3月14日の日曜日、ホワイトデーの日を迎える。
俺はいつものようにルーティンをこなした後、用意したお返し(100%既製品)をポストに投函すべくロビーに向かう。……有栖にはともかく、一応は世話になった礼という名目で受け取った(正直有難迷惑な)義理チョコへのお返しは必要なのかと少し疑問だけど、まあ貰った以上は返しておくのが人の道というものだろう。
「……おや、コージーに卍解ちゃん?日曜の朝だというのに早起きだね」
「あ、おはよ本条君」
「おはよう。いつもはそうでも無いが、ロビーに来た理由はお前と同じだ」
コージーは俺が抱えるクッキーの山を見て、ホワイトデーのお返しをポストに投函しに来たと察したらしい。
「うーん……念のため言っとくけど、俺は周囲の視線が気になって直接渡すのを躊躇ってるとかじゃないよ?」
「……何故わかった?」
「合宿でも一緒だったわけだし、君が人付き合い苦手なことなんて嫌というほど知ってるからね」
今日が平日だったらこの子はきっと、いつ渡すだのどういう順番で渡せばいいだの、凄まじくどうでもいいことでさぞや思い悩んだことだろうね。……少し見たかった気もするなあ。
クラスメイトのポストにクッキーを無造作に放り込みながら、俺は少々気になっていたことを卍解ちゃんに尋ねる。
「そういや卍解ちゃん、君達今度はDクラスに嫌がらせされてるんだって?次から次へと貧乏くじを引かされて大変だね」
「そういえば先日そんな話をしたな。あれからどうなったんだ?」
「えっとね、綾小路君達に話した後すぐに全員から話を聞いたんだけど、そのときは柴田君から聞かされていた3人だけだったの。でも……」
「でも?」
「翌日一気に被害が増えて、外にも男女で3人ずつ同じように付け回されたり声をかけられたって……」
かつてCクラスが二学期末あたりに受けていた嫌がらせと似たような内容だね。変更点があるとすれば徐々に標的を増やしてるくらいかな。
「後をつけてるのは誰かわかっているのか?」
「分かってるのは石崎君、小宮君、近藤君、山田君、伊吹さん、木下さんの6人かな」
「うーわ、こりゃまた荒事担当ばっかり。身も心も優等生なBクラスの子達はさぞかし不安だろうね」
「被害が拡大する前に手を打たないのか?」
「うーん……暴力を振るわれたわけでもないし、今のこところどうにもできないんだよね……とりあえず実害が出るまで我慢してもらってる。あっ、勿論心のケアは怠らないよ」
「そうか……まあ今はそれでいいんじゃないか?学校に訴えたところで、現状ではDクラスに罰は下らないだろうし」
「かといってDクラスに直接文句言いに行けば、効果的だと自白してるようなものだし、無駄に付け上がらせちゃうよね」
「うん、そうだね」
俺達が同意すると卍解ちゃんは満面の笑みを浮かべるが、残念ながらこの一連の嫌がらせは確実にブラフと仕込みだろう。以前似たようなことをされたコージーはもう気づいている筈だけど、卍解ちゃんに伝えるつもりは無いらしい。何か不都合なことがあるのか……わざわざ指摘してあげるような相手ではないと判断しているのか。
「それじゃあ投函作業も終わったし俺はもう帰るね、馬には蹴られたくないし」
「う、馬って……違うからね本条君!?私は別に─」
「俺はまだ何も言ってないよ?」
表面上はとぼけつつも、右手の人差し指で右目の少し下の辺りをトントンと叩きつつ卍解ちゃんに向かって微笑むと、俺に嘘や隠し事や隠し事ができないことを思い出し、顔を真っ赤にして俯く。……初々しい反応している卍解ちゃんには残念なお知らせだろうけど、たぶんコージーにはバレバレだと思うよ?そして可哀想なことに、彼はそれを好都合と感じる人種なんだよね。
