持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
「あの時のシャイニングちゃんの剣幕はすごかったなぁ」
「……まだちょっと気持ちの整理がついてないけど、いつかちゃんと謝るから……」
涙の痕を作ったシャイニングちゃんは頭を掻きながらそのように言う。
「いや、もう十分謝られたよ、大丈夫」
皐月賞が終わり、一通りの事が終わった後、私は自身の控室にシャイニングちゃんを招き、一緒に話していた。というのも、速水さんが見つからないので、完全に速水さんの車頼りで中山レース場に来た私たちは帰りようがないのだ。そのため私はシャイニングちゃんと話して暇をつぶすことにしたのだ。会話自体は他愛のないもので、シャイニングちゃんが私を陥れようとしていたあの日の事以外で最近のことを話すでもなく、普通に世間話をした。
「よう、速水さん見つかったから、帰るぞ~い」
「あ、見つかったの?」
シャイニングちゃんと談笑をしていると、ドアを開けてトレーナーさんが控室に入ってくる。どうやら速水さんは無事見つかったようだった。
速水さん、もとい変えるための必須人物が見つかったという事で、私がシャイニングちゃんに別れを告げて控室を出ようとしたとき、シャイニングちゃんにひきとめられた。
「シャインお姉ちゃん、これ持って行って」
「これって……タ、タコ?」
私が手渡されたのは、押すと目玉が飛び出るタイプの、癖になるようなキーホルダーだった。
あまりにも突拍子過ぎてこれを渡す意味が分からないが、シャイニングちゃんからの贈り物なので一応受け取っておこう。
「これね、ちょうどシャインお姉ちゃんがホープフルステークスを走った直後あたりにトレーナーさんからもらったものなんだ。私達キグナスのトレーナーさんは強いウマ娘を育成するのが得意だから、そのキーホルダーを持っておけばシャインお姉ちゃんにも強くなるおまじないがかかるかなって!」
あ、なるほどそういうこと。
私はシャイニングちゃんからタコのキーホルダーを受け取って、目の前でぶら下げて近くで見てみる。
「ありがとう、シャイニングちゃん。改めて見ると意外とキュートな見た目してるなこのキーホルダー……可愛いやつめ」
私はキーホルダーをプニプニ押して目玉を飛びださせながらシャイニングちゃんに感謝を述べる。そしてそのまま控室を出て速水さんの車へと向かった。
「シャインお姉ちゃんに福きたれ……なんちゃって、タコって福あるのかな……。……私もがんばらなくっちゃ」
私のトレーナーさんと一緒に中山レース場の駐車場に出て、速水さんの車があった場所に向かう。すると、車の横に速水さんとクライトに加え、なぜかタキオンさんが立っているのが見える。なぜだろうか、すごく嫌な予感がする。
「やぁやぁシャイン君! 先の皐月賞はお見事だった! 特に最後の直線! まるで誰かが乗り移ったような走りだったねぇ……そこでなんだが! 君の体についていろいろ興味が沸いてきたんだ。同行させてもらってもいいかな?」
案の定タキオンさんは割と面倒になりそうなことをお願いしてきた。というか乗るのは速水さんの車なんだから速水さんに許可を貰えばいいのだが、肝心の速水さんはおろか、クライトまでもが、理由こそわからないものの斜め下を向いて暗い顔をしているためタキオンさんも聞こうとは思わなかったのだろう。
「え、いやでも……狭いですし」
「いやいやいや! 君の体は細いだろうから私も一緒に入れるだろう! 君のトレーナー君も結構細身だしねぇ」
あらかじめ反論に対する反論を考えていたであろうタキオンさんは、ぺらぺらとカウンターを述べる。……私に拒否権は無いらしい、知ってました。
しかしやはりこの状態のタキオンさんを隣、しかも逃げようがない車内に置くのは危険だと考える私が次の反論を出そうとしたら、それを察知したのであろうタキオンさんはせっせこと速水さんの車に乗り込んでしまった。
「橋田、そろそろ車出すから行くぞ」
「え? まぁ……はい。ほら、シャインも乗るぞ」
「ちょちょちょっと! いやぁ! 車のなかで私何されるか分かんない! いやぁ助けて!」
「車に女の子乗せる場面でそのセリフはまずいからやめろバ鹿!」
「やめれぇ!」
「痛ってぇ!」
トレーナーさんが私の手を取って車に乗せようとしてくるので、服から取り出した簡易的なハリセンでトレーナーさんに対抗して見たりもしたが、それでも速水さんの時間を取るわけにはいかないため、数秒後には私はおとなしく車に乗り込んでいた。
