持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
これから新星たちがはばたくレースを見たくて押し寄せた人たちであふれかえる京都レース場
その入り口付近で話し合う二人のウマ娘とトレーナーがいた。
「いやぁ……ついにメイクデビューだねぇ!」
「あんまりテンション上げすぎて転ぶなよ? 転んでメイクデビュー負けたなんてなったらそれこそ、だれにも真似できない記録になっちまう」
「さすがにそんなことしないって……」
サンとの模擬レースやミークさんとの共同トレーニングがあった後、しばらくして私たちは京都レース場に来ていた。それもそう、今日は私の初めての公式レースであるジュニア級メイクデビューが開催されるからだ。ここで勝つことが出来れば、見事競争ウマ娘として羽ばたくことができるのだ。
今の私はこれまでになくテンションが上がっていて、今からでも入り口であるここからレース場まで走り抜けたいほどの気分だ。もちろん浮かれているばかりではない、今日出走するウマ娘達の走り方や大体の作戦などを見て、今日どのように仕掛けてくるかなどの予想は立ててある。何せ負けるわけにはいかないのだ、調査は怠らない。
「今のお前は最高の状態だ、胸張って走ってこい」
「本当に今日は負ける気がしないからね! 行ってくるよ、トレーナー!」
「これが終わったら、今後のスケジュールについて話し合うからな、体力は残しておけよ、あ、体力残しておくっつってもレースは全力でやれよ、マジでほんとに」
「うん、わかった、頑張ってくるよ!」
私とトレーナーがやいのやいのと騒いでいると、その横を今日のレースで私と戦うサンが通った。プロミネンスサン、逃げの作戦を打つウマ娘であり私の友達、恐らく今日も飛ばしてくるのだろう。いっちょやる気を引き出すために声をかけようと思い声をかけたが、サンは特にこっちを見て話すわけでもなく、ただ力強くこちらに向かってほほ笑んだだけだった。太陽のような目を輝かせながら、その奥にギラギラと燃え上がる闘志を燃やしながらどこかに行ってしまった、私は特に気にすることもなく自分の楽屋へ向かった。
『さぁやってまいりました、新しいウマ娘達が競争ウマ娘として世界に飛びたつジュニア級メイクデビュー、芝、2000m、9人のウマ娘が挑みます』
「(負けられない……このレース……必ず勝たなきゃ……)」
『1番人気はこの子、スターインシャイン この評価は少し不満か、2番人気、ウッドライン』
「今日こそ勝つよぉ!」
2番人気はこの子か、確かマックライトニングと競い合った模擬レースでロングスパートをかけていた子で、相当にやる気が入っている様子だ、サンに次いで今日警戒しないといけない相手だろう。
『各ウマ娘、準備が完了しました』
いつものようにゲートがガコンと開く。
『スタートしました! さぁ先頭を行くのはスーアンコウ 3バ身ほど開いてドラゴンエノグ 1番人気、スターインシャインは最後方からのレースだ!』
「くっ……やっぱり速い……」
やはり模擬レースとは違う本物のレース、みんなから感じるプレッシャーも段違いに違う、それに本番の緊張感も……
とりあえずいつも通り追込の位置につき、私はスパートをかけるタイミングを見計らっていた。しかしどのウマ娘も抜かせるものかと目を光らせているのが分かる。
「でもみんな私がごぼう抜きにしちゃうもんね! 私は必ず勝ってデビューするんだ!」
隣には模擬レースでも一緒に走っていたウッドラインと呼ばれた子がいる、この子は私より早く仕掛ける追込……そして中団にいるドラゴンエノグって子は先行の割に相当末脚をため込んでるね……あの子は……
「(…………あれ……?)」
『さぁ第一コーナーを回り先頭集団からは変わらず2番スーアンコウ、その後ろ4番ライジングビローが行く、2バ身ほど空いてドラゴンエノグが迫っている! 中団には――
いかにレースと言えどG1とは違うプレオープン、観客席では少しだけ歓声が上がっていた。そんな観客席で栗毛のウマ娘と白く流星の入った茶髪のウマ娘が観戦に来ていた、サイレンススズカとスペシャルウィークだ。
「入学式のあの子が気になって見に来てみたけど……」
「問題なさそうですね、ちゃんとレースの緊張感を理解して受け止められてます!」
「あれ……?」
「どうしました? スズカさん?」
「いいえ……なんでもないの」
「(たしか入学式の日、
「ふっ……ふっ……」
さっきからやけに落ち着かない、レースが始まって数十秒はこんなに落ち着いていない訳じゃなかったのに、今は凄く落ち着かない。前に行かなきゃ……前に行かなきゃ……という声が私の体の内側から響いてくるのだ。なぜこれほどまでに落ち着かないのか理由はわからない、だけど何かしら恐ろしいと言う感情があってここまで緊張しているのだろう。
初めてのレースだから緊張している、というわけではない。ゲートに入った時点で私はゴールインする未来しか想像していなかったし、いつもある吐き気もなかった、なのになぜここまで緊張するのか、第二コーナー手前になっても答えを出せなかった。
「はぁっ……はぁっ……なんでこんなに……」
『3番スターインシャイン、落ち着かない様子』『初めてのレースですからね、緊張しても仕方ないでしょう』
……これは緊張しているのではない、怖いのだ、私は何かが怖くて怯えていた。
『第二コーナーを回りました、未だ展開は変わらず、縦長になっております、先頭からシンガリまでおよそ12バ身と言ったところか!』
「あっ……そうだ……」
第二コーナーを回って少し経ったあたりで、なぜ私がこんなに恐怖しているのか分かった、私がこんなに落ち着かない理由、こんなに強大な恐怖がある理由が
サンが、プロミネンスサンが
おかしい、サンは逃げの作戦のはずなのに、どこにも見当たらない。追込の位置である私は、バ群を見れば大体度のウマ娘がどこにいるのかは見てわかる。なのにここから全体を見て見えない位置など、そんなもの立ち位置は私の真後ろ1つしかない……でもサンの脚質は逃げであり、追込の私より後ろにいるはずがない……だけどサンはどこにもいない……なんで……?
