持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
シャイニングちゃんと話し合ったあの日から数日が経った日、私達は中山レース場に向かっていた。
訪れるのはこれで何度目だろうか、いつの間にか慣れてしまい、いつも感じていた強大な緊張感はこれから始まるレースへの想い、速く走りたいと思う渇望へと変換されていた。
もう流石に言わなくても分かるだろう、今日は皐月賞。クラシック三冠路線を目指すウマ娘が必ず最初に走るステップ競争の第一歩だ。ここでいきなり三冠の夢を絶たれる子もいれば、見事勝利してダービーへ三冠という栄光への駒を進める子も出てくる。
まぁ、今年は後者が私なのだが。
今日の皐月賞はクライトも出走するという事で、速水さんが一緒に車に乗せて行ってくれた。もちろん私のトレーナーさんも一緒に。普段レース場に向かう際、私とトレーナーさんは緊張してしまい車内での会話が無いに等しい。レース場が近づいてくると多少会話は発生するが、それでも他愛のないような会話で終わってしまう。
しかし今日はクライトと速水さんが同じ空間にいる、もしかしたら楽しい会話でレース場へ向かえるかもしれない。
「……」
「あ~……あ、はは……いや~、今日は良バ場かな~……」
と思っていた私が愚かだったかもしれない。クライトと速水さんはレース場が近づいて来ても一言もしゃべることなく、あっという間に目的地についてしまった。私のトレーナーさんはというと、今日は運転しない立場と言うのを利用して車の中で大きないびきを立てて寝ていた。いびきに対して速水さんに謝罪して、速水さんは「気にすんな」と言ってくれた。というより、それが車に乗ってから聞いた速水さんの最初で最後の言葉だった。
車が駐車場に止まると、前の席に座っているクライトと速水さんが一斉にシートベルトを外し車を降りる。
私もトレーナーさんをハリセンで叩き起こし、速水さんたちに続く。車外に出ると速水さんとクライトはこちらに向かって話しかけてきた。
「よぉスタ公、お前とG1で走るのはこれで2回目。新しくなった俺は必ずお前に食いついて見せる。覚悟しとけ」
「ホープフルでは後れを取ったが、シャインちゃん、俺たちもシャインちゃんに負けないくらいの気持ちで皐月賞に挑むことを忘れないでくれよ」
車内では静かだったため、私の事など敵としてしか見ていないのだと思っていたが、そのようなライバル心が高められるような言葉をクライトと速水さんからかけられて、私はとんでもなくドキドキしていた。
「あたりまえですよ! だけど私は今日絶対に勝っちゃい──」
「それでだクライト、今日のバ場なんだが……」
私にすごく気持ちが昂る言葉をかけてきたかと思ったら、今日のレースの展開について話し合いながら私たちなど最初からいなかったかのようにレース場の方へ向かって行ってしまった。正直私の返事を遮られてしまったのでちょっとへこんでしまったが、これからG1もあるからそれほど集中していると言う事でさほど気にしなかった。
「……ふぅーん、レース前のあの二人ってあんなに真剣なんだね。速水さんなんかいつもふざけてる様子だったけど、あんな一面もあるんだ」
「もう一眠りします~……」
私が意外な一面を見せたクライトと速水さんに感心していると、突如横の方から間抜けな声が聞こえた。声の方向を見ると私のトレーナーさんが速水さんの車の後部座席で横になって二度寝しようとしている。流石にこのまま寝られると速水さんに申し訳がないので、私はすかさずハリセンを尻ポケットから取り出す。
「えっ、もう一眠りって……ちょ、起きてっ!! もう一発ハリセン行く!?」
「起きますっ!」
ハリセンを構えるとトレーナーさんはすぐに起き上がり車から出てくる。それに気づいた速水さんが思い出したように、遠くの方から遠隔操作で車の鍵を閉めてくれた。速水さんが遠くまで行ってしまったら鍵はどうするつもりだったのだろうか。全く私のトレーナーは困ったものだ……。
まだ寝ぼけているトレーナーさんをサンダルで叩いて目を覚まさせ、中山レース場の方へ向かう。最初の頃は軽く迷っていた中山レース場もこれだけ多く訪れるとサクサク進めるものだ。
なんと到着したのが3レースが始まった頃と、時間に余裕を持って来れたので私とトレーナーさんはコースの方に出てレースを観戦していた。URAにおいて、どのウマ娘も自らが走るレースに全力を注ぐものだ。そのため現地で見るレースから発せられる迫力はやはりとてつもないものだった。トレーナーさんに言われるまで私の耳と尻尾が頭上で大暴れしていたことに気付かなかったくらいだ。
しかし、この後のレースがあるのであまりフードコートのがっつりした美味しそうなご飯が食べられないのが残念で仕方がない。
そんな風に中山レース場を楽しんでいると肩を叩かれた、後ろを振り返るとそこには見たことのある二人がいた。
「久しぶりね、シャインさん」
「……」
