持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
「サン、いる?」
部屋のドアをノックして部屋の中に居座る住人の存在を確認する。
私がノックしたと同時に中から物音が聞こえたので、どうやら未だ部屋の中にその住人はいるようだ。
ゲームセンターでプランニングやノースと話した次の日、さっそく私はプランニングから預かった作戦を実行することにした。一応サンに対して切るカードを増やそうと私も一晩中作戦を考えたが、何も思い浮かばなかった。そのため私が持っている作戦は本当にプランニングの作戦のみだ。
「作戦おったてたやつが来てねぇのが気にくわねぇな」
グッドプランニングは何故か昨日から連絡がつかなくなっている。一応既読のようだが、返信は来ない。お腹でも壊したのだろうか。
プランニングがいないと言う事を再確認したため、今一度現状を見返してみる。今日サンのメンタルを回復させる作戦についてきたのは、私はもちろんのこと、クライトとノースが来ていた。
「ダブルティアラを志せ……ね。上手く行けばいいのだけど……」
「それじゃあ、行くよ」
私は先頭に立ち、ドアノブに手をかける。やはりどうしても、変わってしまった友人を見たくないという気持ちで怖くなってしまい手が震える。
私がドアを開けるのを渋っていると、いきなり視界の端っこから手が伸びてくる。その手に驚いて後ろを見ると、クライトが私の手を掴むために後ろから手を伸ばしているようだった。
「クライト?」
「スタ公、……行くぞ」
私の心情を察してくれたのだろうか、クライトは静かにそう言うと、私に合わせるようにしてノブにかかった手を待機させている。やっぱりクライトの根はやさしいのだと痛感した。
ゆっくり深呼吸をして数秒、覚悟ができた。私はプロミネンスサンと言うウマ娘の親友だ、その親友が困っていたら助けなくてはいけない。
クライトに目で合図をしてノブを下げる、それに合わせてドアがゆっくりと開いていく。少し開けただけなのに、中からの暗い雰囲気が私の肉体に滲んでいくように感じられる。
私がサンの部屋に入ろうとしたその瞬間だった。部屋の中から手が伸びてきて開けようとしたドアを押さえられた。
「……また来たの?」
ドアを押さえていたのはサンだった。サンは中腰でドアを開けていた私を見下すように睨んでいた。
「サン……そんな風に暗いままだと、競争ウマ娘として終わっちゃう。だから私は今日、本物のプロミネンスサンを取り戻しに来たの!」
こちらを睨むサンにひるまずに用件を伝える。それを聞いてサンの怒りを招いたのだろうか、すぐにドアを閉めようとした。しかしそれをさらにクライトが押さえる。
「おっとサン、レース中ならまだしも、今この瞬間から逃げるのは許さないぜ」
「プロミネンスサン、とりあえず中に入れてもらおうかしら」
それに釣られて、後ろの方にいたノースも腕を伸ばしてドアを押さえる。流石に1対2では力負けしたのか、サンがいる部屋のドアは簡単にこじ開けられた。
「ちょ……ちょっと……」
部屋の中に入ると、布団から完全に姿を現しているサンが焦りながら立っていた。3人でぞろぞろと部屋の中に入ると、ノースは手慣れた様子でドアを閉めた。
「……そんなに無理やり入ってきて、何がしたいわけ?」
「さっきスタ公が言った通りだ、サン。俺たちは本当のプロミネンスサンを取り戻しに来た」
「わけわかんない、なにそれ……」
クライトの言葉にサンは直球で言葉を投げかける。普段のクライトならぶち切れていただろうが、今に限ってクライトは冷静に言葉を軽くいなしている。
クライトに続くように私もサンに言いたい言葉を考える、一応一晩かけてどのように言葉をかけようか考えてきてはいたので、サンの目の前に立ちふさがって言葉を抽出する。
「……サン」
ゆっくりと、ただ小さくそれだけつぶやいて、サンの意識をこちらに向ける。意識の矛先を変えようとしている私の意思に気付いたのか、クライトは後ろの方に少し下がった。サンの方もクライトと同じように私が話したいことがあると気付いたようで、静かにこちらを見据えていた。
