持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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作者「今年5回目の副鼻腔炎発症しました、持病と言っても過言ではないはず」



第五十二話 暴風は追い風へ①

 

「そ、それじゃあ私は部屋出てるから……」

 

 いつものようにそうつぶやいて同室の子は部屋を後にする。毎朝のいつもの光景。

 桜花賞が終わって数日は起き上がる体力もあったが、今ではもう起きる時から寝る時までほぼ同じ姿勢だ。

 

「あ、そういえば今日か」

 

 布団をかぶりながらウマッタ―を見ていると、今日のニュースが流れてくる。そこには『青葉賞にノースブリーズが出走!』と書いてある。

 二週間ほど前、ノースブリーズが出走すると宣言して帰って行った青葉賞、それが開催されるのが今日と言う事を思い出す。しかし見たところで私の気持ちは戻らないだろう、そんな見る意味もないレースをわざわざ見るつもりはさらさらないのですぐにウマホをスリープする。それに続いてうるさい天気予報を流していたテレビもすぐに消した。

 

「はぁ……寝よ」

 

 胸元までかけていた布団を頭の上まで引き上げて目を瞑る。

 

 目を瞑り暗闇を見ていると、ふとみんなの顔が思い浮かんできた。二週間ほど前にシャインやクライト、ノースに会ったのが最後であとは誰にも会っていない。同室の子はノーカウントで。

 

 桜花賞の次の日あたりからトレーナーさんにすらあっていない、今どうしているだろうか。私の事などどうでもよくなっているだろうか。

 

『一度負けただけで落ち込んで、こんな風に回りの友人を振り払って、みっともないわよ』

 

「一度負けただけか……」

 

 負け、という単語でこれほど落ち込んだのは初めてだろう。初めての負け、というより負けて悔しくてどうしようもなくなった時はトレーナーさんが何とか私の調整を済ませてくれて……。

 

「トレーナーさんが助けてくれて……」

 

 私が辛い時はトレーナーさんが励ましてくれて……

 

「トリプルじゃなくても、ダブルティアラを目指せばいい……か」

 

 久しぶりに体を起こした。久しぶりに体を起こしてトレーナーさんの元に行こうと思った。

 しかしドアの手前で体が止まってしまう、どうしても怖い。これほどまでの期間トレーニングをさぼった私をトレーナーさんは受け入れてくれるだろうか。今からトレーナー室に行ってもトレーナーさんはいるだろうか。

 

 そのような事を考えていると、脚だけが空しく後ろに動いて再びベットに座り込んで俯いてしまう。

 

「あ……」

 

 俯いた先には、私が先ほどテレビを消すだけ消してベッドの下に置き去りにしたテレビのリモコンがあった。

 

 青葉賞。私に青葉賞でのノースを見て熱くなる資格はあるだろうか……。

 

「くっそ……やっぱもうダメなのかな私……こんな事ばっか考えちゃって……」

 

 頭を抱えて自分を客観的に見つめているとそのような言葉が垂れてきて、時同じくして大きな水滴も目に浮かんできた。

 

 

 

「突然のスケジュール変更を承諾してくれて、本当にありがとう。トレーナーさん」

 

「いや、なんかホント、君の弾丸スケジュールには慣れたからさ」

 

 青葉賞が始まる寸前、東京レース場にノースと一緒に行き、本バ場入場を済ませようという時だ。地下通路でノースを見送ろうと歩いていたら突然ノースがそう感謝の言葉を森田トレーナーに伝えた。

 

「サン、見てくれるかしら」

 

「サンならきっと見てくれるよ」

 

 感謝の言葉を出したかと思ったら次の瞬間には急に不安そうな顔をして下を向いている。やはり青葉賞に向けての緊張感や、あのような状態になったサンがそもそも青葉賞を見るかなどの不安があるのだろう。そんな不安を消し飛ばすために私は間髪入れずに返事をする。

 

「ずいぶん自信があるのね」

 

 ノースは脚を止め、驚いたような表情でこちらを向いてそう言う。

 

「そりゃあね、入学当初からの友人だから」

 

