持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
メイクデビューにてサンに敗北し、次の未勝利戦に向けてのトレーニングを行おうと私が意気込んでいた時、トレーナーさんはものすごい量の資料、というか大量の紙を持ってグラウンドに現れた、え何? これから私筆記テストでもするの? な~んて思っていると。
「今日もとりあえずインターバルでスタミナをつけておいてくれ。俺はちょっと用事があって付き添えないから、ある程度何か事態が起きた時対応できるようにメモを作っておいた。何か問題が起きてこのメモにその問題への対処法が書いてあったらその通りに行ってくれ」
急にそのメモの束を手渡されて、あまりの重さに私は思わず重いと声に出してしまった。
「じゃあ俺は悪いが席を外す、道具は置いておくからもし手伝ってくれる人がいるならタイム計ってもらえ」
「ちょ……このメモ……メモ? 重いんだけど……」
しかし私のその声はトレーナーさんには届かず、すたすたすたとどこかに歩き去ってしまった。
「ちょい……」
私は厚さ3センチはあるであろう程に重なったA4用紙をベンチに置き、その中の数枚を見てみた。するとトレーニング内容が細かく記載されていて、とりあえずこの通りトレーニングすれば間違いないだろうと思える具合だ。それに前回私は負けた、メイクデビューに負けてしまったのだ、この程度のトレーニング、こなせなければならない。メイクデビューの時に見せたサンの闘志、とても熱かった、まるで
「そんじゃ、トレーニングやりますかぁ」
「おう、がんばれねいちゃん!」
「姉ちゃんじゃないってば!トレーナーさん!」
「ウマ娘のパワーでゲンコツ構えるのはやばいっす先輩」
ふと別のトラックを見ると、
「シャイン……」
急に私は声をかけられ、声の方向を見るとミークさんがいた。
「ミークさん! どうしたんですか?」
「模擬レース……頼む……」
ミークさんから模擬レースのお誘いが来た、いやいやいや、デビューしてる人とデビューしてない人が戦って、どうすればいいの私。前回のメイクデビューの後、私は他の人と模擬レースするタイミングが何回かあったのだが、そのすべてに敗北してしまった。そんな状態の私が勝てるわけがないのだ。
あ、そうだ、こういう時こそトレーナーさんのメモよ。
「シャイン……?」
メモを見ると、「他の人から何かしらのお誘いがあったら、相手がだれにしろ受ける事」と書いてあった、うそやんトレーナーさん。
「……わかりました、模擬レースのお誘いうけます!」
「…………オエッ」
いや、まぁこうなるよね……
私はミークさんに4バ身ほど差を付けられてゴールされた。いや、途中までは良かったのだ、ミークさんの後ろについてしっかりと動きを見てた、でも末脚の差で勝てなかった。さらにミークさんには強靭な呼吸器官がある、スタミナも桁違いに強かった。最後の直線、私はスパートをかけ、ミークさんより前に出ることができたが、後ろからはっきりとオーラが見えるミークさんが追い抜いてきた。追い抜かれてからスピードが落ちることもなく、私はそのまま振り切られた。
「ありがとう……」
「いや……やっぱり強いですねミークさん」
「ううん……シャインもスパートをかけるのが速かったとはいえ、私より前に出た……すごい……まだまだ改善点ある……」
褒められてるでいいんだよね? まぁでもすごいって言われたしいいか。
「この前のメイクデビュー……惜しかった……」
「私も体調は万全だったんですけどね……ダメでした……」
「まだ未勝利戦がある……がんばって……」
「はい……」
正直言うと、未勝利戦で勝てるのか私には分からない。未勝利戦は名前こそ違えど、内容はメイクデビューと変わらない、むしろメイクデビューに負け、今度こそ勝ってやると言わんばかりのウマ娘が集まる場所なのだ。メイクデビューに勝てなかった私に勝てるのだろうか。そんな不安が私の中で何度も何度も繰り返され、消えなかった。
「それじゃ……また……」
ミークさんはそういって自分のトレーニングに戻った、私もとりあえずミークさんとの模擬レースで疲れた体を癒してからトレーニングに戻ろうと思った。
「おい」
「あなたは……」
休憩中、コースの外にいた誰かに突然声をかけられた。声の先を見ると、マックライトニングが立っていた。その顔はどこか怒っているような、あの模擬レースの後のような顔をしている。
「お前、なんで負けた?」
