持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
読んでくれる皆さんのおかげで、なんとか五十話達成しました。ありがとうございます。
記念品は……なんもありません。
「サン……?」
扉を開けた先にいたのは、布団に身をくるんで、陽の光すら入らないくらいカーテンを閉め切ってベッドにこもっているサンだった。
「シャイン……? ……皐月賞はおめでと、もう一冠かぁ」
部屋に入り、私に驚いてなのか私の名前を一回読んだ後、皐月賞の勝利を祝う言葉を贈られた。サンが心配で飛び出してきた身としては全く身に入らない言葉だが。
見ると同室のウマ娘もサンの事を思ってなのか避けてなのか、サンのスペースとは逆方向の机の上や椅子が埃をかぶっている。必要最低限の時以外は部屋にいないのだろう。
「サン……おま、げほっ。ほこりっぽ!」
「サン、どうしちゃったの? こんな部屋に桜花賞の時からずっと閉じこもってたの?」
埃でやられそうな喉と鼻を抑えながらサンに問いかける。その気配は曇っており、布団の中から顔を出しているのと部屋が暗いのが相まってこちらを見ているのかどうかはわからない。
「もう、いいんだ」
静かだった部屋にくぐもった声が響く。もう、いいとはどういう意味だろうか。
「トレーナーさんから話は聞いたんでしょ? 私はキグナスにいたツインサイクロンってウマ娘に負けた。もう走る気力も湧かないや」
確かに敗北の悔しさは私も知っている、しかし負けたからといって立ち止まってしまっては、負けた理由を求めなければ、勝利へと進むことはできない。何とかそのようにサンに伝えようとしたが、うまく言葉が出ない。なんという言葉を書ければいいのか、皆目見当もつかない。
私が戸惑っていると、まず動いたのはクライトだった。クライトはいつもの怒った雰囲気を滲み出しながらサンに近づき、布団を剥いだ。
「お前……」
「何さ……」
布団を剥いだクライトはあまりの衝撃に絶句していた。当然だろう、ただでさえ言葉に困っていた私でさえ、もっと言葉に困ったのだから。
布団を剥いで出てきたのは、私達が見たこともないようなサンの姿だった。髪の毛がぼさぼさでセットされておらず、クマを大きく作った顔は屍に近いと言った方がいいだろうか。死んだようなその目は静かに私達を睨んでいたが、生気が無く全く威圧感の無いものだった。
「ねぇ、サン……負けた理由って判明してるの?」
しばらくの沈黙の後、私が必死で絞り出した言葉。それはサンの敗因についての質問だ。
サンの逃げ足、そしてスタミナなら桜花賞を走りきるなど他愛のない事のはずだ。もちろんだからといって油断は禁物なのだが、逆を返せばそのような油断が生まれることを危惧してしまうくらいにはサンの実力は明確なはずなのだ。それなのに負けてしまった桜花賞での敗因がシンプルに気になった。
「分からない……わからないけど……。んまぁ、とりあえずこれがレース映像だよ」
サンはそう言うと、スマホをこちらに見せてきた。ずっと布団の中でリピートされていたのだろう、布団の中の湿気で水分が浮き上がった画面を何度も擦った跡がある。その画面には桜花賞のレース映像が流れており、流れているシーンは最終直線にて、サンがツインサイクロンに抜かれる瞬間だ。
「レースは違和感なく進んだ、私の脚も最終直線まで動いてた。だけどスパートをかけ始めた時に私の脚が動かなくなったの」
画面の中のサンを凝視していると、確かに最終直線で明らかに沈んでいくのが分かる。一見スタミナ切れにも見えるが、私達はサンのスタミナを知っている。これは
「でも……だからってこんな……」
「シャイン、私はもうダメなんだ……もう何をしようにも気力が起きないの。桜花賞が終わった後、トレーナーさんにもたくさん励ましの言葉を貰ったけど、そのどれも私に届かない。まるで死んでいるみたいな感覚なんだよ」
まるで自分自身をあざ笑うかのように、自分の事を理解しているようにサンは嘲笑する。その様子を見て、私達が知っている明るく元気なサンをサン自身に否定されているような気がして行き場の無い怒りが湧いてくる。
