持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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第三十話 希望を掴め!津波の中で!②

 

レースが始まって数秒、すでに坂の超前傾を使おうとしてシャインはスタミナを無駄に浪費していた。一方シーホースランスは、先行というその脚質故シャインより先に坂を上りきり、シャインと言う敵を完膚なきまでに叩きのめすという野望を成し遂げるためにひたすらに加速していた。

 

「(このずっと加速する感じ…京都ジュニアステークスの時のノースと同じだ…だけど今回ノースと違う点は、坂でも加速していた点…)」

 

シーホースランスが加速する様を見て、私は京都ジュニアステークスでノースブリーズが見せた呼吸術を思い出す。直線で走り方に集中しなくても多少は何とかなる状態の時にひと際大きく深呼吸し、スタミナを回復する術だ。それによってサンより速く速く走っていたのが今でも記憶に新しい。あの時のサンは呼吸をする際の隙にプレッシャーを叩きこんでいたが…

 

「(深呼吸の音が聞こえない…)」

 

いくら聞いても実況の声に加えて遠くで聞こえる観客の声援しか聞こえない、しかもその音さえも空気が耳をこする音でほぼ聞こえない。京都ジュニアステークスの日にサンはどうやってこの音の中で呼吸音を聞き分けたんだろうか。

 

そんなこともお構いなしにランスは加速していく。私も本来のペースを取り戻そうとするが、先ほどのスタミナの消費が激しく、なかなか持ち直すことができない…やはり下手に完成していない技を使うのは無理があったらしい。かろうじてコーナリング時の技で多少スタミナは回復できるが、それでも消費量を下回る程度の回復量だ。

 

「(回復量が心もとないけど、まぁとりあえず追い追い考えよう。さて…今日のレース展開はどうなるか…)」

 

最後方を走りながらそんなことを考える。最後方からは出走しているウマ娘全員が見えるため、レース展開について勉強しておくととても展開が読みやすい。そのおかげで私は体力を無駄に消費しないような位置取りをすることができる。

 

前の方を見ると、シーホースランスとクライトを除けばかなり先行バが多く、追込に関しては私しかいないんじゃないだろうかと言うような具合だ。となれば今日は外側から捲り上げる形になるだろうと考え、ある程度外側に出やすい位置にとどまる。だがクライトのスパートは必ず外側に出るため、進路が重なり無駄に横移動しないといけなくなる事態だけ注意したい。

 

今日はやけにレースが長い、全体的にかなりのスローペースで走っているのだろう。この調子なら無駄にスタミナを消費したディスアドバンテージも気にせずスパートをかけられるかもしれないと考える。しかしそう考えていた私の希望は、すぐに打ち破られることになった。

突然何mか前にいた青毛のウマ娘が、加速した状態からさらに加速し始めた、当然青毛と言うのはシーホースランスだ。横を通り過ぎていくハロン棒を見てもまだ400mしか走っておらず、全2000mのホープフルステークスにおいてスパートをかけるような段階ではない。しかしそんなこともお構いなしと言わんばかりに青毛のウマ娘は加速する。

 

「ずいぶんとあいつの走りはお前に似てるんだな」

 

「いや…違う、あの子、あんな走り方しないのに…」

 

観客席でシーホースランスの走りを見ていた橋田がふと口にした言葉に対し、横にいたノースブリーズが体のどこかを刃物で刺されたのではないか、というような恐怖に染まった顔をして答えた。柵に寄りかけている手はわなわなと震えており、当然橋田もノースブリーズの様子がおかしい事に気付いて質問をする。

 

「…今日のシーホースランスの走りはいつもと違うのか?」

 

「ええ…違うなんてもんじゃない、まるっきり私が知っている走りと違うわ…あの子は先行の脚質で、なおかつ自分のポジションは絶対に死守するのがあの子の走り方なの。だからあんなに……あんなに逃げるわけがないのよ!!」

 

「(おかしいな…ランスの脚質って確か先行…今までの走り方を見ても先行だったはずなのに…なんで突然大逃げを…?あ、いや…そういう事か…)」

 

ランスが逃げウマを追い越していくのが見える、追い越したと言うのにまだ加速するのもしっかり見えている。そして全体的にスローペースだったバ群はいつの間にか超高速ペースになっていた。

 

「(お前がスタミナを回復する術を持っているのは知っているんだ…だがそんなことはさせないぞスターインシャイン、お前はここからさらに沈む!!)」

 

