持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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第四十一話 トレーナーとしての覚悟

 

「シャイン、気張って行ってこい」

 

「……」

 

「大丈夫さ、安心して勝ってこい」

 

「……うん」

 

 阪神レース場に設けられた控室で、シャインにそう問いかける。

 シャインがふらふらでトレーナー室に訪れた時、俺はシャインからすべての話を聞いた。ドンナというウマ娘の家でチームキグナスの本性を聞いて、その恐怖からろくに練習できていなかったこと。ブルーマフラーと言う新たなライバルを見つけたと言う事。

 

 その話を受けて俺は「とりあえず毎日杯までは考えさせてくれないか」という結論を出してシャインに話した。毎日杯が終わり、シャインが勝てばキグナスの動きを見て今後を決める。シャインが負けてしまえば次の皐月賞に向けて調整を行い、皐月賞でまた勝てばキグナスの動きを見て……というわけだ。

 

 俺としてはシャインにレースの楽しさを忘れてほしくない。レース中、あいつが一生懸命相手の『武器』を読み、対応し、そして最後の最後に己の末脚でぶっこ抜く時のキラキラした笑顔が大好きだ。だからこそキグナスに消されてしまうかもしれないという話は、俺にとっても今後を決めるための重大な要因となる。

 

 もしキグナスが本当にシャインを標的にして消そうとするならば、その時は……シャインをG2やG3クラス以下に留めるしかない。もちろんそれは俺たち二人の目標である「誰にも越えられない記録を作る」「誰にも負けないウマ娘を作る」という目標は達成できなくなるという唯一無二の事実だが、しょうがない……だろう……。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

 

 シャインが立ち上がり、地下通路へ向かおうとする。

 

「む、もうパドックの時間か。キメてこい!」

 

 俺は気合を込めるつもりでシャインの背中を叩く。叩いた勢いでシャインは前方向によろめくが、すぐに立て直して俺の方に笑顔を向けて控室を出て行った。控室を出ていくその背中は、ホープフルステークスの時のような覇気は無く、弱弱しいものだった。

 

「シャイン……」

 

 

 

「さぁ次は、ホープフルステークスをレコードで勝ち、今もなお勝利の一駒を進めようとする煌めき! 一番人気、7枠7番、スターインシャイン!」

 

 私の目の前にひかれた緑の道を歩き、観客に向けていつものパフォーマンスを見せつける。しかしいつもよりうまくできていない気がする。

 

「……あれ」

 

 パドックの席にトレーナーさんがいない。トイレにでも行ってるのかな……いつもは必ず見に来てくれたのに……。

 やっぱりトレーナーさんも怖いのかな……そうだよね、自分の担当のせいで中央のトレーナーをできなくなるかもしれないって思ったらもうこんな担当いらないよね……。

 

 私が走る意味ってなんなんだろう……

 

「おや? どうしたんでしょうかスターインシャイン。立ち止まっています」

 

「あっ……」

 

 涙を見られない様に私は急いでパドックの裏側に向かう。涙が垂れてはいないから見えてないだろうけど、それでも泣いているのかバレてないか心配だ。

 

「二番人気、7枠8番、ブルーマフラー!」

 

「今日は一着を取るでございます!!」

 

 私の後に出てきたキグナスのウマ娘がパドックでアピールしている声が聞こえる。

 

「消される……っ」

 

 心臓の鼓動が早まり、吐き気が少し襲ってくる。私はそれを必死に抑え、爆発しないようにする。ここで変に吐いてしまっては出走取り消しになりかねない。

 

 そこからの記憶はあまりない。いつの間にか出走時間が迫ってきて、本バ場入場を済ませて、返しウマはロクに集中できず、そしてこれまたいつの間にかゲートインの時間が迫ってきていた。観客席の方にはずっと集中して目線を移せたが、パドックの際、パドック席にいなかったトレーナーさんが帰ってきている様子は全くなかった。

 

「どこにいるの……」

 

「スターインシャインさん! 負けないでございますよ!」

 

 後ろから昨日より聞きなれている声が聞こえ、必死に笑顔を作り返事をする。私は今自然な笑顔を作れているだろうか。

 

「うん、よろしく」

 

「……私は先にゲートインするでございますね!」

 

