持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
12月24日、朝っぱらから飛び上がって窓の外を見ると、きれいな雪景色が広がっているこの時期。私は埼玉育ちなのでこの景色にも慣れっこだが、トレセンで見ると少し新鮮だ、今年は雪かきとかで負傷者が出ないといいけど…
雪が降っている光景を楽しみつつ私は自分の足の具合を確かめる、私の打撲は先生の言った通り3週間ほど続いた、だが長い期間しっかりと療養した甲斐あって、ついこの間完治させることができた。今ではもう痛みを感じず、すぐにでも走り出すことができる。治った時の喜びはどんなことの比にもならなかった
「おう、来たかシャイン、今日はリハビリとしてインターバルを行っていこう。ホープフルまでに絶対体を仕上げるぞ」
「当り前~っと」
私は授業が一通り終わった後、トレーニングを行うためにトレーナーさんと久しぶりのやり取りをしていた。脚が治ったことにより私はトレーニングを再開することができた、再開していたのだが、やはり3週間のブランクは大きかったようで私のタイムは大きく落ちていた、超前傾走りの反動も前に比べて大きくなっていたように感じる。
トレーナーさんとトレーニングメニューの打ち合わせをした後、私はインターバルトレーニングを行っていた、そしてインターバルが終わった後、私は超前傾走りのトレーニングも行っていた、なんせすべての能力がこの3週間でダウンしているのだ、そしてホープフルまではあと4日しかない、死に物狂いで仕上げなければG1に間に合わない、だが一つだけ『問題』がある
「シャイン!そのまま坂に行け!ホープフルではスタート直後とゴール前で二度坂を上る必要がある!無理はするなよ~!!」
「(分かってるって、この先が坂だよね…)」
私は超前傾走りを使ったまま坂に差し掛かる、私が怪我をした坂に比べ角度がついていない、ゆるやかな坂だ。怪我をしたとはいえ体を下げるための感覚とコツは確かに掴んでいたので、あの時と同じように一度体上に軽く上げてそのまま沈み込ませる。
だが坂で超前傾走りをしてから数秒、私は全身に電流のように流れた恐怖感で足を止めてしまった、そう、ただ一つだけある問題『坂に対しての恐怖』だ。
怪我をしたことによって坂での超前傾走りは恐怖感を感じるようになってしまったのだ、どうしても坂を上り始めてしばらくすると打撲した時の記憶が鮮明に思い出されてしまう、そして最終的には脚が硬直してしまう。このことに関してはトレーナーさんも重く見ているようで、慣れさせるため積極的に坂のトレーニングを行ってくれてはいるが、何度やっても足を動かすことが出来なくなってしまっていた。私が足を止めてしまった事を確認していつもの心配そうな顔をしてトレーナーさんが近づいてくる、今日も坂での超前傾をできなかったため、一旦普通のトレーニングに戻して今日は終えようと言う事だった。
その後難なくトレーニングをこなした、怪我したとはいえ打撲なので直ってしまえばこんなものであった、タイムが遅くなったことと超前傾の恐怖を除けばだが…
怪我をしてからあまり期間も経っていないので、トレーニング時間は本調子の時より少し短くなっている、そのためトレーナーさんをお出かけにでも誘おうかと誘う理由を考える
「ほいじゃ、今日はこのあたりで切り上げよう、ホープフルまではあと四日しかないが、プラスに考えろ、四日もあるんだ、気長に修正していこう」
「はいはい、あそうだ、トレーナーさん、今夜空いてる?」
私は今日がクリスマスイブだったことを思い出し、どうせならトレーナーさんとハロウィンの時のようにどこかに出かけようと言う事で誘ってみた、トレーナーさんは自らのウマホに目を落とし、スケジュールを確認している。どうせ予定も入っていないのだから素直に出かけると言えばいいものを
