個人的に印象に残ったのは朝比奈先輩の泣き顔と、それから堀北さんの土下座ですかね(笑)
厳しい冬の寒さが過ぎ去り、暖かな陽の光が降り注ぐ。桜の蕾が膨らみ始め、春の訪れを感じる今日この頃。
3月24日、卒業式。
現3年生達が全ての教育過程を終え、いよいよ社会へと羽ばたいていく記念すべき日。
体育館には卒業生在校生問わず全ての学年の生徒、全教師及び関係者各位が参列している。
まさに卒業式マジックというべきか、生徒達から圧倒的な不支持を誇る毎度恒例校長の長話1つとっても、ほとんど全員が真剣な表情で耳を傾けている。
……いやまあ話してる内容については、大概の人は明日には忘れてるだろうけどね☆卒業式マジックがあろうとつまらねーものはつまらねーってことだよ校長。
「ではこれより、晴れてAクラスで卒業したクラスの代表者より、答辞を述べて頂きたいと思います」
進行役の大人がマイク越しにそう告げる。へえ、Aクラスのリーダー格にはそんな義務があるんだ。有栖やホリリン、卍解ちゃんなら無難にこなしそうだけど、果たしてリュンケルはちゃんと真面目に取り組むかね?中指立てて「あばよ雑魚共」で済ませたりして。
「代表、Aクラス……堀北学くん、前に」
どうやら茜さん達は無事みやびん先輩の執拗な妨害をはね除けられたようだ。正直チカちゃん先輩やコランダム先輩は国の補助輪なんて無くても大した問題でもないんだろうけど、能力面は凡人の域を出ない茜さんはそうもいかないだろうしひと安心だね。
コランダム先輩は内心ほんの僅かに安堵しながらも、勝利者に相応しい堂々たる態度で壇上に向かうと、俺達在校生や関係者各位に視線を移す。
「答辞。梅の香りに春の息吹を感じるこの日、我々は卒業式を迎えました」
堅物なコランダム先輩らしく答辞の内容は奇をてらわないよく言えば王道、悪く言えばありきたりな内容。盛大な卒業式に対する感謝に始まり、入学した当時のことから学校生活を簡潔に振り返っていく。
「私事ではありますが、生徒会代表として昨年1年生達にこの場所から言葉を述べたことがあります。そのときと比べれば一目瞭然、皆さんの成長を感じ取ることができます」
1年前、彼の持つ覇気にただ圧倒されるばかりであった1年生達も、私語1つ無く彼の答辞に耳を傾けている。きっと数々の過酷な特別試験が、彼等を一回りも二回りも成長させたんだろうね。知らんけど。
「そしてこれから最上級生となり在校生を牽引していく2年生には、この学校の規律を守りつつ存分にその力を発揮していただきたく思います」
2年生が並ぶ席のみやびん先輩に視線を向けてみると、いつもの軽薄な笑みは鳴りを潜め誰よりも真剣な表情でコランダム先輩の答辞に耳を傾けている。たしかに色々と歪んだ性格をしているけど、コランダム先輩への敬意に関してだけは嘘偽り無いんだよね。
「この学校で学んでいることはこの先の人生において、かけがえのないものになるであろうことをここに約束します。……来年、再来年、この場で答辞を述べる人にもきっと理解できる瞬間が訪れるでしょう」
2年生であの場に立つのは多分みやびん先輩だろうけど、はてさて俺達の代はどうなることやら。
現状クラスポイントこそ俺達が大きくリードしてはいるけど、つい先日俺達のリーダーが真っ向から打ち破られたばかりだし、リュンケルも完全復活してダークホースと化したし……まあ、まだ3分の2も残っているんだ、お楽しみはまだまだこれからさ☆
「─3年間、本当にありがとうございました」
卒業式が終わると、俺達在校生は一度自分達の教室へと戻る。この後すぐに卒業生達は教師達や卒業生の保護者達が集まり謝恩会が始まるらしい。