 ブルーマフラーは設置されたゲートの中にスムーズに入って行く。私も入らなければならないと思いゲートに向かう。

 

 ……このゲートに入って、レースが始まり、私が勝てばキグナスの標的になって消されるかもしれない。

 

 でも負けてしまえば……負けてしまえば、トレーナーさんともずっと楽しく走っていられるし、キグナスに消される心配もない。

 

 私は…………。

 

「スターインシャイン、ブルーマフラー共にゲートに入り、全ウマ娘ゲートイン完了しました!」

 

 3月、皐月賞の前の月に行われる重賞という事で、ステップ競争と言われるクラシック三冠、及びトリプルティアラの前哨戦として扱われることが多いレースでもある毎日杯。

 阪神1800m、きっとこのレースで勝つか負けるかによって、私の今後が大きく分かれるのだろうと感じるレース。

 

「今、スタートです!」

 

 ゲートが開いた。

 スタートしてすぐに私はいつものようにバ群の最後方に付ける、いつもの追込位置なだけあって思考はクリアになっている。ブルーマフラーは先行の作戦を打つウマ娘のようだ。そして今回のレース、逃げの作戦で発表しているウマ娘は確か5人もいたはず。このレースの展開は逃げのウマ娘がハナ争いで疲れてしまい垂れる、といったところだろうか。そのため先行策のブルーマフラーがバ群を抜ける技術を持っていなければ、その時の状況によって大外からも大内からも抜けられる追込みの作戦を打つ私の方が有利だ。

 しかし仮にブルーマフラーが5人同時に垂れるようなバ群を抜けられたとしたら……負けるのだろうか。いやそれでいいのかもしれない。

 

「っ……レースに集中しないと」

 

 毎日杯のコースは、序盤に600mほどの長い直線があり、その後すぐに第三コーナーから緩やかな坂を上っていき、ペースが緩む。そのため最初の内は早いと思っているペースでも、釣られてはならない。私は第三コーナーあたりから緩むペースに合わせればいい。

 

「……」

 

 そこから……走って……ゴールが近づいてきて……それで……

 

 私は、勝っていいのかな……。

 

 

 

 俺は何をやっているんだ……。

 

「ちょこれからゲーセン行かない?」

「今度家族みんなで川に遊びに行こうか」

「あの大きなソフトクリーム食べたい!」

 

 街中の声が俺の耳に大きく響いてくる。シャインもウマ娘と言う存在に生まれなければ、あのように彼氏や家族と遊んでいる無垢な高校生だったりしたのだろうか。

 

 シャインと控室で別れた後、何を考えたのか俺は阪神レース場から逃げるように出た。見たくなかった。分かっていたんだ。シャインが勝っても負けても幸せになれない今後を見たくなかった。俺たちの今後が決まってしまうレースを見たくなかった。

 阪神レース場から逃げれば、シャインに恨まれるかもしれない。だが誰にも怒られず、ひっそりと俺自身の存在を消せる。

 

 松葉杖を使いながら街をぶらぶらと歩いていると、いつの間にか公園に出ていた。俺はベンチにゆっくり腰かけて一息つく。

 

「おっしゃ、大体レース見終わったし、重賞レースは後でネットで簡単に見返せるし、あとは兵庫のグルメ制覇しようぜクライ……橋田……? お前、こんなところで何やってんだ……?」

 

「ん、スタ公の所のトレ公……って、今日スタ公レースじゃねぇのか?」

 

 左方向から聞いたことがある声が聞こえてそちらの方向を向く、すると信じられないといったような顔をした速水さんと、疑いの目をこちらに向けているマックライトニングがいた。

 

「ああ、速水さん、シャインは今パドックの最中ですかね……」

 

「おい、橋田、お前昨日の今日で何があった」

 

 速水さんからこれまで聞いたことのないような威圧的な声が聞こえ、思わず尻込みする。

 明らかに暗い俺の態度を見てクライトも何かを察してしまったのだろうか。変わらず俺の事を睨んでいる。

 

「実はですね……」

 

 俺は、すべてを話した。キグナスの本性について聞いたことやシャインの今後が大きくかかっているレースだと言う事、そして俺はそのレースを見たくない事まで、もうどうでもよくなりすべてをさらけ出した。そして最後の最後、俺の今の意思を表明しようとした時だった。

