持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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第三十二話 もしかして年越しじゃないの?

 

 慣れ親しんだ景色、風に揺られる木々の間から見える太陽も、慣れ親しんだ景色の一つだ。括り付けたハンモックに揺られながら私は人を待つ。必ずここに来るであろう人を。

 

「……なんだかんだ言っといて、やっぱり来たのね、ランス」

 

 足音を耳で察知し、ハンモックから落ちないように慎重に体を起こして木の下を見る。ここの景色と同じく、見慣れていたはずの青毛、そして数日前ホープフルステークスにてスターインシャインに敗れた私の親友、ランスが立っていた。しかし今はその青毛を見るとピリピリとした気配で私の髪の毛が逆立つのが分かる。

 

「ノース、私はホープフルからずっとノースの言ってることを考えてた、スターインシャインが努力をしてG1を勝ったというノースの言葉を」

 

「それで? どんな結論が出たわけ?」

 

「まず最初に、ノースに謝りたい。一時の感情に任せて強く拒絶してしまった事、めちゃくちゃな思考をしてしまった事を謝りたい」

 

 下の方でランスが私に頭を下げるのが見える、しかし頭を下げるランスを見ても私は何も感じなかった。

 

「謝るべきは私じゃないわ」

 

「それもそうか……」

 

 私は別に昔からの仲、いや昔からの仲だからこそ深く傷つくと思う人もいるかもしれないが、今回に関しては先に謝るべきなのは私ではなく、今回私たちの喧嘩に巻き込まれたシャインさんたちだ。

 

「……私は、まだ少しだけ信じ切れていない、スターインシャインの強さを」

 

 しばらくしてからランスが再び口を開く

 

「だから、私は次のG1でもう一度見てみたい、あの威圧感を、あの技術を、あの末脚を」

 

「次のG1……大阪杯はまず間違いなく()()()が取るとして、ステップ競争の1個目のレースの事かしら、皐月賞、または桜花賞」

 

「そうだ、そのレースにスターインシャインが勝てたらもう私は何も実力を疑わない。だがもし負けたならシャインの実力は二度と信用しない」

 

 あまりにも自分勝手な言い分に私は頭を抱える。もう何も言葉は出てこないが、せめてできるのはシャインさんの勝利を今から願うくらいだ。別にランスが今更私の事を信用してくれなくても構わないが……

 

「そしてもう一つ」

 

 話がひと段落ついたと思ったが、ランスは続けて話を始める。シャインさんたちの話のほかに、まだ話すことなどあっただろうか。

 

「もしスターインシャインがステップ競争の一回目を勝ったのなら、あの約束、私たちが昔の昔に交わしたあの約束は、スターインシャインに託そう」

 

 その一言を聞いて、私の瞳孔が開くのを確かに感じた。あの約束、それを託すのは別に構わない。だがランスが放つ託すと言う言い方に私は怒りを感じる。仮にもシャインさんにひどい態度をとっておきながら、本人に謝罪もせず、挙句数日前ホープフルで惨敗した立場だと言うのに、勝てば信用する、負ければ信用しないといったむちゃくちゃな賭けを始めたランスが、託すと言う言い方をするのはいささか上から目線すぎるのではないだろうか。託すと言う言い方をせずに、言い方を変えればいいというものではない、そのような事を言う立場ですらない。

 

「……あんたねぇ、いったいどこまで自分勝手になれば気が済むのよ?」

 

「私も当然自分勝手だと思ってる、だから私は、引退する」

 

 引退、その一言を聞いて急速に先ほどの怒りが消えていくのを感じる。まだジュニア期なのに引退? 何を言っているのかがまったくわからなかった。

 

「もしスターインシャインが最初のステップ競争に負ければ、私は引退する。勝てば、私はスターインシャインをまっとうに倒すために引退を取り消して走り続ける」

 