ランスの作戦、恐らくだが無駄に浪費した私のスタミナをさらに消費させるため、レース自体をハイペースに持ち込んだのだろう。確かにさっきから走っている全員がランスについていくために自らのペースを上げており、私もペースを上げざるを得なくなっている。

 

周りのウマ娘達はパドックの際に私たちをマークするべく見ているのが見えた、そしてマークしている相手が大逃げを打ち、仮にも逃げ切られるかもしれないと言う状況になれば釣られてペースを上げてしまうのは必然。本来あまり逃げウマのペースに飲まれてしまうと、自らの走りに穴を開ける危険な行為でもあるのだが、周りのウマ娘達はもうそんなことを考える余裕もないみたいだ、唯一飲まれる必要がないほど通常時のスピードが速いクライトは流石といったところか。

 

『先頭がシーホースランスに変わり600mの通過タイムは34.5!とんでもないハイペースで流れていますホープフルステークス!!』

 

「34.5!?なんつースピード出してんだあいつ!」

 

「私以上に逃げてるかもしれないわね…」

 

中山競バ場2000mコースでの平均的な600m通過タイムは35~36秒台だ、しかし今回のホープフルステークスでの通過タイムは、その平均を軽く0.5秒下回る34.5。それが何を意味するかは、常軌を逸したそのタイムを見るだけでも明確であった

 

「(息が…入らない…)」

 

私は周りについていくためのペースで走っており、コーナー時の回復術も成功させることができなかった。シーホースランスのスタミナを消費させる作戦に気付いたのはいいのだが、だからどうこうできる問題でもない。私の場合は打撲の療養期間で全くスタミナトレーニングが出来ていなかったのも大きいだろう。このままでは本格的にスタミナが切れて、そもそも走りきるのが難しくなってしまう。

 

「(これほど逃げてしまえば自分のスタミナが切れて負ける可能性もあるのに、明らかに私を狙い撃ちしてきてるなぁ…どうやって…スタミナを回復すればいいんだろ…どうすれば…あの逃げに追いつけるんだろ…)」

 

『他人が決めたルールや常識、空気なんて気にせず、自由気ままが一番いいよ?』

 

「(ルールや常識…関係ない…)」

 

700mを通過し、私のスタミナも微かに底が見えかけてきた頃、私はメイクデビューを勝った直後にセイウンスカイさんに言われた言葉を思い出した。ルールや常識など関係ない、破天荒に進むのが一番良いという教え。私はその言葉を頭の中でひたすらに反すうしているうちに、ある結論に達する。深呼吸をし、前を見据える

 

「(あんたが自分の走りを無理やり変えてくるなら、私ももう一度…逃げを打ってやる!!)」

 

『向こう正面に入ってスターインシャインが上がってきた!シーホースランスの突然の大逃げに釣られてなのか、それとも作戦なのか、最後方からすごい勢いで上がってきました!』

 

「…は?シャインの奴、

           逃げるのっ!?』

「…え?シャインさん、

 

外側から何人もウマ娘を追い抜き私は前に上がって行く。当然作戦を追込から逃げに無理やり変えることによってハイペースで走る以上のスタミナを消費するが、この際別に関係はない、今はシーホースランスがレースを掴む流れを揺らすのが優先だ。レースの主導権を握らせるわけにはいかない。

 

「何考えてんだシャインの奴!脚質適正は追込なのに逃げにするなんざ無茶だ!」

 

「もうダメだわ…」

 

俺の目の前に広がっていたのは信じられない光景だった。これまで追込ウマとして育ててきた担当ウマ娘が、逃げで走る光景にどうしても俺は驚きを隠せなかった。

 

「(いや…前にも同じような事があった…そうだ、あの時は二人しかいなかったからわからなかっただけで、あれも逃げ、だ…?)」

 

俺は少し前にシャインがセイウンスカイとマッチレースしたことを思い出し、顔をぱちんと叩いて改めてコースの方を向く

 

「…行け!!シャイン!!逃げ切れぇぇぇぇ!!」

 

「もう!!逃げで行くならもうそのまま逃げ切りなさいよ!!分かったわね!!!!」

 

「(まさか逃げを打ち始めるとはな…私が動揺するとでも思ってるんだろうが、無駄だ。分からないのか?お前がいくら上がってきても、お前のスタミナはもう無いに等しい、すぐに沈むことになるんだ!!)」

