持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
作者「大晦日に38.7の熱を出すなんて……執筆して寝ます」
「……トレ公、俺は今、日本ダービーの舞台に立てている。これがどういう意味か分かるか……? あんたのおかげで、俺は中央G1の舞台に立てるほどの実力になったという事……まだ泣くような場面じゃないんだけどよ……ちょっと、感極まっちまうよな」
「クライト? どうしたの独り言なんて呟いて」
日本ダービーが行われる東京レース場、パドックも本バ場入場も返しウマも終わったのち、残す所はゲートインのみという場面で、クライトが隅の方で独り言をつぶやいているのが聞こえたので声をかけてみた。するとクライトは怪奇現象でも目の当たりにしたような顔をして私を見た。
「うわっスタこっ……! ……どこから聞いてた?」
「……トレ公、俺は今、日本ダービーの舞台に──」
「ああいい! それ以上はいい!」
クライトに素早く口をふさがれ、私は何も喋れなくなってしまった。正直そこまで辱める気持ちはなかったのだが、クライトにどこから聞いていたなんて質問されたのでしょうがない。
私は丁寧にクライトの手をどかし、クライトと一緒に観客席の方を見る。何度も見ているこの景色だが、今日だけは違う。私の入学から今までを全て詰め込んだみたいな、そんな感情に包まれる。
「まぁ、気持ちはわかるよ、感極まっちゃうよね、どうしても。みんなそうだったよ、シャイニングちゃん、ノースとランス、そしてクライト、みんなそれぞれ強い思いを持ってこの日本ダービーに挑んでるからこそ、今この東京レース場にいることに思わず感動しちゃう。私だってそう」
「……誰にも越えられない記録か。……それでなくたってどいつにも何かしらの目標がある、か……。よし、決めた」
クライトはそのようにブツブツとしゃべっているうちに何かを思いついたようで、活気に満ち溢れたような目で私の方を見て、こう宣言した。
「中央のG1に勝ちまくって、俺の事を見捨てたトレーナーに一泡吹かせてやる! それが俺の目標だ! その目標に近づくために俺はダービーに勝つ!」
クライトの事を見捨てたトレーナーと言うのは、地方時代にクライトに才能が見いだせないという理由で突如姿を消したトレーナーの事だろう。以前速水さんに聞いたことだ。
確かに、クライトがここまでひねくれてしまったのはそのトレーナーのせいだ。中央に通用する実力を持ち合わせたクライトを活躍させることができなかったのはそのトレーナーの実力不足だというのに、クライトの才能のせいにして逃げたのだから。
そしてクライトは今、完全に過去を振りきれていない。もしその目標が叶う時が来たのなら、きっとクライトは今度こそ自分の競争ウマ娘人生をスタートできるだろう。
「……達成できるといいね! その目標!」
「……おう」
先ほどまで元気いっぱいだったクライトは突然恥ずかしそうにして顔をポリポリ掻いていた、チワワみてぇ……。
その瞬間、レース場に管楽器の音が響き渡る。日本ダービーのファンファーレだ。いよいよ、いよいよ夢にまで見た日本ダービーを走ることができるのだ。
小さな時から夢に見ていた。トウカイテイオーさんの有馬記念を見てから色々なレースを見ていたが、その中でトップを争うくらい私が出走したいと思っていたレース、それが日本ダービー。
そのファンファーレを噛みしめながら、私はゲートの方に歩いて行った。クライトも私に続いてゲート前まで移動していた。
『クラシック期の一大レース、日本ダービー。今年は差を広げ続けるウマ娘、皐月賞ウマ娘スターインシャインが出走しています。場は良バ場、天気も雲一つない快晴です』
わざわざ実況の人が私の名前を挙げているのが聞こえる、それほどまでに私は有名になっているという認識でいいだろう。トウカイテイオーさんもこんな風に、有名になって嬉しい気分だったのだろうか。
実況の人が話しているうちに、各バ順調にゲートインしていき、ついに最後の一人がゲートに収まった。
いつもと同じゲートのはずなのに、今日は一段と中の緊張感と温度が違う。このゲートに入っている全員が尋常じゃないほどの集中力を放っているせいだ。それに負けじと私も前を見てスタートを待つ。
