーパーシャッフルではそもそも無関係、混合合宿ではクラス間同士の戦いではなかった……と、確かに1度もCクラスをねじ伏せてはいないことになる。こう言っとけばとにかく攻撃的で有名な有栖が、Cクラスを狙うことに違和感を持つ者はいなくなるだろうね。
「先日の追加試験で配布されたプロテクトポイントは、おそらく今回の試験で重要な役割を持つと予想していましたので、対Cクラスに備えて事前に布石を打っていたのですが……あの様子だと、どうやらその必要も無かったかもしれませんね」
「ああ。平田がああなったんじゃ、まとまるものもまとまらないだろうな」
誰よりもクラスの和を尊び、あの協調性の無い面々をまとめるべく奮闘していた平田君は、クラスメイトを見殺しにしてしまったことがよほど堪えたのか、完全に生ける屍と化してしまった。学年屈指のイケメンだけあった彼を心配する女の子は多いが、もはや誰の呼び掛けにも応じることも無くなったらしい。
個性豊かで癖の強い面子が揃うCクラスの中心は、間違いなく平田君だっただろう。厄介さで言えばホリリンやコージーには劣るけど、あの2人は社交性が無いから平田君の助けが無ければクラスをまとめるのにも難航する筈……コージーというジョーカーを知らない人からしたら、誰もが格好の獲物と考えるだろうね。
「なるほどねえ、俺らの他クラスへの賞賛票を1人に集中させたのはそういう理由か」
「ええ。順当に行けば平田君や櫛田さん、もしくは堀北さんにプロテクトが渡っていたでしょうから」
「……綾小路にした理由は偶々か?」
「ええ、箸にも棒にもかからない生徒をリストアップしてランダムに決めました。平田君があのようになるとわかっていれば彼を選んでいたかもしれませんが、それは結果論ですし仕方ないですね」
混合合宿以降コージーを探っている橋本はさりげなく有栖に探りを入れるも、橋本程度が純粋な話術では俺を凌ぐ力量の有栖から情報を引き出せる筈もなくあっさり流される。
俺との契約でAクラスの卒業が約束されている橋本は、これ以上の深入りは有栖の不興を買うと判断し黙って引き下がった。
「さて、そろそろ授業が始まりますね。試験について皆さんにしてもらいたいことについては、昼休みに伝えます」
……以前までならクラス全員での話し合いの場を設けようとしない有栖に、ランスが苦言の1つでも挟んでいたんだけどなあ。いざ無くなると寂しいもんだ。
「─そんな感じでランスはせっかく生き残ったのにすっかり腑抜けちゃってるよ。まったく見ちゃいられない」
「知らねえよ、何ナチュラルに一緒に飯食ってんだ。どっか行けコラ」
「冷たいこというなよリュンケル、俺と君の仲じゃないか」
「生憎俺とてめえの関係は友達未満他人以下だ」
「えー、メル友ですらないのー?」
「一方的に送られるだけの関係はメル友とは言わねえだろ。だいたい『シンデレラ的な話』強引に打ち切ったこと、俺はまだ許してねぇからな」
「飽きたんだから仕方ないじゃん」
「世の作家共に土下座でもしてろ」
迎えた昼休み。
いつもなら多くの生徒が行き交う食堂だが、どの学年も特別試験に備えてクラスで話し合い等をしているのか、俺とリュンケルの2人しかいないというガラガラ具合だ。ちなみに話し合いなんかに参加しないであろう六助や満足先輩は、そもそも食堂を利用しない。
「それにしても、特別試験が迫ってるのに随分と余裕そうだね君は」
「あ?んなもん興味ねえし俺の知ったことじゃねぇよ。……それを言うならてめえはどうなんだ?Aクラスの切り札様が俺と無駄話に興じてる暇なんてあるのか?」
「今頃教室では有栖が試験までの期間に何をするか、一人一人に細かく指示してるけど俺には必要ないからね」
「クク、誰が相手だろうがどんな種目だろうが負けねぇってか。せいぜい図に乗って足掬われねぇよう気をつけるんだな」
恐るべきペースで焼き魚定食を食べ終えたリュンケルはさっさと席を立ちその場を去ろうとするも、何故か急に歩を止めた。
「それで本条、今回テメェらの標的はCクラスか?綾小路に40票近く入れたのは、消去法でテメェらしかいねぇだろうからな」
「うん、正解。君達Dクラスとしては願ったり叶ったりでしょ?二重の意味で」
指名するクラスはくじで決めるそうだけど、おそらくどのクラスがクジを引き当てようとA対C、B対Dの組み合わせになるよう根回ししている筈だ。先日のやり取りからしてコージーも受けて立つつもりみたいだし、先日の件を引き合いに出せば卍解ちゃんや石崎君は容易に懐柔できる。
「二重の意味だと?あたかもDクラスがBクラスと戦いたがってるかのような口ぶりじゃねぇか。全ての能力が平均以上の、結束力では抜きん出ているBクラスとな」
「Dクラスの強みを活かすならどう考えてもB一択でしょ。……もっとも、他でもない君が動かなきゃ絵空物語になるけどね」
「……はっ、バカバカしい」
振り返ることもせずその場を去るリュンケルの背を見届ける。……俺に嘘は通じないんだよ?まあ、本人すら自覚してないだけかもしれないけどね。
授業は恙無く終わり、放課後に。
「それでは多目的室に行って来ますね。まだルールの把握ができていない方は配布されたマニュアルを読み込んでいてください。真澄さんと橋本君は私が帰るまで待っていてくださいね」
「はいはい」
「Cクラスの偵察はしなくていいのか?」
「あまり効果が無いと思うので推奨はしませんが、したいのならご自由になさってください。精神的負担をかけられるかもしれませんし」