「分からない、少し練習不足だったからかもしれない」
「俺が言っているのはそういう事じゃねぇ、なんで俺に勝っておいてあんなのに負けたんだって話だ!」
「……分からないよそんなこと、私だって全力でやったもん!」
私は全力でやった、それは事実だ、だからこそ本当にわからない。これじゃないか、という仮説は立てられても、なぜそれが原因で負けたのかには至らない。私がサンを追い抜くあの瞬間、世界が歪み、サンが私に語りかけた。あの瞬間からサンは加速し、私は離されたのだ。そんなわけのわからない状況で抜かれて、その理由を考えろと言われても見当もつかない。
「ならそうやって全力でやったと言い訳せずに、負けた理由を意地でも見つけて、改善すればいいんじゃねぇのか?」
「そんなこと言われたって、私はあの日万全の体調だった……それなのに負けた理由なんて……」
「……呆れたぜ、俺はこんな奴に負けたのか、たまたま波に乗っていただけの弱虫に。
負けた理由を追い求めない奴が勝利を追い求めても勝機は、無い、それだけだ、お前とは二度と話さねぇ」
マックライトニングは途端にドスの利いた声からもう私には毛ほども興味がないと言ったような声で、顔から怒りと言う感情を無くし、ただ淀んだ目をギラつかせてどこかに歩き去ってしまった。
「分からないよ……」
分からない
メイクデビューに敗北し、未勝利クラスになってしまったと言う現実を再び突きつけられ、ふたたび頬を液体が伝う感覚がした。
茶髪のウマ娘が黒髪のウマ娘に敗北の理由を問われている最中、橋田はトレーナー室でパソコンを睨んでいた、ある疑問と戦っていたのだ。
「(なんでレースの最中、プロミネンスサンが見えなかったんだ? それにあの逃げ足もそうだ、シャインが迫った瞬間に再加速した……あの逃げ足はいったいどこから引き出されるのか……さらにそれを1週間で目覚めさせる木村さんのトレーニング……)」
レース映像を見返してもわからない、なぜ見えなかったのか、なぜあそこまで飛ばして再加速が出来たのか。
というより、今はシャインが危ないかもしれない。一応地下通路で荒療治を行い、多少は気持ちを落ち着けたかもしれないが、それにしてもまだ気持ちが落ち込んでいるように見える。モチベーションやメンタルはパフォーマンスに大きな影響を与える、それが負けからの落ち込みとなれば傷の大きさは果てしない、俺はどうすればいい……?
「あいつの好きなものも分からないからな……どう励ませばいいものか」
とりあえず俺は、シャインをどう励ませばいいか考えることにしよう。そう思った矢先トレーナー室のドアが開いた、多分シャインが来たのだろうと思いドアの方向を見ると、そこに立っていたのはシャインではなかった。
「失礼するぞ」
「ん、どうしたシャ……君は……」
扉の先に立っていたのはシャインではなく、この前の模擬レースの最終直線でシャインと争ったマックライトニングだった。マックライトニングはなにやらあきれた様子で俺の事を見ている、何の用だろうと思ったが、今は基本的にトレーニング時間の最中、まして関わりの無い俺に用などないだろうと思い、トレーナー室が違うぞと言う旨を伝えようとした。
「いいや、違う、ただ一つだけ言いたいことがあったから来ただけだ」
「言いたいこと?」
「俺は別にアンタの担当なんてどうでもいい、沈むなら勝手に沈めばいい、だがよ、アレはいいのかよ?」
突然マックライトニングは訳の分からないことを言う。俺の担当、シャインの事だろう、シャインがどうかしたのだろうか。俺はシャインの気持ちが落ち込んでいることが頭によぎり汗が滲み出てきた。
「アレ……? アレって、なんだ?」
「アンタの担当だよ、ま、グラウンド行って自分で見な」
それだけ言うと、マックライトニングはどこかに行ってしまった。アレとはなんだろうか、俺は不安に駆られてグラウンドへと駆け出した。
「何にもないでいてくれよ……」
今のシャインはメンタルが落ち込んでいる、何が起きてもおかしくはない。
そうして俺が駆け付けたグラウンドには――
「はぁ……はぁ……」
ベンチの上で頭を怪我したであろうシャインが横たわっていた。
「シャインっ!」
誰かが手当てをしてくれているが、かなり強く打っているようだ。頭からは流血もしているし、お腹を打ったのだろう、腹部を押さえている。保健室に連れて行かないと……
俺はシャインを抱えて保健室に走った
「ふぅ……ふぅ……」
