特別試験で戦う相手は当初の予定通りCクラスとなった。有栖曰くクジを引き当てたのは金田君らしいけど、もしコージーが引き当ててたら俺達を指名したことをクラスにどう言い訳するつもりだったのか少し気になるなあ。
それはともかく2日後の昼休み。独裁者有栖は試験に向けてクラス全体での打ち合わせなどする筈もなく、今日は(というから昨日から)いつもの5人と食堂でご飯タイムである。
「へえ、Dクラスの子達がBクラスに嫌がらせね」
「ああ、石崎や近藤や小宮、それにアルベルト……Dクラスの中でも荒事が似合いそうな奴等が、Bクラスの別府とか中西とかに執拗に絡んでるのを見たぜ」
「それはそれは……まるで1学期の頃の彼等を思い出させますね」
もはや性分なのか、橋本は相変わらず使い道があるかも不明な情報収集に勤しんでいるみたいだけど、今回戦う相手でもないクラスのことなどどうでもいいのか、マスミンとファルコンは黙々と食事に勤しんでいる……いや、ファルコンはそもそも基本的に寡黙だし、マスミンはただ橋本が嫌いなだけかもね。
「金田君が指示したとは思えないし、誰の差し金なんだろうな?」
「実行者はかつて龍園君の手足となって動いていた方々のようですし、格上クラス相手に後が無くなって彼のやり方をただ猿真似しているだけ。もしくは……」
「ようやく龍園が重い腰を上げたか、だな」
橋本はリュンケルのことを買っている節があるので、妙に楽しそうだねえ。そしてその予想はここ最近の石崎君の様子からして、たぶん当たっているだろう。彼にしては意外にもちゃんと顔に出さないようにしていたが、残念ながら俺の眼を誤魔化すことはできない……彼の内心は親を見つけた迷子の子どもかってくらい喜びで満ち溢れていた。
リュンケルが裏で糸を引いているなら、目に見えて行われている嫌がらせはおそらくブラフ……Bクラスに圧をかけて警戒を引き上げさせ、本当の狙いはおそらく別のところにあるとみて間違いないだろうね。
「まあ今回戦うわけでもないクラスのことあれこれ探るよりも、目の前の相手に集中すべきでしょ。例えば橋本、根気強くCクラスの偵察してたけど何か収穫はあったの?」
「残念ながら不発だ。盗み聞き対策にケータイでやり取りしたりと、あちらさんもバカじゃないらしい」
「そうですか。元々期待してませんでしたが、やはり無駄だったようですね」
「相変わらず容赦ねーな姫さん……」
がっくりと肩を落とす橋本。以前は他クラスの情報収集は主にこいつの役割だったのだが、先日の件で結構な範囲から滅茶苦茶嫌われているだろうし、その役割は今後
「それにCクラスの方々が選んできそうな種目は、既にある程度は予想できています」
「へえ、流石だな姫さん。アイツらがいったいどんな種目で戦うつもりなのか教えてくれよ」
「そうですね……まず学業に関する種目はきっと選ばないでしょう」
「だろうな。クラス間のアベレージは天と地ほど離れてるし、うちのトップ層と互角に渡り合えるのはせいぜい堀北、幸村、高円寺の3人だけ。高円寺は戦力としてカウントできないし、少数の戦いに絞ったところで本条を投入されたら勝ち目無し……そんな勝ち目の薄い博打を仕掛けるくらいなら、一点特化の種目で来るだろうな」
「ええ。須藤君のバスケ、小野寺さんの水泳、三宅君の弓道などは確実に候補でしょう。……あとは外村君という方がコンピューターに精通しているそうなので、もしかしたら種目に加えてくるかもしれませんね」
「外村って、あの小太りの眼鏡か?そんな影の薄い奴の情報までよく集められたな」
ひとえにあの子のお陰だろうね。先日の件で橋本は他クラスの生徒達からの敵意と警戒を集めたことからそろそろ情報収集役には適さなくなっているため、今後も彼女に頼ることは多くなりそうだ。
「橋本君はいちいち他のことを気にせず、チェスの上達だけに集中してください。今のままじゃとてもお話になりません」
「面目ねえ……」
「ことあるごとにクイーンに頼り過ぎです。最強の駒と言っても、桐葉と違って無敵ではないんですよ?」
ねえ有栖、俺だって無敵ではないからね?
