持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
シャイニングちゃんからの手紙を受け取った次の日、私は以外にも冷静だった。
キグナスに変な脅しをされるのではないか、シャイニングちゃんまでノースやランスのような目に合わないか。それらの心配も当然私の中にあったが、深く考える気にはならなかった。
というより、キグナスはウマ娘を消すために裏でバレないように脅しも使うらしいとドンナさんに聞かされていたので、普段の行動も気を付けなければならず、気がなかなか休まらない。今もどこかでキグナスのウマ娘に監視されているのかもしれないし、私の考えすぎかもしれない。だがいつかは最終手段として使ってくるかもしれないので、やっかいなものだ。
「おや、シャイン君。最近よく顔を合わせるねぇ」
時間は昼休み、シャイニングちゃんとの休みキグナスが厄介だ厄介だ、などと頭で考え事をして教室棟を歩いていたら、前の方からアグネスタキオンさんがガチなフォームで走ってきた。
「どうしたんですか? そんなに息上げて」
「あ、いや、ちょっとまずいことになってねぇ……」
まずいこととは一体なんだろうか、と私が困惑していると、奥の方から何かが走ってくるような音がした。いや、何かが走ってきていた。
「コラ──ッ! バクシンバクシィィィン!!」
走ってきているのはサクラバクシンオーさんだった。上の学年で学級委員長を自称してる人……だったかな。それで、大体の事を「バクシン」で解決しようとするらしい。
確か学園の選手名簿にはステイヤーと書いてあったはずだ。私よりスタミナはあるのだろう。
「いやぁ、教室一つを丸ごと爆破してしまってねぇ。乗りかかった船だ、一緒に逃げてくれないかい?」
突然アグネスタキオンさんが非合理的な事を提案してくる。なぜ私まで一緒に逃げなくてはいけないのか、相手はステイヤーなのに逃げられるのだろうか、まず一緒に逃げたところで私にメリットがあるのだろうか。
「……私が一緒に逃げて何か良い事って……」
「ふぅン…… そんなものはないねぇ……」
「バクシィィィィィン!!」
「兎に角! 逃げるよシャイン君!」
「ええいもう私は何も考えない! うわ────ーっ!!」
アグネスタキオンさんが有無を言わさずに走り出してしまったので、私もそれに釣られて走り出す。後ろからは絶えずバクシンを叫ぶ声が聞こえ、ものすごい豪脚の音が鳴り響いている。
そしてタキオンさんと教室棟の昇降口を目指し走っていると、しばらくして後ろから聞こえるバクシンを叫ぶ声が聞こえなくなった。
後ろを見ると、サクラバクシンオーさんは既にいなくなっていた。恐らくスピードからして同じくらいだったため、ステイヤーのサクラバクシンオーさんなら私たちに余裕で追いつける気がするのだが、一向に追ってこない。何かに引っかかってこけてしまったのだろうか。
……もしかしてステイヤーと言うのは嘘で、本当はスプリンターくらいの実力しかないのでは……実際出てるレース、短距離だし。
「そう言えば、シャイン君はどこに行こうとしていたんだい?」
タキオンさんはサクラバクシンオーさんに追われていたのは無かったことのようにケロッと話を始めた。……まぁ、いいか。
「キグナスのメンバーの一人に呼ばれちゃって、寮の方に行こうとしてました」
「ふぅン、キグナスのメンバーにねぇ……」
キグナスのメンバーと言う言葉にタキオンさんは眉をひそめていた。タキオンさんも昔から学園にいるため、キグナスがきな臭いチームだと言う事には気づいているのだろうか。
タキオンさんはしばらくうんうんと唸った後、ポケットから何かの試験管を取り出して渡してきた。試験管の中には薄緑に光った謎の液体が入っており、昨日の言葉はなんだったのかと思いタキオンさんを怪しむ目で見てしまう。するとタキオンさんはすぐに私が怪しんでいることに気が付いたのか、すぐに弁解と説明を始めた。
「これはウマ娘の能力を底上げする薬さ。といっても、上がる能力は五感のみ。体調面に関しては安心してくれたまえ、私がトゥインクルシリーズを駆け抜けてからこの前ようやく安全が確立できた、この世にたった二本しかない薬だ。尤も、一本は安全確認の為にもう無いから、これが最後の一本だがね。念のため飲んでおくとい」
私の本心としては安全が確立されているなど信じたくはない、だがタキオンさんの昨日の言葉から発せられる決意のようなものは明らかに本物だった。
……ままよ。
「よし、飲んでくれたね。キグナスというチームは何やら怪しいチームだからねぇ、保険はかけといて損はないよ。効果は大体5時間と言ったところだから、皐月賞までに効果が切れるかについても心配しなくていい。もし万が一副作用が起きたら私の所に来てくれたまえ」
