持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
作者「……よくよく思い返したら感想に対する返信内容がネタバレになってたかもしれない……申し訳ないです、気を付けます」
「……風が吹き始めた」
「オークスは譲らない!!」
残り600mとなったオークス、ツインサイクロンが私とほぼ同じ位置まで上がってきた焦りからか走りのフォームが崩れている気がしなくもない。しかし私のスタミナはまだ有り余っている、このまま加速していけばいずれはツインサイクロンより速度を出すことができるはずだ。そう思い私はひたすら足を前に進める。
「プロミネンスサン、君はなかなか面白い子だ。だからというわけじゃないけど……少しだけ昔話があるんだ」
突然ツインサイクロンが私の方に向かって話しかけてきた。レース中に昔話など効いている余裕はないと思うかもしれないが、いつの間にやら私の周りはシャインと走ったメイクデビューの時のように歪んでおり、全速力で走っている私達も速度が歪みスローモーションだ。残り600mを走りきるのですら3日くらいかかりそうなほどに。
これはウマ娘の超人的な集中力から来るものなのか、私の幻覚なのか。
「私は、日本に来る前、それどころか競争ウマ娘として走り出す前は、何一つ不自由ない生活を送れていたんだ。だけどね、私はちょっとばかし台風が激しい土地に住んでいてね。ある時の話さ、いつものように母に朝ごはんをねだりに行った時」
『お母さん、お腹すいたよ』
『はいはい、今作るから待っててね。出来上がるまで外で遊んでなさい』
「その日は風もおとなしくて、外で気兼ねなく遊べる気候だった。だからお母さんに言われた通り、私は近所の友達も呼んで外で遊んでいたんだ。しかし遊び始めて数十分ほどかな、私はおろか、両親、おばあちゃんの世代ですら見た事が無いほどの台風が襲って来たんだ」
『台風が来たぞ──ーッ!!』
『早く家に戻って!!』
「その時の光景は今でも忘れない、楽しい時間が一瞬にして地獄に変わったんだ。様子を見に来ていた友達の親、親が来ておらずあたふたする友達、みんな共通して屋内に逃げようとしたが、その台風を見つけた時にはもう逃げられない状態だったんだ。……地獄絵図、という言葉がぴったりかな、みんな吹き飛ばされた。私だって例外じゃない、台風の中に取り込まれて、何が起きているか分からないような状態でひたすら自分の身を守るために頭を抱えていた」
『……みんな? どこ? ねぇ? お母さん! どこ!?』
「しかし何の偶然かな、私が住んでいた街がすべて吹き飛ばされるほどの台風だったというのに、街の住民全員がズタズタにされるほどだったのに、私だけが生き残った。無傷で」
「そんなこと……」
「そんなことあったんだよ、残念だけどね。そしてそこからなの、私がこの能力を使えるようになったのは。……いや? 正確には憑りつかれていると言った方が良いかな? ほら、自分の脚を見てみなよ」
ツインサイクロンの昔話が終わり、言われた通り私の足元を見ると、私の両足首・両ひざに、何かの渦が巻きついているのが見えた。無色透明なのに、くっきりと形が見えるほどに空気が歪んだそれの正体は、すぐにわかった。
「これって……風!?」
重い……脚が重い……!
