持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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第三十九話 キグナスの本性

 

「へぇ、アンタあのキグナスと渡り合ってるのかい、そりゃまたすごいねぇ」

 

「そうなんですよ! いやーもう大変でしたから」

 

 暗い空の下、たった一つの電球に照らされる部屋で楽しく会話する声が響く。

 ドンナさんに負けた後、何とかドンナさんの家まで戻った。戻ったあと、トレセンに帰らなければならないことを思い出したが、トレセンに帰るにはトレーナーさんの車を迎えに行く必要があるので、これから迎えに行ってからだと寮の門限を余裕で過ぎてしまうのだ。そのためとりあえずはドンナさんの家に一泊させてもらうということで話がまとまった。今日は寮に帰れない事を寮長に電話で報告したら、快い声で了承してくれたので助かった。

 あとついでに、外に出てきていたトレーナーさんが動けなくなっていたので救出した。

 

 そして夜、寝る前に私はドンナさんやトレーナーさんとリビングで雑談をしていたのだ。

 

「俺自身もまさかキグナスのウマ娘に対抗できるなんて思わなかったけどな、しかも初めての担当がな。最初に見て直感で選んだら、才能持ちだったなんてびっくりだ」

 

 私の横に座っているトレーナーさんが頭を掻きながら誇らしそうに語る。これまで死ぬ気でトレーニングして勝ったおかげでトレーナーさんがこう思ってくれているなら、私もちょっとうれしくなる。

 

「あたりまえでしょ~!」

 

 しかし誰にも越えられない記録を残す私が才能を持っていることなどあたりまえの事なので、トレーナーさんに向かい目から星を出してるようなウィンクでいつもの言葉を出す。

 そういえばマッチレースの際、ドンナさんは私の目標について聞いたと言っていたが、誰にも越えられない記録を残すという目標については聞いているのだろうかと思い、確認してみる。

 

「ドンナさんも私の目標聞いたんですよね? 誰にも越えられない記録が目標なんです!」

 

 私が聞くとドンナさんは頬杖をつきながら喋り始める。

 

「ああ、聞いたよ。誰にも越えられない記録か……いい目標じゃないか。それで、誰にも越えられない記録は残せそうなのかい?」

 

「いやぁ、それがまだ、誰にも越えられない記録の定義を見つけられてなくて……」

 

「アッハハハハハ! まぁそりゃそうだ、誰にも越えられない記録を残すなんていう目標は、私だって初めて聞いた目標だよ。それがどんな記録なのか、見当もつかないのはしょうがないことさ」

 

 ドンナさんでも初めて聞いた目標だと知って、改めて自分の目標の高さを実感する。

 

 私はこれまでの自分を振り返ることも兼ねて、ドンナさんに色々な話をした。

 超前傾走りのこと、サンやクライトの事、ホープフルをレコード勝ちした事、ノースやランスの事。本当に色々な話をして、後半は少しグダグダしていたかもしれないだろう。しかしドンナさんは欠伸一つすることなく話を聞いてくれた。

 

「それでですね、キグナスのノースって娘がすごいんですよ!」

 

「アハハハ、やけにテンションが高いじゃないか。アンタもなかなかリスキーなことするねぇ、そろそろG2とかにとどまった方が良いんじゃないかい?」

 

 私がノースの事を話していると、ドンナさんが頬杖を崩さずに、どこか暗い雰囲気でそのように話す。リスキーというのはどういう事だろうか。確かに、まだ戦った事のないキグナスのメンバーに負けて勝負付けをされてしまえば私の戦績は振るわなくなり、名前が売れなくなってリスキーと言えばリスキーなのかもしれないが、だからといってG2にとどまる必要はないと思う。

 

「え? でもG1に出なきゃ誰にも越えられない記録は作れませんよ~!」

 

 G2にとどまれ、というのは冗談交じりで言ったのだろうと思い、私はおちゃらけた感じに返す。しかしドンナさんはそんな私の態度に笑う事もなく、真剣な表情で机を見ていた。

 

「……そうだね、アンタはG1クラスで走った方が良いよ」

 

「……???」

 

 私は頭にハテナが浮かんでいた。最初はG2クラスにとどまった方が良いと言い、今ではG1クラスの方が良いと言っている。明らかに態度がおかしい。

 

「G1クラスだと何かまずいんですか?」

 

