持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

44 / 90
第四十三話 :狂った瞳の三年間

 

 ぶらり昼下がり、授業も終わり課題も終わり、すっかり赤くなってきた空の下。暇になった私は、トレセン学園内の廊下をぶらぶらと歩いていた。

 

 皐月賞が近いからそれに向けた調整、トレーニングももちろんしているが、別にトレセン学園は休ませずにトレーニングをさせるような場所じゃない。ある程度トレーニングをやったら休ませてくれるものだ。そのため大なり小なり時間は出来てしまう。

 正直な感想はもっとトレーニングをしたいのだが、トレーナーさんがそれを許してくれない。最近は飲むと体力気力が回復するドリンクが販売されているらしいが、トレーナーさんは「これだけは多分やばい、俺の勘」と言っていたので許可が下りなかったのだ。

 

 周りを見ると、トレーナーさんの判断で未だトレーニングを行っているウマ娘。私のように少しの暇を持て余しているウマ娘。そんな暇などないくらい友好関係が広いウマ娘など多種多様な光景が見える。私の名前も多少は有名になってきていたため、私を見かけたウマ娘が私の事を噂している声もちらほら聞こえる。単純にうれしい。

 

 ホープフルをレコード勝ちしたことなど私の目標の天秤にかけるとまだ序の口のように感じていたが、良く考えるとホープフル……もといG1レースをレコード勝ちするなど容易にできる事じゃないのだと自分で感じるようになってきた。

 

 まぁいくら暇とはいえ、あまり遅くまで遊んでいるのは体調によくないとトレーナーさんに何回も注意されているため、もう寮に戻って夕食前に寝る支度でもしてしまおうか。今日の夕食は何にしようかなどと考えていると、誰かにぶつかってしまった。

 

 やってしまった……。私はすぐに立ち上がり、ぶつかった人に謝罪した。恐らく怒られるのだろう、あまり怖い人じゃない事を祈るばかりだ。するとしばらくの沈黙の後、聞いたことのある声が聞こえてきたので、私は驚いて顔を上げる。すると私がぶつかった人はアグネスタキオンさんだった。

 

「シャイン君じゃないか」

 

「あっ……タキオンさん!」

 

 目の前に佇むタキオンさんを見ていたら、明らかに目の色が変わった。まずい、この目のタキオンさんは獲物を捕らえるときのタキオンさんだ。

 

「シャイン君! これから想いの継承について私なりの仮説を沢山立てたからこれからラボに行って聞いてもらえないかい? それに想いの継承を人為的に発現できるかもしれない薬を作ってみたんだ! 安全は保証できないが……命は保証しよう。それに他にも気になることがたくさん……」

 

「あ──ーっ! 分かりました! ラボ行きますから!」

 

 私は経験上、というかこの人と関わってきて立てた一つの仮説がある。この目の時のタキオンさんからは逃げられない、という仮説だ。ここで私が走って逃げても追いつかれるのだろう。諦めてタキオンさんに連れられることにした……。

 

 

 

 そうして寮に行こうと思っていた私は、タキオンさんに捕まってしまい、怪しげなラボに連れて行かれた。

 

 ラボ……恐らく使われていない教室であろう部屋に入ると、何かの薬品の匂いだろうか、が鼻を劈いてきて、入って早々になかなかの苦痛だった。

 私はタキオンさんのラボに関しては話を聞いていただけで実際に来たことはなかったのだが、いざ来てみると見たこともないようなガラスの器具がたくさん並んでおり、全く何を書いているのかわからないような書類がたくさん地面に錯乱しており、いかにもラボという風に改造されている教室に驚愕した。ここまでトレセン学園の教室が酷いリメイクをされてしまうのだろうか。

 

 ……というより私はこれから何をされるのだろう。ここに来る前はなんか「想いの継承を人為的に起こす薬」とか言っていたが、あの酷い匂いがしている薬の事だろうか。

 今更ながら私はここに来たことを後悔し始めていた。

 