「なんでだ……お前は負けた程度じゃめげないだろ! スタ公と走ったメイクデビューの時みたいなリベンジマッチをしてみろよ! 相手の武器を上回るような武器を作──」
「クライトに何が分かるの!」
私が再び言葉に困っていると、突然クライトが大声を出し、サンに言葉を投げ続ける。クライト自身も見た事が無いサンの姿に焦っていたのだろう、まくしたてるような言い方をしているとそれを遮るようにサンが叫んだ。
その叫びすらも、腹部からでなく、喉から絞り出されるようなギリギリの声で。
「私の夢はトリプルティアラ! その最初の一歩を踏み外したの! その気持ちがクライトに分かる!?」
サンの悲痛な叫びを聞いて、錯覚か否か苦味のようなものが口の中に広がるのを感じた。サンは小さなころからの夢を叶えようとしていたのにその一段買い目である桜花賞で敗北を突き付けられたのだ。その悔しさは私には想像もつかない。
確かに私も、誰にも越えられない記録を残すことが出来なかったら、このようになってしまいそうだと自分で感じる。
「私……トリプルティアラを取るって実家の両親に胸を張って言い切ったのに……G1に勝とうと思ってたのに……トリプルティアラ取りたかったのに……」
叫びの衝動が終わると、サンは何度も「トリプルティアラを取りたかった」「勝とうと思っていた」と何度も同じことを繰り返しつぶやき始めた。言葉を重ねるたびに涙が大きくなり、それに比例するように声も小さくなっていく。
「サン……」
「……っクソが……」
それ以上何を話しかけてもサンは反応してくれない。出来る事がなくなった私たちはサンの部屋を後にした。
悔しかった、入学当初からの友人がこのようになってしまったこと。そしてその原因が今敵対しているキグナスだという事。ツインサイクロンというウマ娘は確かに強く、武器もあったのだろう。だからサンに勝ったんだろうし、それを悪く言う事は私達にはできないだろう。
だがしかし、わざわざ木村さんとサンへ宣戦布告をしに行ったことは別だ。キグナスのトレーナーの目的「他のウマ娘を消す」というものを遂行するためにサンを煽りに行く必要はないはずだ。なのにわざわざ煽りに行ったと言う事は、キグナスのトレーナーの行動に賛同しているという事と捉えていいだろう。サンをあそこまで追いやったツインサイクロンへの怒りは募るばかりだ。
「私がオークスに出る……なんてことは流石にできないよなぁ……」
「当り前だろ。スタ公はスタ公のレースがある、サンはサンのレースがある、わざわざ捻じ曲げる必要もない」
部屋を出てからしばらくしたあと、そうつぶやいてみたがクライトに軽い説教のようなものをされてしまった。
どうしようか、サンをあのまま放っておくわけにもいかないが、だからといって解決策が思い浮かぶわけでもない。完全に手詰まりの状況だ。
とぼとぼと特に目的もなく歩いており、街中に出たあたりだろうか。いつのまにかジュニア期の頃に三人で行ったあのゲームセンターに私たちは来ていた。そしてあの柵に寄りかかる、あの時とは違って一人少なく。
「これからどうする? クライト」
「さぁな、サンの気持ち次第……だが、あの様子だと立ち直るのは無理そうじゃないか?」
案だけ追い込まれているようなら立ち直るのは絶望的だと感じていたのだが、どうやらクライトも同じことを思っていたらしい。正直な事を言うと、もうサンは手遅れなのではないだろうか。そう感じてしまう。
「あら、ずいぶんひどい顔じゃないの」
「ノース……ノースもちょうど来てたんだ」
「ええ、あなたたちが行きそうな場所なんて丸わかりよ」
「ん? どういうこと? 私たちの行きそうな場所にわざわざ来たって事?」
まるで私たちをちょうど探していたような言い方をしたため、ノースに聞いた。
「そうよ、あなたたちもサンの事を見て来たんでしょう? その顔を見ればわかるわ」
この言い方を聞くに、ノースもサンの様子を見たのだろう。話を詳しく聞くと、私とクライトが走った皐月賞の時点でサンが負けたことを知っていたらしい、だがノースもクライトと同じく、サンは一度負けた程度では気持ちが折れるウマ娘ではないと思っていたらしく、特に気にも留めていなかったらしい。