 なぜなのか考えてみたが、結局ドンナさんがG2クラスにとどまれといった理由がイマイチ良くわからなかったので、聞いてみることにした。

 

「……アンタのトレーナーは寝てるね。一応このことはトレーナーの耳にも入れておきたいんだが……まぁシャイン、アンタだけにも言っておくよ。言っておくけど、アンタが思っている以上に私はすごい事を言うからね」

 

「え、なんですか……?」

 

 思わずゴクリと息を飲んでいた。トレーナーさんにも伝えておきたい、私が思っている以上に凄い事とはいったいなんだろうか。などと私が考えていると、しばらく沈黙が流れた後にドンナさんが語り始めた。

 

「キグナスに、キグナスに対抗する事はやめておいた方が良い」

 

 言われた意味が良くわからなかった。対抗する事はやめておいた方が良いメリットは、考えてみても「強い相手と戦わなくて済む」くらいだろう。だが私はキグナスのメンバーに対抗できるくらいの力は持っているし、武器もしっかりと持ち合わせている。おそらく対抗するのをやめておいた方が良い理由は別にあるのだろう。

 

 しかし、対抗するのをやめておいた方が良い理由とはなんだろうか。

 

「そのノースブリーズって奴とシーホースランスってのは、キグナスを脱退させられたんだろ?」

 

 そう言われて私は驚く。ノースとランスがキグナスを強制脱退させられた話はしていない、それなのになぜ強制脱退させられた話を知っているのだろう。

 

 普通であれば「たまたまそういうニュースが流れていた」だの「新聞の片隅とかにかいてあるだろう」などと思うかもしれないが、この人は私がホープフルでレコードを出したことを知っていなかった。それどころかスターインシャインと言う名前や姿すら知っていなかった。このことからわかるのは、ドンナさんは今のURA情報をあまり知らない、というより見ていないという方が正しいのだろう。そのためノースとランスが強制脱退させられたという、ほんのりマイナーな話を知っているのはイマイチ腑に落ちない。

 

「アッハハハハ! なんで知ってるんだ、とでも言いたそうな顔だね」

 

「あっ……はい、よく知ってましたね、脱退させられたって話」

 

「分かるんだよ、あのチームがやりそうなことなんて」

 

 私は少し動揺しながら、続けて聞く。

 

「な、なんでわかるんですか……?」

 

「……知りたいかい?」

 

「は、はい……!」

 

 少し身構えてドンナさんの方に向きなおす。

 URAの情報をあまり見ていないドンナさんがキグナスの動きについて分かる理由とは一体……なんなんだ……?? 

 

「……それについてはまた別の機会に話すって事で! それじゃ!」

 

 ドンナさんが早口でそう言い切って、ズバッと椅子から立ち、スタスタと寝室の方へ早歩きで去ってしまった。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!? いや、どこ行くんですか! 聞き足りませんよ!」

 

 私は思わず椅子から滑り落ち、ドンナさんを大声で呼びとめてしまった。何やら重要そうな話を自分からここまで引き延ばしておいて、別の機会に話すなんてあんまりだろう。ドンナさんの方に素早くついていき、服の端を掴んで動きを止める。

 

「ウワォ、あんまり服を引っ張るんじゃないよ、アンタももう寝な! レディーは夜遅くまで起きてると肌に悪いんだよ! ……ありきたりすぎるかなこのセリフ……」

 

「……ドンナさんがキグナスの動向について分かるのは別に知らなくてもいいですけど……なんで対向しちゃダメかについてまだ聞いてませんよ?」

 

 話の流れが紆余曲折したため忘れかけていたが、私はまだ根本的に対抗してはいけない理由を聞いていない。

 ドンナさんの方はすっかり忘れていたようで、私の言葉に耳をピンと立ててフリーズした後、恥ずかしそうに椅子に座りなおした。

 

「アハハ……アンタに言われるまで元々の話を忘れてたよ、ダメだねぇ、物忘れ激しくなってきたかな?」

 

「めちゃくちゃ早い段階で忘れましたよね!」

 

「まぁ、ノーカンって事で、やんぴ!」

 

「なにがやんぴですか!」

 

 私がドンナさんに軽いチョップをかますと、静寂の後に少しだけ笑いが起きて、それまで重たかった空気が軽くなった。

 

「さて、じゃあ対抗してはいけない理由について、話すかな」

 

「結局対抗しちゃいけない理由ってなんなんですか? 対抗しちゃいけないってことは相当な理由ですよね?」

 