 

「もうこんな事に巻き込まれるなら、俺はトレセンのトレーナーをやめ──

 

 一瞬にして、俺の顔に激痛が走る。何が起きたかわからなかった、気付いたら俺は8mほど離れた滑り台の柱に打ちつけられており、体は全身まともに動かなくなるほどに痺れていた。

 俺はクライトに蹴られたらしい。

 

「……ふざっっけんじゃねぇぇぇ!!」

 

「おい、クライト……」

 

「うるせぇ! トレ公は黙ってろ!」

 

 少し遠くの方でクライトが叫ぶ声が聞こえる。こちらも速水さんと同じように、今まで聞いた事が無いようなクライトの声だった。

 

「てめえはスタ公のトレーナーだろうが! てめえ自身がスタ公の力を信じれなくてどうすんだ! キグナスってのは標的のウマ娘を負かしてから攻撃しかけてくんだろ? ならあいつが勝ち続けられるように導くのが、トレーナーの役目ってもんだろうが!? 担当ウマ娘を、てめえだけの勝手な都合で! てめえだけの勝手な解釈で! 捨てようとすんなああああ!」

 

「勝ち続けられるように……」

 

「俺のトレ公やサン、それにサンのトレ公もいるんだ!! 勝手に抱え込んで、勝手にいなくなるとか決めてんじゃねぇぇぇ!! ムカつくキグナスがスタ公を消そうとするもんなら俺たちが守ってやるさ!! もうそうやってトレーナーが担当を捨てるのは見ててうんざりするんだ!! 分かったらさっさとスタ公の応援に行けこのクソトレーナァァ!!」

 

「みんなが……」

 

 涙を流しながらのクライトのその怒号に、俺はハッとする。

 

 ……俺のなんとバカだったことか。

 前者の「勝ち続ければいい」という案。現実的に不可能かもしれない、だが絶対に無理というわけではない。過去に存在していたという生涯無敗のウマ娘。そのようなウマ娘にシャインがなれれば、キグナスに負けなければ消される心配はない。

 

 紙のように薄く繊細な確率。だが、今まで苦しいレースを勝ち抜いてきた俺とシャインなら、生涯無敗のウマ娘になることもできるかもしれない。もちろん半ば屁理屈のような案だが、そんな案でも、俺は目から鱗だった。

 

 激痛が走る顔と背中を無理やり動かし、阪神レース場に戻ろうとすると、目から涙を大量に流しているクライトが俺の事を背負って走り出した。

 

「行くんだったらおぶってってやる! トレ公ォ!! 後で阪神レース場の豚まん売り場で合流だ!!」

 

「え、ちょ、クライト、俺阪神レース場のフードコート分からな──

 

「知るか!」

 

 速水さんが言い終わる前にクライトは走り始めてしまった。

 

 流石ウマ娘、と言ったところか。クライトはかなりの体重があるであろう俺を阪神レース場まであっという間に連れていってしまった。

 周りの視線が痛かったが、そんなことを気にしている場合ではない。恐らく時間的にシャインが走るレースが始まって数十秒が経っている頃だ。毎日杯は1800mと、1200mほどではないにしろ短いレースだ。シャインがゴールする前にせめて声援の一つを送らなければ。

 

「どぉぉけどけどけどけどけぇぇぇぇい!!」

 

 観客席にクライトが突っ込み、バ群をかき分けるかのように人の集団を進んでいき、気付いたら最前列に来てしまっていた。俺はクライトから降ろしてもらい、電光掲示板で今のバ群の位置を探す。

 

「いや……違う! もう最終直線に来てる!」

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「第四コーナーを回って最終直線! ブルーマフラーが先頭に抜け出してもうセーフティリードを開いたか! スターインシャインはもう後方に沈んでいる!」

 

 疲れた……1800mのレースのはずなのにすでに3000mを走っているような感覚がある。

 途中のコーナー術はすべて失敗してしまい、しかも逃げウマに釣られてしまうという致命的なミスを犯してしまった私は、2000mを十分に走りきるスタミナがありながら、末脚もなにもない絶望的な状態になっていた。

 

 くそっ……くそっ……私もトレーナさんもキグナスに消されるかもしれないのに全力で走れるわけないじゃん……! 勝てるわけないじゃん……! 