しかし皐月賞が終わった日、サンに結果を伝えようと寮の部屋に向かったらすでに私たちが見た状態になっていたという。それでどうしようかと考えた時、私とクライトならいつか必ずサンにコンタクトを取って、何か良い解決策を思いつくかもしれないと思い、探していたという。
学園内で話せばいいと思うかもしれないが、ノースが言うには「学園内だとどこにキグナスのマイクがあるか分かったもんじゃない」ということで、キグナス内の忙しい時間を熟知しているノースは、キグナスがあまり余計な外出をしないであろうトレーニング時間の学園外を話す場所に決めたようだ。
「それで、あなたたちはサンと接触して、何か解決策は思い浮かんだの?」
「ううん、何も」
嘘をついて「解決策はある」と言っても恐らくその直後に聞かれてしまうので、正直に答えた。
「え、何も考えついてないの?」
ノースは驚いた顔をして聞いてくる。
「うん、何も」
即答する。
「ええ……あなたたちだけが頼りだったから、これで完全に手詰まりね」
ノースは柵に頭を打ち付け、ぐああと唸り声のようなものを出している。普段元気溌剌なのにメンタルがボロボロになり部屋に引きこもっている、あのような状態のサンがまずイレギュラーすぎる、どのように接すればメンタルの回復が見込めるのかわかるわけが無い。
誰も何も喋らない。ここにいる全員、まさか私とサンとクライトの中からキグナスの毒牙に掛かる者が出るなんて予想もしていなかったのだろう。未だに信じられないといったような、青ざめた顔をしているノースとクライトがいる。きっと私も同じ顔をしているのだろう。
「トリプルティアラの夢かぁ……」
「でしたら、ダブルティアラを目指せば良いのでは? プロミネンスサンという方のメンタルにグッドな効果をもたらすと思われますが」
もう一人、私達に突然声をかけるウマ娘がいたらしい。正直私も気分がまいっているのでそろそろ休ませて欲しかったが、虫は良くないので後ろを振り返る。
「あなた……プランニング!」
「お久しぶりですね、シャインさん」
後ろに佇んでいたのは、いつかのサウジアラビアロイヤルカップで走ったグッドプランニングだった。サンのこと自体、学園内の一部で多少有名になっているらしく、プランニングもたまたまその噂を聞いたらしい。そしてサンという名前から私の友人であると言う事を思い出したため、私のところまでやって来たらしい。
「そうしたら丁度チームアルビレオのノースブリーズさんとマックライトニングさんがシャインさんと話していたというわけです」
「なるほどね。 それで……ダブルティアラって言うのは?」
先ほどプランニングがちょろっと話していたダブルティアラと言う聞きなれない単語について質問してみる。
「いえ、ですのでトリプルティアラがダメなら、ダブルティアラ、つまりオークスと秋華賞を狙えば良いのでは? という意見です」
「いやねぇ……それはそうなんだけどサン自身それが出来ないくらい追い詰められてメンタルが弱っているから──」
「言い方の問題ですよ、シャインさん。 オークスと秋華賞、言ってしまえばこの二つのレースだけですが、ダブルティアラと言えば、多少なりとも特別感は出る感じはしませんか? 前までの堅苦しい考え方をしていた私にしては、かなりやわらかいような発想は出来たと思います」
確かにそのように、言い方こそ悪いがごまかすような言い方をすれば多少はモチベーションも上がるかもしれないが、相手は極限までメンタルが落ち込んでいるウマ娘だ。そんなもので気持ちが騙されるとは思えない。しかしここでプランニングの意見を根っから否定することもできない。結局しばらく唸った後に私が出した答えは。
「……とりあえずそれに賭けてみようか」
「スタ公正気か?」
「やってみないと分からないよ、とりあえず藁にもすがる思いで何でも試してみよう」
オークスと秋華賞という二つのレースをダブルティアラと言い気持ちをごまかす作戦。
正直あまりいい作戦とは言えないが、今は何が何でもサンをあの状態から救いたい。これが私の出した答えだった。