持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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第三十五話 想いの継承

 

 私は外科に行くべきなのだろうか。しかしどこをどう触っても今はもう痛くはない。別に私はトレーナーさんに超前傾でタックルして、トレーナーさんのシックスパックにはじかれたわけでもないし、バンジージャンプの勢いが終わった状態で30分くらい放置されたわけでもない。

 

 キングスクラウンのレースを見た次の日、私はトレーナーさんに頭痛があったことを報告した。トレーナーさんは凄く心配してくれたが、あの後から特に痛みもなく、後遺症も特にないので心配ないと焦るトレーナーさんをなだめた。しかし不可解なのはやはりあの頭痛の原因だ、理由もなくあれほどの頭痛が起こるわけがない、だが同時に理由も見当たらないため、何も対策することができないのだ。トレーナーには心配ないと言ったものの、そのような現状に私は頭を悩ませていた。

 

 現状に頭を悩ませ、私が昨日サンと別れた中庭のベンチで休んでいると、教室棟から出てきたクライトに声をかけられた。学園内にガムを持ち込んでいるのか口をもくもくさせながら。

 

「ようスタ公。一体どうしたんだこんなところで俯いて」

 

「ん? あぁクライト、なんでもないよ、大丈夫」

 

「どうしたんだよ、元気ないじゃねぇか、どうしたんだよぅ」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「にしては元気ねぇじゃねぇか、正直に話してみろよ」

 

 クライトが私の横に座っていつもより優しい口調でしつこく話しかけてくる。別に本人は何とも思っていないのだろうが、優しい口調のクライトと言う時点ですでに違和感がすごくあり、私は何かあるのではないかと、勘繰ってしまう。

 

「あんだその目は、文句あるのか」

 

 ……別にその心配はいらないようである。

 

「あのね、実は昨日大変な目に合ってさ……」

 

 私はクライトに昨日の事を包み隠さず話した、頭痛で苦しみ、泣き叫んだ事。耳飾りのジンクスについて調べたけど何もわからなかった事。昨日行ったことをすべて話した。

 

「へぇ……原因が謎の頭痛か……そりゃあんな顔になるわな」

 

 そう、原因不明、そこがミソなのだ。いくら思考を張り巡らせても、裏表がないメビウスの輪のように、端っこ、つまり結論に到達できない。この頭痛の原因を見つけるのが、今のミニ課題だろう。

 クライトは頭の後ろで手を組んで上を見上げながら、体を前後にぶらぶらしている。本当に心配してるのかな、これ。というか私の先ほどの顔を思い出しているのだろうか、多分恥ずかしい顔をしていたからやめてほしい。

 

「そうなんだよね、何が原因なのか全くわからないんだよ」

 

「病院行ってみたのか?」

 

「もう行ったよ、何にも問題はないって」

 

「そうか……」

 

 私の答えが見えない頭痛の話で、クライトも少し気まずい雰囲気になってしまった。申し訳ない気持ちに包まれる。

 

「あ? スタ公、なんか喋ったか?」

 

 突然、クライトが立ち上がり、私にそのような事を確認してくる。当然私は今何も喋っていないので、クライトの質問に対して横に首を振る。クライトの聞き間違いだろうか。ウマ娘は聴力が優れているので余計な音を拾う事もあるだろうと思い、何も気にしていなかったのだが、クライトが座りなおそうとした次の瞬間、クライトに異変が起きた。

 

「うっ……!?」

 

「クライト!?」

 

 私が心配するのが先か、クライトがうめき声のようなものを上げたと思ったら、今度は上の空な様子で棒立ちしている。心配になって顔の前で手を振ったり、体をゆすったり、クライトが劇場するであろう言葉を投げかけたりするが、全く反応がない。私は例の頭痛の事もあったので正直めちゃくちゃ焦っていたが、クライトが苦しんでいる様子が無いあたり私の頭痛とは別のようだ。

 

「うぁっ……はっ……!?」

 

「あ、おかえり……? なのかな……?」

 

「あ……あぁ、心配させたみたいで悪いな、なんでもない……?」

 

 クライトは自分自身でも何が起こったのかわからないようで、不思議なような顔をして自分の体の安否を確認している。一応私の方からも全身を触って何も変わっていないか、痛みを感じないか確認して見る。しかしどこにも問題は見当たらなかった。むしろクライトに良いことが起きていた。