「あ、そちらのスペースにはあまり入らないでくれたまえ。色々と恐ろしいことが起こるからね……」

 

「え? 何でですか……って、そんなお腹をわし掴んでまで止める必要あるんですか?」

 

「当り前だろう!? 君は頭がおかしいのか!? このスペースをよく見たまえ! 入るなと書いてあるだろう!」

 

「え? いや、書いてませんけど? あ、これとかサイフォンじゃないですか、このスペースでコーヒーでも淹れてるんですか?」

 

「頼むから! シャイン君! 本当にやめてくれ! 泣くぞ!? あーもう私泣くぞ!?」

 

 ラボの端側にあった特別テーマが違う空間に入ろうとしたら、タキオンさんに後ろから両腕を使って止められてしまった。話をよく聞いてみると、このスペースはタキオンさんの友人のスペースのようで、下手に触ると恐ろしいことが起こるらしく、タキオンさんは研究資料が燃えて泣いたらしい。

 あのタキオンさんが泣いた……? 

 

「さてシャイン君、ここに君を連れてきたのは他でもない想いの継承についての話の続きだ。それに想いの継承を人為的に発現させる薬もあるんだが……」

 

「やっぱりその話ですよね……」

 

 端のスペースから離れ、この部分は必要なのかどうか疑問に思うようなガラスの器具が並べられた机の前に座ったタキオンさんの言葉を受け、私は覚悟した。これから私はモルモットにされる。そう思った矢先、タキオンさんがこちらを向いて言った。

 

「そのことなんだが、さっき私のトレ……モルモット君に言われて、薬を飲んでもらうのは諦めることにしたよ」

 

 意外にもタキオンさんの口から出てきたのは実験を諦めるという事だった。確かに先ほどラボに連れて行かれる途中に携帯を使用していた気がする、多分その時にトレーナーさんに言われたのだろう。

 ちなみにこのモルモット、という発言なのだが、タキオンさんは様々な薬品を開発する中で、自らのトレーナーさんを実験モルモットにしているらしく、よく学園内で体が緑黄色や虹色に光ったタキオンのトレーナーさんが目撃されている。実験()()()()()、と言うところから、モルモット君と呼ばれているようだ。

 

 急に肩の荷が下りたように姿勢が崩れる。よかった、せめて薬品を飲まされるのだけは回避したいと思っていたからラッキーだった。

 

「それにしても、なんで急に諦めたんですか?」

 

 純粋な疑問、出会って数回あった程度だが、間違いなくタキオンさんは実験を自分で諦めるような人ではないと感じている。そんな人がトレーナーさんに言われたという理由だけで自ら実験を放棄するなど、それ以上の相当な理由が無ければありえないと思っていたからだ。

 

「ふぅン……理由、ねぇ。……そうだ、シャイン君、君の次走は皐月賞だね?」

 

 タキオンさんの顔から笑顔が消え、私にそう聞く。隠す理由もないためすぐに頷くと、タキオンさんは少しだけ笑顔を甦らせながら語り始める。

 

「私も皐月賞……いや、皐月賞だけにとどまらない、いやしかし、まぁ皐月賞が一際特別なんだが……G1レースの邪魔だけはしたくないんだ」

 

 今まで聞いたこともないタキオンさんの優しい声に困惑してしまう。

 

「これは私の話なんだが……私は皐月賞を走った後、競争者としての道を外れようとしていた時があったんだ」

 

 競争者としての道を外れる。そのままの意味だろうか、それならば競争ウマ娘をやめざるを得ない理由が出来そうになったのか。それとも道を外れるという言葉の別の意味からして、変なドーピングでもしてしまったのだろうか。

 

「今の私からも感じられるのだろう? あの頃の私も実験一筋、ウマ娘の速度の限界を追い求めていた」

 

「ウマ娘の速度の限界、ですか……?」

 