車が出てから、前の席には速水さんとクライト、後ろの席には私とトレーナーさんとタキオンさんの三人で座って離していた。以外にも私が心配しているような実験まがいの事は起きず、タキオンさんは車内で何気ない会話をしていた。
道中高速道路をものすごいスピードで走る車がいて急停止した場面があったのだが、その時にタキオンさんの服からストップウォッチのような計測器が見えた気がするのは気のせいだと思おう。
「はぁっ……はぁっ……」
夢だった皐月賞、もともと地方で沈むしかなかったであろう俺の人生のゴールのような、スタート地点のようなレースを終えた後、スタ公に歓声が向いている中で、ただ一点のみを目指す。
確かにレース中見えた人が立っていた場所を目指す。
あの人物を見たのは第四コーナーのあたり、観客席としてはかなり端っこの方にいるだろう。
「……い、いた……」
「クライト……」
ゴールした後にもう一回コースを走り、一通り観客席を回ってみると、やはり端の方にその男は立っていた。
「ト……トレーナー……」
そこに立っていた男は、俺が以前担当契約を申し込んだトレーナーだった。
地方にいる時、俺は戦績が振るわなかった。そのため俺も自分自身に自信が持てずにいた、しかしこのトレーナーはそんな私にずっとやさしく接してくれていた。だがある時トレーナー室に『もう君には何も期待できなくなってしまった、すまない』とメモを残して私の目の前から消えた。
地方時代のトレーナーと言えば分りやすいだろう。しかしなぜこの男が皐月賞を見に来ているのかわからなかった、この男は私を捨てたはずなのだ。私から才能を見いだせなく、身勝手にも手紙だけを残して私を捨てたはずなのだ。
そんな男がわざわざ私のレースを見に来ている理由が分からない。
「今更……。今更何しに来やがったぁ!!」
「負けた理由を追い求めなければ、勝利は追い求められない。僕は地方で負けた君から逃げてしまった、クライト」
冷静にいようと思ったものの、やはり怒りの感情を我慢できずに大声で威嚇してしまう。そのような態度をとってもなお眼の前に佇む男は静かに、どこか申し訳なさそうな表情をしながら語る。
「だからなんだよ……だから私との担当契約を取り戻そうって言うのか……? 悪いけど私にはもうトレ公が──」
「そういうことじゃない、クライト」
私の言葉を遮り前に立つトレーナーはスマホを取りだしある画像を出す。その写真を見ると、中央のトレーナー資格を取得した時であろう写真だった。
「今……中央のトレーナーなのか……?」
「ああ、それもお前より上の世代のウマ娘を担当している。……驚いたよ、まさか君が皐月賞に出るほどになり、それもシャイニングランを倒す寸前までいくなんてね……。だけどさ、クライト。やっぱり君には才能が無いよ」
「何が言いたいんだ……!」
昔はこんな男ではなかったはずなのだ。私と一緒に地方を走っていたあの一瞬の思い出の中で、この男は私に対してとても優しかったはずなのだ。それが今私に対して再び才能が無いと口に出した。私は困惑の表情をしていただろう。そして、この男から見た私の困惑する表情はさぞ滑稽だっただろう。
「僕が観客席にいるだけで沈むなんて、精神面が成長していない証拠だ。今の君のトレーナーもとんでもないハズレくじを引いたものだよ」
「うるさい……うるさい……」
「だからクライト、僕のチームに入らないかい?」
トレーナーからチームへのスカウトを言い渡され、私は涙が出そうになるのをこらえながらトレーナーを睨みつける。当然私は断るつもりだった、今更この男とトゥインクルシリーズを走れと言われても出来るわけが無い。しかし私が断れないと思っているのか、トレーナーは語るのをやめない。
「僕のチームは、マル地しかいないんだ。それも本来地方でしか活躍できないであろうマル地のウマ娘だけね。それでも勝率は高い、才能が無い地方のウマ娘が活躍できるチーム……『タルタロス』に来ないかい?」
マル地。
中央のウマ娘として登録される前に、地方で走ったことがあるウマ娘に付くマークの事だ。丸の記号の中に、地方の地の字が入っているマーク。ウマ娘のレースを見たことがある人は、出走ウマ娘の一覧を見る時に見かけたことがあるだろう。
しかし地方のウマ娘であることには変わりはない。地方のウマ娘が中央で勝つとなると、それこそオグリキャップのような奇跡が起きなければならない。流石にオグリキャップほどでなくても、重賞を勝つだけならいいかもしれないが、この男の口ぶりからしてそのような才のあるマル地を集めているわけではないようだ。