「確かにサンは、桜花賞を勝てなかった」
「その通りだけど、それが何?」
桜花賞を勝てなかったという事実をリピートされるのが癪に障ったのだろう、ただでさえ不機嫌だったサンが更に不機嫌そうに受け答えをする。
「トリプルティアラがダメだったならさ、ダブルティアラを取ろうよ。……って言いに来たの」
「ダブル……ティアラ?」
私が今回の話の肝であるダブルティアラと言う単語を出すと、案の定サンは困惑の表情を浮かべていた。ウマ娘の間では当然のこと、世間でもトリプルティアラという名称の方が当たり前のため、変に改造したダブルティアラと言う単語に対する反応としてはこれが自然な反応だろう。
「ダブルティアラって……え、なに、オークスと秋華賞を勝ってみろって事?」
意外にもサンはダブルティアラと言う言葉の意味をくみ取ってくれた、説明する手間が省けたので私はサンにその通りだと告げる。それを受けてサンは一瞬呆れたような顔をして、カーテンがかけられて光しか見えない窓の外を見始めた。窓を見始めてしばらくした後、私の方を見て再び不機嫌そうな顔をして叫んだ。
「そんなくだらないことを話しに来たんならやっぱり帰って! もう話すことはないでしょ!!」
「あ、ちょ……っ痛すぎるっ!」
私が片手に常備しているハリセンを奪われてサンにぶっ叩かれてしまった。遠慮なく力を込めているのか知らないが、ものすごく痛い。
やはりプランニングの作戦は失敗してしまったか、次はどのような作戦でサンを救い出そうか、などと考えていると、後ろの方から葦毛の影が私の横を通った。
「……何、ノースブリーズ」
「あら、フルネームで呼ぶなんてずいぶん堅苦しいじゃないの」
「ちょ、ちょっとノース……」
「スタ公、待て」
ハリセンで叩かれて非常に痛みを感じている頭を押さえながらノースを見ていると、殺伐としたオーラが出ているのが見えた。喧嘩の雰囲気になりそうだったので私が止めに入ろうとすると、クライトに止められてしまった。
「ちょっとクライト! なんで止めるの!」
なぜ止められたのかよく分からないため、前でバチバチしている二人を刺激しない様に小声でクライトに質問する。
「スタ公、ノースの野郎がここで変にサンを見限って暴言を吐くような奴に見えるか?」
「……」
クライトの言う通り、私達とノースとはなんだかんだジュニア期からの付き合いで、そのように感じる部分もある。だがしかし私達と出会った時のノースをクライトは忘れてしまったのだろうか。あの時のノースは、わざわざ他人を煽るような性格だったのだ、今回もサンに対して同じような態度で攻めるかもしれない。だからここで止めなかったらもっとひどいことになりかねないのだ。
「やだ! 絶対止めるから私!」
「落ち着けって! 見とけって! どうせほかの作戦ないんだろ!?」
こうしている間にも向こうの方では勝手に話が進んでしまっている。しかし私がノースの方に行こうとしてもクライトが片手で私の制服のうなじあたりを持って抑えてしまうので、動くことができない。とうとう私は口も抑えられてただ見ることしかできなくなってしまった。
「サン、覚えているかしら、京都ジュニアステークスの事を」
「……あの時は見事な逃げだったよ、まぁ、勝ったのは私だったんだけどさ……」
「言うわね」
口を押さえられているために何も止めに入れないが、既に会話の内容が喧嘩しそうな雰囲気を醸し出しているのが見える。サンも恐らくノースをイラつかせるためにわざとあのような言い方をしたのだろう。この場で喧嘩などされたら部屋の安否が心配だし、お互いにけがをしてレースにも影響が出るかもしれないため、それだけは回避したいが、それもクライトに抑えられて難しいかもしれない。私の額から冷や汗が滲み出てきた。
「でも、京都ジュニアステークスの勝ちウマにしてはずいぶん落ちぶれた姿ね。私の方が輝いて見えるわよ」
「何が言いたいの、ノースブリーズ」
「……私は今月の青葉賞に出るわ」
青葉賞、4月に行われる東京レース場の芝2400mのG2レースだ。以前ノースが走った京都ジュニアステークスの2000mに比べかなり距離が伸びているレースだ。