 

「なんか……なんかわからねぇけど、体が軽いぞ! どこまでも走っていけそうなくらい体が軽いぞ!? ちょっとグラウンド行って走ってくるぜ! トレ公ォォォォォ!!」

 

「え、いや、ちょ、クライトォォォォ!?」

 

 クライトがすでに遠くの方にあるグラウンドに向かってしまったので、私も見失わない様に必死に追いかける。その速度はレース中よりもはるかに速く、クライトの最高記録と言ってもいいかもしれない。私も追いつくので精いっぱいだった。そしてグラウンドで芝の状態でも確認していたのかもしれない速水さんにクライトが勢いよく話しかけている。

 

「ぜぇぇぇ……ぜぇぇぇ……ク、クライト……速すぎ……」

 

「トレ公! 今からタイム計測してもいいか!? なんか知らねぇけど体が軽いんだ! 速く! 芝の状態とかどうでもいいからよ!」

 

「え、ちょ、クライト? それにシャインちゃん……いや息切らしすぎじゃね? なんつー速度で走ってきたんだお前ら……」

 

 そんなことを速水さんが心配している間にも、クライトはどこかに向かって走り出してしまい、既にスタートラインについている。その様子を見て速水さんは呆れたように声を出す。

 

「おーい、どこいくんだよー、クライトー。ってもう声も届かねぇか、仕方ねぇ。すまんシャインちゃん、ストップウォッチ出してくれないか? ちょうどそこの箱に入ってる」

 

「はぁい……オエッ」

 

 私は箱からストップウォッチを取り出して速水さんに渡す。クライトはさっきからまだかまだかとスタートラインについており、そんなクライトに速水さんが合図を出す。私の方も息が戻ってきたので速水さんと一緒にクライトの走りを見ることにする。

 

「しっかし、いきなり飛んできてタイム計測をねだってくるとは……あいつ急にどうしたんだ?」

 

「いや、なんか、三女神像の前で突然立ち尽くしたかと思ったら走り出して」

 

「えぇ……?」

 

 クライトがなぜああなったのか、大まかな流れを説明したが、やはり速水さんは微妙な顔をしていた。まぁ話だけ聞いたらそんな顔になるだろう、だが事実を述べたまでだ、仮にそれ以上の説明を求められても私は何も答えられない、困る。

 

 ここでタイムを見るためにストップウォッチに目を落とした速水さんがあることに気付く。

 

「……あれ? なんかあいつ速くなってね? 自分のペースを崩したか……? いやしかし独走でペースを崩す理由ってなんだ?」

 

 ここ、グラウンドに来るまでのクライトの速さでもう気づく人もいるかもしれない事だが、クライトのタイムが速くなっていると言う事に私も速水さんも気付いたのだ。

 

「……確かにクライト速いですね、え、速すぎじゃない?」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 

 コースの向こう側から走ってくるクライトの表情は鬼神のそれと言えるような気迫だった。なんというか、おもちゃ屋さんでお気に入りのおもちゃを見つけて、カゴを持った母親の元に向かってくる子供の勢いような……表現としてはそんなところだろうか。

 

「ゴールっ! タイムが格段に伸びているな……嘘だろ?」

 

 そうしてゴールしたクライトのタイムは驚くことに、前に速水さんからふと聞いたことがあるクライトの最高タイムを大幅に上回る記録となった。というよりなによりツッコミたいのが、クライトがそのままもう一周走りに行ってしまった事だ。どれだけテンション、と言うかモチベーションが上がったのだろう。

 

「やっほ~! シャイン! ちょっと併走しない?」

 

「あ、サン。おっけ~、準備するから待ってて」

 

「もう~、じゃああのコース使うから早く来てよ?」

 

「はいはい、じゃあ速水さん、見学させていただいてありがとうございました」

 

「おう、丁寧にありがとうね。頑張ってきな、シャインちゃん」

 

 私がクライトの強さに恐怖していると、後ろの方から小屋から出たチワワのような顔と速度でサンが走ってきた。このようにサンから併走といったことを誘われるのは久しぶりだったので、私も快く返事をして参加する意思を表明したのだが、クライトに続いてなんだかサンまで速く走りたいと言ったオーラが出ていて、二人ともどうしたのだろう。

