しかし改めて見ると、これまでの人を人とも思わないじゃちぼーぎゃくは何だったのかと言いたくなるくらい、綾小路君には配慮が行き届いていますね。
【side:坂柳有栖】
長きに渡る準備期間を経て、いよいよ学年度最終特別試験当日となりました。
大きくリードしている私達Aクラスはともかく、下位3クラスは高確率で入れ換わりが起きる分、程よい緊張感に包まれているでしょうね。
ホームルームが終わり司令塔である私はこれから多目的室に向かい、桐葉達残りの生徒はこの教室にて指示を待ち、種目発表後に私が選出した生徒が指定の場所に向かう形になります。モニターなどで詳細を知ることはできないので、種目終了後に情報を共有することになりますね。
「それでは皆さん、行って参ります」
「お土産買ってきてねー」
「買いませんよ」
まったく……こんな日でも桐葉はいつも通りですね。それと何ですかこれ見よがしに置かれたその黒ひげ危機一髪は。いくらなんでも緊張感無さすぎでしょう。
「それと、あんま気負い過ぎんなよー。普通にやれば普通に勝てるだろうし」
「言われなくてもわかっていますよ」
正直贔屓目無しに考えてもクラス単位の勝負では、よほどのことが無い限りCクラスに負けることはありません。両クラスの総合力は言うまでもありませんが、その上ほとんどの種目で司令塔の関与が最小限に抑えられているからです。その優秀さを隠蔽してきた綾小路君の司令塔としての手腕をCクラスの皆さんが信頼する筈がありませんし、少しでも司令塔の差を無くそうとクラス全員で話し合った結果なのでしょう。
私も彼に配慮して関与を最小限に設定しましたが、そのことに対する橋本君の追求が正直鬱陶しかったですね。クラスの皆さんの力を信じてるから、なんて自分で言うのもなんですがまったく私に似合わない言い分で、苦労して強引に言いくるめなくてはなりませんでした。……腹いせにぼろ雑巾になるまでチェスで打ちのめして差し上げましたが。
故に私が求めるのは完全な勝利。クラスでは勿論、本命種目であるチェスでも勝利を収めることです。
そこまでやってのけて初めて、ホワイトルームの掲げる愚かな理念を打ち砕いたと言えるのですから。
「ところで坂柳さん、その帽子に付けてるブローチはどうしたの?とても似合ってるけど」
「ああ、これですか?先日の誕生日に桐葉から貰いました。試験期間中暇だったらしく、1から作ったそうです」
「……えっと、それガラス製だよね?作ったって、まさか……」
「ええ、わざわざ器具から揃えてガラスを加工したそうです」
「そ、それは本格的過ぎるね……逆に本条君って何ができないの?」
「動物が絡む催しは全てダメですよ?例外無く逃げられてしまうので」
特別棟に足を踏み入れ多目的室に向かうとまだ開場されていませんでした。既に着いていた一之瀬さん曰く全員が揃ってからとのことなので、残りの2人が来るまで雑談をして時間を潰しています。先日あんなことがあったのにもかかわらず嫌な顔1つせず私に接する彼女は、多感な高校生とは思えないほど人間の出来た女性だと思わず感心してしまいますね。
そうこうしている内に綾小路君がやって来たので、私達は軽く挨拶を交わします。
「あとは金田だけみたいだな」
「そうだねー」
ふむ……この様子からして、お2人はまだ司令塔を金田君のままだと思っているようですね。まあ私も桐葉が教えてくれなければ気づけなかったでしょうし、ここは今日まで騙しきった彼の手腕を誉めるべきでしょうね。
……せっかくですから彼の戦略を補強しておいてあげましょうか。もしかしたら綾小路君の驚く顔が見えるかもしれませんし。
「それにしても一之瀬さんは幸運でしたね。今のDでは万に一つもBクラスには勝てませんし、重要なのは何勝積み重ねるかどうかのみです。7連勝すれば私達の結果次第では、これまでのリードを失ってしまうかもしれませんね」
「いやいや、どうなるかなんてやってみなきゃわからないよ。当然向こうも必死で闘うだろうし、とてもじゃないけど油断はできない」
「ふふ、少なくとも対等には見ていないようですね。伊達に1年間Bクラスを守り抜いただけのことはあります」
「私達も勝つために戦略を練ってここに来てるし、結束力が大きく試されるこの試験では簡単に負けられないからね」
「なるほど失礼しました、確かに仰る通りですね」
表向き適当に肯定しつつも、内心では彼女達の敗北を確信しました。結束力が試される試験?ええ、まともに取り組めばそうかもしれませんね。
……しかし残念ながら貴女のお相手は、まともとは対極に位置する戦略を打って来るのですよ。
遅刻寸前の時間にようやく現れたDクラスの司令塔は、桐葉の言った通り金田君ではなくドラゴンボーイさんでした。