マックライトニングと話をしてから休憩を終えた私は、トレーニングを再開していた。しかしトレーニングに身が入らない、当然あのメイクデビューの事を考えてしまうからだ。どうして負けたか、マックライトニング勝ち、サンにも勝てると思っていた、それなのにどうして負けたのか、理由が分からない。
誰にも負けないウマ娘……誰にも越えられない記録……メイクデビューすら勝てない私に、そんな目標達成できるのかな……
そんなことを考えていると、突然私の腹部に鈍い痛みが走った。
「おごっ!?」
前を見ていたのに、曲がるのを忘れて私はコースの柵に引っかかってしまったのだ。
そのまま柵を軸にして転がるように地面に落ちた。それも最悪の角度、頭からだ。
「あ”ぐっ”……」
世界が回り、ドサッと重い音が鳴る、強く頭を打ってしまったせいか、視界が歪む
「頭打った時の手当てって……どうすればいいんだっけ……」
メモを見ようとするが、ベンチは全くの反対側、私は所謂向こう上面の位置にいたのだ、到底届かない。
私はメモを見るのをあきらめ、痛みがやまびこのように反響する頭を抱え、仰向けに倒れる、体を打った痛みで動けない。
「あの時も……こんな感じだったな……」
私がサンに追いすがり、追い越したと思った瞬間、サンが加速して、私が沈んだ瞬間の視界。
あの時と同じ視界、全体のピントが合わなくなり、世界がまぶしく輝き景色が混ざり合う。このような状況であれだが、とても美しいと感じる景色だ。
そんなことを思っていると、誰かに触られる感覚がある、視界はゆがんでいるので誰かはわからない。
だけど的確に、鮮明に、触られているのは感じる、手当てをしてくれているのだろうか。
触られている感覚がなくなると、今度は持ち上げられている感覚がある。しばらく歩いたのち、私はどこかわからないところに置き去りにされた、感覚的に恐らくベンチだろう。
……悔しいなぁ、サンに勝てなかった事実が私の中でこだまする。
サンに勝てなくて、さらに今は自分の不注意で誰かのお世話になっている。
すごい悔しいよ、サン……
「シャインっ!」
トレーナーの声が聞こえる、確か用事があると言っていたのに来てくれたのだろうか。
トレーナーさんが私の体を持ち上げてどこかに走っている、どこに向かっているのだろうか。
だけどトレーナーさんが来てくれたことによる安心で私の意識は、そこで途絶えた。
「ん…………」
目が覚めるとそこは、学園の保健室だった。頭には包帯が巻いてあるようだ、触ると少しだけ暖い。
多分トレーナーさんがここまで運んでくれたのだろう。物音を確認してだろうか、私が起きたタイミングでベッドの周りにあるカーテンが開く。
「シャイン! 目が覚めたか!」
カーテンが開けられたそこにはすごく驚いた顔と安堵した顔が混ざったトレーナーさんがいた。私はまた迷惑をかけてしまった、その罪悪感が背骨から伝う感覚がある。
「驚いたぞ……頭怪我してぶっ倒れてるんだから……シャイン……すまなかった……」
急にトレーナーさんが頭を下げてくる。あまりにも予想外の行動に私は少し驚いてしまった、なんせ謝られる理由が何一つ思い浮かばないからだ。
「なんでトレーナーさんが謝って……」
「俺は、お前にただキツイトレーニングをやらせて、ただ機械的に相手を研究するばかりで、何もお前の気持ちを汲み取れていなかった……お前のことを考えてやれなかった……荒療治を行い、シャインの悔しさを拭えていると思ってしまった、それを謝りたい……」
「私は別に悔しくなんか……」
言葉が止まってしまった。確かに私はまだ悔しさが心の中にある、だから悔しくなんかないと言い切れなかった。
「謝罪は別にしなくていいから、とりあえず、今は一人にさせてほしいかな……」
トレーナーさんはこちらを見ると、何か言いたそうではあったが言葉を抑えて、静かに保健室を出て行った。
「……悔しいよ、悔しい……」
眼球が熱くなるのを感じる、その時、ふと感じる。
「サンもこんな気持ちだったの……?」
少し前、模擬レースを行った時のサンの顔を思い出す。あの時のサンは、いつもの元気な様子が無くとても悲しい顔をしていた。サンだけじゃない、マックライトニングもそうだ、模擬レースの後、とても悔しそうだった。
でも今の二人はどうだ、前を向き、練習を積み重ねてメイクデビューで見事勝利を飾ったサン。とても怒った様子でも、確実に他人を心配する余裕を持てるほど前を向いていたマックライトニング。私はただ、負けたことを嘆き、勝とうともしていない、ただ落ち込んで立ち尽くしているだけ。
