持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

30 / 90
第二十九話 希望を掴め!津波の中で!①

 中山競バ場についてすぐ、全員で車から降りて出走者専用通路から舞台裏へと足を運ぶ。私とトレーナーさんは勝負服やもろもろの準備があるので一旦ノースと別れた。

 

「それじゃあ、ランスの事をよろしく……絶対に勝ってちょうだいね、シャインさん」

 

 別れ際にノースにそのような事を言われ、返事はせずに頷いた。

 ノースと別れて控室に向かって歩いている最中『さてこれからどうしようか』という疑問が私の頭の中に浮かんだ。いやアルツハイマーなわけじゃないし、当然ホープフルステークスがこれからあるから走るのだが、これからG1を走ると言う事がいまいち実感できていない。これほどボケッとしていてはいけないのだが。やはり緊張を通り越して私の脳内に宇宙が広がる感覚がある

 

 それでも体は前に進むため、控室に私は着いた。中に入り、勝負服を取り出して朝のように着替える。難なく進んだ着替えはあっという間に終了してしまい、やる事が無くなってしまった私はもう控室にて椅子に座っているだけになった。控室についている放送機器から今行われているレースの実況が流れてくる、どうやら今は第8レースが終わったところらしい。

 

「私は11レースだよね……はぁ……私勝てるかなぁ……」

 

 一人控室で気分が落ち込む。先ほどノースに「そんなこと言われなくても勝ちますけど?」見たいな空気を出しておきながら私は正直勝てるのかどうかが分からない。想像だけならいくらでも勝算が出てくるのだが、あくまでも想像の範囲を出ないので不安になる。それに忘れてはいけないのだが、今回のホープフルステークス、相手にはキグナスのメンバーに加え、すでにG1の舞台を経験しているクライトが出走しているのだ。そのようなメンバーを相手に想像でいくら勝算を見出しても必ずその勝算を超えてくるとしか思えない。

 

「よう、その様子じゃ緊張どころじゃないって顔だな、シャイン」

 

 車でなにやら応援のための小道具を準備していたトレーナーさんが控室に戻ってきた

 

「そんなお前に……これだっ!!」

 

 そういうとトレーナーさんはいったん後ろを向いて顔に何かをくっつけてから私の方に向きなおした。その顔を見ると鼻眼鏡を付けて、間抜けな顔をしていた。

 

「あ~……笑った方が良い感じ?」

 

「笑えよ、うぉい」

 

 ぶっちゃけ本音を言わせてもらうとすごくスベっているのが丸わかりだから、鼻で笑ってやろうとも思ったが、トレーナーさんなりに私の緊張をほぐそうとしてくれたのも丸わかりなので少し控えめに微笑んであげた。

 

「おうおう、初めてのG1なんだぜ、どうせなら楽しく行こうや」

 

「そう言われてもねえ、G1だよ? 分かってる? 重賞レースの最頂点、G1!」

 

「わ~かってるっちゅーに、それでもお前がなんか余計な事考えて自分を追い込まないようにこうやって様子を見に来たんだろが」

 

「ちょ……それ付けたままキレないで……わかったから……くくくっ……」

 

 トレーナーさんが鼻眼鏡を付けたままキレてくるものだから思わず吹き出してしまった。

 私が吹き出す様子を見て安心したのかトレーナーさんも鼻眼鏡を外して控室のソファに座っていた。私はと言うと完全にツボに入ってしまったのでしばらく笑っていた

 

「いやぁ~笑った、たまにはトレーナーさんも良い笑い取ってくるね。たまには」

 

「うるせぇ、余計だ」

 

「それにしても良く私が緊張……というかG1で不思議な気持ちになってるのが分かったね、エスパー?」

 

「だってお前って意外と本番のプレッシャーに弱いだろ? だから今回も初めてのG1だから~とか言って緊張してると思ったもんだから来てやったんだよ」

 

 トレーナーさんはソファの上で「感謝しろ感謝を」といって親指を自分に突き刺している。その動きに興味はなかったので鏡の方向を向いておいた。

 

「おい! なんか言ってくれよ! 俺が変なやつみたいになるじゃねぇか!」

 

「え? 今更?」

 