私の後ろに立っていたのはノースブリーズとシーホースランスだった。実にホープフル以来の顔合わせに私は喜んだ。
「二人は皐月賞を出走回避したんだ」
「あなたに勝つための武器がなかなか見つけられなくて……出走することが経験になるのは百も承知なのだけれど、タイム的にも怪しいからダービーに向けて調整するために回避させてもらったわ、いくらなんでも意外かしら?」
「ううん、私はノースと走れてないから、いつかは走りたいなって」
ウマ娘であれば、その闘争精神から何が何でも出走するものだと思っていたが……恐らくトレーナーさんと話し合って決めたのだろう。そのように話していると、ノースはいつの間にか苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
「どうしたの? アルビレオの方で何かあったの?」
「いえ……そういうわけではないんだけど……う~ん」
恐らく私に何かを言うために声をかけてきたのだろうという事は、ノースの態度でなんとなくわかっていた。事実ランスがこちらを怪しむような目でひたすら見つめてきていたから、その時点で少なくともなれ合いをしに来たのではないと思っていた。
それからも私はレースを見ながらノースに何を言いに来たのか聞いたが、何度聞いてもノースは言葉を濁らせるだけで何も喋ろうとはしなかった。
「ノース、もういい。私が話す」
しかしその『何か』をずっと話そうとしないノースの態度にしびれを切らしたのか、ランスが横槍を入れてきた。
「スターインシャイン、単刀直入に言うが、構わないな」
「え、別にいいけど……」
あのノースがあんな顔になるのだから相当言いにくい事なのだろうと思っていたが、やはり私に軽々しく言うにはあまりにも難しい話らしい。私の事を未だ敵対視しているであろうシーホースランスですら、ワンクッション置かないと言わないのだから。
私はランスが何を言い出すのかと思い、レースそっちのけで言葉が出てくるのを待った。ランスの方も心の準備があるようで、目を閉じてワンテンポ静まってから口を開いた。
「今日行われる皐月賞、もしお前が1着になれば、私達の小さい時からの夢を託させてほしい」
「……ん? ゆ、夢?」
夢、とは一体……いや、言葉の意味は分かる。しかしなぜ皐月賞に勝ったらなんだ……?
しかもなんかノースが恥ずかしそうに周りをきょろきょろしてるし、なんか思っていたような暗い話と全く違って戸惑ってしまう。
「言葉のままの意味だ。お前が皐月賞に勝てば、他の者を寄せ付けない強さを持つ最強の逃げ先行バになる、という私たちの夢をお前に託す。それだけを言いに来た」
私がランスの言葉に戸惑っていると、ランスはそのままの勢いで一気にまくし立ててきてそのままレース場の屋内に戻って行ってしまった。その場には私とトレーナーさん、ノースだけが残されてしまった。
「え、いや、ちょ……」
「ごめんなさいね、ここだけの話あの子ちょっと厨二病? が入ってる様子があって……こうでもしないとシャインさんに負けた気が済まないみたい。でも大目に見てあげて、あれでも私の前ではちゃんとした子なのよ? ガム、食べるかしら?」
「いらないけど……」
「あらそう」
残されたノースは頭を掻きながら私にそう語り、お茶濁しにチューインガムを勧められたが断っておいた。
なぜ皐月賞に勝ったら夢を託すという事になったのか詳しく話を聞いてみると、どうやらランスが私に負けたから、私はノースやランスの二人より強いと判断されてしまい、それなら私たちの分まで走ってもらいたいという結論に、ノースは嫌々ながら至ったらしい。そして夢を託す条件が、クラシック期のステップ競争、その最初のレースに勝利する事だった。
私の場合、クラシック三冠路線を選んだから皐月賞のこと、つまり今日のレースの事だ。
そしてその託したい夢と言うのは、先ほど言っていた最強の逃げ先行バになるというのもそうらしいが、ノースとランスが二人で抱えていた夢は違うものらしく、ノースにその夢が何なのかを聞いてみた。
すると彼女は『誰よりもすごい記録を残す』という夢を語った。
二人の夢は、入学以前から立てていた私の目標と完璧に重なっており、二人も私と同じような夢を見るウマ娘だったのだと感動し、思わず笑みをこぼしてしまう、その様子を見てかはわからないがノースも微笑んでこちらを見ている。どうやら私が似たり寄ったりの夢に感動しているのを察したらしい。
「そういうこと、だから別にあなたが何かを抱える必要はないわ。私たちの夢……託されてくれるかしら」
「あたりまえ、でしょ。任せてよ」
「ダービーからはしっかり仕上げて私も戦線に戻るわ、待ってなさい。……それじゃ!」
ノースは最後に私への二度目の宣戦布告を言い渡し、指をこちらに力強く向けた。指をさした時はお互いに熱くぶつかりあえるライバルのような、格好の良い睨み顔だったが、最終的には微笑んだ顔に戻り、先ほどノースを置いてレース場の中に戻ってしまったランスを追いかけるようにノースも歩いて行った。
