持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
「それじゃあ、スタート位置も本番のレースと同じ、ここでいいね?」
「はい!」
ドンナさんとのマッチレースが決まった後、私はドンナさんの適正距離と私の適正距離なんかのデータを話し合い、走る距離を決定した。
決まった距離は、2500m。
そして走るコースは中山を模したもの、この条件を聞いてピンと来る人もいるだろう。そう、この距離とこのコースは有マ記念のものだ。私とドンナさんの適正距離は大体同じ、中長距離だという事が分かったので、それならば年末に向けた経験も兼ねて有マと同じものにすることが決まったのだ。ちなみにスタートする際の外側内側についてだが、私は先ほどじゃんけんで負けて外枠になった。
今回走る中山レース場のコース。
私は一度このコースをホープフルステークスで走ったことがある。有マはホープフルに比べ、ほんのちょっぴりスタート位置は違えど、一度周回コースに入ってしまえばあとはホープフルと同じだ。私がコースの経験不足で負けることはない。
が、それは私の横に佇んでいるドンナさんにも同じことが言える。いや、ドンナさんの経験は私以上だ。
有マは当然の事、他にも何回かG1を勝っていると先ほど聞いた。中央のレースで行われるG1では、中山レース場も多く使われる。もしその勝ったG1、いや負けていたとしても走ったコースの中に中山が多く含まれていれば、明らかに経験の差で負けている。たかが真似したコース、されど真似したコース。経験で負けていればその差は走っているうち如実に現れる。
となれば最後の頼みは私の最後の切り札『超前傾走り』だ。だがそれすらも経験で負け、万が一超前傾を使う事が叶わないような状況になれば私お得意の『末脚』を爆発させればいい。
私の横でじっと柔軟をしているドンナさんからは、今まで感じたこともないオーラを感じる。これはレジェンドであるという事実にどこか戦慄している私の錯覚なのか、それとも本当にドンナさんの強さを表すオーラなのか、私にはまだ判別する事が出来ない。少なくとも後者ではないかと踏んでいるが、正直どちらも当てはまるかもしれない。
「さて、そろそろ準備、できたかい?」
屈託のない笑顔でドンナさんは聞いてきた。
「私はいつでもOKですよ、ドンナさん」
「そうかい」
私がドンナさんの言葉に軽く返答すると、ドンナさんは私にコインを渡してきた。
「それじゃあ、あんたのタイミングでコインを投げな」
「分かりました」
どうやらこのコインを投げてスタートの合図をしろと言う事らしい。
私は深呼吸をしてから意気込み、スタートの姿勢を取る。そしてドンナさんの方もスタートの姿勢を取り終わったタイミングで、コインを投げたその瞬間だった。
「はたして、トリプルティアラを勝ったアタシに、勝てるかい? シャイン……」
まるで頭の中を電動ドリルで刺激されたように、思考が真っ白になった、トリプルティアラを勝っただって?
バ鹿な、そんなことあり得るの? 私がトリプルティアラについての記事を図書館で調べた際に、確かに見た、これまでトリプルティアラを達成したウマ娘はクラシック三冠を達成したウマ娘に比べて少ないと。
中央レースの歴史やトリプルティアラの歴史ははるか昔からあるのに、トリプルティアラを達成したウマ娘は片手で数えられるほどだったはずだ。
この人が、その内の一人……生ける伝説といってもいいかもしれないウマ娘ってこと……?
