持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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作者「寒いですね、作者は布団から出られません」


第六十一話 倒壊

 

『一着は、デルタリボルバーっっ!!』

 

 レース場に響く実況の人の声、デルタリボルバーが勝利したと言う事を観客全員に知らしめるためのその叫びが、レース場全体に響き渡った。

 

 しかし私は、その声が現実のものだと受け入れることは出来なかった。というより、拒絶反応すら出していた。

 

「私が……負けた……?」

 

 嬉しそうに確定前の電光掲示板を見つめているデルタリボルバーに怒りが湧いてくる。あのウマ娘が、あのウマ娘が邪魔さえしなければ私はダービーに勝てていた。

 

 怒りが湧いて当然だ、私はこの日本ダービーに勝つつもりでいたのだ。何カ月も前から、ずっと勝つつもりで頑張っていた、練習だって──

 

「頑張って……ない……」

 

 ……私は何をがんばっていた? 

 

 レースで走る相手の能力? 想いの継承の練習? いいや何もしていない。日本ダービーに勝つのだといつごろから志していたかすらあやふやだ。

 きっと敗因をとことん言語化するクライトには笑われるだろう。しかし私のダービーの敗因は『負けるべくして負けた』としか表しようがなかった。観客席の前で誇らしそうに立つデルタリボルバーを見つめていれば見つめているほどその事実が私の中に刻まれていく。自覚していく。

 

 涙が出てくる。

 

 あれだけ勝つと思っていながら負けてしまった自分に腹が立つ。

 想いの継承という新しい武器に浮かれ、超前傾走りの練習や想いの継承自体の練習をしていなかった自分に腹が立つ。

 レースで走る相手の情報を何一つ調べていなかった自分に腹が立つ。

 自分のなにもかもに腹が立つ。

 調子に乗っていた。私は調子に乗ってしまっていたのだ。やはり左耳に耳飾りを付けているウマ娘はクラシック三冠路線に勝つことはできなかったのだ。今更気づいてどうする、もう日本ダービーは終わってしまった。私のクラシック期は終わってしまった。

 

『日本ダービーを1着』という私のひとまずの目標は見事に崩れ去った。

 

「そうだ……トレーナーさん……トレーナーさんに……」

 

 謝らなくては、こんな情けない走りをしてしまった私をトレーナーさんに謝らなくては。

 ドンナさんやスペシャルウィークさんにだって、応援してくれたのに負けてしまったと言う事を謝らなくては。

 

「トレー……ナー……さん……」

 

 足取りはおぼつかない。ふらふらと歩いている感覚だ。

 

「シャインッッ!!」

 

 考えていくうちに私の思考はどんどんパニックに陥って行き、いつの間にか意識が遠くなっていった。

 

 

 

 目が覚めるとそこは東京レース場にある私の控室だった。

 頭が痛い。倒れた時に打ったのだろうか。

 

「シャイン……!」

 

 目が覚めるなりトレーナーさんが心配に満ちた顔でこちらを見てくる。控室の中には私のトレーナーさんしかいない。

 

 トレーナーさんはなぜそんなに悲しそうな顔をしているのだろうか。

 

「ああ……思い出した……私、日本ダービーに負けたんだった……」

 

 痛い思いをして、やっと頭からそんな事実が抜けたと思ったのに、目が覚めてそうそう嫌な事を思い出してしまった。

 

 そうだ、そこで私は倒れて。

 

「あ────……」

 

 控室の天井を見上げると、清々しいまでの脱力感に襲われ、ただ息を吐くことしかできなかった。それは絶望感からだろうか、それとももう何の目標にも縛られていない解放感からだろうか。なんにしろ清々しい感覚のはずなのにすごく気分が悪い、これなら道端でゴミ袋を漁ってその日のごはんを探している方がマシだろう。

 

「何にも言うことないよね……いや、沢山色々言いたいか……」

 

「……とりあえず今は何も言葉が思いつかないな」

 

 トレーナーさんが大激怒しているのではないかと思っていたが、意外にもしょぼくれたチワワのような顔をして座り込んでいた。顔が面白い。

 

「そうだシャイン、ウイニングライブは気ぃ失ってる間に終わったぞ。シャイン抜きで行ったって……」

 

「そっか」

 

「クライトもノースもランスもシャイニングランも、それこそサンだって、みんな心配してたぞ……」

 

「そっか」

 

 私は勝負服を着たまま、天井を見たままトレーナーさんの話に相槌を打つ。何か面白い事を言おうと思っても、ただひたすら日本ダービーの景色が思考を邪魔してくるため、きっと乾いた対応しかできていないのだろう。

 

 どうすれば勝てる……? 