「おうぶっ飛ばすぞお前?」

 

「うわー、マジでトレーナーズバイオレンスだわ」

 

「なんだよトレーナーズバイオレンスって、トレーナーの暴力ってか」

 

 とっさに出た言葉なので特に意味はないのだが、とりあえずトレーナーさんの質問に対してイエスと答えておいた。トレーナーさんからは「とっさに出たのがそれなのかww」と言う笑い声が届いた、あとでぶっ飛ばそう。

 

「……シャイン、あんまり気負いすぎるなよ、お前はいつものように走って、いつものように勝てばいいんだ。いざとなったら俺もいるんだからお前ひとりで緊張や不安を全部背負おうとするな」

 

 ひとしきりやり取りが終わると、数秒後に突然トレーナーさんが口を開いた、先ほどさんざんやったと言うのにまだこのトレーナーは私の背負いすぎる癖について話す気なのだろうか。

 

「……全く心配性なんだから、私のトレーナーは。私は初めて走るんだから緊張して当然でしょ? それをだんだん慣らしていくためにクラシック期やシニア期があるのに。最初から緊張を感じるななんて無理ってもんよ。私はしっかり受け止めきる気だから安心して」

 

「そうか、お前はそういう奴だったな。あ、今のは別に皮肉で言ったわけじゃなくて、普通に褒め言葉だからな」

 

「あたりまえん、分かってるって☆」

 

 トレーナーさんとの会話を終えて、しばらく最後の方に出てきた「あたりまえん」が気に入ったので何回も連呼していた。そうしているうちに私の控室に誰かが入ってきた

 

「あ、スターインシャインさん、記者会見よろしくお願いします」

 

「記者……あぁ」

 

 G1を見たことがある人はわかるだろう、出走するウマ娘が自らの勝利を誓ったり、相手を揺さぶったりする記者会見があるのだが、確かに私たちは数日前から記者会見があることをたづなさんに伝えられていたというのに私たちは忘れてしまっていた。記者会見の関係者だと思われる人はそれだけ言って控室から出て行ってしまった。

 

「俺たちいろいろ忘れすぎだな」

 

「確かにね……今後はメモしないと。じゃメモはトレーナーさんよろしく」

 

「結局俺頼みじゃねぇか」

 

 私たちは少しだけ自分たちの記憶力をを省みてから記者会見に向かう。記者会見の会場に向かうと、サウジアラビアロイヤルカップのパドックを見に来た観客くらいの人数がカメラなりなんなりを構えて待ち構えていた。

 

「(オッオウ……こんなに人がいるとは思わなかったなぁ……)」

 

 URAのロゴが定期的に刻まれている背景にはカメラが当てられている、その前にはクライトやシーホースランスが堂々とした立ち振る舞いで立っていた。

 

「今回のレースではやはり、ジュニア期で注目されている3人が集まりましたが、勝つ自信はありますか?」

 

「当然だ、スタこ……スターインシャインは俺のライバルだから負けてらんねぇ。それに俺は阪神JF勝ってんだ、負けるわけがねぇ」

 

 いつの間にデザインしたのだろうか、漆黒のドレスに身を包んだクライトが記者に向かって言葉に詰まることなく回答する

 

「私たちキグナスは、これからもURA史に歴史に名を残すウマ娘が絶え間なく排出されます、この程度は勝って当然のレースです」

 

 クライトに負けじとシーホースランスも、水色を基調として貝殻をテーマにしたのであろう半分水着のような勝負服を着てそう言い切った。気のせいだろうか、言い切る際に私の方をぎろりとにらんだような気がする。やはりノースとの一連の流れから私の事を深く憎んでいるのだろう。

 

 ……あの勝負服冬に走る時寒そう

 

「……あの、スターインシャインさんはどうお考えですか?」

 

「えっ? あっ、はい!」

 

 先の二人の演説が堂々としたもの過ぎて私はすっかりテレビで見ている気になってしまい、記者の質問に回答しないまま無言で立ち尽くしてしまっていた。慌てて自分の言葉をひねり出す

 私がこのトゥインクルシリーズで成し遂げたいこと……私が目標の為にするべきことは……

 