「え、トリプルティ────
「気を付けな、もうゲートのランプは点灯してるんだよ」
「あっ……」
気付いた時には遅かった、後ろの方でコインが芝に落ちる音が聞こえると同時に、真横からとんでもない爆音が聞こえ、ドンナさんがスタートしているのが見えた。すぐに私もスタートするが、私はドンナさんに比べて大体0,5秒ほどの遅れを貰った。
……この、コインを投げた時に相手を動揺させる感じ、自分がされると悔しいな。
スタートして十数秒、すぐに緩やかなコーナーが襲ってきた
いつものようにコーナーを回る際、無駄にスタミナを消費しない様なコーナー術を使う。前の方を見るとドンナさんも同じように自分なりのコーナー術を持っているようだった。
有マ記念のコースは、最初少しだけ第三コーナーから伸びたところからスタートし、その後ホープフルと同じようなコースに合流するといったコースになっている。
そこからは全くペースが変わらず、ドンナさんが先行して私が後を追うといった展開だった。
途中ドンナさんが加速した時もあったが、私の鍛え上げたスタミナで何とか追いついた。
セイウンスカイさんとのマッチレースをしたときより体が作られているからか、私は以前より疲れていないように感じる。
しかしこの離し方、ドンナさんは見たところ自分のペースで走っているように見えるのに明らかに私より速い。しかし決して追いつけない訳じゃない、最終直線が近づいて、スパートをかければ追い越すのは時間の問題だろう。
「(へぇ……シャインのやつ、やるじゃないか。それじゃ、さらに加速しよっかなぁ、なんて)」
「え……はやっ」
以前より疲れていないように感じる、というのは私の勘違いだったようだ。
ドンナさんはちょうどレース場でいうスタンド前の直線で、ドンナさんにとってのスローペースを、ハイペースへと釣り上げた。
私は先ほどと同じようにドンナさんとの距離を保とうとするが、追いつけない。私の前を走るその鹿毛は、どんどんと私との距離を離していく。
嗚呼、なんかこの光景ジュニア期の頃にも見たことある……
流石にトリプルティアラを勝ったウマ娘、一筋縄では勝つことができないようだ。
ここら辺で相手を上げるような思考ができるくらい余裕があるという点では、ジュニア期の私より成長している証と言えるだろう。
このレースの前、ドンナさんの脚質は大体先行だと聞いた。逃げがいないこのマッチレースにおいては
先行はもう逃げと変わらないかもしれないが、ドンナさんの足元を見ると、全力で走っているようには見えずしっかり脚を溜めているのが分かる。セイウンスカイさんのようにある程度スタミナを残そうという考えが無いような走り方ではなかった。
「(いやぁ……久しぶりだ、このレース中に後ろから追われるような感覚。シャインもクラシック期にしてはかなりやる子のようだけど、やっぱりアタシには敵わないみたいだね)」
それにしても、このスピードは以前戦ったノースブリーズやシーホースランスをはるかに凌駕するようなスピードだ、これで先行脚質だというのだから、信じられない。
ここが中山レース場であれば、スタンド前であろう直線を抜け、第一コーナーに差しかかる。私はスタンド前の直線を抜けてから、再び近づこうと企みペースを上げたが、一瞬ドンナさんに近づけたとしても、すぐにまた離されてしまうといった事を繰り返していた。
私はドンナさんを追う事を言ったん諦め、第二コーナーでも再びコーナー術を使いスタミナを温存する。同じくドンナさんもコーナーを素早く駆け抜ける。
私もこのコーナー術を練習してきたつもりだが、前の方で走っているドンナさんのコーナー術は無駄が無く、きれいなフォームで完成されていた。私には到底真似できないような完成度だ。
第一第二コーナーを抜けると、向う上面の直線に入り、ドンナさんの家の方向に出る。ゴールまでそう時間も無い、ここら辺からすごく早めにスパートをかけないとドンナさんに追いつけないな。などと私が考えていると、ふとドンナさんの家に視線が移る。
