持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
「シャイン、そろそろ休憩終わるぞ」
「……」
「シャイン?」
「……」
「シャイン! シャイン!」
「……」
「おい!!」
「うおあっ!? なに!? トレーナーさん!」
「何じゃなくてだな……」
あのドンナというウマ娘に助けられてから、トレセン学園に帰ってきて1週間ほどが経った。
最初こそ車で帰ろうとしていた俺だが、そもそも片足を大怪我しているから車の運転が困難になることを忘れていたため、車に関しては速水さんに頼んで俺たちは電車で帰った。
帰ってきたのはいいものの、ここ数日シャインの様子がおかしい。俺が声をかけても話を聞いているのか聞いていないのかわからないような状態になっている。今も俺が声を大きくしたからやっと気付いたが、俺が大きな声を出さなければいつまでもボケッとしていただろう。
あ、ちなみに俺の脚はまだ治ってない。しっかり痛い。
「いや、だから、休憩終わるぞって」
「あ、ごめんごめん」
今のシャインは声をかければ態度こそいつものシャインのようになるが、どこかその動きはぎこちない。練習にも身が入っていないようだ。
何かシャインの癪に障るようなことをしてしまっただろうか。いやしかし怒っているという様子でもないし、この状態は何日も続いている。シャインの次走は阪神レース場で行われる毎日杯。芝1800mのレースなのだが、当の本人がこの調子では調整も意味が無い。
「どうしたんだ? 最近シャインおかしいぞ。毎日杯もあるんだからシャキッとな」
「大丈夫……なんでもないよ、気を付けるね」
シャインのここ最近の状態について聞いても毎回こう答えるだけだ。
しかしシャインがこのような状態になる要因など見当がつかない、シャインとは大体一緒にいたから数日間の間で何があったかも知っているし、二人でどんなバカをやったかも覚えている。ドンナというウマ娘の家から帰ってきてからあのような状態になっているため、電車の中で食べた駅弁が腐っていたのだろうか。
これまで何回問い詰めても受け流されていたが、今日の俺は違う。練習が終わった後、徹底的に聞いてやる。
おおよそ30分くらい経っただろうか。俺たちは今日の分の練習をこなし、トレーナー室に二人で戻った。
「なぁ、シャイン」
俺は何度受け流されても話を止めないつもりでシャインに声をかける。
「お前、何かあったのか?」
「ううん、なんでもないよ」
案の定シャインは俺の質問に対してなんでもないと受け流してきた。しかしその目は俺じゃなくて部屋の四方をきょろきょろと向いているし、声も震えている。俺は構わずシャインに質問する。
「いや、絶対おかしいぞ、ボーっとしてること増えたじゃないか」
「なんでもないって~」
相変わらず声は震えているし、きょろきょろもしている。明らかにおかしい。
ここで俺は質問の仕方を変えることにした、シャインがこれほどまでにごまかそうとすると言う事は、俺がどれだけ真剣かと言う事が伝わっていないのかもしれない、我ながら普段はふざけた態度だしな!
もし俺が本当に真剣に話をしていると分かれば、シャインも話してくれるかもしれない。少し椅子に座りなおして、低めのトーンでシャインに話しかける。こうすればきっと話してくれる。
「コホン……シャイン、分かってるんだぞ、ここ数日のお前がおかしい事くらい」
「あ~……えっと~……」
しかしシャインはまだ話す気が無いようだ。「あ~」や「え~」などのつなぎの言葉ばかり発して全然おぼつかない。
「悩んでいることがあるなら話したらどうなんだ!」
少し強めに話してみる。それまでしどろもどろしていたシャインは尻尾をピンと張り、驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「……トレーナーさんに」
「ん?」
「トレーナーさんに何が分かるって言うの!!」
「えっ、あのちょっと」
「知らないよ! 私の気も知らないで!」
それまで驚いた顔をしていたシャインは、目に大粒の涙を浮かべてトレーナー室を飛び出してしまった。
嗚咽と叫びが混じった声を聴いて、ああ、やってしまったと後悔しても、そこに残ったのはがら空きのトレーナー室だった。
「何も分からねぇよ……」
その日の夜、俺は速水さんを居酒屋に誘って今日の事を相談していた。
カウンター席で俺の隣に座っている速水さんは、俺の話を聞きながら肉団子をピーマンに詰め込んで食べ、ビールを流し込んでいる。
「……っぷはあぁぁあ! クライトに叩かれたところが癒えていく~!! キンッキンに冷えてやが──」
「ちょっと、話聞いてます?」
舌鼓を打っている速水さんに俺は思わず疑惑のまなざしを向けてしまう。
「聞いてるさ、お前がシャインちゃんに怒られた話だろ?」
「いや、聞いてるならいいんですけど……」
俺も皿に盛られた枝豆を口にねじ込み、酒の勢いを乗せるためにジョッキを傾ける。
「……何がダメだったんでしょう、俺なりに担当の体調を気にしたんですけど……」
「まずな、大なり小なり、確実に何かしらで悩んでるのに、大きな声で圧をかけるってお前」
速水さんの口から開口一番にお怒りの言葉が出てきたのでげんなりしそうだ。