「……私は、重賞レースを全て総なめします!! そのための第一歩、ホープフルステークスをこの末脚で制します!!」

 

 私の勝負服、ガンマン服のコートを左腕でなびかせて記者の団体に響かせる。記者たちはすこしだけ「おぉ……」という声を出してからメモ帳やらなんやらに必死にペンを走らせている。

 その後は何気ない質問が続き、テレビで見たような流れで記者会見は終わった。

 

『11レースの出走者はパドックの用意をしてください』

 

 記者会見が終わりしばらくすると、第10レースが終わった直後くらいに放送が流れて私の行先を指示される。いつもなら体操服を着ていくところだが、今回はいつもとは違いG1レースだ。私は私だけが着ることのできる唯一無二の勝負服を着てパドックの方向へと歩きはじめる

 

 パドックの順番が来て、観客の前に出る。すると観客席は見た事が無いほどにみっちみちに詰まっていて、ステージに出るだけで観客席からはこれまで聞いたことのないような、鼓膜が破れそうなほどの歓声が聞こえる。サウジアラビアロイヤルカップの時でさえこれほどの歓声は聞くことができなかった。

 

「これが……私だ!!」

 

 観客の目の前に立ち止まってから、私は足を揃えてピンと伸ばし、両手を広げた。まるで(はりつけ)のようなポージングを取ってから少しだけニヤッと微笑んでみたりして。このポージングに関してはなんとなくのアドリブでやったポージングだが、どうやら観客には大うけだったようで、既に鼓膜が破れそうなほどうるさい歓声がもっとうるさくなっていた。この歓声を聞いてやっと、私はG1を走るのだと実感することができた。

 

「へっ、スタ公の奴、パドックの時点で飛ばしてんな。だが今回のホープフルステークス、絶対に俺が取ってやるぜ……キグナスに加え、シャインまで出てるんだ、このレース、面白くならない訳がねぇ……!」

 

 スターインシャインがパドックでアドリブでのパフォーマンスを披露する中、その様子を遠目に見る、黒を基調としたドレスを着たウマ娘がいた。このウマ娘だけではない、今日このホープフルステークスに出るウマ娘は全員シャインの事を見ている。なぜならこのホープフルステークス、シャインは2番人気だったからだ。人気上位のシャインがパドックの時点でこんなに注目されているなら、周りのウマ娘達にマークされない訳がなかった。

 

 全員が、シャインを、ランスを、クライトを倒すまいと意気込む

 

「しかし……私たち三人が競い合う中、ただの雑魚が手を出しても飲み込まれるだけだ。誰にも手出しはさせない、私が全員吹き飛ばすから……」

 

 スターインシャインがパドックで見せたように今度はランスが不敵な笑みを浮かべながら独り言をつぶやく。

 

『さぁ今年もやってまいりましたホープフルステークス、今回は強力な三人組が出走しており、大荒れが予想されます』

 

 パドックも終わり、返しウマも何もかも終わった。

 ファンファーレが鳴り響き、足早にゲートに入り始めるウマ娘も現れ始める。

 

 サウジアラビアロイヤルカップを制し、マッチレースとはいえあのセイウンスカイに勝つ寸前まであがいたウマ娘スターインシャイン

 

「初めてのG1レース、私は必ず勝って見せる……」

 

 芝とダート、どちらも走るほどの技術を持ち合わせ、アスター賞を制したノースブリーズと同じほどの実力を持つウマ娘シーホースランス

 

「もう誰も信用はしない、私は私の未来の為に勝つ」

 

 京都杯ジュニアステークスでは惜しくも敗北を期したが、すぐに強力な末脚を開花させ、阪神JFで返り咲いたウマ娘マックライトニング

 

「絶対に面白くなるレース、もう二度とあんな惨めな思いをしねぇためにも……」

 

『さぁ、各ウマ娘ゲートイン完了しました、一年の最後を締めくくるG1、ホープフルステークス、今……』

 

『スタートしましたっ!』

 

「(よし! 出遅れなし!! 今までで最高のスタートだ!!)」

 

