持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
タキオンさんから想いの継承について聞いた次の日、私はまた例の中庭にやってきていた。
どうやらサンに話を聞くと、あれほどに走りのモチベーションが上がったのは中庭で何かを見たかららしい。
「やっぱり何もないね~、シャイン」
「う~ん、私も走りのモチベーション上げていきたいのになぁ」
サンやクライトが昨日、走りのモチベーションを上がっている姿を見て、私もトレーニングに打ち込みたいと思った。実際私は昨日クライトが想いの継承らしき現象に出くわすのを見たので、それを信じ、想いの継承をするべく私は中庭でうろちょろしているのだ。
しかし一向に想いの継承らしき現象は起きない、ただただ時間が過ぎていくだけだ。
想いの継承を通してメリットがあるのはモチベーションだけではない、タイムにも影響しているのが大きい。事実昨日クライトのタイムは大幅に更新されていたし、サンの逃げの適性も上がっているように見えた。
私だってこれから時代を担うウマ娘になるため、タイムを更新できるくらいの体にはしたい。
ホープフルステークスを私はレコード勝ちしたという気持ちというか、プライドのようなものもあると思う。だけど……一向に想いの継承なんか起きないんだよなぁ……
「なるほど、そういうトレーニングもあるんですね」
「橋田さんのトレーニングはスタミナと根性を鍛える事に特化してますが、パワーがいまいちですからね、こうすれば大体良いと思いますよ」
「パワーを鍛えるなら最終的に水の上を走れるようにすればいいですかね」
「……なにを言ってるんです?」
中庭の端にあるベンチに座っていた私達のトレーナーさん二人も、想いの継承のことなど忘れて自分たちのトレーニング方法について話し合っていた。
「ん~……ねぇシャイン、時間もそろそろだし、お互い切り上げてトレーニング行かない?」
「はぁ……結局想いの継承なんてないんじゃないの~~~?」
あまりにも非科学的な現象なのは分かっている、だが私はその現象に立ち会った事があるため、なまじ諦めることもできない。想いの継承が起きる条件も分からない為、すごく歯がゆい。
そんなことを思っていると、木村さんがサンを呼び止めてベンチから立ち上がった。
「シャインさん、橋田さん、申し訳ありませんが私達はそろそろトレーニングに行きますね」
「はぁい、サンを勝手に借りちゃってすいませんでした~……」
「大丈夫ですよ、昨日併せに協力してもらいましたから」
木村さんは笑顔でそう言ってくれた。表情を見ても特に怒りを感じてはいないようで安心した。
私が木村さんに礼をした後、サンと木村さんの二人はグラウンドの方に向かって行ってしまった。残された私はトレーナーさんの方に向かう。
「よう、お疲れさん。新しいトレーニングを思いついたからさっそく実行してみるか?」
「なんだか嫌な予感するから今のところはやめておくよ」
「そうか……。んで、これからどうする、いつものトレーニングか? それともまだ想いの継承について調べてみるか?」
トレーナーさんがこちらを見ながらそのような事を質問してきた。当然私としては後者がいいのだが、想いの継承を発現しようとしてからこれまでにかかった時間を考えてもそれはあまりにも無謀というか、バ鹿なことだろう。
どちらにしようか、悩ませているとトレーナーさんがある提案をしてきた。
「俺考えてみたんだけどよ、想いの継承ってなんか霊的な事っぽいじゃん、なら山に行ってみれば意外と想いの継承のカギになったりするんじゃないか?」
「……なんで山?」
「山ってなんか幽霊住み着きそうじゃん?」
私のトレーナーさんが山に対するすごい偏見を持っていることについては置いておこう。
想いの継承が霊的な事っぽい、というのは私は考えてもなかった。過去に活躍していたウマ娘の想いを継承する、と言うのは確かに霊的といえば霊的な事と言えるだろう。そして一部の山には霊山と呼ばれるものもある。そのような場所に行けば、確かに想いの継承に関する何かはつかめそうだ。
「……よし、じゃあ行ってみない? 山」
「おう、なら俺は登山の準備してくるわ。時間も……まぁ全然大丈夫か、一応寮の門限を過ぎそうになったら登山の途中でも下山するからな」