巻き付いている風は、私が走っている方向とは逆方向に吹いている。当然脚に対して向かい風となるため、前に脚が進まなくなる。桜花賞の時に脚が前に進まなくなった理由、それが今わかった。
「そう、その通り、私はあの台風で生き残った日から気に入られてしまってね。憑りつかれているんだよ」
「あなたが憑りつかれているもの……それは……」
ツインサイクロンの周りの空気さえも歪み、その形がくっきりと見える。歴史の教科書で何回か見たことがある、あの姿。
「風神……。私の武器は、紛れもない……神の力」
周りの景色が戻った、しかしスローモーションになっていたのは私の幻覚ではなかったらしく、私の脚から風は消えていない、未だに脚は重いままだ。
「それじゃあ、チャオ、プロミネンスサン」
「くそ……くそ……くっそおぉぉぉぉぉ!!」
ツインサイクロンはさらに速度を上げ、私の横から消えていった。
私の方はいくら脚を前に上げようとしても、風神の風が私の脚を邪魔してまともに走れない。いくらスタミナがあっても、脚に重りが付いていては本来の走りが出来るわけが無い。それに私が相手にしているもの、それが神だったとは思いもしていなかった。非現実的すぎる、考えつくわけが無い。ツインサイクロンの武器が分かったところで、どうやったらこの武器を防げるのか。
神になど、どうやったら勝てるのだろうか。
『しかし! ツインサイクロン! ツインサイクロン! プロミネンスサンはリベンジならず! オークスを制したのはツインサイクロン! これで二冠目!!』
私が見たのは、またもツインサイクロンがゴールする景色だった。
歓声の中、ツインサイクロンは私に近づいてくる。これ以上敗者に何をしようというのか。
「……君は強かった、だけど私の方が一枚上手だった。それだけだよ。君にこの風は絶対に破れないし、下手に抵抗すればそれはそれで足に負担がかかる、諦めた方が言葉の通り身のためだよ」
私の脚にしつこいほど巻き付いていた風はいつの間にか消えており、逆に今は勝利したツインサイクロンを祝う様に丁度良い風が吹いている。
「一枚……上手」
「それじゃあ……また秋華賞で」
「ツインサイクロンが勝った、か」
「ジュニア期の時は散々驚かされたけど、いよいよキグナスの本領発揮と言ったところだね、トレーナー君」
東京レース場の関係者席に訪れていたキングスとそのトレーナー。先ほど終わったオークスの余韻を噛みしめるようにトレーナーはソファに座る。
しばらく天井を見つめていたトレーナーだが、一呼吸入れてすぐに立ち上がる。
「オークスにて完璧にプロミネンスサンを倒し、次はダービーだ。皐月賞は逃したが、今度はリボルバーが勝つ」
「……なぁトレーナー君、君はなぜ、そこまで勝利にこだわるんだい? いや、悪意を含んでいるわけではないよ。ウマ娘とトレーナーが勝利にこだわるのは当然ではあるのだが、君の場合何か違うものが後ろにある気がして」
突然キングスがそのようにトレーナーに質問する。トレーナーはそんなことを聞かれるとは到底思っていなかったのか、キングスの方を驚いた表情で見つめてから眉間を押さえ再びソファに座りこむ。
「……強くなるためだ」
「……それだけではないだろう?」
この時キングスが放っている質問は、過去にも何回かトレーナーに聞いている質問。しかし返ってくるのは毎回強くなるためという普通すぎる回答。だが事実としてキグナスのトレーナーは狂気的なまでに勝利へ執着しているため、その矛盾からキングスは納得がいっていなかった。
「……そうだな、お前はチームのトップ、お前になら話してもいいかもしれないな……」
「何か、理由があるんだね」
「……スリープドリームというウマ娘が、俺の事を待っているんだ」
「スリープドリーム?」
突如出てきたスリープドリームと言う名前のウマ娘に、キングスは頭をかしげる。
「俺が過去に担当していたウマ娘の名前だ、今はもう、口もきいてくれないけどな……」
「……サン」
「……ごめんね、負け……ちゃったや」
オークスが終わり、負けた私は地下バ道を歩いていた。地下バ道にはトレーナーさんが待機してくれていて、私の姿が見えるなりどうすればよいのかわからない顔をして私の名前を呼んだ。恐らくレース前に言っていた「私の状態」を気にしているのだろう。
そんな風にトレーナーさんが心配するような、この前「またあのような状態」などと言って危惧していた私の状態だが、意外にも冷静だ。虚無感というものでもなく、モチベーションが萎えたとかでもなく、ただ、どうすればいいのかわからなかった。
相手は、神。
この一言だけを私は頭の中でリピートしていた。
「その……なんと言えばいいんでしょうか」
「あ、でもね、ツインサイクロンの武器はわかったんだよ。きっと次回、秋華賞の時に活かせる情報のはずだよ」