「そっか……それもそうだったわね。あなたたちはまだ私達と敵対していた時より前から友人だった。私とランスみたいに、他の人からはわからない絆があるものね……ほんと、ごめんなさい」

 

 いつかの自分を思い出して羞恥心を感じているのだろうか。ノースは目を手で覆いながら恥ずかしそうにプルプルしてにやけている。確かにあの時のノースは私達に全力で牙を剥いていたが、それでも今のノースはあの時のノースに比べれば、すごくマシになっている。だから恥ずかしがらなくてもいいのだが。

 

「別にもうジュニア期の事は気にしてないよ、だから謝らないで」

 

「いいえ、たとえシャインさんが気にしていなくても、あのように挑発、弾圧といったようなことをしてしまった事が問題なの。だから私は私自身の為にこの罪を背負い続けるのよ」

 

 ノースは恥ずかしくてたまらない顔を必死に抑えながらそのように私に語った。これも意外な点だったのだが、ノースは意外と責任感が強いという事を最近知った。

 

「ちょっと長話しすぎたわね、それじゃあ行ってくるわ」

 

「うん、まぁ、君の勝利を願っているよ、ノース」

 

「あんなにトレーニングしてたんだもん、絶対に勝てる」

 

 青葉賞に出走するとサンに宣言したあの日から、ノースは死に物狂いでトレーニングをしていた。私達ウマ娘の20倍はあるであろう大きさのタイヤを引きずったり、森田トレーナーを将棋でボコボコにしたり、絶対に負けられないレースに勝つため、サンに強くなった自分を見せつけるためにノースは必死にトレーニングをしていたのだ。それほどまでの情熱があるなら、少しは期待して良いだろう。

 

「(サンに……私を打ちのめしたあのサンに、強くなった私を見せつけてやる…… 私のスケジュールに、諦めるという予定はないわよ!)」

 

 

 

「トレーナーさん、私ね、桜花賞から立ち直ったよ! 

 

 そうかそうか、桜花賞から立ち直ったか! それじゃあオークスに向けてトレーニングをしよう! 

 

 ……流石にそんなにうまくあっさりいかないよなぁ」

 

 寮室の真ん中で場所を移動しながら、私は一人部屋で何をしているのだろう。

 トレーナーさんと私の一人二役の会話劇など、やっても何も変わらないというのに。

 

「そろそろ発走する時間かな……」

 

 ふと時計を見ると、朝起きた時からあっという間に時間が進んでしまっていた。結局青葉賞を見ようかどうか、決心がついていない。もし青葉賞を見て私の気持ちが昂らなかったら、もしやる気が戻らなかったら。そう思うとテレビを付けようにもつけられないのだ。

 

「……もう半月経ってるし、もしかしたらトレーナーさんがトレーナー室にいるかもわかんないからなぁ。トレーナー寮でのシチュエーションもやってみるかぁ……」

 

 セリフを考えながら部屋を旋回する。リモコンは私のベットの上に放置してあるが、触る気すら起きない。

 

 

 

 見たところ、サンは観客席にいない。

 それは私が返しウマをしているときに観客席の前でシャインさんから聞いた事実だ。

 

「……どこにいるのよ」

 

 気合を入れて返しウマをしようとしていたが、サンが来ていないと聞いて私の気持ちは再び不安に駆られていた。

 

 やはり桜花賞でキグナスにメンタルをやられた状態では、私の青葉賞など興味も湧かないものなのだろうか。まるで敵同士、いや事実敵同士だったのだが、そのような状態で一度は走ったライバルと言っても良い存在にとって、自分のレースは見る価値もないのだろうか。

 

 サンはそのような事をする人ではない、そう頭では分かっていても、そのような思考だけが何度も浮かんできて涙が出てくる。

 

「私は……あなたに見てほしいのに……」

 

 もうしばらくすればゲートイン、発走の時間だ。サンの事は一旦忘れて、青葉賞に集中しなければ。流石にG2レース、集中していなくて負けたなど恥ずかしいだけだ。

 

「キグナスのノースブリーズ、かもしれないね」

 

「……誰ですか? 聞いたことのない声ですけど」

 

 私がサンの来ていない理由について考えていると、背後から声がしたため、しかし後ろに振り返る体力を使いたくないのでそのまま相手に聞こえるような声量で聞き返す。

 