『最後方でゆっくり脚をためているスターインシャイン、ウッドラインもすでにロングスパートをかけてきているか!?』
私は相変わらず最後方……じわじわとスパートをかけ始めている子もいるのに今もサンの姿は見えない、なぜ? どこにいるの……サン……!
「メイクデビューはウマ娘達にとって初めてのレース、それを追込で勝つとなるとかなりの苦戦が強いられる……」
「どうした急に」
「初めてのレースのため上手くコース取りが出来ず疲れたり垂れやすいメイクデビューでは、追込の作戦を打つと垂れウマ集団に飲み込まれやすくなる……しかも1番人気のあの子はさっき焦っている様子があった、ここから勝つのは絶望的と言ってもいいかもしれない……」
「しかもスタンド前の声援でさらに焦る可能性もあるからな……」
『さぁ第三コーナーが迫っている! おおっと!? どこから飛んできたか1番プロミネンスサン、急に先頭に躍り出たぁぁぁ! 逃げている! これはもう大逃げと言ってもいいです!』
「いくよっ!」
突如前のバ群のなかから見慣れた赤いポニーテールが揺れ始める、サンだ。明らかにそこにはいないと思っていた位置からサンが現れ始めたのだ。私は注意して前方集団を見ていたはずなのになぜ今の今まで見えなかったのか、わからなかった。とにかく言えるのは、サンがスパートをかけ始めたからやばいと言う事だけだ。
「先行の位置……!? なんで見えなかったの……!?」
「(シャイン……ごめんね、私はやっぱり勝ちたいの……シャインに差し切られてばっかりじゃ、満足できない、だからトレーナーさんから
「橋田さん……私の担当もあなたに勝ちたいと願っています、私だって勝ってほしいんです……だから……」
本番です!」
「これからが……
本番だよ!」
『ぐんぐん離すプロミネンスサン! しかしここまで飛ばすといくら残り数百mとはいえスタミナがなくなってしまうのではないか!?』
サンはスタミナなど関係無いような様子でどんどん前に走り去っていく、二番手からの子たちもサンに引っ張られて最高速以上のスピードを出そうとするが、どうしてもサンのスピードについていけず沈んでいった。
「もうそんな……そんな遠くまで……ぐぅ!」
『もうプロミネンスサンのみが最終直線に突撃している! まさに太陽の輝き! 誰も追いつけない! 後ろからウッドラインも詰めてくるが届かない! この子には誰も敵わないのか!?』
「……いや、来る。絶対にあの子なら……」
『違う! 外から! 外から! スターインシャインです! スターインシャインが外からスパートをかけてきた! 大差まで開いていたのがあっという間に5バ身以内に! さぁもう真後ろにまで迫っているぞプロミネンスサン! 芝がえぐれるほどの末脚! 来ている! 来ているぞプロミネンスサン!』
「さぁ! 差し切っちゃうよ! サン!」
今回も差し切れる、そう確信した瞬間だった、しかし私とサンの体が横に重なったまさに一瞬、私が追い越す瞬間、世界がスローモーションになった、最初はただの幻覚、すぐに普通のスピードで世界が動くと思っていたが、しばらくたっても世界は動きださなかった。
「ねぇシャイン……」
しばらくするとサンはスローモーションの世界の中で静かに語り始める、その目はとても穏やかで、かすかに微笑んでいた。
「前に私がシャインに言った言葉、覚えてるよね……『次は絶対私が逃げ切る』って」
「私も、こんなに早く一緒に走るとは思わなかった、でも言い切っちゃったからね、私は…………その宣言を守るためにここに来たんだ」
「シャイン、私は一足先にいくよ、だからシャインも必ず来て、シャインと一緒に戦うG1、私楽しみにしてる」
世界の動きが元に戻った、しかし次の瞬間見えたのは、私がサンを差し切る光景ではなかった。私が見たのは、一気に飛ばしまくってスタミナが切れたはずのサンが、再び最高速度を出している私より速く走る光景だった。あの時と同じだ、私とサンがはじめて走った模擬レースの時と同じだ。
『加速した! えっ加速した!? プロミネンスサンがさらに加速した! スターインシャインをどんどん離していく! もう怖くない! もう怖くないぞプロミネンスサン! これはサイレンススズカの再来か! プロミネンスサンが離していく!』
「追いつく……必ず……勝たなきゃ……ならないのに……はぁっ……はぁっ……」