嘘だ、ツインサイクロンの武器を今日目の当たりにして、勝てる可能性など何も見いだせていない。
「あの……なにか美味しいものでも……」
「ううん……食べない……」
トレーナーさんが何とか私を元気づけようとしてくれているのがひしひしと伝わってくる。私は別に何も落ち込んでいない、気にしていないという風に振る舞っている。
「……トレーナーざん」
しかし、そんな風に振る舞っていても、負けは負け。私が悔しいと感じている気持ちがなくなるわけではないし、今こうやってトレーナーさんと話している間もじわじわとその気持ちは膨れ上がってきている。
私の悔しい気持ちは、もう溢れる寸前まで来ていた。
「なんですか?」
正直もう限界なので、両鼻が完全に詰まっている声を出しながらトレーナーさんを呼ぶ。
「……お゛願い、胸貸しで」
「……はい? あ、いや……はい」
ぐちゃぐちゃになっている顔を見られないよう下を向いていたため良く見えないが、トレーナーさんが静かに腕を広げてくれたのが視界の端っこに見えたので、思わず飛び込む。
「う゛うう……う゛ううぅぅ……!!」
小さい時からの夢だったトリプルティアラ、その第二のレース。桜花賞で負けてしまい、一度は落ち込んだが、友達やトレーナーさんにリベンジを誓った大事なレース。
そんなオークスに負けてしまった私は、トレーナーさんの背中に手を回し、肩甲骨を剥がす勢いでしがみついてむせび泣いた。
「ごめん……! ごめんなさい……! 沢山練習したのに……! 何度も何度も試行錯誤して、オークスに……今日のレースに勝とうって……! 焦るなって言われたのに! 焦っちゃって……!」
「……秋華賞に向けて、またゆっくり考えましょうか」
私の気持ちが落ち着くまで、トレーナーさんは私の背中を撫でてくれた。
「サン! さんもこれからトレーニング!?」
「おは~、サン」
背後から声が聞こえる。この元気な発声は、紛れもないシャインと橋田さんの声だ。
「シャイン、橋田さん、おはよう! 私はこれからトレーナーさんとお出かけだよ」
オークスが終わり、私はトレーナーさんに慰められた後、何事もなく学園に帰った。いつものようにウイニングライブを済ませ、その後問題なく帰宅して、いつもと何も変わりない学園生活を送っている。
もちろん学園に帰ってからもトレーナーさんとツインサイクロンの事について話し合った。ツインサイクロンの武器が風神と言う未知なる次元の武器という事も、当然すべて話している。その上でどうするかという事なのだが、答えは出ていない。
単純に勝てないということで落ち着いたわけではなく、まだ秋華賞まで時間があるからゆっくり対策を考えていけばよいと言う事だった。根を詰めすぎてもよろしくない、だとトレーナーさんにみっちり言われた。
悔しい気持ち? そんなものはトレーナーさんの胸で泣き叫んでからすべて吹き飛んだかな。
これで良いのかはわからない、だけど……。
「……チャオ」
「……」
絶対に負けたくないと思える新しい試練が目の前にあるってことは、桜花賞の時の私を乗り切れたんだと思いたい。きっと、今よりもっと強くなれるはずだ。
私とすれ違うツインサイクロンを見ながら、私はそう思った。
「サン、気にすることないよ」
「そうだぞ、秋華賞でぎゃふんと言わせてやれ。サンはシャインに匹敵するくらいのウマ娘なんだ、きっと勝てる」
何より強くなれなければ、自分でシャインに誓った事が実現できなくなる。
『絶対に、同じレースで戦う……っ!!』
模擬レースの時に心で誓ったこと。これを実現するためにも私は必ず強くならなければならない。
「サン、ツインサイクロンとのレースもいいけど、いつか私とも走るの忘れないでよ? 京都ジュニアの時は私が怪我しちゃったから走れなかったけどね」
「……ふふ……うん、出走するレースが噛み合ったらね!」
どうやらシャインも同じような事を考えていたようだ。思わず吹き出してしまう。
「さーて、サンのオークスが終わって、次は私の番だね、日本ダービー!」
「そうだね、シャイン」
学園内でサンを見かけたので、オークスでの悔しさから前のような状態になっていないか見てみたが、どうやらその心配もなく安心したところで、私はそのようにサンに言う。
「皐月賞を勝って、次はダービーに出るのかぁ。やれやれ、桜花賞もオークスも負けちゃった私には分からない世界だなぁ」
「サンの分まで走ってくるから、まぁ見ててよ、サクッと勝ってきちゃうから!」
サンに対して指を突出し、ダービーへの勝利を宣言する。いくら負けたことを気にしていなくても、1%くらいは悔しい気持ちはサンにもあるはずだ、そんなところで私がダービーに勝てば、多少なりともサンの気持ちは晴れるのではないだろうか、と思ったための宣言だ。
「オークスの時はシャインも見ててくれたよね? 私もしっかりとシャインのダービー見てるから!」
「オッケー☆」