 

 私の目標は……? 

 

 私の今後のレーススケジュールは……? 

 

 誰にも越えられない記録になるのか……? 

 

 誰にも負けないウマ娘に近づいたのか……? 

 

 いくら天井を仰いでも疑問が止まらない。私はいつもレースに負けた時、なんだかんだ勝つための切り札が思いついたりするのだが、今のは勝算を生むための切り札が思いつかない。

 

「もう帰るだけだから、お前の体調が戻り次第学園に帰ろう」

 

「うん……」

 

 とりあえず今できることは、目覚めたての自分の意識を早く戻すことだ。

 

 私はその後すぐに体調を戻し、学園へ帰るためにトレーナーさんの車へと向かった。車に向かう最中もいろんな人の声が聞こえた。私が負けてしまって残念だという声、デルタリボルバーに期待する声、これも私の自惚れなのだろうか、前者の方が多く感じた気がする。

 

 クライトやノース、ランスやシャイニングちゃんにも道中あいさつを交わし、私はトレーナーさんの車に乗って学園に戻った。

 

 

 

「……おいおいお前ら、辛気臭いぞ? もうちょっと元気出せって。シャインだってほら、いつもみたいに俺を煽ってみろって」

 

「クライト……今そういう気分じゃないんだよね……」

 

「私は別にもう気分直ってるよ?」

 

「い~やサン、お前だって暗くなったぞ」

 

 授業が終わり、学園の廊下を歩いている時に、クライトがそのようにして私たち二人に絡んでくる。別に私たちは辛気臭い空気を出しているわけではないのだが、どうもクライトにはそのように見えているようだ。

 

 日本ダービーが終わり1日、私は相変わらず頭の中にダービーの記憶を植え付けられたまま学園を歩いていた。

 キグナスのウマ娘に私は負けた、負けたと言う事はキグナスから何かしら私を消す為のアクションがあるのではないかと思っていたが、意外にも何も起こらず、本当にキグナスはウマ娘を消すのだろうかと逆に心配になってしまう。

 いや、そんな心配したくもないが。

 

 トレーナーさんも相変わらずのおバカ具合で、何一つ日常は変わらないのだろうと確信できる。

 

「……確かにお前らのステップ競争レースは残念な結果になったけどよ、これからじゃねぇか、俺たちはまだクラシック期なんだぜ? これから頑張って行こうぜ? な! シャイン! サン! ほら笑えって……!」

 

 クライトが頑張って私達を励まそうとしているが、今の私は気を使って愛想笑いを作る気力すら起きなかった。

 

「……じゃあ俺これからトレーニングだからよ、お前らもあんまり無理すんなよ……」

 

 クライトが自分のトレーナー室に向かったのを皮切りに、サンも私にアイコンタクトだけ送り木村さんの所へと向かっていった。

 

 残された私は何をすればいいのだろう、これからどうやってあのデルタリボルバーに勝てばいいのだろうか。

 

 解決するのかわからない絶望を感じて立ち尽くしていると、後ろから足音が私に近づいてきた。

 

「何かお困りですか?」

 

 後ろを振り返ると、いつかの時に見た原田と言うトレーナーだっただろうか、が立っていた。

 

 今の私は原田トレーナーに用はないし、向こうだって私に用はない、すぐに立ち去ろうと思って歩き出した。

 

 

 

「ふ──っ……ふ──っ……」

 

 ダービーが終わってから、どうも俺の気分が落ち着かない……。

 

 何も変哲のないトレーナー室、俺はただ椅子に座っていただけなのだが、息が荒くなってしまう。何かとてつもなく悪い目に遭うんじゃないかというような、果てしない不安が俺の中を巡ってやまない。シャインが負けてしまった日本ダービー、ゴールの瞬間からずっとだ。

 

 それは一日たった今になっても原因が分からず、俺はどうすればいいのか分からずにいた。いや、何より最優先なのはデルタリボルバーに対する対抗策を考える事と、シャインがどれくらい落ち込んでいるかの確認なのに、俺がこんなことになっている場合ではないのに。

 

「シャイン……遅いな……」

 

 今日はまだシャインを見ていない。今日はトレーナー室にシャインを呼んだ、それは俺の携帯でチャット履歴を見て再確認したから確かだ。そして時間的に来てもいい具合なのにシャインは来ない。

 

 どこかで道草でも食っているのだろうか? 