 最後の一言を言うと、ランスは足早にどこかに行ってしまった。

 正直、腑に落ちなかった。引退したから今までの態度が晴れる訳ではない、問題はこれからの行動次第だと言うのに、そのような事も分からなくなってしまったのだろうか。だが最初のステップ競争にシャインさんが勝てれば、まだ平和に終わる、ランスはシャインさんを信用して、まっとうに倒すために前を向いて走り始める。やはり私が今できることは、シャインさんの勝利を願うくらいだろう。

 

「本当に……いろいろ巻き込んじゃってごめんなさい……シャインさん」

 

 しばらくハンモックに揺られてから、私はアルビレオのトレーナー室に戻るために木から降りた。

 

 

 夕方になり夕日が差すトレーナー室、私がレコード勝ちしたホープフルステークスが終わってから、数日しか経っていないようなトレーナー室。そして、相変わらず蜘蛛の巣が絶えないトレーナー室のソファに、私とトレーナーさんが座っている。テーブルには冷えに冷えまくったそばとそばをくぐらせるためのおつゆ、そして申し訳程度の「おいっす~! お茶」が置いてある。なぜそばが冷えているのかについては今はノーコメントで進めていこう。

 

 トレーナー室にかけてあるカレンダーは12月31日、そう、今日は一年を締めくくるための日、年末だ。今日一日学園内を見ると、事前に日付を見てなくてもわかるくらい、年末の独特なのほほんとした空気がさまよっていた。かくいう私も数日前にサンやクライトの二人組と忘年会を行ったばかりなのだが、結構ぐでっとしたテンションだったと思う。

 

「ん~…………」

 

「シャイン、今年一年よく頑張ったな」

 

 年末の空気なのは私のトレーナーさんも変わらない。今日は年末と言う事でトレーニングも早く切り上げることを許され、私とトレーナーさんはせめて年末っぽいことをしようと言う事で、トレーナー室で年越しそばを食べることにした。そしてトレーナーさんが今日の為にそばを用意しているとのことなので、ルンルンで帰ってきた私はソファに招かれ、今に至っている。

 目の前を見るとトレーナーさんがペットボトルを前に差し出しながら乾杯を要求していた。それを受けてすぐに私もペットボトルを持って乾杯をした。相変わらずそばは冷えている。

 

「はいじゃあ素敵な年越しを過ごそう~っとはならないよぉトレーナーさん!?」

 

 私は盛大なノリツッコミをかました。トレーナーさんはもうそばを食べようと言う事でお茶を飲んでからすぐに割り箸を割り始めていたので驚いている。

 

「え? どうかしたかシャイン」

 

「『え? どうかしたかシャイン』じゃないんだよ!! なんでそばが冷えてるのッッ!!」

 

 私は年越しそばに関して、こだわりが極端に強い温かい派なので、冷えたそばが目の前に出されていることに激怒し、普段の口調が崩壊するくらい荒れ狂って今思っていることをさらけ出した。しかしリミッターが外れた私の年越し気分はそれだけでは収まらず、どんどん言葉が出てくる。

 

「年越しそばが冷えてるって何!? 12月だよ!? なんで真冬に冷えたそば食わないといけないわけ!? てかなんで丁寧に容器をざるに移したの!? 私見てたけどなんで止めなかったのか不思議だわ!!」

 

「心配するな、ちゃんと冷えた汁も取ってあるぞ」

 

「そういうことじゃないんだよおおおおおおお!!!」

 

 トレーナーさんにいくら説教をしても話を聞いている様子はなく、その後も数分間年越しそばは温かい方が良いという事を延々と説明していると、話している最中にトレーナーさんがそばをすすり始めたため、数日前に忘年会にて使用したハリセンで一発お見舞いした。

 

「痛っっった!! なにすんじゃい!!」

 

「こっちのセリフじゃい!!」

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ」

 

 ソファから立ち上がってテーブル越しにお互いの頬をつねり合う。トレーナーさんの顔はヒゲが多くてチクチクして痛いから、腹いせに一本のヒゲを万力の力で掴み引っこ抜いてやった。痛いはずなのにトレーナーさんは未だに私の頬をモチモチしている。