確かに大きな声を出したことに関しては俺が悪いかもしれない、だがシャインもシャインでずっと話したがらないし、何故悩んでいるのかについて相談もしないで「私の気も知らないで!」なんて理不尽だろう。
「シャインちゃんの悩みねえ、お前最近何かしたか?」
「いえ、何もしてないです……やった事といえば今日の事くらいです」
「そうか……」
速水さんに聞かれてぱっと出た記憶でそう答えたが、一応忘れていることもあるかもしれない為、俺はここしばらくの日々を思い出す。
「ん~……お前でも分からないとなると、俺にもわからないなぁ。俺もここしばらくはクライトにつきっきりだったしな、あいつ急にやる気上がり始めたからな。これも想いの継承ってやつのおかげかな」
「待ってくださいよ速水さん、急に担当の自慢をする話に変えるの勘弁してくださいよ」
俺はマジでシャインに嫌われたんじゃないかと思って相談に来ているのに、特に気にしてもない顔でピーマンを口に投げ込んでいくのやめてくださいよ。
どうするべきかと思い、携帯を取り出して調べ物をする。検索ワードは当然「女子 悩み」だ。
なけなしのギガを使って検索を行い、出てきた検索結果を下から上にスライドさせていく。シンプルな検索ワード名だけに、いろいろなサイトが出てくる。が……
恋の悩み……いや違うだろう。
性の悩み……論外だ。
下着の悩み……は? 最近の女子って下着にまで気を使うの? あ、いや、そんな事を調べている場合ではない。
出てくるサイトがどれも俺の欲しいものと違うものなのだ。
こりゃもうネットも信用ならないな。などと思っていたら、最後の最後に気になるサイトの名前が出てきた。
『分かったつもりにならないで! なんて言われないために』
分かったつもりにならないで、か。確かに今の俺が求めているサイトかもしれない。
俺は右手で焼き鳥を口に運びながら左手でそのサイトのURLをクリックする。
……『分かったつもりにならないで、と言われませんか。例えば長い映像作品を見ている間にメモを取ることがあるでしょう。なぜとるのか』……『他にもこのような場面でこのようにすることがあるでしょう』……
「前置きがなげぇ!」
「いやー、でもなんだかんだあいつパンチの力押さえてくれてるから……ってどうした橋田」
こういうサイトを調べるたびに思う事なんだが、なんでこうサイトって言うのは前置きが長いのだろうか。なんだかよく分からないたとえ話をされるし、引き込むためのギミックなのは分かるのだが、それにしたって長すぎると思う。いつになったら本編が始まるのかわかったものではない。
しかも何が厄介なのかというと、この前置きの内容を本編で取り出してきて、かつ前置きを見ておかないと理解できないように作られていることだ、俺のように前置きが余計だと思っている人にとっては本当に迷惑極まりない。
諦めて携帯をスリープ状態にすると、速水さんがピーマンをくれたので口に頬張る。
「そういや橋田、シャインちゃんはクラシック三冠路線なんだよな?」
「ええ、そうですよ」
バリバリと何も詰めていないピーマンを砕いていると速水さんが今更な質問をしてきたので、苦みを感じながら答える。すると速水さんは鞄からタブレットを取り出して何かを見始めた。
速水さんはしばらくタブレットとにらめっこしていたが、急に俺の方を向いて真顔で見つめてきた。
「な、なんですか……」
「お前、ハロウィンの時もクリスマスの時も出かけてたよな? そんでなんかクリスマスの時はちょっと喧嘩みたいなことしたとか言ってたよな?」
「え、えぇ」
隠す事でもないのでそう答えると、速水さんは顎に手を当てて考えるようなしぐさをしていた。
割と記憶にも新しいであろうハロウィンとクリスマスのお出かけ、クリスマスの時はなにやらシャインがよく分からない怒りを俺に向けてきたが、特に滞りなく進んだため、今回のように急に怒るようなことではないだろう。
「えーっと……今日は、うわ、ホワイトデー過ぎた後か、これは確信犯だわ」
「え? なんですか? シャインが怒ってる理由分かったんですか?」
「おい橋田、今度シャインちゃんに会うとき、マカロンみたいな菓子をプレゼントしてみろ、可能ならバウムクーヘンでもいい。あ、間違ってもマシュマロは買っていくなよ」
「はい? なんでです?」
意味が分からなくて眉を寄せて聞いてしまう。
「……恋、かな……」
「……はい?」
後日、俺は速水さんに言われた通り、マカロンを買ってシャインを待っていた。まだ寒い時期なので暑さで痛むなどと言う事は無いだろうが、なるべく早く来てほしいな……。
その心配も無用だったようで、俺がパソコンを立ち上げてすぐにシャインがトレーナー室に入ってきた。
「あの、トレーナーさん、昨日の事なんだけど……」
「ああ、俺も言いたいことがあった」
ウマ娘の嗅覚でばれないように、厳重に梱包したマカロンを見つからない様に背中に隠しながらシャインの前に片足で立ち、ゆっくりと腕を回してシャインに差し出した。
「昨日は急に大きな声を上げて悪かった、これが俺なりの謝罪だ。……許してくれるか?」
「あー……え、あー……」
シャインは口を開けて唖然としている。マカロンのチョイスがダメだったのだろうか?