 

「(…なんて、きっとあんたはそう考えているんだろうね。だけどそれは違う)」

 

シャインはぐんぐんと前に伸び、あっという間にランスの真横に並んでいた。だが先頭は取らせまいとランスが加速する。シャインのスタミナを枯渇させ、なおかつレースの流れを掴むために逃げの作戦を打っているのだから当然の対応である。

 

「(だれがお前なんぞに先頭を走らせるかよ!!)」

 

「(その隙こそがあんたの弱点だ!!)」

 

「んぐっ…!?」

 

横を走り始めたランスに私は威圧を送る。当然ランスは突然の威圧感に耐えきれず減速する

 

「(クソッ…こいつがレース中発する『減速してしまう』妙な威圧感には気を付けていたはずなのに…)」

 

私が逃げの作戦を打った理由、それは決してレースの流れを揺らす為ではない。いや、あわよくば揺らせればよかった程度だ

 

(シーホースランスが垂れかけている)

(今が狙い目だ、一気に前に出る!)

 

「なっ…」

 

ランスが減速したのを見て、後ろのウマ娘達が一気に走りこんでくる。あっという間にバ群に飲み込まれ、後方集団に吐き出されているのが大体の気配で分かる。

 

何度も言っているように、今回のホープフルステークスでは私とランスとクライトの3人は全員にマークされている。マークしているウマ娘が中盤で隙を見せたり減速したりしようものならすぐにでも流れを変えるために抜くのがウマ娘というものだろう。この後方のバ群を使ったトリックを実現するために、スタミナを無駄に消費してまで逃げを打ったのだ

 

「(……とりあえずはランスを倒した、かな。あとはこのままスタミナを回復してゴールまで抜かれなきゃいいんだけど)」

 

「クソ!(きたね)ぇぞスターインシャイン!正々堂々と…正々堂々と勝負しやがれええええええええええ!!!」

 

背後からランスの叫び声が聞こえる

 

「(正々堂々と…か…私のこの方法は正々堂々勝負してるのかな…)」

 

私は確かに、汚い方法はあまり好きではない。トレセン学園の授業でも言われているのだが、勝つために手段を選ばない人の事を勝利至上主義(しょうりしじょうしゅぎ)と言い、世間的には良くない人種だと言われている。私もその意見には賛成で、レース中絶対に汚い行為はしないと決めていた。だが今私が行っているこの方法は汚い事に入るのだろうか。ランスの叫び声を聞いてそう思い惑う。

 

「(いけない、今はレース中だ…しっかり走りきらないと)」

 

そう、今はレース中、考え事をしていてせっかくのG1を負けたとあっては恥ずかしくて外を歩けないというものだ。

 

ランスが沈んで数秒、先頭を取ってレースの流れを掴んだ私はハイペースのレースからスローペースのレースに戻していた。といっても背後には私を倒したい気持ちでいっぱいのウマ娘がたくさんいるため、適度に抜かれないようにはしている。

 

『さぁスターインシャインは先頭を取ったままだ!このまま追込ウマ娘が、まさかの逃げ切りを見せてしまうのか!1000m通過タイムは58.9!』

 

実況の人が1000mの通過タイムを言っているのが風圧の中で確かに聞こえる。私の耳に聞こえた58.9と言うタイム、私はあまりどのくらいタイムが縮まれば速いとかわからないのだが、中山の2000mコースの1000m通過タイムの平均は59.9、1秒縮まればまぁ結構速い方だろう。…え、速いよね?

 

「(いよっし、ある程度回復は出来たし、それじゃあこのままスパートを―――

 

私が最後の最後でダメ押しのスパートをかけようとひときわ強く踏み込もうとしたその瞬間だった。突然背後からものすごいプレッシャーを感じた。まるで一気に噛み砕くはずのワニが小鳥をじわじわとかみ殺しているような、そんな光景を見たような恐怖感。この恐怖感に私は確かに覚えがあった。

 

「(おめぇらよ…前の方でドンパチやってたが、俺の事を忘れてんじゃねぇか?忘れちゃいけねぇよ、俺も出てることをな…スタ公!!!)」

 

『おおっと!!スターインシャインが最終直線に入ろうとした瞬間!後ろから上がってきましたマックライトニング!!やはり主役は渡さないと上がってきたぁ!!阪神JFを制した末脚と非現実的な走りをする末脚がぶつかり、どちらが勝つのか!!』