 

 俺がシャインを探すためトレーナー室を出ようとした瞬間だった。俺のスマホが大音量で鳴り響いた。俺がいつもシャインの電話通知に設定している曲だ。探す暇が省けたな、などと考えながら俺は電話に出た。

 

「あ~もしもしシャイン? 今日トレーニングだからトレーナー室に──」

 

 いつものように遅刻したシャインに喝を入れるべく叱るような口調で話しかけてやろうと思ったその瞬間だった。まだ俺が喋っている最中だというのに俺の言葉を遮ってまでシャインはその言葉を放った。

 

「……私、あるチームに移籍することになったから」

 

「……は?」

 

 思考が停止した、思考どころか、俺の世界全てが止まった。

 

 シャインが移籍する? 

 何故? 

 理由は? 動機は? 移籍先は? トレーナーとの契約は? 

 

「移籍したいっていう私の意思が尊重されるから……それじゃあ」

 

「まっ、まて! 切るなシャイン! せめてどのチームに移籍するのか名前を……」

 

 切られた。

 

 無慈悲にもその電話は切られてしまった。

 

 シャインが移籍を承諾した? それか自ら志願して移籍したのか? シャインは少なくともそんなすぐに移籍を承諾するような奴ではないはずだ。いやそんなことはとりあえずどうでもいい、調べればきっとどこのチームに移籍したか出てくるはずだ、トレセン学園だってそれくらいの情報は公開しているはずだし、すぐに更新もされているだろう。

 

 俺はすぐにパソコンを開いて、トレセン学園内の情報がある程度分かるようトレーナーに配られる資料に目を通し始めた。確かに俺の担当ウマ娘の欄は空っぽになっていた。そして代わりにスターインシャインと言う名前が刻まれているチーム名もすぐに見つかり、俺は絶望した。

 

「……タルタロス……担当トレーナーは……原田真紅郎……」

 

 原田トレーナー、地方から来て間もないのにウマ娘を活躍させ続けるベテランのトレーナー。原田トレーナーとは皐月賞の時に接触していたが、その時にシャインの事を見てマークしていたのだろうか。

 

 相手が相手すぎる、きっとシャインは自分のことをもっと強くしてくれるであろう原田トレーナーの方へ行くために移籍したのだ。そうに決まっているとしか思えない。

 そしてそれが理由であるならば、もう俺にシャインを引き戻す方法は無いし、引き戻そうとも思わない。俺は確かにシャインを強くすることができなかったし、もしかしたらこれからもそうかもしれない。凄いトレーナーの元で指導を受けることができるならば、きっとそれがシャインにとっての一番の幸せなのだろう。

 

「それを……願うのが……俺の……うっ……うっ……」

 

 しばらく現実を見るのは出来ないかもしれない。

 

 

 

「まちなよスターインシャイン」

 

 すぐに立ち去ろうと思って歩き出した次の瞬間だった。私は突然原田トレーナーに肩を掴まれて、満足に歩けないような状態にされた。突然の行動に私は原田トレーナーに対し声を荒げてしまう。

 

「な、なんですか! 離してください!」

 

「キグナスが早めに君を消す行動に出なくて良かったよ。おかげで君をこうやって捕まえることができた」

 

「どういう意味ですか!? 離して!」

 

「そう暴れないでくれよ、僕だって実力行使は嫌なんだ。言っておくけど蹴っても痛かないからね」

 

 私は原田トレーナーの拘束に対してもがいてみたりもしたが、ウマ娘の力でもがいているというのに原田トレーナーの手は一切力が緩む気配を見せなかった。確かにヒトの手だ、それなのにまるで痛みを感じてないかのような振る舞いで原田トレーナーは相変わらずニヤニヤとこちらを見ている。

 

 しばらくもがいて無駄だと分かった後、私は一応これ以上の接触を許さぬよう気を張りながら原田トレーナーの方を向く。

 