「あの子もずいぶん、お前が話してた第一印象から変わったよな」
ノースがレース場内に入って行ったのを見計らって、横でずっと話を聞いていたトレーナーさんが突然言葉を発した。第一印象は最悪だったあの二人も、レースで走った後にはすっかり印象も変わり仲良くなってしまった。……まぁ私はまだノースと走ってない訳だが。
「うん、ほんと。人って見た目や第一印象に寄らないよね」
「正直、第一印象は大事だと思うがな」
「それだとトレーナーさんの第一印象最悪だけど大丈夫?」
トレーナーさんのからかいに私が華麗に返すと、トレーナーさんは困ったように眉毛を上げ、降参したように両手を上げている。
「それじゃあ、私達も控室、行こっか」
トレーナーさんにそう提案すると、快い声で承諾してくれた。
控室に付いた私は、まだ6レース目ではあるが勝負服を着始める。瑠璃色の上着だけは控室のハンガーにかけ、黒いシャツを着て手袋をちゃぶ台に置いて地面に伸びる。
これから皐月賞、やはりG1を走るというのはあまりにも緊張する事のようで、私の手はいつの間にがぶるぶると震えていた。ホープフルレコードと言う勝利を掴んだこの体で、皐月賞も制することができるだろうか。極限まで緊張している私の体は、ポジティブに思考を動かすことが出来ずそのような事ばかり考えてしまっていた。
「どうした? そんな不安そうな顔して」
私の緊張が顔に出てしまっていたようで、トレーナーさんがそう声をかけてくる。
「別になんでもないよトレーナーさん! ただちょっとボーっとしてただけ!」
別に気分が落ち込んでいるわけでもないので、私が何も悩んでいないことを証明するために明るく振る舞いながら言葉を返す。しかし私の心境をトレーナーさんはわかっているのか、心配そうな顔は変えずにこちらの様子をうかがっている。
「……もうっ、心配しなくても私は勝つよ! トレーナーさんは私のこと応援してて!」
いつまでもそのような顔をされると私も不安になってきてしまうので、いっちょ一言だけ士気を高める言葉をトレーナーさんにかけてみた。
「あ、あぁ! そうだな、すまんシャイン。やっぱりG1ってなるとどうしても緊張しちゃってな……」
てっきりトレーナーさんは私の緊張を見抜いているのかと思っていたが、どうやらトレーナーさんも私と同じで、G1レースと言う場に緊張しているようで逆に安心した。
「……パドックの時間来るまでこれやろっか! トレーナーさん!」
「二人でモノポリーっておいおい……」
この重苦しい空気を何とかするために、私達はなんとなく持ってきていたモノポリーをちゃぶ台の上に展開して、しばらくトレーナーさんと遊ぶことにした。
控室、のちに始まる皐月賞への緊張からか、私はいつもの調子を取り戻せずにいた。
「シャインお姉ちゃんにああ言われてからだ……」
『負ける前提で話してる』『私は負けないよ』
あの日、シャインお姉ちゃんと一対一で話したあの時に言われたあの言葉。あの言葉を受けてから私は、人生で初めて『負けるかもしれない恐怖』というものに苛まれていた。授業には集中できず、トレーニングもやってて意味を見いだせない。
生まれてからずっと周りよりひときわ脚が早かった私は競争で負ける事が無かった。そのため今回も勝てるのだろうと思っていた。しかしシャインお姉ちゃんのように正面から勝利宣言をしてくるようなウマ娘には偶然なのか出会っていなかった。そのため、敗北の可能性を目の前にチラつかされるという初めての体験に私は恐怖を隠せずにいたのだ。
私はジュニア期の時に消させられた子を見てから、人の目や後ろ姿を見るだけで大体の感情が分かるようになった。あの言葉を放った直後のシャインお姉ちゃんの後ろ姿、あれは紛れもなく奇跡を起こせると思っている姿だった。だからこそ私は怖かった。
学園最強と呼ばれているキグナスのメンバー全員に、どうやって勝つというのだろうか。私ですら最近脱退したノースブリーズさんやシーホースランスさんのどちらか一人に勝てるかというところなのに、シャインお姉ちゃんはシーホースランスを軽くねじ伏せたうえであの自信を持っていたのだ。
もしかしたら、本当に全員に、私にすらも勝つかもしれない。
「そんなわけない……私は勝てる……勝てるだけの脚を私は持ってる……」
でも……私はシャインお姉ちゃんに勝ちたいの? 負けたいの? どうしたいんだろう?
色がついていないルービックキューブのように、その疑問の答えが出ることはない。
「シャイニング、まさかワタシにトレーニングさせてもらって負けるだなんて思ってないでしょうね?」
ドアを開けた音の直後、私の顔色を見てすぐにトレーナーさんが話しかけてくる。
そうだ、私は勝たなくちゃならないんだ。キグナスの信頼のため、勝たないといけないんだ。
そうだ、私が勝っても悪くはない、私が止めたのにそれでも出走したシャインお姉ちゃんが悪い。
そうだ、勝てば……。
「そんなわけないでしょ、トレーナーさん! クラシック三冠は私のものだよ!」