「もしその青葉賞を見て、これ以上私の走りに敵わないと思うなら、二度とレースに出るのはやめなさい」
「何言ってるの?」
「だから、私の青葉賞を見て二度と私に勝てないと思うなら、もうレースに出るのはやめなさいと言ってるの」
まずい、そろそろノースが煽るフェーズに入り始めたからいい加減クライトの拘束を解かなければならない。そう思いもがくがクライトの力が強すぎて全然抜け出すことができない。ノースが煽り始めたのはクライトも見てわかると思うのになんで止めるのか、これがわからない。
「私に煽られても、諦めずにレースに出て勝ちきるのが私の知っているプロミネンスサンだった! それなのに今のあなたはどう? 一度負けただけで落ち込んで、こんな風に回りの友人を振り払って、みっともないわよ。それでも私の青葉賞を見て『まだこいつに勝てる』と少しでも思うなら戻ってきなさい!」
「ノースブリーズ……」
しばらくノースの言葉にボケッとしていた。
正直驚いていた、クライトはこれを見越して私の事を押さえていたのだろうか。ノースはサンに対して煽りこそしていたものの、どこか応援しているような、サンに戻ってきてほしいという思いをひしひしと感じる言葉だった。
伝え方は良くないかもしれないが、確かにいい作戦かもしれない。サンのウマ娘としての対抗心を呼び覚ますことで、ツインサイクロンに対するリベンジへのモチベーションにもなるかもしれない。
「シャインさん、クライト、行くわよ」
ノースは突然振り向いて部屋を出ていこうとする、クライトもそれを見てもう終わりだと判断したのか私の拘束を解いてくれた。
ノースやクライトに続いて私も部屋を出ようとするが、ふとサンが気になる。
後ろを振り返りサンを見ると、サンはノースの言葉を受けてからずっとベットにおかれた布団を見ている。いや、布団を見ているというより、首を下げた先が布団だからたまたま布団を見ている風になっているだけかもしれない。何も言わず、ずっと座っていた。
部屋を出てからのノースは、どこか決意したような顔で先頭を歩いていた。
「ね、ねぇノース……本当に青葉賞で走るの?」
「当然よ、サンに宣言した以上は走るわ。絶対に勝って見せるから」
ノースはこちらを見ずに答える。
「そのためには今からトレーニングや調整を行う必要があるわね、あの人ならまぁ今からでも承諾してくれるでしょう」
私が青葉賞についての質問をしてからノースは独り言のようにそうつぶやいている。その文章に出てきたあの人と言うのは恐らくアルビレオのトレーナーさんの事だろう。真剣なときのノースは見た事が無いが、今まで見たことのないノースの後姿に本気なのだと嫌でも悟ってしまう。
青葉賞は4月の最終週の土曜日に行われる。それまでにノースの調整が終わり、見事サンのウマ娘の勝負魂が刺激されれば戻ってくるかもしれない。今はそれに賭けるしかないだろう。
「ねぇ、それにしてもクライト」
「ん? どうした」
「ノースがああいう風に言うってなんでわかったの?」
「さぁな、でもあいつの表情でなんとなくわかっただけだ」
「えぇ……」
「どうやらノースは青葉賞に出るようだね」
いつものトレーナー室、今日もキングスがソファに座りながら何かの資料を整理している。
「G2、か。……随分と名誉の高望みをするようだな」
キングスと同じく仕事を処理しているトレーナーも手を止めてそうつぶやく。
「まぁ構わないか、青葉賞にはキグナスのウマ娘は誰も出ない」
「……ところでトレーナー君」
キグナスのトレーナーがいつものように獲物を倒すべきか倒さぬべきかの答えを出していると、キングスが突然トレーナーに話しかけた。
「いつになったら、私の事を見てくれるんだい……?」
「またその話か、いい加減にしろキングス。俺とお前はトレーナーとウマ娘と言う関係だ、それ以下でもそれ以上でもないんだ」
「しかし……いや、なんでもない」
キングスは何かを言おうとしていたが、諦めたように意気消沈し資料の整理を再開する。
「俺がキグナスを設立したのは、俺自身の目標の為だ。それを達成するまではそれ以外の事を考えたくはない」
「それならば私も善処しよう……」