「今日はいい天気だよ」

 

「質問に答えてもらえるかしら、あなたは誰?」

 

 口調だけ見ればシャインさんの友人マックライトニングにも似ているきがする、だがこの青葉賞にマックライトニングは出走しないはず。

 誰だ、という質問に対しての返答が帰ってこなかったため、少し威圧するようなトーンで再び聞き返す。しかし返ってくるのは天気の話のみだった。

 

「もしかしたら曇るかもしれないよ」

 

「いい加減にして、会話する気が無いなら無視するわよ」

 

「トレーナーさんが言うには、()()が沈んだみたいだよ」

 

「……どういう意味?」

 

「まぁ私には関係ないか、こっちとしてはたまたまアンタとレース被っただけだし。通り雨みたいなもんだよ。まぁ……お互いにベストを尽くそうよ」

 

「ちょっと! 待ちなさい!」

 

 私が後ろを振り返りそのウマ娘を呼び止めようとしたが、そのウマ娘はすでに私を追い越しており、私などもういないように振る舞って空を見上げながらゲートの方向に歩いて行ってしまった。

 どういうことだ、サンはキグナスにやられてあのような状態になった。確かにトレセン学園のウマ娘には、サンが落ち込んでいるのはちょっとした話題になっている。だがあのウマ娘の言い方は『トレーナーがサンの事を倒そうとしているような言い方』だった。

 

 しかし、キグナスにいた頃もあのような声は聞いた事が無い。新しいメンバー、という可能性も考えたが、もうトゥインクルシリーズが始まっているのにキグナスに所属するレベルのウマ娘が担当トレーナーを持っていないことなどあるわけが無い。

 

「……もう少しでゲートインの時間ね」

 

 話していて気付かなかったが、既に時刻は青葉賞発走の時間に迫っていた。返しウマはとりあえず終え、歩いてゲートの方に進んだ。

 

 

 

「もうダメだ……やっぱりやめよう……」

 

 いくら一人二役の会話劇をやって、覚悟を決めたつもりになってもやはりドアの前で止まってしまう。やはり私にターフに戻る資格はない。

 

「それほど悩むんなら、お前自身もターフに戻りたくなったんじゃないのか?」

 

「え? ……え? クライト? また来たの!? しつこいよ!」

 

 私一人しかいなかった部屋に突然別の人の声がしたため、声がした方向を見ると、クライトが窓レールに座りながらこちらを見ていた。というかなんで窓から侵入してきたのか。

 

 問題はそこではない、私はクライトが言ったようにターフに戻りたい、戻ってツインサイクロンにリベンジしたい。だけどやはり桜花賞が終わってからの私のように荒れてから、またケロッとターフに戻ってくるというのはかなり図々しい気がしてできないのだ。

 

「戻ってこいよ、サン。スタ公だってそう思ってるはずだぞ、なんならノースの野郎が一番お前の事を思ってるんじゃないか?」

 

「うるさい! 勝手に部屋に入ってきて、何しに来たの!」

 

 違う、私はクライトにこんな口調で話したいわけじゃない。思ってもない言葉が口から勝手に出てきてしまう。本当は前みたいに仲良くしたい、元気な私で話したいのに。

 

「まぁ俺は何を言われようが構わないけど。それよりいいのか? あいつのレース見なくて」

 

「……青葉賞の事?」

 

「ご名答。あいつはお前を立ち直らせるために猛練習してたぜ? そんなレース、見てみなくていいのか?」

 

 クライトは地面に落ちていたテレビのリモコンを私に差し出してくる。

 

 私はゆっくりとそれを受け取り、液晶に向け、赤いボタンを押した。

 

「……え」

 

 画面に映し出されていたのは、残り1000mの青葉賞。しかしノースは先頭にいない、逃げの作戦を打つノースは、先頭にいるのが普通だ。しかし今映像として映し出されているのは、ノースがいない先頭集団だった。

 

 いや、それどころか、ノースがいるのは、普段シャインがいるような後方集団だった。

 

「何を……何をしてるんだああああ!!」

 

 

 

「はぁっ……ぐっ……はぐっ……」

 

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