タキオンさんから試験管を受け取り、私は目の前で中身を一気飲みした。味は最悪と言っていい、ターフの芝と消しゴムと鷹の爪をまとめてミキサーにかけたような味がして、思わず吐き出しそうになるが、一気に飲み込んでしまう。
「おっ……おええ……」
「味に関しての文句は受け付けないよ」
恐らく私の言いたいことを先読みしてタキオンさんが先手を打ってくる。
「わっ……本当だ、視界が広いし周りの音うるさいし。不思議な感じですね」
薬を飲んでから顔を上げると、周りの色が鮮やかになっているし、遠くの会話の声までしっかり聞こえるし、所謂空気の味と言うのだろうか。それも感じられた。
「さて、これから寮の方に用事があるのだろう? 早く行ってみたらどうだい?」
「そうですね、そろそろ昼休みも終わりかねないですし」
「あぁそうだシャイン君、君はこれから皐月賞に向けて本格的な調整だろう? それならばしばらく喋る機会もないだろう、伝えたいことが一つある」
寮の方に向かおうとすると、思い出したようにタキオンさんに止められてしまった。
「昨日、私がラボにて思わずシャイン君を応援した、という事について考えてみたんだ。するとどうやら、私はシャイン君に対して特別な友好関係を感じている、という結果が出た。つまり、私は君の事を心から応援している、ということさ。だから私はこうして言葉を伝えられるうちにすべてを伝えておこうと思ってね」
静かにタキオンさんの言葉を聞いていると、タキオンさんは私の方をしっかりと向いて言葉をかけてきた。
「皐月賞、勝ってくれたまえ。皐月賞に勝って、私に再び、たまらなく面白いトゥインクルシリーズを見せてくれたまえ」
返す言葉は決まっていた。
「はい!」
タキオンさんに元気良く返事をすると、私は寮の方に向かって走り始めた。
4月、もう入学シーズンになり、懐かしいジュニア期の頃に思いを馳せてしまうような時期。
私が今向かっている場所はご存じのとおり、シャイニングちゃんと初めて会った場所、寮の広間だ。基本的に昼休みの時はみんなグラウンドなどがあるのエリアの方にいるので、こちらの寮のエリアはガラガラで誰も人がいなかった。私以外のただ一人を除いては。
自分の配属された寮の前に到着し、私は一旦息を整える。寮の扉を開けると、広間の中心に誰かが静かに立っていた。尤も、私はそれがだれなのか分かっているが。
「来てくれたんだね」
「うん、……来たよ」
広間に静かに立っていたのはシャイニングちゃん。私をここに呼んだ張本人だ。
シャイニングちゃんは私を見ると一旦従ってくれと言わんばかりにゆっくり椅子に座る。それに釣られて私も椅子に座った、席を一つ開けて。
「……隣に座ってもいいんだよ? シャインお姉ちゃん」
「一応キグナスのメンバーだからね、注意はしたいんだ」
「……そっか」
正直、最初に会った時は元気な様子で話しかけてくれて、とても好ましい子だった。だがキグナスのメンバーだと分かり、それにキグナスの本性を知っている以上、油断はできない。
「シャイニングちゃんはどうして私を呼んだの?」
しばらく待っていてもシャイニングちゃんが話すような様子はなかったため、私の方から単刀直入に話しかけてみた。
いきなり話しかけたつもりだが、意外にもシャイニングちゃんは覚悟したような顔立ちで私の方を見て言い放った。
「皐月賞、諦めてほしいんだ」
案の定、シャイニングちゃんが私に話したいことは、私に対して次のレースを捨てろ、という話だった。キグナスにそう話すよう命令されたのではない、シャイニングちゃんが私に皐月賞を諦めてほしい理由は恐らく──
「シャインお姉ちゃんはキグナスの本性について知ってるんでしょ? ブルーマフラーさんが言ってたもん、私たちのトレーナーさんを見た時に動揺してたって。つまり知ってるんだよね? だからこそ諦めてほしいの、私はシャインお姉ちゃんをトレセン学園から追放したくないの。本当は指示が出た時以外シャインお姉ちゃんに接近しちゃダメなんだけど……絶対にこれだけは伝えたかった」
やはりそうだ、この場で行われる会話はシャイニングちゃんの独断で行われたものであり、キグナスには知られてはならない会話。おまけでキグナスは私に対して指示以外の接近禁止令を出していることまで分かった。
「いくらシャイニングちゃんが説得して、私が皐月賞を諦めたとしてもキグナスはもう私の事を標的にしてる。もう手遅れなの」
「それは……」
現在私に課せられている非情な状況を伝えると、シャイニングちゃんは言葉に詰まった様子で俯いてしまった。シャイニングちゃんは年齢的には私の一個したあたりだと思われるが、精神的にはまだ幼いように見える。少しむごい言い方をしてしまっただろうか。
しかし悲しい事に、私からちょっと離れた位置に座っている彼女も敵なのだ。敵に甘くしていては自分の足をすくわれてしまいかねない。