 

もうブルーマフラーとの差を見て、私が戦意を完全に喪失しようとしていた時だった。

 

「走れええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「えっ……」

 

 突如聞こえた、いつでも聞いていた声。

 

 観客席の方から聞こえた、あの声。

 

「トレーナーさん……っ!」

 

「シャイン! もう俺たちの今後に、キグナスもなんも関係無ぇ! 誰が邪魔をしようが! 誰がお前を消そうとしようが! 俺がお前を、三冠にでも三十冠にでもなんでもしてやるから!! 絶対に幸せにしてやるから!! だから勝て!! 胸を張って、勝てぇぇぇぇ!!!」

 

「うんっ……! うんっ……!」

 

 トレーナーさんの一言一言を聞くたびに、走っている最中だというのに涙があふれてくる。私も心のどこかでこう言われることを期待していたのかもしれない。勝てと言われて、私の闘志に火が付くのを感じる。

 

「だったら私も……その期待に応えなくちゃいけないっ!!」

 

 確かに末脚は無い、だけど私には強靭な根性がある。

 

「(やはりスターインシャイン、あの闘志の無さからして、誰かからキグナスの話を聞いたみたいでございますね。でもだからどうというわけではございません、あなたに圧倒的な敗北を教えてあげるでございます。そしてトレセンから消えるでございます)」

 

「いや! セーフティリードを保っていたと思われたブルーマフラーがその差を縮められている! 後ろから! 後ろからやっと来たスターインシャイン!」

 

 トレーナーさんは、私がキグナスの標的になろうが絶対に勝てるまでに成長させてくれると、私をキグナスなんかに消させないと約束してくれた。ならばこんなところで負けてはいられない。このレースに勝って、必ず皐月賞にも勝ち、ダービー、菊花賞と私はクラシック三冠路線を踏破してみせる。だから私は……。

 

「負けないっっ!!」

 

「な、なんでまだ走れるでございます!! あのペース配分だともう走る気力すらないはずでございます!!」

 

 焦っているブルーマフラーの顔が見える。ブルーマフラーにはレース中味わわなかった分、今ここで存分に味わってほしい。私自前の威圧感を。

 

「くっ……これがシーホースランスを沈めた威圧感でございますか……」

 

「まだ私の武器はもう一個ある!!」

 

 阪神レース場で行われる毎日杯、最終直線のさらに最終地点には、大きな坂がある。中山の坂ほどにはないにしろ、負荷が増えるため普通のウマ娘は減速せざるを得ないだろう。だが私にはもちろんあの武器、()()()()()()()がある!!極限まで空気抵抗を少なくして、誰よりも先に坂を登りきる!

 

「離した! 離した! 浮上は不可能に思われた位置からスターインシャインが復活した! 流れ星は二度も私たちを驚かせてくれる! 坂で減速することなく……」

 

「やあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「スターインシャイン、今一着で、ゴールインッッ!! 見事一番人気に答えました!!」

 

 道中の異常な疲労状態から無理に坂の超前傾など使ったせいで、私は力なく地面に倒れ込む。一体ターフに突っ込むのは何度目だろうか。でも……

 

「へへっ……私、勝っちゃった……」

 

 苦しくはなかった。むしろ私はやってやった感に包まれ、幸せだった

 

「やったな……シャイン……よく勝った!俺は……俺はもうダメかと……」

 

 観客席に立っているトレーナーさんも、喜んでくれているみたいだった。あのブルーマフラーと言うウマ娘は何も言うことなく地下通路の方に向かってしまった。おそらくキグナスのトレーナーにでも怒られるのだろうか。でも私が知ったことではない、向こうが先に敵対してきたのだ。それだったら私だって対抗してやる。

 

「あったりまえっ!!」

 

 トレーナーさん、私は誓うよ。

 

 私は「誰にも越えられない記録を作る」ことが目標だけど、同時にもう一つ目標ができた。それは「キグナスに完全勝利する」こと。これが私の新しい目標。絶対に負けない、キグナスに勝って勝って、もう私を消そうと思えないほど勝ってみせる。だから……

 

「これからもよろしくね……トレーナーさん……!」

 

「ああ……あたりまえ、だな……!」

 

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