「え……龍園君?どうして、ここに……」
「どうした一之瀬、何を動揺してる」
彼の言う通り一之瀬さんは目に見えて狼狽え、なんと綾小路君も僅かに目を見開いています。やはり彼にとっても想定外だったのでしょうね。
「プロテクトポイントを持つ生徒が司令塔をするという思い込みの裏を欠くとは……随分と思い切った手を使いましたね龍園君」
龍園君は一瞬私に向けて「白々しい」と言いたげな視線を向けてから、一之瀬さんに向き直ります。まあ彼なら桐葉から聞かされていると予想できますよね。
「この特別試験は司令塔の存在は必要不可欠。当日不在になれば当然、他の誰かが代役を務めるしかねえよなあ?」
当日の予期せぬ欠席なんて不測の事態は十分起こりえることですので、代理としての司令塔役は当然認められるでしょうね。……しかし友達想いな一之瀬さんに、それを予想しろというのは酷な話でしょう。
「そうだとしても、君が出てくるなんて考えてもいなかったよ」
「だろうな。お前なら熱を出そうが怪我をしようが、クラスの連中に退学のリスクを負わせるくらいなら這ってでもくる筈だからな」
桐葉のような例外中の例外を除けば、プロテクトポイントを持たない生徒が司令塔に立ち負ければ、退学を防ぐことは決してできません。となれば今回の特別試験は、プロテクトポイントを持つ生徒同士の戦いと思い込んでも仕方がないでしょう。
「しかし代理としての参加となると、どんなペナルティを背負いこんだのですか?」
「金田を種目で使えねぇ。欠席してる訳だし、あって無いようなペナルティだな」
「そうかな?彼の学力はDクラストップクラスの筈だし、参加できないのは痛いんじゃないかな」
きっと一之瀬さんは内心パニックになってるでしょうね。数少ない頭脳派の駒を犠牲にしてまで打った奇策の意味は何なのか?いつから龍園君が司令塔だと決まっていたのか?数日に渡る嫌がらせも彼の策略の一部なのか?……そんな風に混乱する彼女に対し、龍園君は嘲笑するように笑いかけました。
「そんなにビビる必要なんざねぇよ。金田が病気で欠席したのは不測の事態で、生憎とあいつにはお前ほどの根性が無かった。つまり俺はただの人柱さ。クラスの連中も前回仕留め損なった俺を排除できて喜ぶだろうぜ」
「だったら、手加減してくれると思っていいのかな」
「ああ、構わねぇよ。安心してかかってこい」
「どんな手を使っても勝つのが、君のやり方じゃないのかな?」
「勝つと決めたら、な」
「やだなー、もう後が無い龍園君の背水の陣……なんか私達の負けフラグが立っちゃった気がするもん」
一之瀬さんは葛城君と同じく、下地を積み重ねて確信、信頼、安全を構築していくタイプで、予想もつかないアクシデントへの対応を苦手としています。相手が凡百ならいざ知らず、龍園君となるとそれは致命的です。
今頃石崎君あたりがBクラスの皆さんにこのことを周知させているでしょうし、彼らは動揺して十全にパフォーマンスを発揮できないでしょう。
ですがそれだけならジャイアントキリングは起きません。Bクラスはそれほど甘い相手ではありませんからね。となると……龍園君はまだ何か切り札を隠し持っていると考えるべきでしょうね。そして動揺している一之瀬さんはそれに気づけない……これでは勝負以前の問題ですね。
「ともかく全員揃ったことですし、そろそろ参りましょうか」
多目的室に入ると以前まで無かった壁が作られていて、丁度室内を半分に区切っていました。ふむ、即席にしては防音性が保たれそうですね。
「BクラスとDクラスはあちら側で試験を行う。私と茶柱先生についてくるように」
真嶋先生の指示と共に、4人は隣の部屋に向かいました。こちら側の進行役は坂上先生と星之宮先生ですので、ジャッジに片寄りが出ないように受け持つクラス以外の担当教師になっているようです。
「5分後に試験だから、今の内に心の準備をしておいてね~」
星之宮先生はそうアドバイスすると、坂上先生と最後の打ち合わせのようなものを始めました。……盗み聞きしている様子もありませんので、気兼ねなく綾小路君と最後のお喋りができます。
「やっと、この日がやって来ました。お恥ずかしながら昨日の夜はあまり眠れず、危うく寝坊するところでしたよ」
「そんなに待たせた覚えはないがな。そもそもオレがこの学校に来なければ会うことも無かっただろう」
「確かにこの学校で出会ったのは偶然ですが、私はいずれあなたと邂逅する日が来ると確信していました。運命として、それは決まっていたんです」
「運命、か。そんな抽象的なものを信じられるのか?」
「桐葉の幸運を間近で見ていれば、いくらでも生き証人になれますよ」
「……そうかもな」
確率論に人生を費やした数学者に彼の異常性を見せたら、いったいどのような反応をされるのでしょうね?