「おう、空いてる空いてる、さてはクリスマスイブだからってこんなおっさんと出かけようとか思ってんな?」
確かにトレーナーさんは今年30になるかなりのおっさんだが、サンもクライトも忙しいだろうし、私は特に出かける相手もいなかったので誘ってみただけだ。一人でクリスマスイブの街中に飛び出しても寂しいだけだろう、ノースもアルビレオの事で忙しいだろうし
「どうせ暇でしょ?なら出かけてくれたっていいじゃん、トレーナーなんだし」
どうせ暇、という点についてトレーナーさんが酸っぱい顔をしたが、なんやかんやでおでかけを承諾してくれた、という事なので私はトレーナーさんと言ったん別れて、お出かけの準備をすることにする。と言っても私は夏服と冬服の二つくらいしか持っていないので、おしゃれもくそもないのだが…
準備が30秒で終わってしまったので例のごとく食堂で暇をつぶそうと歩いていたのだが、何やら寮が騒がしい、騒がしいと言うよりかはどこか変な空気と言った方が良いだろうか。なんだかみんなそわそわしている様子だ、やはりみんなクリスマスイブは誰かしら特別な人がいるから、その人に大切な気持ちを伝えたり、何かをプレゼントしたりするのだろう。私はと言うと、出かける友達も今のところ忙しい様子で、それを除くと誰もいなかったので30のおじさんと一緒に出掛けるくらいだ。
不思議な空気の寮を歩き続け、私は食堂についた。入ってすぐに何かの噂をする声が聞こえてくる、私はいつも座っている窓側の景色が見える席に座ると、顔を向けずに内容に耳を傾けてみる、すると、どうやらG1で勝ったウマ娘の話のようだ。
ここ最近で行われたG1と言うと、阪神ジュベナイルフィリーズ、朝日杯フューチュリティーステークスの二つだろう、どちらもマイルのレースだ。私は有マ記念やクラシック三冠レース、宝塚記念など王道のG1にばかり釣られて完全に存在を忘れていたが、確かにもう数週間ほど前にレースが行われた後だろう、誰が勝ったのだろうと思いウマホを取り出し調べてみる、そしてすぐに画面を見てわたしは驚く、なんと阪神JFの一着の部分に堂々と『マックライトニング』と書いてあったのだ。まさかクライトがこの前のG1に出ていたとは微塵も知らなかった。まったくあの子自分のレースについては全くもって喋らないんだから…レーススケジュールの開示をしろと言うわけではないが、せめて何に出るかぐらい教えてほしいものだ。
そうすると食堂のドアが開き、黄色い声が上がった、黄色い声が上がった時点で察していたが、やはりクライトが食堂にやってきたようだ。クライトは私を見るなり近づいてきて隣の席に座ってきた、どうやら何か不機嫌なようで、脚で16ビートが刻まれている。レースの事を言ってくれない件について話してやろうとも思ったが、数か月一緒に過ごして分かっている、この状態のクライトを下手にイジってはいけない
「…ずいぶん不機嫌そうだね、クライト」
クライトの堪忍袋にトドメを刺さないようにジャブ程度の切り出しをした、話し始めるのを待っていたようにクライトはこっちを向いて話し始める。心なしか私と話すときは昔と比べて優しい表情を見せてくれるようになったように感じる、私がクライトと仲良くなれたと言う事でいいのだろうか
「あぁ、なんかG1勝っちまった影響でどこ行っても気が休まらねぇ、マジで本当にどこ行っても注目されるからイライラするぜ…」
確かにクライトは入学当初から私を威嚇したように、1人を好むタイプのウマ娘だ、良くて私たちのような3人組が精いっぱいだろう、それがどこ行っても9人は下らないウマ娘に絡まれる状況はクライトにとって地獄そのものだろう、お気の毒にと思いながら、少しだけ感謝の言葉を述べてあげる