 確かにウマ娘はヒトに比べ、明らかに……というか、知っての通り大きく身体能力が違う。しかもその身体能力の限界は日々更新され続けている。タキオンさんはそんなウマ娘が実現できる速度、その本当の限界を追い求めていたらしい。

 

「皐月賞の後、私はウマ娘の実現できる速度の限界、その夢を友人に託し、私自身は自らの脚を使い潰して、ひたすら未来のウマ娘に貢献しようと考えていた。本来三冠路線を目指すのであれば当然走るであろう日本ダービーも諦め、NHKマイルカップに出走する。これが私が当時考えていたプランBというものだ」

 

 脚を使い潰す、それがどんな結末をもたらすか、ウマ娘である私には痛いほど分かる。

 速度の限界を追い求めていると言う事は、恐らく脚にも相当の負担がかかるような走りをしていたのだろう。下手をすれば競争ウマ娘の人生を全うすることなく走れない体になる可能性もある。

 

そうなればタキオンさんもウマ娘、走れなくなるという絶望は計り知れないはず。そしてそのようなリスクをタキオンさんも理解していたはずだ、それなのにプランBというものに打ち込もうとしていた当時のタキオンさんの熱意が手に取るようにわかり、手を思わずギュッと握りかためてしまう。

 

「しかし……モルモット君に止められてね、結局私は皐月賞からダービーを走ることにしたんだ。……私は三冠こそ取れなかった、それまで興味もなかった栄光を、あの時の私は必死に掴み取ろうとしていた。モルモット君と出会い、プランAを続けているうちにあることに気付いたのさ」

 

「そのあることっていったい……」

 

 それまで虹色の薬品が入った試験管を見つめていたタキオンさんは、私の方を一瞬見たかと思えば、その妖艶な瞳を光らせて呟いた。

 

「目標を叶えようと奮闘する感情の力は無尽蔵、ということさ」

 

「感情の、力……」

 

 タキオンさんは、トレーナーさんと三年間を走り、感情の力というものについて調べるようになったらしい。タキオンさんの実験好きな性格からして、データや数値のみに重きを置いて研究をする人だと思っていたが、感情の力、などという不確定な数値も研究対象に入れているのは意外だった。

 

「すまない、グダグダと関係の無い話をしてしまった。つまり私にとって皐月賞は分岐点となった重要なレースなんだ。そのため、あまり他人の皐月賞を邪魔しかねない行為はしたくないんだ。今回の場合、私の薬を飲んで健康被害が出てはシャイン君の皐月賞に響きかねないからねぇ」

 

 タキオンさんの過去の話を聞き、思わず感動してしまう。このようなすごい話を聞けるとは思わなかったので、涙が少しだけ溢れそうになる。気のせいか私の胸に少しだけ熱いものが滾った気がした。

 

「とまぁ、薬の事は置いといて、私なりに立てた想いの継承に関する仮説について説明しようか!!」

 

「えっ」

 

 タキオンさんの過去の話に感動した、なんて思っているのもつかの間。タキオンさんは妖艶な瞳から狂気すら感じるような目にすぐに切り替え、椅子から飛び上がってホワイトボードを取り出してきた。ペンを持っている右手はホワイトボードに叩きつける勢いで動かされ、左手はベロベロに余っている袖をブンブンとせわしなく振り回している。

 これはまずいかもしれない……。

 

「まず想いの継承がそもそもどのような風に引き起こるのかという事から考えてみたんだがね」

 

「ほ、本当に話す気ですか~!?」

 

 

 

「──だから、恐らくこれが想いの継承が発現するメカニズムではないかと私は睨んでいる、というわけだ。……シャイン君? 大丈夫かい? ずいぶんやつれた顔をしているが……」

 

「水を貰えれば……」

 

 私はあれからタキオンさんの仮説について2時間ほどノンストップで聞かされた。逃げようにも逃がしてもらえず、椅子に座らせられていた。途中ラボの端っこのスペースを使っている友人こと、マンハッタンカフェさんがやってきたが「もう止まらないので、頑張ってください」の一言で済まされ、コーヒーを一杯淹れたらそのまま帰ってしまった。絶対あの人も感覚麻痺してると思う。