「ご……ごめん、今日はちょっとトレーニング休んでいいかな……」
「え」
しばらく気まずそうな顔をしてシャインは立ち尽くしていたが、突然そのように早口でつぶやき、俺の回答を待つことなくシャインは微妙な顔をしてトレーナー室から出て行ってしまった。
「……やっぱりマカロンのチョイスが悪かったかな」
俺のシャインと仲直り計画は、あまりにもあっけなく撃沈した。
これは俺が悪いのだろうか、マカロンのチョイスが悪かったのかもしれないが、そもそも物をあげて機嫌を直してもらおうとするのはなんかこう、言葉にできないが、卑しい考え方だっただろうか。
「はぁ……トレーナーさんにどうやって言おうかなぁ……」
トレーナーさんのマカロンを突っぱねてトレーナー室から出てきて数分後、私は学園内の木の下で座っていた。
私がここ最近ボケッとしている理由、もちろんドンナさんに告げられたキグナスの本性についてだ。あれからキグナスに私が消されるかもしれない、もしかしたらトレーナーさんまで消されてしまうかもしれないという恐怖の事で頭がいっぱいでトレーニングに身が入らないのだ。
そうやって考え事をしているうちにいつの間にかボケッとしてしまっているようで、トレーナーさんに声をかけられるまで直立状態になってしまうと言う事だ。
「っていうか、なんでマカロン……?」
「マカロンがどうしたのでございますか?」
「え? ……え? どこ?」
「ここでございます!」
突然木の上からウマ娘が飛び降りてきて驚いてしまう。綺麗なフォームで降りてきたのは、私の髪色にちょっと黒色の色素を入れたような……なんていえばいいだろうか。こげ茶色のような髪色の、真ん中で分けた坊ちゃんカットのウマ娘だった。耳飾りは右耳についており、鍵のような耳飾りだった。
「私はブルーマフラーでございます! 木の下に蛇が居座ってて降りれなかったのでございますが、あなたが座ってくれたおかげでどこかに行ってしまったのでやーっと降りれたでございます!」
「よ、よろしく……」
そもそもなんで木の上に登ってたんだ……
「というより、その口調は何……?」
人の口調など個人のものなのであまりツッコんではいけないだろうが、絶対に全人類が気になるであろうこの「ございます」という口調に思わず質問してしまった。
「? 私の口調に何か変なところがあるでございますか?」
自覚が無いようだったので私は追及を諦めた。
「それより、もしかしてあなたは毎日杯に出走するスターインシャインさんでございますか?」
「そうだけど、初めて会うのによく知ってるね」
「知っていて当然でございます! あのホープフルステークスをレコードで優勝してるから有名でございますし、なにしろ私も毎日杯に出走するでございますから!」
目の瞳孔が開く感覚がし、耳が無意識にピクリと動く。この子も毎日杯に出る子と聞いて、やはりウマ娘の私はライバル意識を持ってしまう。
「毎日杯ではよろしくお願いしますでございます!」
「うん、よろしくね」
「それで、マカロンがどうしたのでございますか?」
「あ、なんでもないの、ごめんね」
突然思い出したようにブルーマフラーはマカロンの事を聞いてくる。理由を話すと3時間くらいかかってしまうような話なので軽く流す。
「そうでございますか、それでは私はトレーナーさんの元に戻るでございます。とか言ってたらそこにいるではございませんか!」
ブルーマフラーの言葉に私も目線を動かす。そこに立っていたのはあのキグナスのトレーナーだった。
「キグナスの……トレ……!」
キグナスのトレーナーを見たことによって例の話を思い出し、吐き気がこみ上げてくる。抑えないと。
「それではまた毎日杯で戦うでございます! トレーナーさんの元へ激走でございます!」
ブルーマフラーが何かを喋っている、答えなくては。
「う……うん……」
ブルーマフラーが離れて行った。トレーナーさんの所にもどろう、きっとおちつく。
「このマカロンうめぇなオイ、流石9500円。突っぱねられたけど一応4分の3は残しておくか。……でもあと一個だけ」
先ほどシャインに突っぱねられたマカロンを俺は一つ一つ丁寧に味わっていた。
なかなかに値を張るマカロンだっただけに、その味は格別だった。
「ト、トレーナーさん……」
「お、おいシャイン! しっかりしろ! いででででで! あぶねっ」
突然トレーナー室にシャインが再び訪れた。その顔は青ざめており今にも限界といった顔で、足運びもままなっておらず、松葉杖を取りに行っては時間が無いと判断した俺は怪我した脚を無理やり地に付け、間一髪のところでシャインを支えた。
「シャイン! おい! シャイン!」
「ごめんね……やっぱり一人で解決できないや……ごめ、うぷっ……」
「喋るな! 落ち着いて呼吸整えろ! ビニール持ってくるから!」
「もう大丈夫だから……」
「昔の特撮の敵役みたいな顔になっといて何が大丈夫だお前!」
その後、俺は20分ほどかけてシャインを介抱した。