「にしてもコージー、ちょっと暢気過ぎない?」
「……暢気?どういうことだ?」
「司令塔の自覚がまるで無いってこと。例えば卍解ちゃん、今回もしウチのクラスと戦うことになったとして、試験前に“情報泥棒”、“歩くプライバシーの侵害”との呼び声の高い俺に関わりたいと思う?」
「え、ええと、その……ちょっと遠慮したいかな」
優しさが服を着て歩いているようなこの子でもNOと言うくらい、大抵の相手からは好き放題情報を抜き取れる俺と接触するリスクはべらぼうに高い。
……まあ、その数少ない例外の1人がコージーなんだけど。この子ときたらどうでもいいことはすぐに顔に出すくせに、自身にとってアキレス腱になりえることは一度として悟らせないんだから。
「オレが今回司令塔になったのは退学のリスクが無いからで、種目の内容は全て堀北に任せてるからオレから抜き取れる情報はたかが知れているからな」
「ふーん……司令塔の関与についてもかい?」
「ああ」
となると、一騎討ちの内容に関しては有栖に一存するわけか。……どんな種目で戦おうと有栖に勝てるつもりかい?怖いねえ。
「まあ健闘を祈るよ、有栖はすごく強いし怖い子だから、どんな手を使ってても勝ちに行くことをお薦めするよ」
「どのように戦うかも堀北に任せている。確実にお前達Aクラスと戦えるよう事前に一之瀬達に根回ししたりと、あいつには何か勝機が見えてるのかもな」
何か白々しいことをのたまうコージーに、俺は片手で手を振りながらロビーを後にした。……しらばっくれ方は一向に成長しないなあ。何と言うか、とりあえずホリリンに押し付けておけば誤魔化せると思ってるよねあの子。
3月15日月曜日。
今日は対戦相手の指定した10種目が発表される日。
いつものように有栖と2人で登校していると、通学路の途中で何の偶然かまたコージーと、そしてさらに偶然が重なったのか茜さんとコランダム先輩に出くわした。……はいそこの紫団子、露骨に嫌そうな顔しない。
3年生の2人はともかく1週間後激突するクラスの、よりにもよって司令塔同士の接触など第三者に見られたら余計な勘繰りをされるだけなので、はてさてどうしたものかと逡巡していると……
「堀北君、ここは2手に分かれましょうか」
「そうだな、試験前に敵対クラス同士が接触するのは健全とは言えん。色々と話すこともあるだろうし、俺と綾小路、橘と本条達……親交のある組み合わせでそれぞれ登校しよう。お前達もそれでいいか?」
「ああ」
「ええ、構いません」
「オッケーっす」
特に断る理由も無かったので俺達はコージー達から距離を取る茜さんについていく。しかし少し意外だったね。以前までの茜さんなら、まずコランダム先輩の意見を聞こうとしていたのに。それに2人とも……これは期待できそうだ。
「ええと、2人とも特別試験の方は大丈夫ですか?」
「ええ、勝利する算段はついています。……先輩方こそAクラスで卒業できそうですか?」
「来週の結果次第ですが、必ず勝って見せます。……本条君が資金提供してくれていなかったら、苦しい戦いを強いられていたでしょうが。あらためてお礼を言わせてください」
「どーいたしまして。……何だったら踏み倒しても別にいいんだよ?」
「そういう訳にはいきません。必ず多少色をつけてお返しします」
正直いらないんだけどなあ……ここ最近ポイントを利用した策略が多かったから、そろそろマンネリなんだよね。かと言って死蔵させるのも何だか勿体無い気もするし、どうしたものかね……?