『さぁ、夢の舞台、日本ダービーが今……』
「ッ!?」
実況の人がスタートしたことを会場に響き渡らせる声が聞こえるコンマ数秒前だった。横の方から既にスタートするために誰かが地面を蹴った音が聞こえ、混乱する。なぜまだゲートが開いていないのに踏み切っているのか、分からなかった。
しかしその理由はすぐにわかった。
『スタートしました!』
なんと偶然だろうか、その踏み切った音が聞こえたすぐ後にゲートが開き、実質的にスタートダッシュを完璧に決めたウマ娘がいた。
「これは……すごい武器だ……」
「ランス……!」
なんとそのウマ娘というのはランスだった。先ほどの音はランスが踏み切っていた音だった。
ゲートが開く瞬間を本能的に察知したのだろうか。いや、なんにしても間接的にランス以外のウマ娘が全員出遅れたような状態になってしまった。
「やっぱりそう簡単には勝たせてくれないね……!」
『15番シーホースランスがスタートダッシュを切った! それに続いて12番シャイニングラン、3番ノースブリーズが走っている! 一番人気スターインシャインは相変わらず最後方だ! 短いスパンでG1を連勝しているスターインシャイン、このままダービーの座も手に入れるか!』
ダービーで走るコースではスタートしてすぐにコーナーがある、そしてそのコーナーで全体的にペースが緩んでバ群が固まりやすい、それに呑まれてしまっては追込みウマ娘の名が廃るので、私はいつもよりも余裕をもって最高峰に位置した。距離にして大体2バ身くらいだろうか。
そして第一コーナー。
『第一コーナーを回ります! おっと16番マックライトニングが綺麗にバ群に呑まれてしまっています! かなり苦しい状況だ!』
「クソッ! 邪魔だな……」
やはり私の前の方でバ群が固まっている。だがしかし、いくらバ群に呑まれないようにするためとはいえ私も少し後ろの方に距離を置きすぎたようで、あと1バ身くらいは前に出てもバ群に呑まれないくらい余裕がある位置だった。
「こうしてトレーナーだけでシャイン達のレースを見るの、なんか久しぶりな気がしますね」
「ああ、木村はサンにつきっきりだから来れないのが残念だな……」
観客席でダービーを見ながら、橋田と速水はそのような他愛のない会話をする。今ここに来ているのは橋田と速水だけ。当然森田トレーナーやキグナスのトレーナー、金泉トレーナーもこの東京レース場に来ているが、各陣営はお互いにお互いの場所はおろか、来ていることすら認知していなかった。
人生で一度しか走れない日本ダービー。その決着が決まる瞬間を皆心待ちにしているため、他陣営の事を考えている余裕などなかった。
「……おっと橋田、そんなことを言っている余裕すらないみたいだぞ。キグナスが仕掛けてきた」
「……え? もう?」
速水にそう声をかけられ橋田が目をやった先には、今回の日本ダービーに出走しているデルタリボルバーの姿があった。バ群の後ろあたりで控えていたデルタリボルバーは、第一コーナーを回った直後、およそ400mを走った地点で、誰が見てもスパートをかけているとしか思えない速度を出していた。
「驚いたな……まだ残り2000mも残っているというのにスパートをかけるとは……」
残り2000mの時点でスパートをかける。
ウマ娘のレースを見ている人ならば誰でもその言葉の異様さに気付くであろう。何の冗談だと、誰しもが笑うだろう。売れないピン芸人のお笑いを見ていた方がまだマシだと誰しもが感じるだろう。
しかしデルタリボルバーはその文面を行動に起こしている。自殺行為としか思えない事をデルタリボルバーはやってのけている。それも不安など微塵もない自信に満ちた顔で。
「……ウソ……デルタおねえちゃんがそんなスピードで……!」
無論、今もキグナスのメンバーであるシャイニグランも、同じチームであるデルタリボルバーのステータスを知っていた。スタミナなど全くなく『短距離のレースですら完走できるか怪しいウマ娘』というリボルバーのステータスを、知っていた。
しかしこれは、シャイニングランにすら知る由もなかった、秘密裏に調整が行われていたリボルバーの武器。