「あったりまえっ!」
登山なんて久しぶりだから本当に楽しみだなぁ。山を登る際の注意事項とか全部覚えてるかなぁ。
小さいころはよく家族が連れて行ってくれていた事を思い出すとなんだか懐かしい気持ちになる。トレセンに来て早1年ちょっと、仕送りで届く手紙以外で家族とまともに連絡も取れていなかったので、今度電話でもしてみようかと考える。
私がトレーナーさんの車の前で体育座りをして待っていると、でかでかと登山用具セットのようなものを持ったトレーナーさんがやってきた。
ん~……道具の量的にかなりの大きさの山を予定しているように見えるんだけど。大丈夫かな……。
仮にそうだったとしても、スタミナ等のトレーニングになるかもしれないから別にいいでしょ。多分トレーニング狂のトレーナーさんも同じことを考えているだろうし。
トレーナーさんは車に登山の道具を積んでからエンジンをかけ始めた。私もルンルンで車に乗り込むと、トレーナーさんはすぐに車を発進させた。
それにしても本当に道具が多くて、後ろ側を見ると後部座席がほとんど埋まっている。
「ねぇトレーナーさん、この大量の道具どこで買ったの?」
「ん、いや、これはなんか登山が好きっていうウマ娘から借りた。話しかけられて、これから登山に行くって言ったら貸してくれてな。サイフォンも貸してくれたし、なんかコーヒー豆まで貰っちゃったわ」
「……あれ?」
登山が好きで、コーヒー豆をくれるウマ娘……なんかどこかで聞いたような気がする?
それに関しては今はいいだろう、か。
そんなこんなで車を飛ばしている最中、私はあのジンクスについて考えていた。
私はこの耳飾りを手にしてからずっと左耳に付けているウマ娘、本来であればトリプルティアラを狙う運命だったのだろうが、これまで生きてきて私が出たいと決めているのはクラシック三冠路線だ。
クラシック三冠路線を目指したとなれば、恐らくだが私には大きい壁が現れる、それも周りのウマ娘より強大な壁が。そんな中でほかのウマ娘がみんな発現している想いの継承を私だけ発現できていないと言う劣等感は、私を不安の波で包んでくる。
今私の手元にあるカードは『超前傾走り』『減速させる威圧感』そして『末脚』だ。
そして私が今まで見てきた武器は
イーグルクロウの『ど根性』
セイウンスカイさんの『圧倒的な逃げ』
グッドプランニングの『バ群移動』
ノースブリーズの『深呼吸』
シーホースランスの『相手の狙い撃ち』
プロミネンスサンの『再加速』『セカンドウィンド』
これらの武器を使われたレースを思い出すと、唯一対応できていないのはセイウンスカイさんの逃げとキグナスの二人組、ノースとランスの武器だ。そう、レジェンドウマ娘とあのキグナスのメンバーに対してのみ武器の対応が出来ていないのだ。
となれば、クラシック期のステップ競争に必ず出てくるであろうキグナスのメンバーに勝つことができないも同然と私は考えている。
これから私に立ちはだかるであろう武器に打ち勝つための武器は、今の私には思いつくことができない……。せめて想いの継承さえ発言すれば希望はあるかもしれないのに……。
そんなことを考えて、顔がしかめっ面になっていたのだろうか。トレーナーさんが私に話しかけてきた。
「そういやシャイン、有マ記念はどうするんだ? 有マの後にある宝塚に備えて出るべきだろ?」
「……有マ記念は、宝塚の後だよ、トレーナーさん」
「あ? そうだったか? あ、そうか」
私はウマホを取り出して今日の日時を確認する。今日は2月、トレーナーさんがレーススケジュールの特訓を速水さんと木村さんにしてもらってから、大体半年くらい経っている。それなのに有マと宝塚の日程すら把握していないのはもう頭を抱えたくなるトレーナーとしか言えないだろう。
これは私もレーススケジュールについて教えないといけないだろうか。
そんなことを話しているうちに、目的の山までやってきた。トレーナーさんは適当なところに車を停めて、登山用具を取り出してしっかり鍵をかけた。
私はトレーナーさんがもともと持っていた軍手を貸してもらい、服装も近場のトイレの中で登山用のものにした。
「おう、意外と似合ってるじゃねぇか」
「ん~、まぁ勝負服がもともとあんな感じだし、こういうスタイルの服装は似合うように見えるんじゃない?」