 相変わらず頭にハテナを浮かべながらドンナさんに改めて質問する。ドンナさんも理由については話す気があるようで、私の方を向いて口を開きはじめた。

 

「ああそうさ、キグナスはね、自分たちの戦績に楯突くウマ娘を消すんだよ」

 

「キグナスは……ウマ娘を消す?」

 

 ウマ娘を消す、という物騒な単語が聞こえ、私は鳥肌が立つのを感じる。

 

「またドンナさん、私がそんなウソに騙されるわけないじゃないですか!」

 

 私は心のどこかで事実じゃなくてほしい、と思っていたのだろう。ドンナさんに私は震えた声でそのように返してしまった。しかしドンナさんから帰ってきたのは非常な回答だった。

 

「いいや、嘘じゃない、事実だ」

 

 ドンナさんの堂々とした返事に、私は何も言えなくなってしまう。この話を始める際重かった空気は、先ほどのドンナさんのお茶目で軽くなり、そして今、キグナスの秘密に関するカミングアウトで再び空気が重くなった。

 

 そんな空気になってもお構いなしに、ドンナさんは表情一つ変えずに話を続け始める。

 

「具体的には、レース界を実質的に追放させられる、かな。例えばキグナスに楯突くウマ娘が一人いたとしよう、そしたらそいつはキグナスに圧倒的な敗北を叩きつけられた後にレース界から消される。そのやり方は本人が圧倒的な敗北によって自信を無くし、自らトレセンを去ったり。裏でとんでもない脅しをされたり様々だ。タチの悪い事にキグナスのトレーナーは立ち回りが上手い、それに財力もある。だから私のように事実を知っている人がいても告発されないんだ。その気になればシャイン、アンタだって消されかねない状況なんだ」

 

 ドンナさんが話のピースを一つずつ開示していくたびに、私の血液が液体窒素にでもなったのかと思うほどに身体が冷えていく。先ほどまで気になって仕方がなかった話のはずなのに、今ではもうこれ以上聞きたくないと思うようになってしまっていた。

 

 ウマ娘をトレセン学園から消す。

 かれこれトレセン学園に一年いる私でも聞いたことはない。だが思い返してみれば、確かにキグナスの他のメンバーに勝っていたウッドラインというウマ娘は、いつの間にか姿を見せなくなっていたはずだ。それらの事実が話と噛み合い、その話がドンナさんの悪趣味な嘘じゃないと確信した。

 

 私が特に恐ろしく感じたのは、負けたことによって自信を無くし、自ら引退するという部分だ。ウマ娘というのは全体的に負けず嫌いな性格の子が多い、それなのに負けただけで自信を無くし、自分で勝つことを諦めるという事は、それなりに心を抉るような、ショックな負け方をしなければウマ娘にはあり得ない話なのだ。

 

「なぜ……キグナスはそんなことをするんですか……?」

 

「さぁね、でもああいう強豪を集めてるチームなんて、どうせ自分たちのメンツを守りたいだけだろ?」

 

「じゃあ、キグナスに所属していない私は今後G1に出ることも許されないって事ですか!?」

 

 言い切って、私はハッとする。ドンナさんに対して声を荒げてしまった。しばらく黙っていたが、申し訳なくなってしまい、すいませんと一言言って私は俯いた。

 しかし誰だってこう言いたくなるだろう、ウマ娘として勝ちたいのは当たり前、それなのに突然「今後はG1に出るのをやめておけ」と言われて、ハイと正直にうなずくウマ娘がいるだろうか。私は断言する、絶対にいないだろう。

 

 まして私は誰にも越えられない記録を作るという目標を持っている。G1に出られなければ誰にも越えられない記録など作れるわけがない。

 

「……今後については、アンタのトレーナーとしっかり相談して決めな。アタシはキグナスについて教えただけさ」

 

「…………はい……」

 

 俯いたまま返事をすると、ドンナさんは静かに歩いて寝室の方に向かってしまった。

 トレーナーさんの方を見ると、未だにいびきをかいて寝ている。その寝顔は年相応のおっさんと言わんばかりの寝顔だったが、これからの未来に夢を持っているような、やわらかな寝顔だった。

 

 私は、この寝顔が描いている夢を叶えたい。

 

 しかし下手にレースに勝てばキグナスの標的になる。いや、もうなっているのかもしれない。

 

 私は、どうすればいいのだろうか……

 

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