「(これが私の武器……名を付けるなら『デルタハート』……とでも言うべきだな。私の心臓は三角形の頂点に一つずつ、三つ付いている。そう錯覚できるほど、スタミナは有り余っている!!)」
『5番デルタリボルバーが逃げ始めている!? シャイニングランを離しどんどんゴール板へと向かっている! 後続が離されている! 大逃げの作戦だデルタリボルバー!』
「いいや! これは私が逃げているんじゃない!! 周りのスタミナが無さすぎるだけだ……今私は
第一コーナーを超え向こう上面、実況の焦りようからも分かる通り明らかに異質な空間だった。
レースが始まった直後からスピードを上げていたノース、ランス、シャイニングの三人は完全に追う気力を無くした。人生で一度しか走れないダービーだからこそ、いくらリボルバーに追いつく未来が見えなくても全力でぶつかってやる、と最初こそ三人は覚悟していた。しかしレベルが違った。リボルバーが離す距離が規格外だったために、三人は完全に圧倒されてしまった。
「だけどっ!! まだ! まだ私は走れるわ! スタミナが必要だというのなら私の呼吸術腕いくらでも回復する!」
「絶対に奴を抜かしてやる! スターインシャインに二度と無様な走りは見せられない!」
「リボルバーおねえちゃんにもシャインおねえちゃんにも、負けたくない!」
しかし、皆シャインと関わってきたこの数か月間の経験から、自分の闘志を保っていた。
クライトは戦慄していた。再びクラシック三冠のレースに負けてしまうのではないか。シャインに新たな目標を誓った直後に負けてしまうのではないかと震えていた。
「ぜってぇ勝ってやる! 勝って原田の野郎に一泡吹かせんだ!!」
だが、だからこそ勝った時の喜びも大きいのだと、死に物狂いでバ群を割っていた。
シャインは楽しんでいた、この状況を。
これほどまでに大きな武器を持った相手を倒せば、きっと自分の人気も限りなく上昇する。たった数百メートルしか走っていないのにスパートをかけるウマ娘を自分が倒すのだと、楽しんでいた。
各々が各々の感性でリボルバーに共鳴するように士気を上げていた。
しかしその共鳴する波を打ち砕くかのようにリボルバーは差を広げていく。
これは決して逃げではない。ただの差し。
周りが遅すぎる故の錯覚。
『デルタリボルバーが先頭に立ったまま第三コーナーへ入ります! 12番シャイニングラン3番ノースブリーズ15番シーホースランスが先頭集団を作り、後ろから16番マックライトニングが追ってきている! 2番スターインシャインはまだ後方集団!』
「ここからっ!!」
第三コーナーを回り始めたころ、シャインが一際強く地面を蹴る。いつもより早くスパートをかけたのだ。
「よし! シャインがスパートをかけ始めた! ここから想いの継承でデルタリボルバーを追い抜いてやれ!」
「スペシャルウィークさんの力を継承すれば、絶対に追いつけるはず!」
シャインは走り方を抑え、想いの継承に備える走り方になる。
しかし数秒、シャインが想いの継承を発現させようとするが、一向に想いの継承が発現する様子はない。
「……あれっ!? おかしい! なんで!?」
発現しない。シャインがいくら走っても想いの継承は発現する様子が無い。それは橋田もレースを見ていてすぐに気付いた。
「なんでだ……!? スペシャルウィークには事前に応援に来るように言っていたはずなのに……」
想いの継承に必要な項目『そのレースに関連のあるウマ娘がレース場に来ている』という項目を達成できなかったわけではなく、スペシャルウィークは確かに応援に来ていた。しかしなぜか発現しない。
「くっそぉ! それなら超前傾で……!」
想いの継承が発現しないと判断したシャインは、少し前に使っていた武器、超前傾走りでリボルバーに勝負を仕掛ける。
『スターインシャインが体を前に前傾させて走っている! デルタリボルバーも負けじと逃げ続ける! どっちだ! ノースブリーズが後ろから迫っている! マックライトニングも必死に食らいつく! 大混戦だ! 今世代の強豪が一斉に争っている! 誰が勝つ! 誰が勝つ!』
デルタリボルバーが大差しをし、ノースブリーズ、シャイニングラン、シーホースランス、マックライトニングといった、シャインと関わってきたウマ娘が同時に争っている日本ダービー。
走り続け、ゴール板を駆け抜けたのは誰か。