持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
作者「えーっと、日曜の朝四時にこれを書いてるわけなんですけども……日に日に期限のギリギリまで書けてない気がします……。
それはそれとしてナイスネイチャのフィギュアが出たぞおおおお!買え買えぃ!!(深夜テンション)」
トレセン学園の片隅のトラックコース、前日スロウムーンにほぼ無理やり賭けレースを受けさせられた俺はここに呼び出されていた。
「なるほどな? 授業中なら誰もこのトラックコースの周りをうろつかない。まして俺は常日頃授業サボってるみたいなもんだからな」
「……授業はちゃんと受けなさいよ……」
この俺マックライトニングと、キグナス所属でタルタロスに委託されているスロウムーンのマッチレース。俺が勝てばスタ公を助け出す作戦を他で考えることにし、スロウムーンが勝てば否応なしにスロウムーンの奴を信用してこいつが考えた作戦を実行しなくてはならない。
確かに、タルタロスの監視カメラをかいくぐり、スタ公がタルタロスに強制的に引き抜かれてしまった理由を盗むというスロウムーンの作戦は現時点で最適解かもしれない。
しかし、しかしだ、スタ公を助け出す方法が今のところこれしかないとはいえ、いくらなんでもスロウムーンを信用するというのには出会ってからの時間が短すぎる。俺たちは昨日商店街で出会ってその後すぐに賭けレースの提案が出てきたのだ。相手がキグナスのウマ娘である以上、そう簡単に信用するわけにはいかない。
「……まだ私の事が信用できないって顔ね、それほどキグナスが怖いかしら……?」
「怖いってのは少し違う、キグナスは根っから信用できねぇだけだ」
「へぇ……つまり怯えてるのね」
「ふざけんな、そういうのじゃねぇ」
「それじゃあなんだっていうの? キグナスという前提に怯えて、せっかくスターインシャインを救い出すチャンスをみすみす逃すって言うの? そもそも、イーグルクロウがこの作戦を提案しなければ思いつきもしなかったでしょう……!?」
昨日初めて会ったときはあんなに臆病そうな感じだったくせして、キグナスと言う事を明かした瞬間エラそうな態度になりやがって……。
まぁいい、要するにこの賭けレースで勝てば、宝塚記念の勝利は目に見えることになるし、スタ公を奪還するための他の方法を考える時間も確保できる。
俺はスロウムーンがべらべらと喋った言葉を全部無視してスタートラインについた。
「距離は……?」
「2200m」
「コースの形さえ違えど、宝塚記念で勝てるかどうかの実力を確かめるってわけね……余裕じゃない……。ダービーを走った後に出走する宝塚記念は無茶でしかないというのに……よく走ろうと思うわね……」
俺が何かを言うに合わせて鼻につくことをいちいち言いやがる。
確かに、ダービーを走った後の宝塚記念は無茶そのものだ。なぜ無茶なのか理由は明白だ。トレセン学園のトレーナーは皆、担当ウマ娘の調子をダービーに合わせてピークに持っていく。当然だ、大切な担当ウマ娘が人生に一度しか走れないダービーなら、誰だって全力を出させる、出させたいがためにピークをダービーに合わせるだろう。しかしダービーにピークになると言う事は、その直後しばらくは調子が下がると言う事だ、全力で走ったウマ娘はヘトヘトになるわけだからな。
そして……宝塚記念はダービーのすぐ後に行われる、それが何を意味するかはこれ以上言わなくても分かるだろう。
そう、疲労・調子の二つの要素が重なり間違いなく負ける。そもそもクラシック期のウマ娘が宝塚記念で勝てた事例が無いのだ。少し前にダービーを制したウオッカという名でレジェンドと謳われるウマ娘がいた、そのウオッカというウマ娘でさえも、ダービーの後の宝塚を制する事は出来なかった。
だが、俺は、俺は原田の野郎に一泡吹かせてやりたいんだ。俺を実力不足の才能なしと見下し見放したあのトレーナーに、敗北の味を吸わせてやりたい。俺が受けた悲しみや悔しさを味わわせてやりたい。そのためなら俺はダービーの疲労だって調子に変えてやる。
距離もコースも決まった、あとは走るだけだ……。このいちいちムカつく野郎にも一泡吹かせてやるぜ……。
「ゲートが無く、トレーナーさんもついていない時のスタートはコインってお決まりがあったわね……投げるわよ……」
スロウムーンの手からコインが弾かれ、地面にまんべんなく生えている芝に落ちる音が聞こえると同時に、俺の体は前に走り出した。
「っっしゃおらぁぁぁぁぁぁ!!」