「よっ、ほっ……シャイン!! 勝てよ!! ぜってぇ勝てよ!! これは有マ記念だ!! 勝てぇ!!」
「(えぇぇぇぇ……なんで出てきてるの!?)」
なんとコース柵の外側に立っていたのは、私のトレーナーさんだった。怪我をしているのに、どこで作ったのか手作りっぽい松葉杖を使いながらコースに歩いて来ていた。そして柵の前で立ち止まったと思ったら、マッチレースをしているという事を察したのか私に声援を送ってくれた。
「(し、しかもあれって、アタシの緊急用の松葉杖じゃないかい……?)」
前の方を見るとドンナさんもトレーナーさんの方を一瞬向いていたので、トレーナーさんが出てきていることに関しては気づいているだろう。
ドンナさんからしてみれば、レース中だし気にすることでもない、メリットにもデメリットにもならないような事だが、私にとっては大きな出来事だった。
「(トレーナーさん……私の勝つところ見たいよね……!)」
私の勝つ姿を見たいと願ってくれている人が目の前にいる、私の勝たなければならない理由の一つが目の前にいるという事実が私の背中を後押ししてくれる。
最初こそ怪我した体で無理をしているトレーナーさんに驚いたが、不思議な事にトレーナーさんが見てくれているという事実で脚が軽くなる感覚が訪れる。そのおかげかはわからない、ドンナさんとの距離が少しずつ縮んでいる気がする。
「(おや、この速度出してるアタシについてくるのかい)」
「ドンナさん……逃がしませんよ!!」
先ほどまで圧倒的な脚力、そして驚異的なハイペースで走り大きく離されていたドンナさんに、私は5バ身と言った距離まで近づいていた。今もなおその距離は縮み続け、4バ身、3バ身、2バ身……
「……しょうがないねぇ、それじゃあ行こうか……っ!!」
私が距離を縮め続け、あともう少しでドンナさんを差してスパートをかけられるといったタイミングで、ドンナさんがさらに加速した。それと同時に私に対して、殺気というのだろうか、そのような強大な圧が放たれる。その殺気を受けて私は大幅に減速してしまった。
「これがトリプルティアラを制する走りさ! 悔しいなら追いついてみな!」
「くっ……もしかしなくても私挑発されてる……」
前方からドンナさんの叫び声が、しっかりと耳に届いた。
今まで経験したことのないようなハイペースによる苦しみの中、私は必死に前のウマ娘を追いかけていた。しかしスパートをかけたドンナさんは、道中のスピードよりも圧倒的に速く、自分のペースを崩してドンナさんを追っていた私でさえ追いつくことができない域まで達していた。
あ、あと先ほど食べたたまご粥が影響して、ものすごく脇腹が痛い。おのれ孔明。
「くそぉ……ドンナさんに、追いつきたいのに……全然縮まらない……っ!」
このマッチレースはセイウンスカイさんの時のようにハナ差まで詰められると思っていた、いや、あわよくば勝てるとまで思っていた。だがその結果がどうだ。ドンナさんが積み上げた圧倒的な実力に私のスタミナは、いくらコーナー術を使ったとはいえこのハイペースには付いていけなくなってしまい、すでにスッカラカンになっていた。道中あれだけ溜めようと予定していた末脚もすでに使い果たしている。
現実は違った、レジェンドに一度ハナ差まで近づいたからといって舞い上がってしまっていた。それ故に相手の実力を測ることが出来ず、ドンナさんに負けてしまうような勝負を生んでしまったのだ。恐らく、というより確実にこのマッチレースは私の負けだろう。
トレーナーさんごめん、いっくらなんでも今回は勝てそうにないや……
「その程度でクラシック三冠を目指しているって言うのかい!?」
「クラシック……三冠……」
大差をつけているドンナさんが、走りながら私に向かって指差し、そう叫ぶ。
「ウマ娘は根性さ!! 走りな!! 走り続けな!! そうしてアンタもいつかきっと、でっかい目標達成するんだろ!! トレーナーから聞いてるさ! あんたの目標を!」