 

「……お前意外とモチモチしてんだな」

 

「……でしょ」

 

「いやそうじゃなくて、とりあえずだなシャイン、突然ハリセンで人を叩くのはいけないぞ」

 

 トレーナーさんが私の頬を離して座り直し、一呼吸おいてから自分の事を棚に上げてそのように諭してきた。たぶんそのうちそばの話題も出てくるのではないかなぁと思いながらしばらく待っていたが、2分くらい経ってもそばの話題に切り替わらなかったので多分この人は忘れているのだろう。

 

「トレーナーさん、そばの事忘れてるでしょ?」

 

「あ、そうそう食べ忘れてた」

 

「いやだからそうじゃなくて!!」

 

 私がそばの話について切り出すと、やはりこのトレーナーさんは忘れていた。おもむろにオーラを出しながら再びハリセンを持ち上げると、トレーナーさんが露骨に焦り始めるのが分かった。

 

「落ち着けぇ!! ハリセンを持つな!!」

 

 ソファを降り、テーブルを回りこんでトレーナーさんに近づいていく。その光景は他の人から見れば被害者に詰め寄る殺人者のような構図だっただろう、この瞬間に誰もトレーナー室に入ってこなくて本当に良かった。そのままトレーナーさんに近づいていき、トレーナーさんを部屋の角に追い込んだあたりで「温めるから……」と小声で言ったのでハリセンを下ろした。

 

 そんなこんなで数分後、私だけそばを温めてネギを乗っけた状態で、改めて乾杯をすることにした。二人でおいっす~! お茶を持って、新年の訪れを祝う事に加えて、ホープフルをレコード勝ちした祝杯をあげる。

 

「それにしても、今年一年は色々あったなぁ」

 

 そばをすすっていると突然トレーナーさんがお茶を飲みながらそのような事をつぶやく。確かに今年は、私がデビューしたのは当然の事、学園で一番注目されているチームであるキグナスのメンバーをいきなり一人倒したりしているので、色々あったといえば色々あったのだろう。

 

「確かにそうだねぇ、ほんと、大変な一年だったわ~」

 

 私だけじゃなく知り合いの事も入れればその数は計り知れない、例えばサンがノースブリーズに勝利したことや、クライトがジュニア期にしてG1を制覇したこと、そしてノースブリーズがアルビレオに所属したと言うことなど、本当に言葉通り色々あった。確かに私は誰よりも高い目標は立てているが、まさかこんなに大波乱なジュニア期になるとは全く予想していなかったとお茶を飲みながら思う。

 

ほうひえは、ふいももふひょうはもうふふ(そういえば、次の目標はどうする)?」

 

 トレーナーさんが冷えたそばを口に含みながらそのように質問された。とりあえずトレーナーさんの行儀が悪いのでそばを飲み込んでもらってから、私の目標について考える。私のおおもとの目標は「誰にも越えられない記録を残す事」だが、誰にも越えられない記録の定義や基準はどこにもない、だから私が誰にも越えられないだろうと思う事をしなければならない。確かに私はジュニア期にしてホープフルステークスをレコード勝ちしたが、それだけでは弱い。もっとそれ以上の記録を残し、私の生涯記録を誰にも超えられないようにしなければならない。

 

 クラシック期が迫ってきて、ジュニア期とは比べ物にならないG1レースが行われるようになる年に私以外が出来ないであろう記録とはなんだろうか。考えていても何も思いつかないので、とりあえずクラシック期と言えばな目標を伝える。

 

「次の目標は、やっぱクラシック三冠でしょ!」

 

「ほう、クラシック三冠か。しかし……」

 

 私がクラシック三冠が目標だとトレーナーさんに伝えると、トレーナーさんは苦い顔をしてそばを食べる手を止める。いったい何事なのだろうか、そばがまずかったわけではなさそうだし、私がクラシック三冠を取れないと思っているような顔をしている理由を聞いてみると、しばらくしてからトレーナーさんは語り始めた。