「…だけどよ、なんか変な感じだぜ、G2の時はあんなにつらかったのに、G1の時はそんなにつらくなく優勝できた、今年の阪神JF、弱いメンバーが多かったのかもしれない。もちろん驕りなんかじゃないぜ」
確かに中央のレースは全部が全部盛り上がるわけではない、もちろん盛り上がるのがほとんどだが、特に熱狂したレースと比べると盛り上がりに欠けるレースもたくさん見る、スローペースで流れたりなどでだ。クライトはきっとその盛り上がりに欠ける方を踏んだのだろう、良く言えば運がいい、悪く言えば偽りの強さと言ったところだ、それでも私はG1に出走した挙句優勝したんだからそれなりの実力はちゃんと持っていると思うので、クライトにその気持ちを伝えたが「そりゃどうだかな…」とすこし不安げに窓の外を見つめる。
「そういえば、クライトもホープフルステークスに出るんだよね?お互いに全力を尽くそう」
だいぶ前、私とサンとクライトの3人でゲームセンターに遊びに行った日、クライトが怒りに震えていたから入った喫茶店で一瞬だけ聞いたこと、確かにクライトはホープフルに出走すると言っていた、お互いに負けられない理由を知っているので、どちらが負けても悔いが無いようにこうやって爽やかな約束をしておく
「おっ、よく覚えてたな、出走するぜ、スタ公との久しぶりのレースだ、お互い楽しんでいこうや」
そういってクライトは拳を私の前に差し出してくる、私も拳を出して、クライトの拳にぶつける、そんなこんなで話しているといつの間にか1時間ほどたってしまい、突然私のウマホが鳴った、画面を見ると、トレーナーさんからの連絡だった。
『準備は終わったけど、今からもう出るか?』
『ん、それじゃ行きますか★』
トレーナーさんに秒で返信をした後、クライトに用事があることを伝えて食堂を飛び出る。駐車場に行くと既にトレーナーさんが車の前でドアを開けてスタンバっていたので、走って車の中にダイブする、車に乗るのは私とトレーナーさんだけなので後ろの席はまるまる私が寝転がって使う事が出来るのだ
「あ、そうそうシャイン、なんでもトレーニングメニューについて話すために一緒に出掛けたいと言う事だったから、桐生院さんもつれて来たぞ」
「…ふぇっ?」
「シャインさん、お久しぶりです!この前のサウジアラビアロイヤルカップお見事でした!あの最終直線からの追込み…見てて惚れ惚れします!」
なんということだろうか、私はてっきりトレーナーさんとの二人旅だと思っていたが、いつの間にか横入りおん…おほん、桐生院さんまで付いて来てしまったのだ。桐生院さんはいつものような笑顔で笑っていた、突然ハッとする、助手席を取られてしまったらトレーナーさんとずっと話し始めるのではないだろうかこの人、それだけはやばい、トレーナーさんをいじるのは私だけだと思い助手席に急ごうとしたが、私はすでに後部座席にダイレクトにダイブしていたので先に座られてしまっていた。二人に気付かれないように後部座席の背もたれに「うぐぅ」と声を漏らす
車が走り始めてから、やはり私の予想は的中していたようで、この二人、ずっとトレーニングメニューについて話し合っている、マジで私の入る余地がない、マジでこの人の笑顔や言葉が私の堪忍袋を閉じている筋をプチプチと、一本一本ちぎり始めている、これ以上私の目の前で私のトレーナーさんと楽しそうに話していると何をしでかすかわからないかもしれない
「あっ、トレーナーさん、クレープだって、買ってよ~??」
私は今すぐにでも駆け出しそうな感情を抑えながらトレーナーさん方の会話を終わらせるために誘導する、だがしかしトレーナーさんはすぐに車を停めず、桐生院さんの方を向いた
「ん?あ~クレープか、どうします桐生院さん?」