俺達は帰ってもいいらしいけど、部活に入ってる子や3年と仲の良かった生徒は謝恩会が終わるのを待ち、最後の交流を行う。勿論俺もお世話になった茜さんやチカちゃん先輩とかに会いに行くつもりだけど、その前にやるべきことを済ませながら時間を潰そう。
「じゃあ行こっか有栖」
「ええ、手早く済ませてしまいましょう」
有栖をお姫様抱っこしながら教室を後にする。親愛なるクラスメイト諸君がもうこれくらいでは何のリアクションも取らなくなったのは、何だか少し寂しい気もするね。
……清隆君によると、謝恩会には理事長も毎年参加する義務があるらしい。臨時とはいえその座に着いた月城代行がそれをバックレるという選択肢は無い。謝恩会中の90分間は確実に監視の目が緩むということになる。
昨日、清隆君は有栖に教えられた坂柳パピーの連絡先を用いて彼と連絡を取り、監視カメラの無い応接室にて密会の場をセッティングした。
目的は俺達学生より遥かに上の立場から清隆君を退学させようと画策する月城代行への対策として、教師の後ろ楯を得ること。
月城代行が掟破りの手法を用いないか監視し、なおかつ代行に寝返る可能性の無い人物が望ましいが、白羽の矢が立った相手はというと……
「…………つまり話を纏めると、月城理事長代行は綾小路を退学させるために綾小路の父親が送り込んだ人物で、今後の特別試験等で綾小路を退学させるために強引な介入をする可能性があるため、俺や茶柱先生に理事長代行を監視し、可能であれば未然に防いでほしいと……そういうことか?坂柳、本条」
「そっすね」
「ええ。とはいえいきなりこんな話を持ちかけられても、俄には信じられないでしょうが」
「当たり前だ」
応接室にて我等が担任真嶋先生と、清隆君の担任茶柱先生に事情を説明するが、真嶋先生は呆れたように溜め息をつき、一方茶柱先生は何かを考え込んでいる。……まあそれが普通の反応だよね。
「お前達から大切な話があると坂柳理事長からの指示を受け、謝恩会の合間にここに来てみれば……そんな荒唐無稽な話をおいそれと信じられる訳がない。俺達をからかってるのか?」
「ふむ、困りましたね。現状では月城理事長は潔白そのものですので、まともな方法では説得は不可能でしょう。……桐葉」
「あいあいさー」
時間も有限、月城代行に怪しまれないためにもこの密会はあずすんあずぽっしぼーで切り上げるべきだと有栖は判断したようなので、俺は口からトランプを5枚出すマジックを披露しながら真嶋先生に向き直る。
「実際試験は介入するまでもなく清隆君のプロテクトポイントが無くなった訳ですし、有栖の言う通り信じるに足る明確な証拠を提示するのは残念ながら不可能です。
出したトランプを片手で持ちながら扇子状に広げ先生達に向ける。数字もマークもバラバラな5枚だ。
「とはいえ俺達も結構切羽詰まっている状況ですし、ここは少々強引に信じてもらうしかないですね」
手に持ったカードを放り投げ、落下してくるカード全てを表裏がバラバラにならないよう注意しつつ片手でキャッチし、再び扇子状に開くとあら不思議!スペードのロイヤルストレートフラッシュに様変わり。
「先生方、改めて確認するまでもないですけど、ここではポイント次第で大抵のものは買えるんですよね?」
「……?いきなりなんだ?何故今更そんなことを今聞く必要がある?」
カードを閉じて両手で覆い、開くと俺の手にあったカードは一枚もなくなっており、代わりに携帯が握られていた。 時間をかけて相手の心に訴えかけるよう必死に説得するなんて手法、焦りも不安も抱けない俺には不得意な分野なのだ。やっぱここは毎度恒例のパワープレーに頼らせてもらうよ。
「それじゃああなた方の信用を売ってもらえますか?