「しかし3年生だというのにまだ登校しなきゃならないんだね。進学にしろ就職にしろ、普通の学校ならとっくに休みになってるのにさ」
「きっと何か事情があるのでしょう。ですが上級生が下級生に伝えられる情報は色々と制限されるようですので、きっとそれについても……」
「ええ、在校生に伝えることは禁じられています」
茜さんが何やら申し訳なさそうにしているが、俺も有栖もネタバレを蛇蝎の如く嫌っているので一向に構わない。いずれわかることならそのときまで待つ所存だ。というかそんなことよりも……
「ねえねえ茜さん、昨日告白の返事もらったんでしょ?どうだったの?」
「うっ……やっぱり答えなきゃだめですか?」
「駄目」
くだらねーことで思い悩んでうじうじしてたこの人の背中を蹴り飛ばした功労者として、俺には結果を聞く権利がある筈だよね。
「ええ、と……そのですね……」
両手の人差し指をつんつんさせ、ジョナゴールドのように真っ赤になりながらモジモジする茜さん。どうやら答えるのを恥ずかしがっているようだが、こんな反応をされてはどうだったかなんて一目瞭然……いやまあぶっちゃけ、出くわしたときにはわかってたけどね。何か見るからに幸せそうなオーラが具現化しそうだったし。
「あの……えっと……堀北君と交際することに、なりました」
「えんだああああああああああああああ!」
「ああもううるさいですよっ!?そうやって茶化されるとわかってたから言いたくなかったんですっ!」
「これが茶化さずにいらいでかってね。ねーねー茜さん、コランダム先輩のこと何て呼ぶようになったの?」
「うえっ!?な、何を言ってるんですか?呼び方なんて別に─」
「さっきコランダム先輩の名前呼ぶ寸前口の形が“あ”だったのを、咄嗟に“お”の形に切り変えてましたよね?名前で呼ぶことになったのをまだバレたくないから慌てて取り繕ったように見えたんですけど、そこんとこどうなんですか?」
「あああぁぁあああああもおおぉぉぉおおおっ!何でもかんでも見抜かないでくださいっ!」
その後も俺に散々玩具にされてむきーってなっていたものの、それでも茜さんは幸せそうだった。今の彼女には少し前まで抱えていた罪悪感や後ろめたさといったものが、綺麗さっぱりなくなっていた。コランダム先輩が彼女の想いに応える際どんなマジックををしたか多少気にはなるけど、そこを詮索するのは無粋というものだろう。
「茜さん」
「……なんですかデリカシーの無い本条君」
「おめでとうございます」
「……はあ、まったく。散々からかった後にそれですか。結局最後まであなたはきっと、困った後輩のままなんでしょうね」
そう言って茜さんは可笑しそうに笑う。
……以前はくだらない思いつきで、この人が傷つき苦しむ様を見殺しにしたときは何も感じなかったし、どの面下げてと言われるかもしれないけど、今は心から安堵している。
この人の笑顔が失われなくて良かったと。
そう思えるくらいには、俺はまだ人の道を外れてはいないらしい。
「……」
「つーん」
「……なあ有栖、いい加減機嫌直してよ」
「何のことですか?貴方が橘先輩を慕っているのはわかっていますし、それをとやかく言うほど私は小さくありません」
「じゃあその膨れっ面は何なのさ?」
「口にティッシュペーパー詰めてるだけです」
「どんな言い訳だよ。流石に苦しすぎるよそれは」
朝のホームルームが終わり、対戦相手であるCクラスの選んだ10種目が発表された……が、意外とやきもち焼きの有栖はさっきまで俺と茜さんが自分を放置して楽しくじゃれ合ってたのが大いに不満らしい。この様子だとこれから1週間駒である俺達がどう行動するかの指示は、昼休みか放課後まで持ち越しになりそうだ。
あとマスミン、そんな露骨に気色悪そうな顔しないの。後で何されても知らないよ?
ちなみにこちらの選んだ10種目の内、有栖にとって本命であるチェス以外は司令塔の関与を最小限まで抑えている。一方そのチェスは逆に司令塔の関与をギリギリまで大きくしている。おそらくコージーに対する隠れたメッセージ……この種目で白黒つけようという挑戦状だね。自分だって他の相手にうつつを抜かしてるんだから拗ねるんじゃないよまったく。
たぶん次話くらいから特別試験の入りますが、流石に桐葉君視点だけだと無理が出てくるので有栖ちゃん視点に移るよていです。