「私今はあまりクレープは食べる気になりませんね…」
「そうですか、すまんなシャイン、また今度の機会に買ってやるから、今はトレーニングの会話をさせてもらうよ。てか俺都会のクレープポンポン買えるほど今金ないし…」
あ~もう、この男ホントに今すぐに後ろから背もたれ蹴って腰いてこましてやろうか、心なしかこの女笑ったように見えるんだけど、こっちも腰いてこましたろか。私が後部座席に座っているのでこの2人の生殺与奪は私が握っているといっても過言ではないのだが、これをやっても何も変わらない気がしたのでやめておいた。
あんだかんだあってそのままいつの間にかクレープ屋を通り過ぎてしまった、再び車内は二人のトレーニングメニュー談義に包まれる
「なるほどなぁ、確かにそういうトレーニング方法アリですね」
「でも橋田さんのトレーニング方法もかなり参考になりますよ!」
「いえいえ、私のはサブトレーナー時代に過酷な環境でいろいろ勉強させてもらったからなので」
「それでもすごいですよ」
私はもうすごい顔をしながら話を聞いていた気がする、すごく昔、小学5年生くらいの頃にお経をひたすらに聞かされていたような気がするが、その時の心情に近い気がする。虚無だ、ひたすらに虚無だ
だってそうだろう、トレーナーさんと二人でお出かけできると思っていたのに、突然仲良くもない人が間に入ってきて会話の席を独り占めして、特に歩くこともなく車内でずっと話しているだけ、私はずっと流れる景色を見つめながら睡魔を怒りの感情でぶっ飛ばしていた、ちなみにすでに空は暗くなっていた、門限まではまだ2時間くらいある
「そろそろこのあたりで降りますかね、街中のイルミネーションとかも見てみたいですし」
「そうしましょう、シャインさんもどうぞ」
アニメ調に私を描いた場合、きっと私のおでこには怒りのマークが15個ほどついているだろう、私の話し相手を散々奪っておいて何を言っているんだこの女はと私が怒り心頭になっていると、トレーナーさんが私の様子に気付いたのか桐生院さんより前に出て手を差し伸べる。
「ちょっとすいません、シャインと話をさせてもらえますか?」
「……??別に構いませんよ?」
私は手を引かれて近くにある建物の後ろ側に連れて行かれた、何の話をするのだろうとトレーナーさんを待っていると
「お前今、桐生院さんに対して何考えてる?」
「…別に、なんでもないですけど?」
「ウソこけ、バックミラーで見えてたぞ、お前の般若みたいな顔、どうした?」
「…私はトレーナーさんとふたりで出かけたかったのになんか予定狂っちゃったなって…」
効果音で「むすっ」という音が出そうな感じにむすっとした顔をしてみる、するとトレーナーさんはあきれた様子で
「お前なぁ…なんか俺に恋愛感情持ってるみたいな感じだな…」
「違います、予定が狂ったので嫌なだけです」
乾いた声で吐き捨てる、私とトレーナーさんはあくまでトレーナーとその担当ウマ娘と言う関係なので恋愛感情やその他もろもろの感情は一切ない、ただ私とトレーナーさんの予定が予定通りにいかなくてちょっとイライラしてしまっただけだ。私はトレーナーさんの言葉を食い気味に否定して、私がここまで我慢した分の怒りをぶつけようと思った
「じゃあさトレーナーさん、私の機嫌が直る方法が一つだけあるよ」
「…な、なんだ?」
私はそのままトレーナーさんの後ろに回り、トレーナーさんの左側に立ち、トレーナーさんの腕に私の腕をぶっ刺す、所謂腕組みと言う奴だ、トレーナーさんは相変わらず困惑したような表情でこちらを見てくるが、そんなことお構いなしに私は機嫌を直す方法を教える
「今回のお出かけ、私とずっと腕組んで歩いて!!」
「………えええぇ!?」
鈴はまだ鳴り始めたばかりだ
この頃ミークは寮のカタツムリを応援していた