 

「……俺が考えているのはあくまでジンクスの話だから、あまりそれだけで否定するのは良くないと言うのはわかってる、だがもしものことがあるから言わせてほしい」

 

 こんな前置きを置いてまで話すと言う事は相当重大なジンクスなのだろうと、私もそばを食べる手を止めてトレーナーさんの話に言葉的にも物理的にも耳を傾ける。

 

「トレセン学園、いや、クラシック期のステップ競争には、昔からあるジンクスがあるんだ」

 

「どんなジンクスなの?」

 

「中央のレースで『耳飾りを左耳に着けているウマ娘は、クラシック三冠に勝てない』ってジンクスだ」

 

「え、じゃあこういうこと?」

 

 左耳に耳飾りがついているのが問題と言われたので、私自慢の星の耳飾りを外して右耳に付け直してみたが、トレーナーさんに華麗にツッコまれて終わった。どうやらトレーナーさんが言うには、普段から癖や拘りで付けている位置で変わるらしく、左耳に耳飾りを付けている場合、トリプルティアラを取りに行くのが普通らしい。

 

 確かにトリプルティアラを狙いに行ったウマ娘を思い浮かべてみると、みんな左耳に耳飾りを付けているような気がする。トリプルティアラを狙いに行ったウマ娘について思い浮かべてみるが、例えばエアグルーヴさん、例えばダイワスカーレットさん、例えばニシノフラワーさんなどが挙げられるだろう、無論私の友人プロミネンスサンも左耳に耳飾りを付けていて、トリプルティアラを志しているウマ娘だ。今思い浮かべたウマ娘そのすべてが耳飾りを左耳に着けているのだ。

 

 もちろんウオッカさんのように左耳に着けていてもダービーを制することができている例外もいるが……むしろ左耳に耳飾りを付けてクラシック三冠レースを勝ったのはウオッカさん以外に思い浮かばないので滅多にない事なのだろう。

 

「だからシャイン、クラシック三冠はやめておいた方が良いんじゃないか? もしトリプルティアラ路線にしていた方が勝てていた、なんてなったら、もったいなさすぎるだろ」

 

「う~ん、確かにそういうジンクスがあると挑みにくいのはわかるけど……それで諦めるってどうなの?」

 

 私がこの学園に来た理由、そして『誰にも越えられない記録を作る』といった目標が出来たのは、セイウンスカイさんやミホノブルボンさんといった、クラシック三冠に挑んだ人たちを見てのことだ。しかもそれらのレースを見るきっかけになったレースですらトウカイテイオーさんのレース、有マ記念だ。私が憧れている人たちはみんなクラシック三冠に挑んでいる、それなら私もクラシック三冠に挑まない訳にはいかないのだ。

 

「いや……ほんとそう思うんだけど……意外とそう言うの信じちゃうタイプだから……」

 

「いやでもさぁ……」

 

 私とトレーナーさんはクラシック期に挑む三冠路線とトリプルティアラ路線の話でしばらく話していた。私はクラシック三冠に挑みたい気持ちを伝えるも、ジンクスを信じてしまうトレーナーさんは頑なに私をトリプルティアラ路線に行かせようとする。この場面を見て、トレーナーさんの指示に従うのが担当ウマ娘ではないかと思うかもしれないが、私の人生で一回しか走れないレースなのだ、そう簡単に他人に任せられるものではない。

 

「まぁまてシャイン、ステップ競争の出走登録期間まではまだもう少しある、それまでゆっくり考えていこう。何もここで決めないといけない訳じゃないしな」

 

 結局その後もしばらく話し続けていたのだが、クラシック期のレースの話について、トレーナーさんがそう話を終わらせて終わった。確かに私のそばも冷えてきてしまったので食べるのを再開し始めることにする。

 

「皐月賞……出たいんだけどなぁ……」

 

「まぁまてって、とりあえずは年越しを楽しもうぜ、シャイン」

 

「おっす……」

 

 やっぱり温めたそばは美味しかった。

 


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