「それは 確かに」
私は割と軽装で、しかもトレーナーさんが大体の荷物を持ってくれると言うので、私は早めに着替えて車に寄りかかりながらトレーナーさんと他愛もない話をしていた。
しばらくしてトレーナーさんも着替え終わったようで、登山の開始を表し、私たちを鼓舞するかのようにトレーナーさんが大きな声を上げる。
「そんじゃあ、登りはじめっか! 想いの継承をしに!」
それに釣られ、私も大きく反応する。
「イエッサ~!」
といった感じで、私たちは山を登り始めた。山自体は中くらいの大きさと言ったところだろうか、恐らく1時間ほどで登れるだろう。きっとすぐに頂上にたどり着いて、想いの継承について何かが分かるのかもしれない。
と、最初は思っていた、最初はね。
「オェウッ」
今のは私がえずく音だ。
登山開始から1時間半くらい経ち、私たちは山の中くらいを登っていた。といっても、山の中から外側を見て大体の予想で場所を推測しているので、本当に中くらいの位置なのかはわからない。
登山途中の光景についても、私が終始えずいているだけなので、見せる価値もないものだ。
山の外側を見ると、陽はそろそろ落ちかけている。運転する時間を考えても、もうそろそろ下山した方が良いだろう。
「う~ん、時間ぎりぎりっぽいから、安全を取って早めに帰ろう。また今度の機会に登ろうぜ」
「そ、そうだねオエッ」
トレーナーさんからそのように指示をされ、私たちは来た道を戻り始めた。
自分たちがこれまで頑張ってきた道のりを、完遂せずに戻って行くと言うのは何とも言えない気分になった。
そして、私たちが道中渡った崖っぷちの道を歩いているときだった。
「いっ!? 痛ぁっ!!」
「うぉっシャインっ!」
またあの頭痛だ。
私は勢いよく崩れ、助けを求める暇もなく私は落ちた。間一髪トレーナーさんが手を掴んでくれたので助かったが、お互いに動けない状況となってしまった。今回は落ちた瞬間から頭痛がある程度収まり、前のように無我夢中で暴れると言うことはなかった。
そして私の事をゆっくりとトレーナーさんが上に上げてくれている。本当にトレーナーさんがいてくれて助かった。
「大丈夫か、しっかり掴まってろよ? シャイン」
「ご、ごめんね、トレーナーさん」
すると、トレーナーさんの方向の地面からみしみしと音が聞こえた気がした。
「……なぁシャイン、すごく嫌な予感するんだけどよ、これって俺だけか?」
そうしている間にもみしみしと土の音が聞こえる。
「トレーナーさん、ウマ娘の聴覚はヒトより優れてるっていう事忘れた? ……私もだよ」
次の瞬間、トレーナーさんがギリギリ立っていた足場も崩れてしまい、私とトレーナーさんはまっさかさまに落ちて行った。
「ぎゃぁぁシャイィィィィィィィン!!」
「トレーナーさぁぁぁぁん!!」
落ちている最中、私のこれまでの人生の光景が鮮明に映し出された。サンと初めて走った模擬レース、クライトと初めて走った模擬レース、キグナスと戦ったホープフル。走馬灯とはこういう物なのだろうか。自分の競争ウマ娘人生を思いかえし終わったあたりで、私の意識は途絶えた。
目を開けると、暗闇の中、私は誰かの後ろに立っていた。耳としっぽがついているのを見る限りウマ娘だろう。
この空間はどこだろうか。周りを見渡しても、ちゃんとあるかどうかすらも曖昧な地面が、果てしなく存在しているだけだった。
「あの……あなたって……」
声をかけると、そのウマ娘は私の方に振り向いた。その容姿は、この前私が強烈な頭痛に襲われた時にビジョンのなかで見たウマ娘の姿だった。
そのウマ娘はキリッとした目を緩めることなく、ほぼ睨んでいると言ってもいいような眼圧でゆっくりと口を開き、私に言葉をかける。
「あんたが、時代を担うんだよ。そしてトレセンを────
「ん……?」
黒い天井だ。それも木材にそのまま黒い絵の具を塗ったような黒だ。壁の方を見るとところどころに黄色いい横線が引かれており、少しだけ落ち着いた配色の部屋に私は寝転がっていた。
部屋には私が寝ていたベッド、タンスのようなもの、大きな窓、そしてドアといった構成だった。
タンスの上にはウマ娘が重賞に勝った時の写真だろうか。有マの帯を付けたウマ娘の写真と、赤いバッテンのような置物があった。