「「っ!?」」
金で信用を買うというアレな発想に対してか、それとも提示した金額についてか、先生達は目を限界まで見開き驚愕を隠せないご様子。
「本条お前、自分が何を言ってるのかわかってるのか……?」
「勿論ですよ真嶋先生。今後先生方に背負わせるリスクを考えると、退学を回避するのに必要な額でも過剰な出資では無いでしょう」
「……お前が買おうとしているのは信頼だろう?2000万でさっきの話を信じたとして、私達がどう動くかはまた別問題だと思うが?」
「やだなあ、茶柱先生も冗談が過ぎますよ?仮とはいえ理事長の座についた方が、私的な理由で生徒を無理矢理退学に追い込もうと画策しているんですよ?聖職に就いているお二方が、そんな横紙破りを見過ごす筈が無いでしょうに。俺の話を信じるってことは、そういうことですよ」
詳しい事情は知らないし興味も無いけど、茶柱先生はホリリン達DクラスをAクラスまで上げることに相当強い執着があるみたいだ。だから良い機会だとばかりに俺の資金源をより多く削ろうって魂胆なんだろうけど……いち生徒にここまで言われちゃ協力せざるを得ないよね?ここでノーというならここにいる全員から、教師失格の烙印を押されるんだから。
目論見が外れて悔しそうにしているが、俺の視た限りどうやら彼女は協力するつもりのようだ。最悪真嶋先生一人引き込めたら妥協しようと思ってたけどよかったよかった、巻き添えは多いに越したことはないよね。
「……わかった。それだけの代償を払う覚悟があるのなら、でまかせを言っているという訳では無さそうだ」
少々悩む素振りを見せたものの、真嶋先生は信じることに決めたようだ。
「さっすが真嶋先生、いよっ教師の鑑!……じゃ、ちゃっちゃと送りますねー」
「いや待て本条、ポイントのやり取りは全てデータに記録される。月城理事長代行がそれを閲覧すれば我々のつながりが露見しかねない。受け取るのは理事長代行が退いてからにするべきだ」
「えー?まどろこしいですねぇ。そこはほら、そっちでデータ記録を何かいい感じに弄っといてくれません?」
「不正を防止しろと頼んだお前が不正を教唆するんじゃない。……ともかく、今後行われる特別試験や筆記試験など、月城理事長代行の不正関与を許す真似がないように善処しよう」
「真嶋先生、それが簡単なことじゃないと理解してるんでしょうね?綾小路達の話が事実だとしても、下手すればこちらの首が飛ばされる」
俺の説得に応じこちら側につくと決心してくれた真嶋先生に対し、茶柱先生が苦言を呈す。
「正直まだ半信半疑だが、学校側が不正に試験内容や結果に介入することは許されない。やる以上は徹底する」
「しかし、ただでさえ真嶋先生は先日の選抜種目試験のルール違反で、今朝減給を言い渡されたばかりでしょう」
「ルール違反で減給とは穏やかじゃないですね。何をされたのです?」
それまで成り行きを見守っていた有栖が、何だか面白そうな内容だと判断し食いついた。
「お前達に話すようなことでは─」
「いや、隠してもいずれ詳細は知れ渡る。ならば今話しても問題ないでしょう。……Bクラス対Dクラスの選抜種目試験の最終種目は、Dクラスの柔道が選ばれた。形式は1対1、Dクラス側は山田アルベルト。一之瀬はこの時点で戦意喪失し、出場すべき生徒を選ぶことが出来ずにいた」
「それはまあ、一之瀬さんを責めるのは少々酷ですね。彼に勝てる1年生は精々桐葉か高円寺君くらいでしょうし」
あと清隆君とかね。そして責めるのは酷とか言ってるけど、この子が卍解ちゃんの立場ならノータイムで一番価値の低い生徒を生け贄にしてただろうなあ。
「あのまま時間切れでランダムに生徒が選出されていたら、最悪の事態も有り得た」
山田君vs白波ちゃんとかになってたかもね。
俺と同じような想像をしたのか、生粋のドSである有栖は凄く愉しそうな笑顔を浮かべている。
「そのとき真嶋先生は独断で不戦敗のジャッジをした。そのことが理事長代行は気にくわなかったらしい」
「その件も今回の件も同じだ。生徒が危険と判断すれば止める、不正があれば正す。生徒を導く立場の人間がそれを為さずしてどうする。自身の進退を揺るがすリスクなど関係ない、俺は常に覚悟を持って教師を続けている」
さっすが真嶋先生、あの坂柳パピーが太鼓判を押しただけのことはあるぜい。
茶柱先生はしばらく真嶋先生を見据えていたが、説得は無意味と判断したのか溜め息をつく。
「真嶋先生が首を縦に振ったのなら私も協力しよう。構わないな、綾小路」