さらに2日後、3月12日の金曜日。
いつものように4時半に起床し、いつものように決められたルーティンをこなしてから家を出る……と言いたいところだが、今日はいつもより30分早く外出する。長期休暇だろうと元旦だろうと基本的にルーティンを崩すことなどないけど、今日この日だけは別だ。
俺はエレベーターで13階まで上がり、目的の部屋まで歩きチャイムを独特のリズムで連打する。
ピーピピーピピピーピーピピーピピピーンポーン……
もしものときのために合鍵は貰っているが、勝手に鍵を開けて無遠慮に侵入するのは何か犯罪的だし、そもそも風情も何もあったものじゃない。
思いつきでやったモールス信号風チャイムから俺のメッセージを受け取ったのか、自分の部屋のチャイムでこんなアホな遊びをするのは俺以外ありえないと判断したのか、何の確認もせず無警戒に解錠されドアが開く。それと同時に俺は懐から持てるだけのカサブランカを取り出し、辺りいっぱいに舞い散らす。
花言葉は……祝福。
「goodmorning、そしてhappy birthday有栖!あなたの生誕に祝福を」
その場にかしずき彼女の手の甲に口付けをする。
「おはようございます、桐葉。あの……お祝いしていただけるのはありがたいのですが、毎年毎年無駄にドキザな演出を用意するのはどうにかなりませんか?見てるこっちが恥ずかしくなってきます」
共感性羞恥からか顔を赤らめながらモジモジする有栖だけど、ぶっちゃけこういう反応を見たいからやってるんだけどね。あくまで個人の主観だが恥ずかしがる有栖ほど見ていて幸せな光景はそうそう無いので、彼女には悪いけど来年も。
そんな邪な感情を見抜かれたのか、有栖はリンゴのような顔色のまま俺の頬を力の限り引っ張った。こんな可愛らしい反応をするこがここ最近外道の限りを尽くしてきたのだから、世の中わからないものだね。
「まったく……朝から無駄に疲れさせないでください」
「ごめんごめん、誕生パーティも開きたいけど今は特別試験中だから、後日祝勝会もかねて開くつもりだからさ」
「誰もそんなこと気にしてませんよ、もう……」
会話の噛み合わせない俺に対して呆れたように溜め息をつく有栖。いやでも君、開かなかったら開かなかったでちょっと落ち込むでしょ?結構面倒な性格してるんだから。
「桐葉?私に何か言いたいことでも?」
「最初にあった頃より一段と綺麗になったなーって」
「……見え透いたお世辞ですね。この私がそんなもので絆されるとでも?」
平静を装っているつもりの有栖に、俺は満面の笑みを浮かべて手鏡を渡しながら、耳を指差してジェスチャーする。有栖が訝しみながらも鏡越しに自分の耳を見て……真っ赤になっていることにようやく気づき、膨れっ面を俺に向けてくる。
「……意地悪」
「お前に言われちゃおしまいだよ」
はっはっはと豪快に笑ってやると、有栖は拗ねたようにそっぽを向いた。
……有栖は普段から冷静で冷徹で冷酷に振る舞う。いくら俺と2人きりだからとはいえ誰が見ているかわからない状況では、こうも容易く感情的な面を表に出すことはそうそう無い。こういうときは大抵、何かを抱え込んでいる。
「ねえ有栖」
「今度は何ですか?」
「コージーには勝てそう?」
「……」
俺が何気なく問いかけると、有栖は表情を強ばらせ押し黙る。四六時中余裕に満ちた笑みを絶やさないこの子のこんな顔、ランス辺りに見せれば下手したら偽者を疑いかねないだろうね。
まったくもって何の興味無いけど、有栖の話すことだからと一応ちゃんと聞いておいたコージーのルーツ……後天的な天才を作りだすための施設、ホワイトルーム。
自らの理念を真っ向から否定しようとする施設を有栖が許容する筈もなく、その施設の最高傑作たるコージーに打ち勝つことが幼き日よりの宿願だそうだ。何故そこまで固執するのかは知らないけど、有栖にとって大事なことなら無関係の俺がとやかくいうことではない。
有栖が今抱えているものはおそらく不安……本当にコージーに勝つことができるのかという不安。
最も身近に俺がいるのだから、自分と互角程度の相手にこの娘がそこまで執着するとは思えないので、つまりコージーは俺や有栖をも凌駕する怪物なんだろう。
未だ俺にすらちゃんと勝てていないにもかかわらず、俺よりも強大な相手と小細工抜きの一騎討ち……不安に思わない筈がない。
「……ええ。勝ちます、勝ってみせます。天才とは教育ではなく、生まれた瞬間に決まっているものだと、証明して見せます」
しかしそれでも有栖は前を向いた。多少の逡巡を巡らせはしたものの、己の信念を貫かんとするこの娘の覚悟は欺瞞でも虚勢でも無い。……そういうとこ大好きだよ有栖。
「その意気や良し。そんな勇猛果敢な有栖ちゃんに、誕生日プレゼントをお渡ししまーす」
「……あのですね桐葉、私が結構真剣に決意表明した直後に、そんな緩いテンションでプレゼント渡しますか普通」
「そんなもん関係あーりません。第一シリアスな空気は好きじゃないんだよ」