 私はスタートに大成功し後方に落ち着く。前の方では早くも位置取り争いが始まっているが、私は焦らずじっくりと先頭集団を見つめる。先行しているランスとクライトもしっかりとロックオンすることができる。だが、私は二人を気にすることなく自分のペースで最後方を走り続ける、無理に合わせる必要はない、自分のレースをすればいい。私は私だけの道を歩けばいい。

 レースに集中し、私は最初の難関、スタート直後の坂に対し超前傾を使おうとする

 

「ん、シャインのやつ……坂の超前傾を使うつもりなのか……完成してないのに無茶だ……」

 

 観客席から声が上がる。確かに、私の坂への超前傾走りはまだまだ未完成だ。だが、私はその未完成なフォームのまま坂を駆け上がっていく。

 

『おぉっと!? スターインシャインがここで超前傾姿勢をとった!! これは一体どういうことでしょうか?』

 

 実況の言う通り私は坂に対し前傾をしたままスピードを上げていく。私にとってはこのフォームでも十分すぎるほどに速く走れる。そして何よりこのフォームの方がスタミナの消費が少ない。だからこのまま坂を上りきって──―

 

「っ……」

 

 ……ダメだった

 

『しかしたまらず上体を起こした! 少しスタミナを浪費して減速したようにも見えますが大丈夫でしょうか?』

 

 同じく実況の言う通り、私は坂の超前傾を使おうとして結局上体を起こしてしまった。言わなくても分かる通り、やはり怪我のビジョンが私の脚を止めてしまうのだ。今この瞬間では足を止めることはなかったが、無理に坂の超前傾を使った反動で多少減速する。

 

「(この分なら、スターインシャインは勝手に自滅するか……)」

 

 スターインシャインの失速を見てシーホースランスがほくそ笑む。しかしそれでは満足できず、すぐに冷静になり自らを奮い立たせる

 

「(こんなものではだめだ……もっと……もっともっともっともっともっともっと……二度とその足で走ろうと思えないほどに潰さなくては意味がない!!)」

 

 スターインシャインの失速により、ランスはレース序盤にもかかわらず一気にペースを上げる。ランスから見て後方にいるシャイン、クライトはまだ坂の途中で走っているが、ランスは止まることなく加速し、あっという間に坂を駆け上る。

 

「あら、シャインさんのトレーナーさんじゃない、まったく、どこにいるかくらい教えてちょうだいよ」

 

「ん? あぁノースブリーズか。すまんな、結構いろいろあって」

 

「ノースでいいわ、あなた名前は?」

 

「橋田だ、ほれノース、双眼鏡貸すよ」

 

「あらいいの? 意外と気が利くじゃない、橋田さん」

 

 ノースは双眼鏡でシャインの方向を見る、対象を拡大するためのガラスの向こう側では、シャインがいつものようなスピードを出せていない光景が広がっていた。

 

「ちょっと! シャインさん負けてるじゃないの! どうするのあれ!」

 

「俺に言われても困るわ! 坂の超前傾に関してはシャイン自身の問題もある、あれを乗り越えられなければ勝算は怪しいな……そうだノース、ランスに関して、なにかあいつの武器について知らないか?」

 

 突然橋田は思い出したようにノースブリーズにランスの武器を聞く。レースが始まった今、ランスの武器について聞いても特に何もすることはできないが、それでも情報を知っておくことは大事と言わんばかりに橋田は聞いた

 

「それに関してなんだけど、私は何も言えないわ」

 

「なぜだ?」

 

「ランスは、自分が強くなった理由、あなたたちが言う『武器』について何も話してはくれないのよ」

 

「そうか……奴の武器については知ることも出来ない状況か……」

 

 

「(坂の超前傾を使った時の減速がかなり効いてる……このレース、少しだけスタミナぶっ飛ぶかも……)」

 

「(見てろ観客共!! この津波はまだ1m級だ!!)」

 

 スタート直後、坂の超前傾で減速してしまい、なおかつシーホースランスの情報については何も知らないこのレース。その少し後ろにはG1を制したことがあるものの、強さを磨いた状態とは一度も手合わせをした事が無い同級生がいる

 

 シャインはすでに、シーホースランスが巻き起こす大荒れのレース(津波)に片足を突っ込んでいた……

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。