「貴方がこの学校にいるとわかってからは、早く戦いたいという気持ちを抑え込むのに随分と苦労しましたよ。でもそれは仕方がありません。幼少の頃に貴方を知って以来、貴方を倒すことをずっと夢見ていたのですから」
「夢から覚めるのが怖くないのか?」
「夢は覚めるものですから」
まったく不安にならなかったと言えば嘘になります。私は自身の才能を疑ったことは一度もありませんが、今から戦う相手は正真正銘の怪物、傑物中の傑物。ですが……
私の帽子に付けられたブローチを握りしめ、アネモネの花言葉を思い返します。
『あなたを信じて待つ』……桐葉が私を信じているなら、私はそれに応えなくてはなりませんよね。
「お手柔らかに、とは言いません……全力で向かってきてくださいね」
本音を言うなら今回の試験のような、お互いの実力を如何なく発揮できるとは言い難いルールで決着を付けるのはやや複雑な気持ちですが、まあこれ以上を望むのは贅沢でしょうね。実力をクラスメイトに知られたくない綾小路君にしてみればうってつけの試験でしょうし、考えようによっては三味線を弾かれる心配がありませんしね。
「はーい、そろそろ試験を始めまーす」
星之宮先生の指示に従い、私達は機材を間に向かい合わせになります。お互いの表情は見えず、手元のパソコンにはAクラスの皆さんの顔写真と、私の用意した10種目が表示されました。
「それでは特別試験を開始します。進行を担当する坂上です。各クラス、5種目を選択し決定ボタンを押すように」
私はあらかじめ決めておいた5種目……『チェス』、『英語テスト』、『現代文テスト』、『数学テスト』、『フラッシュ暗算』の5種目を選び、決定ボタンを押しました。
やがて大型モニターに選ばれた10種目が表示されました。……綾小路君の選んだ種目は『弓道』、『バスケット』、『卓球』、『タイピング技能』、『水泳』ですか、概ね予想通りですね。もっとも私の選ぶであろう種目は葛城君がリークしているでしょうし条件は五分ですね。
「ここからは抽選を行い7種目を決定していきます」
「それにしても綾小路君、相手が坂柳さんなんて先生同情しちゃう」
「星之宮先生、私語は慎むように」
坂上先生に注意され、星之宮先生は反省のポーズを取ります。そういえば以前、星之宮先生が綾小路君……ひいてはCクラスのことを警戒している節があると報告を受けましたね。真嶋先生と違って自分のクラスに肩入れしているのか、それとも……
「中央のモニターに抽選結果がその都度表示されるようになっているので、見るように」
坂上先生に促されてモニターに目を向けると、画面か3D映像に切り替わり、1戦目の種目は表示されました。
『バスケットボール』
必要人数……5人 時間制限……前後半10分×2
ルール……通常のバスケットボールに準ずる
司令塔……任意のタイミングでメンバーを1人まで交代させることができる
おやおや、この種目がいきなり選ばれるとは……それでは1つ、仕掛けてみましょうか。
有栖「このブローチ作成に試行錯誤を繰り返したせいで、ホワイトデーのお返しは既製品だったんですよ?私は苦労して手作りしたのにまったくもう」
一之瀬(顔が凄く緩んでる……ブローチよっぽど嬉しかったんだね)