 

背後からじわじわとクライトが上がってくるのを気配でも足音でも感じる。やってしまった、このレースにおいて最も警戒するべきウマ娘はもう一人いるということを完全に忘れていた。

 

「やっば…最後の最後に仕掛けて来たね…クライトォ!!」

 

「ふっ…オメーの担当と、俺の担当、どっちが強いか…今一度確かめてみようぜ?橋田…」

 

最終直線に入り、ホープフルステークスは終わりを迎えようとしていた。最終直線はスターインシャインとマックライトニングの一騎打ち。どちらが勝ってもおかしくはない、どちらが負けてもおかしくはない。勝つためにはただ速く、ただ相手より1でも能力が高くなければならない。

 

『躱した!躱した!マックライトニングがスターインシャインを躱した!ジュニアクラスにしてG1レースを2連覇するのか!マックライトニング!どうなるーーっっ!!』

 

「やらせない!!勝つと誓ったノースの為にも!!」

 

ゴール前最後の難関、心臓破りの坂が見えてくる。クライトが坂に差し掛かった瞬間、速度が目に見えて落ちている。つまりクライトは今レース中における隙を見せている、やるにはここしかない。

 

「スゥゥゥゥゥ…ハァァァァァ…ふっ」

 

「っ…バッカ野郎やめろシャイン!!」

 

『スターインシャインが坂で再び前傾の姿勢を取った!スタート直後は止まってしまったが今回はどうだ!走り切れるのか!』

 

前が見えない、ただまっすぐ進むだけの直線において視界は必要ない。

怪我の恐怖が全身を抉る、だがやめるわけにはいかない。

私は誓った、ノースに、トレーナーさんに勝利を。

 

「なら…やるしかないでしょ…がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

私の身体に言葉では表せないような恐怖が電流のように流れる。だがやれる、走り切れる、絶対起き上がるもんか。超前傾なら空気抵抗を受ける面積を減らして尚且つ普通に走るより速度の速いピッチ走法で走れる、坂にはうってつけの走り方。ここで坂の超前傾を成功させなければクライトに勝つ手段がなくなる、だから私は走る。いくら私が怪我をした時のビジョンが見えようが、起きる訳にはいかない!

 

「…ったく、お前はどこまで破天荒なんだ…!!行っけぇぇぇ!!昇りきれぇぇ!!!!」

 

「シャインさぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

観客席からトレーナーさんとノースが応援してくれてるのが聞こえる、そうだ、あれだ、あの人の為に私は勝たなければならない。

想像だけではなく、現実でもトレーナーさんとノースを見てその事実を実感した。実感した瞬間に、頭にノイズを作っていたビジョンが消え去った。

もう二度と、この幻影は、ビジョンは見えない。

 

 

 

 

「いよっしゃぁぁぁ!!昇りきってやった!!」

 

『スターインシャインがマックライトニングを躱して坂を前傾姿勢のまま昇りきった!マックライトニングもすぐに追いすがるが届くのか!?』

 

私は何とか坂を上りきることができた。今後何回坂の超前傾を使っても、本当に怪我のビジョンは見えなくなっているだろう。私は坂だけでなく自分自身をも乗り越えることができた。

 

そうと決まればもう考え事をしている場合ではない。怪我のビジョンを乗り越え、ゴール前最後の平らな直線が待ち受ける。後ろの方を走っているクライトとのリードは2バ身。

 

「テメーに二度も勝ちを譲るかよ!!スタ公ォォォォォォォ!!」

 

「私が!!私自身が希望となってやる!!絶対に渡すもんかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

トレーナーさん、しっかり見ておいて。私が勝つところ、絶対に見せてあげるから。『誰にも負けないウマ娘になる』って約束を、絶対絶対守るから!!

 

「だからぁっ!!ぜったい伝説の始まりを見逃さないでよぉぉ!!」

 

怪我をして、療養期間でトレーニングする事も出来ず、かける事も出来ないと思われていたスパートはサウジアラビアロイヤルカップの時のように完璧に上手く行った。

 

私が、勝つんだ

 

『しかしっ!!追いつけない!!マックライトニングはその差を縮めることができない!!希望に満ちたレース、ホープフルステークスを制したのはスターインシャインだ!スターインシャイン今リードを保ったままゴールインッッッッッ!!!』

 

歓声が、巻き起こった

 

トレーナーさん、勝ったよ。

 

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