「有栖、俺はー?」
「桐葉は試験当日までご自由にしていてください。橋本君に1からチェスを教えたり等、放課後しばらく私は色々忙しくなると思いますので」
「はいよー」
有栖を見送ってから帰り仕度をしようと始めると、マスミンが胡乱気な目でこちらをじっと見てくる。
「どしたのマスミン」
「アンタさ、ちょっとは焦ったりとか妬いたりしないの?」
「?」
「いやそんな『何言ってんだこいつ?』みたいな顔されてもね……いい?どういう理由かは知らないけど、坂柳は今日からずっと橋本にマンツーマンでチェスを教えるってのよ?」
「そりゃ『種目』を自由に選べるなら有栖がチェスを選ばないわけないしね。このクラスでまともにチェスを指せるのは俺と有栖だけだけど、俺は間違いなく敵さんの選択した種目に放り込むだろうし、誰かもう1人指せるようにならないと」
「いやそんなことはどうでもいいのよ。……アンタ、坂柳が好きなんじゃないの?」
「ん?大好きだよ?」
少なくとも両親と天秤にかけられても、特に悩みもせずあの娘を選んで両親を見捨てるくらいには。
「私の言いたいのはそんな子を、こんな胡散臭さが呼吸してるような奴と2人きりにしていいのかってことよ」
「ストレートに酷いな神室ちゃん……」
「別に大丈夫でしょ。自己保身にかけては学年1の橋本が、一時の気の迷いで不埒な真似なんてしないよ」
「褒めてないだろそれ」
「……一緒にいる内にこいつに目移りするとか危惧したりしないの?」
「有栖が?橋本に?……ないない、天地がハンドスプリングしてもあり得ないよ」
「俺だって願い下げだけどそこまで言うか!?」
橋本に対する有栖の評価は「使い勝手の良い手駒」……それ以上でも以下でもない。友達以上の関係どころか友達になることも多分ない。
仮にそういった危惧をするのであれば、該当するのはむしろあれだけ倒すことに執着しているコージーだろうね。
彼に懸想……というか重い感情を向けている子は最低でも既に3人はいることだし、その上有栖までそうなったらさぞや混沌とした修羅場が生まれて面白……おっといけないいけない。懸想してる相手が他の人に構ってたら、立場上俺は焼き餅の1つでも焼いとかなきゃいけないんだよね。でないとまた有栖が拗ねちゃうだろうし。
……有栖が俺を捨てる筈がないと高を括っているだけなのか、それとも仮に捨てられようがどうとも感じないから焦りたくても焦れないのか判別できないな。改めて思うけど、ストレスは感じなけりゃ感じないで不便だね。
というわけで1人寂しく下校タイム。
Cクラスはケン坊がいるから多分バスケを種目に選ぶだろうということで、今頃猛練習に励んでいるファルコン達を手伝っても良いのだが、生憎と俺は俺で忙しいのだ。9割義理とはいえホワイトデーのお返しの用意や、4日後に迫った有栖の誕生日用のプレゼント製作、そして結局3月14日まで待たされた茜さんの告白の返事に対するお祝いor慰めぱーちーの準備と、忙しすぎてしばらくは夜も眠れない。いやまあ夜は寝るけど。……おや?あの自分大好きオーラを振り撒きながら優雅に練り歩いてるのは、
「おお、マイフレンド桐葉じゃないか。これはまた奇遇だねえ」
「よう六助。クラス内投票で脱落するんじゃないかと少し心配だったけど、乗り切れたようで安心したよ」
「はっはっは、無用な心配だったねぇ。不要なゴミを切り捨てる試験でパーフェクトなこの私がデリートされるわけがないだろう?」
よく言うよ下から4番目だったくせに。
「相変わらず自由人なようで何よりだけどさ、やっぱ今回の試験も手を抜くつもりかい?多分俺達Aクラスと当たるから、下手したらこつこつ貯めたクラスポイントが半分以下になっちゃうよ?」
「司令塔以外は何をしようと退学しない以上、私が手を貸す理由は無いさ。プライベートポイントにしても、どうしても必要というわけではないしね」
へぇ、0ポイント生活になっても構わないのか。ボンボンなのに倹約を苦にしないんだ。ボンボンなのに。
「……しかしだマイフレンド、もし君と相見えることになればその限りではないよ。そろそろ体育祭での借りを返しておきたいからね」
常日頃の憎たらしいほど優雅な佇まいからは想像もつかない、凶暴凶悪な笑みを向ける六助。感じる圧はみやびん先輩とは比べ物にならず、下手すれば綾小路パピーに匹敵しかねない。もしかして挑戦状のつもりかな?凄く心惹かれはするけど、この試験は有栖の自由にさせたいし─
「ふーん……俺としては望むところだけど、今回は有栖に全部丸投げしてるからなあ。俺も有栖に言っとくけど、そっちもコージーやホリリンに伝えておいてよ」
「御安いご用さ。クールガールはこの期に及んで私に力を貸せと呼び掛けているから、このことを引き合いに出させてもらおう」
もし戦う相手が俺じゃなかったら容赦なく手を抜くけど、そのときは読みを外した司令塔の責任って訳ね。
読み、か……少し面白い余興になりそうだ。
総合力で劣るCクラスを指揮するコージーとしては、是が非でも俺に六助をぶつけようとするだろう。そのためには有栖の采配を読みきらなければならない。
こちらがヒントを撒いたせいかもしれないが、今のところ有栖の企てた策略をコージーは全て看過しているからね。有栖が読み勝ち俺と六助のマッチアップを外すのか、それともコージーが読み勝ち俺に六助をぶつけられるのか……それが勝敗の分かれ目になるかもしれないね。
前章で散々働いた分、この章では本番の日までニート化する模様。