 

「ほ~い、お待たせ、サン」

 

「も~待ちくたびれたよ~、速く速く」

 

 サンがあらかじめ予約して使っていたコートに行くと、木村さんは当然の事、ミークさんや私のトレーナーさんまで呼び出されていた。

 

「えっ、トレーナーさんまでいるの?」

 

「おい、なんだその俺がいるのがいやみたいな反応」

 

「いやそういうわけじゃないけど、もしかしてトレーナー、自意識過剰なのぉ?」

 

「なんだお前」

 

 トレーナーさんが私の言葉に対して違う解釈の仕方をしてしまったので、トレーナーさんに向かってちょっとからかいを込めて言葉の斧を振りかざしてみた。するとしばらく申し訳なさそうにしていた木村さんが私たちの間に入って話しかけてきた。

 

「お二人ともすいません、サンのわがままに付き合ってもらっちゃって。スケジュールとか大丈夫でした?」

 

「今のところ何も決まってないよな? シャイン」

 

「あったりまえぇぇ~、別に大丈夫ですよ、木村さん」

 

 私だってサンのクラシック期に入ってからの実力を知りたいですから。とは口に出さなかった。

 

「私も、いるよ……」

 

 ミークさんが小声でつぶやいたのが聞こえた。

 

「それにしても、サンのやる気が上がって、トレーニングをして実力を強化したい俺たちトレーナーからすれば願ったりかなったりですかね」

 

「そうですよねぇ、なんだか昨日からモチベーションが上がって。シャインさんはそういう事ないんですか?」

 

 しばらくトレーナーさん二人の会話が聞こえた後、サンがしびれを切らして駄々をこねはじめる。

 

「ね~えぇ~! そういう話良いから速く走ろうよ!」

 

「はいはい、それじゃあ測りましょうか。とりあえず三ハロンの併せウマでいいですか?」

 

 木村さんが追い切りの内容を話すが先か、サンはスタートラインの方向に走り去ってしまったので、私たちもスタートラインに向かって歩いた。

 

「それじゃ、シャイン、ミークさん、手加減しないからよろしくぅ!」

 

 サンがそのような事を言いながらスタートラインで足踏みをしている。どこかで見たことある動きだと思ったら、まるでトウカイテイオーさんのテイオーステップのようだった。

 

 しばらくして木村さんからスタートの合図が聞こえ、私とミークさん、そしてサンの三人で併せウマが始まった。

 

 今回の追い切りメニュー、三ハロン併せウマ。

 最初の数百メートルは練習相手を離しすぎないように普通に走り、最後の三ハロンから二人以上で併走すると言ったものだ。競い合う相手がいると言うことで、ウマ娘の勝利への欲望が掻き立てられ、良いタイムが出るようになると言った練習だ。

 

 しかし……

 

「いや、サン、速っ!!」

 

「もはやペースを合わせる気もないんじゃ……」

 

 サンの7バ身ほど後ろを私とミークさんは走っている。サンはこれが併せウマメニューと言う事を忘れているのではないかと錯覚するレベルで私たち二人は離されている。遠くに見えるサンの表情は、罪悪感もない清々しいほどの笑顔だった。

 

「いや、どぉぉこいくねーん!!」

 

「どこいくねーん」

 

 柵の向こう側から見ている私のトレーナーさんと木村さんからもツッコミの声が出ている。とりあえずこのまま逃げ切られてしまっては練習にすらならないので、私とミークさんは急いで併せウマが出来る距離まで急ぐ。しかし差が2バ身くらいまで近づいたあたりでサンの様子がおかしくなった。

 

「来た……この距離を詰められる感覚。逃げたい逃げたいってなる感覚。なんでこんなに楽しいのか分かんないけど……私にも止められそうにないやっ!!」

 

「あ、なんか嫌な予感が」

 

「奇遇……私も……」

 

 案の定、サンは詰められてから再加速をし、私たちなど最初からいなかったかのように一周分を走りきってしまった。トレーナーさん方も驚きの声を上げているのが聞こえる。

 

「おぉぉぉぉい! 逃げ切るんっかぁぁぁぁい!」

 

「ちょっとテンション飛ばしすぎでは……サン……」

 