「でっかい目標……!!」
そうだ、私は
「うぁっ! こんな……時に……」
私が呑気にもドンナさんの言葉を噛みしめていると、突然あの頭痛が襲ってきた。
しかし今回は変な点があった。まず一つ、その場にうずくまるほどの痛みが走らないのだ。確かに頭は痛い、そりゃ頭痛が走ってるんだもの、痛い。だけど走る足を止めてしまうほどの痛みじゃない。
もう一つ、末脚が回復している。いや、末脚に回復という単語を使うのかは実際問題分からないが、脚が軽くなっている。先ほどまでパンパンに中身が詰まった米俵のような重さをしていた脚が、スタート直後のように軽くなっているのだ。トレーナーさんに応援されても似たような状態になるが、あれは背中を押されているという嬉しさから軽くなったと錯覚するわけで、別にこれは錯覚で軽くなっている気がするわけじゃない。確かに疲労が無くなっている。
そうしてひとしきり末脚が回復したと思えるころに、頭痛が引いて行った。そして頭痛が去って行ったあとに、また別の現象が訪れた。
先ほどまでの現象は、末脚が回復しているとはいえ頭痛が走っているためとても不快だった。しかし頭痛が消えた後のこの現象は違った。体のどこかが痛いわけでもなんでもない、ただ爽快感が私の体を貫いていった。
さらに私の心に、ある欲望が、渇望が、渦巻いていた。
『勝ちたい』
考えてみればウマ娘として当然の欲望だったかもしれない、だがこの時私に宿っていたこの欲望は、今この世に存在しているどのウマ娘よりも大きく、どのウマ娘よりも強い欲望だった。
走り方を変える。
突如私はそのような事を思いついた。当然無茶だとは分かっている。だが走り方を変えて強くなっていたウマ娘を私は知っていた。私が走った最初の模擬レースの時、サンは私の走り方を真似してさらに加速していた。そのような可能性に賭けてみるのも悪くないと思ったのだ。
私は今までの『超前傾』につなぐための走りをやめ、全くの勘で走り方を組んでみた。
当然走りにくいことこの上ない。だがしばらく走っていると、即興で考えたこの走りが体に合致していくのが分かる。どんどん加速していき、さっきまでずっとずっと向こう側を独走していたドンナさんが、三度近づいてくるのが分かる。
ドンナさんは走り方を変えた私を見て驚いていた。
「……嘘だろう? その走り方……間違いない、アンタ、あいつの走り方を……」
マッチレースの勝敗が分かれる残り3ハロン。ひたすら走り続け、勝ちたいという欲望を満たすためにドンナさんを追い続け、私が手にしたのは。
やはり、苦渋の敗北だった。
「あ”────っ!! やっぱり駄目だったぁぁぁぁぁぁ!!」
やはりというかなんというか、案の定な結果に悔しながらもどこか納得してしまい、地面に倒れ込んで叫ぶ。
考えても見れば当然だろう、道中ドンナさんとの距離を詰めたり離されたり、詰めたり離されたりで、動きが挙動不審すぎる。そりゃあ体も限界が来るっていうものだ。
それに私が頭痛を感じた時点でドンナさんとの距離は大差まで開いていたのだ。いくらすごい末脚を持っていたとしても追いつくのは至難の業だった。
「やれやれ、まさかクラシック期になりたての子に、1バ身差まで詰められるとはね。アンタを称える歓声はこの場に無いが、少なくともアタシはアンタの強さを認めてるよ、シャイン」
「えへへ……ありがとうございます」
ドンナさんがのばしてくれた手を取り、私は肩を持ってもらいながら二人でドンナさんの家へと、一度帰った。
「(シャインとあいつは見ず知らずの関係のはず……もしかしてアンタ、幽霊にもなってないのにどっかから見てたのかい? ……なはは、奇しくも、クラシック三冠を達成したアンタの走りを、同じくクラシック三冠を目指してるシャインが完璧に真似してるなんてね……)」
私の腕を担いでくれているドンナさんの顔が、すこし笑顔だったのは見間違いじゃないはずだ。
「松葉杖折れたぁ……脚痛ぁい……動けなぁい……助けてくれシャイィン……」