「そうそう、そうやって落ち着いてくれればいいんだ」

 

「……何が目的ですか? こんな人気のないようなところで」

 

「……君に僕のチームへ移籍して欲しいんだ」

 

「ッ!? イヤです! 私にはもうちゃんとしたトレーナーさんが付いているんです! 今更移籍なんてしません!」

 

 原田トレーナーの目的は意外にもチームへの勧誘だった。しかしただの勧誘でここまでするだろうか? そんなことはありえない。きっと何か裏があるはずだ。気は相変わらず張ったまま原田トレーナーの方を睨む。

 

「おお、怖い怖い、そんなに睨まないでくれよ」

 

 原田トレーナーは笑いながらそんなことを言っているが、冗談ではない。私は移籍など絶対にしない。

 

 そう思っていたのもつかの間、原田トレーナーは服から何かを取り出した。黒くて何か怪しい物体。

 

「いいのかい? もし移籍を承諾しないのならこのデータがばらまかれるよ?」

 

『……私ね、トレーナーさんの事、大好きだなぁって』

 

『……別によ、俺だってお前の事が好きだ』

 

「これって……!」

 

 黒い物体は何かの機械だったようで、その機会から流れてきたのは確かに聞き覚えのあるセリフだった。日本ダービーの前日、遊園地に行った私がトレーナーさんに言った言葉と、トレーナーさんが私に言ったセリフだった。だがこんな連続して繋げられたセリフではなく、ちゃんと誤解を解くような会話もしていたはずだ。

 

 これでは、これではまるで、私とトレーナーさんが両想いみたいではないか。いや別に両想いでいいんだけど、この状況においてはとてもまずい、原田トレーナーの言いたいことが分かった。

 

「よくないなぁ、ウマ娘とトレーナーがこういう関係なんて」

 

「……こんな……どうして……どうやって……」

 

 しかし謎なのはその方法。たしかあの時私とトレーナーさんは観覧車に乗ってどこにも盗聴器など仕掛けようもなかったはずだ。それなのにどうして音声が録音されてしまったのか。見当もつかなかった。

 

「知りたいかい? 僕がどうやって君のこの音声を録音したのか」

 

 奴の質問に素直に答えるのはすごくムカつくが、下手に抵抗するとこの音声で何をされるかわからない。確かに方法も知りたいため、私は素直に頷く。

 

 すると原田は私のカバンを奪い取り、一つのものを取り出した。

 

 この行動から考えられるものとして、私の持ち物のどこかに盗聴器が仕掛けられていたと言う事なのだろうが、一体どこに……。

 

 盗聴器として使われていたのは、私の想像をはるかに上回る物だった。

 

「それは……シャイニングちゃんからもらったキーホルダー……」

 

 原田が盗聴器として提出したものは、私が皐月賞を走った後、シャイニングちゃんからもらったタコのキーホルダーだった。

 

「本当はシャイニングランの動向を探るために持たせてたみたいだけど、それがなんとスターインシャインの手に渡るとは、キグナスのトレーナーもとんだラッキーだったなぁ~」

 

 私は何も言う事が出来なかった。まさか私が追い詰められる理由がシャイニングちゃんにあったなんて。

 

 音声をデータとして録音されてしまっているのなら私に手はない。どう足掻こうと、チームへの移籍を承諾するしかトレーナーさんが助かる道はない。

 

「それで? 僕のチームに移籍してくれるのかな……?」

 

「はい……」

 

 

 

「移籍したいっていう私の意思が尊重されるから……それじゃあ」

 

「よし、いいだろう。それじゃあこれからタルタロスのトレーナー室に行こうか」

 

 私はその後、無理やりチームの移籍意思を表明する書類を書かされ、余分な助けを求められない様に原田経由で学園に書類を提出した。そして今は原田の車の中で、トレーナーさんにチームを移籍する意思を伝える電話を強制されていた。

 

 これでもう、トレーナーさんと合う事は出来なくなった。大丈夫なはずだ。トレーナーさんはおバカだから、きっとすぐにまた強いウマ娘を見つけてスカウトするはずだ。

 

 きっと……。

 

「トレーナーさん……」

 

「うん? なんだい?」

 

 きっと私が自分を呼んだわけではないのだと原田は気づいているのだろう。バックミラーに映る原田の顔は、邪悪そのものに染まりきった表情だった。

 

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