「やっぱり私には、すごい記録を残す事なんてできな――
「シャインちゃん、それ以上は口にしちゃダメよ」
ふと言葉を遮られ、ハッとする、そこにはサイレンススズカさんが立っていた、独り言を聞かれていたのが恥ずかしくて少しだけ顔の表面が熱くなるのを感じる。
「口にしたら、もう戻れなくなるわ、だから口にしちゃダメ」
「だって……」
「あなたのトレーナーさんから色々話は聞かせてもらったわ、すごくつらいトレーニングを耐え抜いたって。それなのにここで諦めてしまうの?」
テレビで見ていたスズカさんの穏やかな顔とはうってかわって、すごく険しい表情でそう問われる。その顔を見て私は少しだけ戸惑うが、すぐに受け答えを始める。
「私は……すぐにでもデビューしなきゃいけない……なのにメイクデビューに勝つことができなかった……他の人とのレースにも勝てなくなってきてる、もうダメですよ……」
「正直、私でもきつくなるようなトレーニングだった、そんなトレーニングを耐え抜いて、メイクデビューまで来たのに諦めてしまう、そんなの凄く損じゃないかしら……」
そう言った後、沈黙の場になってしまい、スズカさんは変わらず険しい表情のまま無言で立っていた。
「実は私もね、もう自分はダメじゃないかって思ったことがあったの、今のシャインちゃんみたいにね」
突然スズカさんが語り始める。顔はいつものような穏やかな表情になっていた。
「スズカさんが?」
「ええ、でも、私を待ってくれる人がいたから、私は
「きっと、シャインちゃんにも待ってくれる人がいるんじゃないかしら……」
「私を待ってくれる人……」
私を待ってくれている人を考える、私の周りで私を待ってくれている人……レースで勝つのを待っているトレーナーさん、私の晴れ姿を見たい家族。そして私は先日のメイクデビューの光景を思い出す、最終直線、私がサンを差し切る瞬間、世界がスローモーションになった瞬間。
『シャイン、私は一足先にいくよ、だからシャインも必ず来て、
そうだ、あの時サンが言ったあの言葉。当然、私の幻聴かもしれないけど、確かにサンの口から出た言葉。
「そうだ……そうだった、サンは私と戦うG1を楽しみに待ってくれてる」
こんなところで、落ち込んでられないよね、勝ちあがらなきゃ、1回の敗北で諦めるなんて超ダサいよね。
「すこしは気持ちが楽になったかしら……?」
「ええ……ありがとうございます、スズカさん。まだ悔しい気持ちは多少残ってます、でもさっきの私みたいにネガティブな気持ちはない。必ず立ち上がります、立ちあがって見せます、私を待ってくれる人がいるから」
そう言って私は、保健室から飛び出した。
「ちょっと……まだ怪我が……」
「私、もう元気になったので!」
「ウソでしょ……」
保健室を出て向かう先は決まっている、トレーナー室だ。トレーナーさんはまだ思いつめているかもしれないから、いっちょ私が大きな声で元気になったことを伝えればきっとトレーナーさんも元気になってくれる、私は全力疾走でトレーナー室へ向かった。
「トレーナーさん!」
「うぉあびっくりした、何!? てかおま……頭の怪我は!?」
どかぁんと言う大きな音共に、トレーナー室のドアを開ける。壊れそうなドアだが、まぁ多少壊れても私のレース賞金で治せるだろう。
「私、デビューしたい! 必ず勝って、サンに追いつきたい!」
私はトレーナーさんに向かってそう叫んだ。トレーナーさんは相変わらず困惑した顔をしているが、私の言葉を聞いて最初は困惑していた顔から笑顔になって行き、最終的には曇っていた目にだんだん煌めきが戻って行った。
「あ……あぁ! 何があったのかはわからないが、なんか気持ちの整理ついたんだな!?」
「うん! 次の未勝利戦までに、めちゃくちゃトレーニングするよ! 絶対私、勝つから!」
「わぁかった! 今からトレーニングメニュー練り直してやる! 絶対勝つぞ! 目指すはデビューしてプロミネンスサン打倒だ!」
「っしゃぁこい! ……いっつつ……」
少し暴れすぎて私の怪我した頭に激痛が走る、デビューしようにもしばらくは安静にしないとダメかもしれない。
「……とりあえず保健室戻れ」
「はい……」
私はもう負けない、負ける気がしない。今度は油断なんかじゃない、絶対に勝つ
私は負けた、だけどスズカさんやサンが待ってくれてる、トレーナーさんが頑張ってくれてる。だから私も、頑張らなきゃならない……!