「シャイン……俺はどうすれば……」
少し前にシャインと訪れた遊園地の近く、冷房の効く車を停めて観覧車を眺めていた。
この遊園地を見ると最近来た場所だからかすごく落ち着く。もしかしたら遊園地の出口からシャインが出てくるのではないかとさえ思える。
「おーい、開けてくれたまえ」
俺が遊園地を眺めていると、車の窓がノックされた。窓の方を見ると、久しぶりに見たアグネスタキオンの姿があった。
「しばらくぶりだねぇ、シャイン君のトレーナー君」
「……今日はまたどんな御用時で?」
「……シャイン君の事については聞いたよ。どうやら想いの継承の研究をする前にやるべきことができたと思ってね。……タルタロスというチームからシャイン君を取り返すつもりなのだろう? 私も協力しようじゃないか」
シャインを取り返す……。
「どうやって?」
「まだわからない……シャイン君は何か脅迫まがいな事をされて移籍したのは間違いない、だがあくまでも移籍の理由は本人の意思だ。確かに学園もそれが本人の意思ではないことを理解しているだろう。しかし表面上だけとはいえ、ウマ娘の意思を尊重せずチームの移籍を拒んだとなれば学園の信頼に関わる……本末転倒だ」
「やっぱり何か脅迫まがいな事されてんのかね……」
「……とりあえず乗せてもらえないかい? 暑くてねぇ」
俺はそう言われ、一旦アグネスタキオンを車に乗せる。しかしバラされるとシャインが困る事というのはいったいどんなことなのだろうか……。
「ふぅ……やっぱり冷房が効いていると快適だねぇ」
「それで……どうやってシャインを取り返そうって言うんだい?」
「やはりタルタロスのトレーナー室から、シャイン君の公開されたくない大切なデータを入手するしかないだろう。それさえなければシャイン君がどのトレーナーに付こうが自由になるからね」
「……だけど、タルタロスのトレーナー室……俺もシャインの手掛かりを探すために前に見に行ったんだが、やたらセキュリティが厳重そうだったぞ? 下手をすれば住居侵入罪? とか不法侵入? になるんじゃねぇか? あと窃盗罪とか……」
「やはりデータをそう簡単に入手できるほど警戒していないわけが無い、か……」
アグネスタキオンはわかりやすく気を落とし、新たな策を考えるように顎に手を当てている。そう簡単にシャインは救いだせない、だから俺はこんなに悩んでいるのだ。
「……しかしタルタロスは、何故そこまでしてシャイン君を引き抜きたかったのだ……?」
ぽつりとアグネスタキオンが呟く。シャインが引き抜かれた理由、当然思いつくのはG1を何勝もできるウマ娘だから、というのが妥当だろう。だがアグネスタキオンの発言からして理由はそれだけではないと思っているらしい。
「それについてはアタシが知っている」
先ほどまでアグネスタキオンが立っていた窓の外にまた一人ウマ娘が立っていた。窓の外を見ると立っていたのは、ドンナだった。
「シャインの事をそこまでしてタルタロスが引き抜く理由、アタシは知ってるかもね」
「……話してくれないか?」
ドンナに対し目でアイコンタクトをして後部座席に誘導する。ドンナは車の扉を開けると、席に座って深呼吸し始めた。
「ドンナ……君、どこかで会ったことがあるかい?」
「いや、知らないね。一応自分でも有名なウマ娘だと思ってるから、雑誌か何かで見たんじゃないかい?」
「ふぅン……アグネスタキオンだ、よろしく頼むよ」
「よろしく。……さて、シャインが想いの継承の力を持っているのは二人とも知ってるって事でいいかな?」
「ああ、まだ発現する条件については解明できてないが、想いの継承については知ってるぞ」
ドンナから直接想いの継承と言う事については聞いた事が無かったが、まさかシャインの武器に既に気づいていたとは……。
「あの能力を持っているウマ娘は、今トレセン学園にもう一人いる」
「何!?」
「ふぅン……」
「そしてその能力を持っているウマ娘がいるのは、キグナスだ」
シャインと同じ能力を持っているウマ娘が他にいると聞いて驚愕した。シャインにのみ与えられた能力だとばかり思っていたが、まさか今この瞬間、今の時代に活躍しているウマ娘の中に同じ能力を持っているウマ娘がいたとは思わなかった。
「その能力を持っているウマ娘というのは……?」
「それは言えない、自分たちで見つけてみな。だけど身近にいるのだけは確実だよ。……恐らくタルタロスは、あの絶対的な能力をキグナスだけに持たせるのを避けたかった。トレセン学園の頂点を取るために想いの継承の能力を戦力として手に入れたかった、そんなところじゃないかね」