「こちらの陣営は1人でも多いに越したことは無いので」
「私もひとまずは綾小路君の味方につくつもりです。雪辱を果たすために去られては興醒めですので」
「俺も俺も。以前清隆パピーを大した理由も無く挑発しちゃったから、俺も狙われてても不思議じゃないですし」
「何をやってるんだお前は……」
教師二人と清隆君、有栖にまでも呆れた表情を向けられた。なんでや。
その後有栖と清隆君の間で取り決めていた契約の仲介をちょちょっと頼んでから、俺達は応接室からバラバラに退出した。
俺達は謝恩会を終えた3年生に会うべく体育館傍へ向かった。在校生達はざっと見渡した限り全部で134人も集まっていたが、集団から少し離れた位置にいるホリリンがいたので清隆君は声をかけに行った。ホリリン達の目当ては間違いなくコランダム先輩だろうけど、正直俺も有栖もあの人とは大して親しくもないし別にいいかな。俺達の目当ては言うまでもなくあの人だし。
謝恩会が終わったのか体育館の扉が開き、卒業生達がぞろぞろと姿を現した。外へ羽ばたいていくことへの期待に胸が膨らんでいる者、慣れ親しんだ学舎を名残惜しく思う者、Aクラスで卒業したことを誇る者や叶わなかったことを引きずる者と様々だけど、俺は発達した眼力を用いて卒業生136人の中からお目当てのお団子娘を見つけ出し、気取られぬよう気配を殺して背後に回り……
「茜さんゲェェェッッット!」
「ひゃぁあぁああぁっ!?」
両脇を持って大きく抱え上げた。一年前と寸分違わぬリアクションを披露してくれた茜さんを、俺は高い高いの体勢のままコマのように回り始める。
「茜さん卒業おめでとー。もう会えなくなるなんて寂しいよー。外に行っても元気でねー」
「本条君っ降ろしてください回らないでくださいっ!?これが卒業生に対する仕打ちですか!?」
「リクエストにお応えしてすぴーどあ~っぷ」
「いやだからリクエストしてませにぎゃああああぁぁぁああぁぁあああ!?」
そんな風に茜さんとの最後のスキンシップを楽しんでいると……
「いい加減にしなさい」
「うごぉっ!?」
いきなり有栖に杖で股間を強打された。力を振り絞って茜さんを巻き込まないよう解放しつつ、俺はその場に地面に崩れ落ちた。いくら俺でもそこだけは鍛えられないよ……俺の唯一の死角である真後ろに、ズパピタのタイミングで奇襲を成功させるとはやるね有栖……。
「流石にこんな日くらいは自重というのも覚えてください。……申し訳ありません橘先輩、私の躾が行き届いてないせいで」
「あうぅ、頭がぐるぐるする……いえ、坂柳さんが気に病む必要はありません。それに無茶苦茶じゃない本条君なんて気持ち悪いですし」
「ふふ、それもそうですね」
そして這いつくばって痛みに悶える俺を捨て置いて楽しそうに談笑するお二方。というか茜さん、その言い回しは俺のだからパクんないでよ。
「さて本条君、私達3年Aクラスからあなたにお渡しするものがあります」
「渡すもの?ミネイロンの惨劇とかですか?」
「逆に聞きますがそんなものどうやって渡せばいいんですか!?……ちーがーいーまーすー」
茜さんは大袈裟に首を振りながら携帯を取り出し操作する。そのあざとい仕草は何なのか問い詰めたいところだけど、俺のケイタイから通知音が鳴る。無関係である筈が無いので取り出して確認すると……思わずげんなりとしてしまう。
「混合合宿に貸してもらったポイントは、ちゃんと返却させてもらいますね」
「いらないって言っても無駄だから返却するのは構わないんすけど……なんか500万ほど多くないですか?」
「お金を借りたらその額より多く返すのが常識です。利子ですよ利子」
「俺闇金業者じゃないんすけど。いらないんですけど」
それからしばらくゴネにゴネ倒したが茜さんは折れてくれず、結局無理矢理押し付けられてしまった。
散財しようとしてるのにポイントが勝手に増えていく……かといって無駄な使い方は俺の主義に反するし……なんか有意義で愉快でスタイリッシュな使い方とか無いかなあ。
それから俺は餞別として卒業生一人一人にスイートピーの花(花言葉は門出、飛躍、優しい思い出)を配り、一週間後に正門へ見送りに行くと茜さんと約束してから帰路に就いた。
……一週間後には茜さんはこの学校を去り、しばらくは会えなくなる、か。寂しくなるなあ……
……あれ?今、俺は何を思った?
1年を通して、桐葉君にも何かしらの変化の変化があったようです。