道中掛かり、追込の脚を使った直後サンに驚き緊張状態が一瞬緩んだ私の体は、スパートをかけるのを終えていた。あれだけトレーニングしたのに脚が重機のように重い、肺が破けそう、視界はすでに曲がりくねって何を見ているのかすらわからない。
「私はぁ”っ……勝たな”きゃ……あぁ……あ”ぁっ……」
使いに使いまくって熱を帯びた脚より熱い何かが、目から溢れるのを感じる。そんな感覚を覚えながら、私はサンが前に走って行く姿を見つめるしかできなかった。
「シャイン……」
『プロミネンスサン! 今先頭でゴールイン! 灼熱の太陽が今! 逃げ切った! ここに新しい競争ウマ娘が誕生しました! スターインシャイン、最後健闘しましたが終盤に沈み6着!』
「やった……やったぁぁぁぁぁぁあああああ!」
「はぁぁっっ……はぁぁっっ……う”ぅっ”あ”ぁ”あ”! あ”ぁ”ぁ”ぁ”!”!”」
負けた、私は負けた、勝てると思っていた勝負に勝てなかった、完璧だった、私は完璧のコンディションだったのに、自分で焦ってそのコンディションを崩してしまった。私はただひたすらかすれた喉を鳴らして涙を流すしかできなかった。
私は、デビューできなかった。
レースに負けた後、ウイニングライブのバックダンサーの役割があった。当然出席し、しっかりと踊ってきたのだが、私の心は生きていなかった。負けてしまった、デビューできなかったと言う気持ちがずっと私の中で引っかかってしまい、集中できずにバックダンサーを終えた。あれだけ練習したセンターの振付も、今となってはもう何にも役に立たない振付となってしまった。
ウイニングライブが終わり、地下バ道を歩いているとトレーナーさんが迎えに来てくれていた、その顔は怒っているわけでも悲しんでいるわけでもないようだった、するとトレーナーさんはいきなりポケットからハンカチを取り出し私に差しだしてきた。
「泣いた痕、目立つぞ、拭け」
レースが終わった直後に散々泣いたつもりだったが、どうやらまだ涙は残っていたらしい。ウイニングライブの時に私は泣いていただろうか、とりあえず私はトレーナーさんから多少濡らしたハンカチを受け取り、目の下あたりとほっぺを拭う。
「トレーナーさん、ごめんなさい……私、勝てなかった……」
枯れたと思っていた涙腺が再び潤い始め、私はまた泣き出しそうになっていた、もちろん私の目標は誰にも越えられない記録を作ること。しかしメイクデビューで引っかかってしまったという事実が私の心を抉る。
さらにトレーナーさんの目標もそうだ「誰にも負けないウマ娘を育てる」こと、私はすでに負けてしまったのだ。あんなにたくさん、あんなにたくさんトレーニングをしたのに、だ。
「次は勝つぞっっ! シャイン!」
「!?」
するとトレーナーさんが急に叫び、地下通路に叫び声がこだまする、私は割と周りの目とか気にするタイプなので急な叫び声にびっくりしてオドオドしてしまう
「今回は負けた! 相手が俺たちより一枚上手だった!」
「ちょ……トレーナーさん……あんまり大きい声出すと周りの目が……」
「シャイン! 俺は次の未勝利戦に向けてのトレーニングを作る! これまで以上にライバルの動きを研究し! 俺はシャインを導くぞ! 太陽より、あのプロミネンスサンより輝くんだ! シャイン!」
ここまでの流れで、私はトレーナーさんの言いたいことが分かった
とりあえずトレーナーさんの熱が抜けたみたいで、落ち着いた私たちは地下バ道を再び歩き始めていた、そんな中先ほどの件を問い詰めようと私が沈黙を破る
「ねぇトレーナーさん」
「なんだ?」
「トレーナーさんって不器用だよね」
「なんだ急に」
「だってさ、私がトレーナーさんの意図に気付けなかったらどうするつもりだったの? ただの暑苦しいプレッシャーかけてくる人だよ」
トレーナーさんが叫んだ理由、多分私に負けを得て沈んでほしくなかったからだ。確かにあの時、私は気分が落ち込んでいて、あのままでは行くところまで行っていただろう。しかしそれを荒療治とはいえ、トレーナーさんはレースで負けた直後という一瞬で気づかせてくれた。まだ数週間しか関わっていないのに、私の性格も分かっての上だろう。
先ほど私は不器用と言ったが、私はトレーナーさんを本当に心から尊敬していた。
「こんなくら~い雰囲気出してるお兄さんが暑苦しい人に見えるわけないだろ、余計なお世話だ。……また、頑張ろうぜ」
「…………うん、わかった、頑張っていくよ」
スターインシャイン 1戦0勝 未勝利クラス