トレセン学園の頂点……。
「それともう一つ、その能力を持っているもう一人のウマ娘……キグナスのウマ娘だから『K』とでも名称しておくかね、Kはシャインより圧倒的に勝った想いの継承をするよ。シャインは何がきっかけになったかはわからないが、後天的にあの能力が発現した。しかしKは、先天的、つまり生まれた時からあの能力を持っているんだよ」
「つまり経験の量が違うから、その分想いの継承の質……継承率や負荷への耐性がシャイン君よりも勝っている、ということかな?」
「そうそう、そういうことさね。だから橋田、まだシャインを助けるべきなのか迷ってる顔してるから言ってやるけどね、あの子はアンタの目標を叶えるために全身全霊でトゥインクルシリーズに臨んでるって、アタシの家で自慢げに話してくれたんだよ」
「シャインが……」
「そう、アンタの『誰にも負けないウマ娘を育てる』って目標をね。それならアンタも、あいつの目標を叶えるために全力をかけてシャインの奴を取り返してやるべきなんじゃないのかい?このままだとあの子は……誰にも超えられない記録を作れない」
「くっ……」
あの野郎……目が見えてねぇくせにしっかり目が見えてるみたいな走りしやがる……。
俺の前を走るスロウムーンは、全く引けを取らない走りで圧倒してきやがった。ただ走っているだけなのに、目が見えてないという事実を知っているだけで恐ろしくオーラを感じる。いや、もはやここまで来たら目が見えていないと言う事を知らなくても圧倒されてしまうだろう。それほど洗練されているフォームだ。
「走りが甘いわね……私を信用する以前に走りのトレーニングが必要かしら……?」
るせぇ!!
と心の中で叫びながらも俺は追走を続ける。いつものレースのように後方集団や先頭集団はいないため、俺はただスロウムーンの野郎を追い続けて、最後の最後に追い抜けばいいだけだ。
策についているハロン棒から距離を見ると、残り400m、そろそろスパートをかけてスロウムーンの奴を追い抜いてもいい頃合いだ。
「私もここから……!!」
スロウムーンの奴も加速し始めた、どうやら俺と同じタイミングでスパートをかけたようだ。
「チッ……」
しかし……やはりそうだ、スロウムーンの奴は自分から勝負を仕掛けて来ただけあって、俺に勝つほどの武器を用意していやがったみたいだ。
「しかし……これは……どうやって勝つ……!?」
俺と同時にスパートをかけたスロウムーンは、当然スパートをかけているのだから加速し始めた。しかしその加速は、俺以上……いや、スタ公以上の加速かもしれねぇ……!
「(異様だ……。明らかに何かの武器を使用している加速だ……)」
「(私の武器は、ツインサイクロンの武器と似ている……しかし私が武器を使用するのは相手ではなく自分自身! ……風の流れを読んで、自分が最も加速しやすいように位置を調整する!)」
残りは200m、このままではまずいと判断した俺は、スタ公の能力から着想を得て前々から練習していた武器を使う。
「っ!? ……またすごい威圧感ね……汗が止まらないわ……」
恐らく奴が感じているのはまるで巨人の口が迫っているかのような恐怖だろう。スタ公が放つ異様なまでの威圧感を俺は習得して、更に鋭く研ぎ澄ませて操れるように練習しておいた。
「でも……」
「クソッ! ダメか!」
まるで俺の威圧感の塊を打ち砕くかのように奴のオーラが光り輝き、あっという間に俺は後ろにおいてかれてしまった。
武器を使っても使わなかったとしてもスロウムーンとの差は縮まらなかったんだろう。いつの間にかスロウムーンはゴールしてしまっていた。
「ぐああ……クソが……」
「約束は約束よ、いやでも信用してもらうから……」
地面に倒れる俺に向かってスロウムーンはそのように言った。おまけにこうも言った。
「走りが甘いわ。そんなんじゃ原田トレーナーに一泡吹かせるなんてできないわ……。私を超えるくらい強くなって宝塚で勝負よ……」
なんか、ああ、クソ。ちょっとだけこいつの正々堂々戦いたいという気持ちが本物なんじゃないかと思っちまった。
勝負に負けた以上、俺は約束を守らざるを得ないし、このまま俺の実力を馬鹿にされたままなのもムカつく。
「原田にも一泡吹かせるがよ、お前にも一泡吹かせてやるよ」
「期待してるわ……それじゃあとりあえず、イーグルクロウとも後で合流しましょうか」
こうして俺の実力不足によって、スタ公奪還作戦はスロウムーンの案で実行することに決まった。トレ公にも伝えておかねぇと……