 

「ふぅン、まだまだ話すことはたくさんあるんだが……君の様子からしてこれ以上は健康被害を及ぼすかな?」

 

「ええ……これ以上は勘弁してください……」

 

 私は水を飲みほしてタキオンさんにもう疲れた旨を話す。水に薬が入っているのかもとちょっと疑っていたが、どうやら何も入っていない正真正銘の水のようだった。

 

「それじゃあ、皐月賞は頑張りたまえ。自らの可能性を導き出す悦びは、クラシック級の特権だよ」

 

 私がラボを出ようとすると、タキオンさんにそのように言葉をかけられた。

 

「ありがとうございます。……タキオンさんも他人を応援したりするんですね、私はてっきり研究一筋かと」

 

 疲れていた私は、瞬発的にそのような言葉を出してしまった。タキオンさんに少し失礼だったかもしれないと思い、少しだけ恐怖を感じながらタキオンさんの様子をうかがう。

 

「……ふぅン、確かにそうだねぇ、他人を後押しするような言葉を発するなんて、実に実に私らしくない……。これは実に興味深いぞ、すぐに私が今感じていた感情を記録しなくては!」

 

 私の申し訳なさそうな態度もそっちのけで、自分の感情をメモするためにタキオンさんはホワイトボードを両手でひっくり返していた。

 

 私はタキオンさんに長時間話を聞かされた疲労を抱えながら、寮に戻った。

 

「あ”あ”……ただいま、マイベッド」

 

 今日の疲労……いや、先ほどの疲労を癒すために柔らかいベッドに力なく倒れ込む。私を受け止めたベッドは、ギシと音を立てることもなく静かに包み込んでくれた。

 

 そのまま顔を枕にぶちこむと、ふと違和感を覚えた。顔に何か四角くて、堅いともやわらかいともいえないような物体が当たったのだ。

 顔を上げてもそこには枕しかなく、何かと思い枕に再度顔を当ててみる。するとやはり顔に何かの物体が当たり違和感を覚える。ベッドから降りて枕カバーを外してみると、中には便箋が入っていた。丸く削ったひし形、とでもいうのだろうか。キラキラ、と携帯のキーボードに打ち込むと、最初に出てくる絵文字のような形をしたシールで封がされたものだった。

 

 開けてみると、そこには一枚の手紙が入っていた。学生生活初めてのラブレターかもと思ったが、今学園には女子生徒もといウマ娘しかいないためそれはあり得ない。いや、厳密にはあり得ないとは言い切れないが、あり得ないと思いたい。そう心配しながら手紙を見てみると、少なくともラブレターではない一文が書いてあった。

 

「……明日の昼休み、初めて会ったあの場所に来てください。シャイニング」

 

 シャイニング、恐らくシャイニングちゃんこと、シャイニングランの事だろう。シャイニングちゃんが私に用とは一体どのような用なのだろうか。これは私の勝手な推測だが、多分キグナスのメンバーには私への接触を控えさせるような指示が出ていると思っている。

 

 仮にそうであればの話ではあるが、シャイニングちゃんが私に近づくのはお互いに危険だろう。キグナスのメンバーと私が関わっている風な写真を激写されて、それを何に使われるか分かったものじゃない状況に置かれても困るし、シャイニングちゃんが私と接触したことによってキグナスを追い出される、またはノースブリーズやシーホースランスのように勝利を押し付けられるようなことになってもおかしくはないかもしれない。

 

 これだけ聞いてもあり得ないとは思うが、あのキグナスならやりかねない。と私は思う。

 

「行くかぁっ、明日シャイニングちゃんの所に」

 

 しかし、私にこうやって手紙を出してくれたシャイニングちゃんの勇気を踏みにじるわけにもいかない。私は明日訪れる極限の緊張状態に向けた覚悟をし、静かに眠りについた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。