 結局併せウマなどできる訳もないので、私とミークさんはそのまま走ってゴールした。

 

 ゴールした後、冷静になったサンが申し訳なさそうに近づいてきて、謝罪の言葉を述べた。

 

「ごめん! テンションあがっちゃって飛ばしちゃった!!」

 

「いや、別にいいよ、逃げウマを追込みで追うのも久しぶりだったからね。良いリハビリになったよ」

 

 京都ジュニアでノースと戦えず、ホープフルでランスに並んで逃げの作戦を打った私は、逃げウマを追うのは本当に久しぶりだったので、離されても冷静に立ち回る感覚を取り戻すことができた。そういう意味では私にとっていい練習になったかもしれない。尤も、そんなことを言っては、ライバルを強くしていると言う事に気付かれてしまうので口には出さないのだが。

 

 謝罪の言葉が来てすぐ、トレーナーさんたちも来て、木村さんがサンに少しだけ説教して終わった。

 

「もう今後は併せウマの最中に逃げてはいけませんよ」

 

「わかってますってぇ~……」

 

 すると、どこからか甲高い笑い声と共に、例の白衣の人、アグネスタキオンさんが走ってきた。なぜかびろんびろんになった袖を振り回しながら。

 

「ハッハッハッハッ! 興味深い記事を見つけたよシャイン君!」

 

「あ、タキオンさん。興味深い記事ですか?」

 

 興味深い記事。

 ぶっちゃけこの人ならなんでもかんでも興味深い記事と言って取り上げそうなものだが、なにしろタキオンさんとの会話は昨日の『頭痛の話』で止まっていたので、私もその興味深い記事というものに惹かれてしまった。

 勢いよく飛び出してきたタキオンさんに、木村さんやサン、トレーナーさんまでもが体を寄せて話を聞く。

 

「何やら君は自分に不利なジンクスについて調べていたそうじゃないか」

 

「あ、はい、そうですね」

 

 自分に不利なジンクス、耳飾りのジンクスの話だろう。しかし頭痛と何のかかわりがあるのだろうと思っていたら、タキオンさんはある本を取り出した。

 

「君に有利なジンクスがあるかもしれないよ、これを見たまえ」

 

「ん? 『想いを継承するウマ娘達』……?」

 

「ウマ娘とは、何やら上の世代のウマ娘の想いを受け継ぎ、その力を多少手に入れることができるらしいよ。もしかしたら、君の頭痛も想いの継承による反動ではないかねぇ? どうだい? あれから体が軽くなったとかの現象はあるかい?」

 

 想いの継承、何やら素敵なワードが聞こえ、最初こそ期待はしたが、体が軽くなると言った事は何一つ起こっていない。つまり私の頭痛は想いの継承によるものではないと言える。

 

 と言うより、体が軽くなったと言えば、クライトとサンだ。クライトは今日から、サンは昨日から何やら様子がおかしい。走る欲求を刺激されているのはわかるのだが、あまりにも急すぎる。と言う事はあれが想いの継承ではないかと私は思う。

 

「いや、違いますね、少なくとも想いの継承ではないと思います」

 

「ふぅン、違うかぁ。私も過去を思い出してみると、この時期にふわふわとした感覚に包まれることがあってねぇ……どうやら学園の様子を見るに、想いの継承が始まる時期がもう終わりそうだけど、シャイン君はまだ来てないのかい」

 

 私の頭痛が想いの継承によるものだと証明できなくて、タキオンさんが残念がっていると、トレーナーさんがある疑問を投げかけてきた。

 

「まて、『時期』っていったか?」

 

「ふぅン? そうだが?」

 

「なんで、シャインは来てないんだ……?」

 

「個人差というものはあるだろう」

 

「いや、クライトとサン、そしてシャインは同期だ。それなのになぜ、同時に来ない……? もし想いの継承が何かしらのスイッチや条件があって起こる現象なら、同期であるシャインにも今日か明日あたりで来てもいいころだろ?」

 

「……ふぅン? たしかにそうだねぇ……まぁとりあえず様子を見たらどうだい?」

 

 その日は何も進展はなく、そのまま解散した。なぜ私に思いの継承の時期が来ないのか。その謎はしばらく生活して解き明かしていこうということになった。

 

 

 

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