「それとも、そのカメラと血糊で何かするつもりなの?」
「っ!?」
私が持ち物について指摘すると、シャイニングちゃんは観念したようで、机の上に持っていたものをすべて出して両手を上げる。この広間に入った時から変なにおいが漂っており、シャイニングちゃんが何かを持っていることに気が付いていた。何かを持っていると察知した私は、シャイニングちゃんと冷静に話すふりをしながら、その持ち物の匂いを探っていたのだ。そのうちに血糊独特の匂いと、何年も使っているような手垢のような匂いと機械的な匂いから、私が指摘した二つの持ち物を持っていると判断した。
すると案の定、持ち物の中身まで的中したというわけだ。
恐らくは血糊を使って私が暴行したというスキャンダルのような写真を撮って、無理やりにでもレースを諦めさせるつもりだったのだろうが、それも無駄に終わった。
しかし、いくらウマ娘の嗅覚が優れているとはいえ、匂いは微量なものだ。タキオンさんの薬が無ければ、私は五感のうちの一つである嗅覚が強化されていなかった。もしかしたら血糊の匂いに気付かなかったかもしれない。本当に助かった。
なぜカメラから微かに手垢の匂いがするのか、そのカメラがキグナスが昔から使っているカメラだからだろう。それこそキグナスがこれまで行っていた『脅し』に使用していた写真データが入っているかもしれないが、私が冷徹で無慈悲だと勝手に考えているキグナスのトレーナーに限って、そのようなものをデータとして残すわけが無いのでカメラを奪うのは諦めた。
「これで分かったでしょ? 私はキグナスと真っ向勝負をするつもり、これがその覚悟から来る警戒心だよ。私は皐月賞を諦めるつもりが無いから、この話はもう終わり、ね。皐月賞で必ず戦おう」
私は椅子から立ち上がり、寮の広間を出ようとする。すると後ろから怒号が飛んできた。
「じゃあなんだっていうの!? 私に……私に自分の走りで一人の人生を壊せって言うの!?」
「……」
キグナスの裏を知った時点で、シャイニングちゃんはキグナスと言うチームから逃げだすことはできたかもしれない。だが知ってしまったからこそ、キグナスのトレーナーはシャイニングちゃんを逃がすわけが無かった。
「私は……今までシャインお姉ちゃん以外に一人のウマ娘を消させられたの! たった一人って思うかもしれないけど、その子が学園からいなくなる時の顔を見たの!? その子……泣いてたんだよ……!? たまたまキグナスのウマ娘とレーススケジュールが被って、たまたま将来有望なそのキグナスの子より実力が上だったってだけで、今後邪魔になるってトレーナーさんに判断されて、私がその子の出るレースに狙い撃ちで出走させられて、その子は心をズタズタにされて、消されたんだよ!?」
寮の扉の方を向いている私から、シャイニングちゃんの顔は見えていない。だがその発せられる声は確実に震え、涙を流しているだろう。どのような経緯でキグナスの裏を知ってしまったのかはわからない、だがそのせいでシャイニングちゃんは確実に心を蝕まれている。
万に一つもあり得ないが、ここで私が情に流され皐月賞を諦めてしまえば、シャイニングちゃんはこのまま堕ちていく。相手を脅し、レースを諦めさせるウマ娘。そうなってしまっては、キグナスのトレーナーとやっていることは変わらない。私がどうにかして止めなくてはならないんだ。
「……一つ聞きたいんだけどね、シャイニングちゃん」
顔は動かさず、ずっと寮の入口の方を見ながら声だけを出して質問する。
「私が消されちゃうときって、どんな時?」
「……皐月賞に出走して、私に負けた時……あっ」
喋りながらシャイニングちゃんも気が付いたのだろう。言葉の最後には息をハッと飲んでいた。
「それは、実力者の余裕ってやつ? シャイニングちゃん」
変わらず入口を向きながら、シャイニングちゃんに対する語りをやめない。
「シャイニングちゃんは最初から、私が負ける前提で話してる。だけどね、私は負けないよ、絶対に勝つから。何回も言うようで悪いんだけどさ。私はキグナスに標的にされて、ブルーマフラーに勝ったあのレースから強い覚悟を持ってる。絶対にキグナスに完全勝利してやるってね」
「……出来るわけないよ、そんなの奇跡が起きないと無理だよ……」
ガラガラになった声を出しながら、シャイニングちゃんは声をひねり出す。奇跡を起こさないと無理、確かにそうかもしれない。だが奇跡というのは起こすもの、私は必ず勝つ。
「無理じゃない、宣言してもいいよ。私は皐月賞を
皐月賞に対する深い思い入れがあるウマ娘、タキオンさんの名前に入っている
シャイニングちゃんの言葉を待たずに、私は寮の扉を開けて出ていく。あまりにも緊張状態で話していたからか気付かなかったが、外では先ほどまで通り雨が降っていたようだ。しかし今は快晴で、空を見ると虹がかかっていた。
皐月賞……やってやる。