不満げに頬を膨らます有栖に近寄り、トレードマークであるベレー帽に懐から取り出した物を取り付ける。
「え、あの、桐葉?」
「……はい、これでオーケー。よく似合ってるよ」
「これは……ブローチ?」
有栖がベレー帽を取って確認すると、紫色の花と赤い楕円の石がデザインされた、ガラス製のブローチが取り付けられていた。
「意匠はアネモネとコーラル。どちらも3月12日の誕生花と誕生石だよ。いらないなら別に捨ててもいいけど、作るのに3日かかったから大事にしてくれると嬉しいな♪」
「作るのにって……これ、手作りなんですか?えと、布製ならともかくガラスとなると、ガラスを加工する技術とか道具とか、色々必要になりますよね?」
「ネット通販でバーナーとか全部注文して、ここ数日帰ってからひたすら製作に取り組んだ。初めての取り組みだから多少苦労したけど凄く楽しかったな」
「特別試験前にガラス細工に夢中になる生徒は、後にも先にも貴方だけてしょうね……でも、ありがとうございます。大切にしますね」
呆れたような溜め息を吐きつつも、幸せそうな顔で大事そうにブローチを握りこむ有栖。今日1日中ずっと見ていたいけど、もうすぐ学校だしそういう訳にもいかないよね。残念。
「コーラルの石言葉は『幸福』と『聡明』。そして紫のアネモネの花言葉は……『あなたを信じて待つ』」
「!」
「コージーがどれだけ凄かろうが、お前が負けるなんて俺は微塵も思ってないからね。ボロクソに負かしてあのスカした男に吠え面かかしてきなよ」
「……ふふ、綾小路君も貴方にはスカしてる、なんてきっと言われたくないでしょうね。何から何までキザにも程がありますよ」
そう言って可笑しそうに笑う有栖には、先ほどのような影は見えなくなっていた。よかったよかった。
……今回の試験の結果がどうであれ、有栖は1つ殻を破ることができるかもしれない。
普段の傍若無人な振る舞いからよく誤解されがちだが、実は有栖の心はそんなに強くない。強大過ぎる頭脳と信念に対して、精神は肉体ほどではないが脆弱な部類だ。
明確な証拠を挙げるなら俺達が何度もやっているチェス……俺の棋力は幼少期よりひたすら研鑽を重ねてきた有栖よりやや劣る。本来後攻スタート程度のハンデで1度も勝てないなんてある筈がない。
にもかかわらず勝ちきれないのは負けることを恐れているのではなく、負けることで俺が彼女のもとを去ることを恐れているから。
あれは忘れもしない中1の春か夏か秋、もしくは冬。俺と有栖の間で結ばれた約束事……公平な勝負で有栖が俺に勝てばどんなことがあろうと一生有栖に従い、逆に俺が勝てば二度と有栖には従わないし仲良くしない。
……今にして思えば取り返しのつかない約束を結んでしまったものだが、あの頃はこの子とここまで仲良くなるとは思ってなかったからまあ仕方がないね。勿論この約束を反故にする気は一切無い。一度した約束は絶対に守るのが俺の美学。有栖も長い付き合いでそれを重々承知していて、そのためリスクのある勝負に出ることができず、結果今の今まで勝負を先伸ばしにしているのが現状だ。
その勝負弱さを克服するには、今回の一騎討ちはまさにうってつけ。幼少期より勝つことを目標にしてきた相手との、一回限りの真剣勝負。(おそらく)格上であるコージーに勝つには、リスクを恐れない攻めの姿勢が必要不可欠になってくる筈だ。
有栖がそれを乗り越えられたなら、長く続いた俺との戦い終止符を打つのもそう難しくはないだろうね。
そしてその一方……もし有栖がコージーに負けたとすれば、それはそれで収穫だ。俺は有栖に負けちゃいないが勝ってもいないから、有栖はまだ一度として挫折をしたことがない。
有栖の持論では真の天才は挫折をしないものらしいが、それに対してだけは賛同できない。
挫折を知らない天才などただの未完成品だ。人は挫折を経験することで、敗北の恐怖を知り勝利に飢える。
そしてその飢えこそがさらなる高みへと駆け上がるために必要不可欠なものであり、
負の感情を失ってしまったままの俺では、手に入れることのできないものだ。
普段あれだけ適当な桐葉君ですが、約束事に関しては頑なに守ろうとします。いかなる理由があろうと融通が一切効きません。
心の底から真剣に取り組んでいることで初めて負けたら凄く悔しくなり、次は絶対に勝とうと死に物狂いになりますよね。その結果見違えるように成長することも珍しくはありません。
プロローグでも言及している通り生粋の求道者気質である桐葉君は既にチートの域に突っ込みつつある現状にも満足さておらず、さらなる高みへ昇りつめるためには勝利への飢えを知るため敗北も経験しておくべきだと考えていますが、負の感情が欠落した現状ではたぶん挫折を感じられそうもないから負け損になるだけなので、どうにか負の感情を取り戻そうと四苦八苦しているという訳です。
ちなみに(天帝の眼抜きでの)知性での力関係は私の中では、
綾小路≧有栖≧桐葉
くらいのイメージです。高円寺君は不明です。