怪しい。明らかに怪しい。
それに先ほども叫んだように、この男のやっていることは今更なのだ。私を才能が無いと言い捨てて、そして中央である程度勝てるようになったらまたスカウト。そのような身勝手な話があるだろうか。
むしろ私は、私を捨てたあの時のような身勝手さが変わっていなくて安心した。
「……断る」
「その意地の悪さも変わってないな、クライト」
もうあのトレーナーの言葉は何一つ聞きたくない。それからもトレーナーさんから様々な事を言われたが、もう私に話す理由はないためすべて無視して中山レース場を後にする。
気が付くと駐車場の方に来ていた。見慣れた車の前にはトレ公が立っており、私の顔色を見てか心配そうな声をかけてくる。それもそうだろう、今日のレースで明らかに不自然な沈み方をした担当が、レースが終わってもなお青ざめた顔をしているのだから。
「私は大丈夫だから」
「クライト、お前その喋り方……」
「……俺は大丈夫だ、ちょっと、前のトレーナーに会っただけで……」
「……来ていたのか、原田トレーナーが」
「……」
私がトレーナーさん、タキオンさんと速水さんの車に乗り込んで、大分時間が経つ。もう車の外は見慣れた景色になってきており、やっと学園に帰ってきた感じがする。
やはり心配なのは出発時からずっと黙っている速水さんとクライトだが。
皐月賞が始まる前も黙っていたが、あれは皐月賞に向けて作戦等を考え、ピリピリしていたから黙っていたのであり、今回は皐月賞が終わった後だ。特に黙ってしまうような要因は考え憑かない。自分を負かした相手と喋りたくないというパターンもあるにはあるだろうが、クライトと速水さんに限ってそんなことはないだろう。
車に乗っている間ずっと黙っている要因を聞こうと思っていたが、イマイチ聞き出すことが出来ず、あっという間に学園についてしまった。
学園についてからはすぐだった。乗った時と同じようにタキオンさんがハイテンションで実験だなんだと言い始め、トレーナーさんが逸れに乗って私を引っ張る。速水さんとクライトに車を降りた時こそ黙っている理由を聞こうと思ったのに、トレーナーさんのせいで聞くことが出来なかった。
「どうした? そんなに不機嫌そうな顔をして」
「……う~うん、なんでもないよ」
「そうかぁ」
まぁ、クライトにも悩みごとの一つや二つはあるだろう。その悩み事が原因で黙っているならば、悩みの無いようにも夜が心配する必要はないと思う、クライトには速水さんっていう心強いトレーナーさんがついているから。
「っとぉ、すいません」
私とトレーナーさんがトレーナー室に戻ろうと学園内を歩いていると、よそ見して歩いていたトレーナーさんが誰かにぶつかってしまった。私がすぐに前に出て謝ると、その男性は優しい目つきで口を開いた。
「大丈夫ですよ、ただ前は見て歩いてくださいね」
「すいませんうちのトレーナーが……こらぁ! いくらなんでも前を見んかい!」
「痛っっったぁ!! ……ってあれ? あなたもしかして原田トレーナーじゃないですか?」
私がハリセンでトレーナーさんの事をぶっ叩くと、トレーナーさんが思い出したかのようにその男性に聞く。
「ええ、そうですよ」
「マジか! おいシャイン! すげぇぞ!」
「え? なに? そんなにすごい人なの?」
「地方から中央に来て1年も経ってない頃からマル地のウマ娘を活躍させまくってるトレーナーだよ!」
そのような話がトレーナーさんから出てきたので、思わずスマホで原田と言うトレーナーを調べてみる。するとすごい逸話が何個も出てきた。
地方のウマ娘を活躍させる中央のトレーナー、それもあまり勝率が振るわないウマ娘でも中央で勝ち抜けるようになるというチームタルタロスの人気はネットを見ても明らかだった。
「え! スマホで調べてもすごい有名じゃん!」
「……私はこのあと少し用事があるので……」
「あ、すいません、また今度会った時にサインください!」
原田と言うトレーナーさんは、病気でも持っているのだろうか。手をプルプルと痙攣させながらどこか学園の外に行ってしまった。
「いやぁ、すごい有名人に出会っちゃったね」
「レジェンドウマ娘と話してる時点でかなりすごい事だけどな!」
「それもそっか!!!」
私生活の方でかなり大きな課題があるので、もしかしたらしばらくお休みを貰うかもしれません。