持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
「……あなたのその威圧感には何か特別なものを感じるわ……」
「ん? 特別なものだと?」
スロウムーンとの賭けレースを終えた次の日、俺は再び授業中にグラウンドに呼び出され、そのような事を伝えられた。確かに俺はレース中、スタ公の奴の走りから学んだ威圧感を、走っている相手にぶつけるといった事をしているが、それに関してだろうか。実際昨日の賭けレースもスロウムーンの奴に威圧感をぶつけていたしな。
……それより授業を抜け出しすぎて流石に欠課の数が気になるな。
「なんというか、あなたの威圧感には塊のような衝撃を感じるというか……まるで威圧感が実体化して、私自身を食らう蛇が喰らい付いているような……ワニのような……そんな感じなのよ……でも目覚めてはいない……まだ片鱗を見せただけ……だからきっと私と再びレースを行えば、その武器が目覚めるかもしれない……」
「やべ……言ってる意味がまったく分からねぇ……」
思わず本音が出てしまった。抽象的すぎることを言われると頭が痛くなってくる。
要約すると、俺の出す威圧感には他とは違う強い武器になる素質を感じると言う事らしい。そして俺が再びグラウンドに呼び出された理由として、スロウムーンの奴と走っていればその威圧感の塊がしっかりとした武器として目覚めるのではないか、という理由だった。
「しかし……いいのか? もし仮にお前の言う通り俺の武器が目覚めれば、敵に塩を送る羽目になるんだぞ」
「勘違いしないで……。前にも言ったと思うけど、私はただ正々堂々と勝負がしたいだけなの……あなたの才能が持ちうる武器、その全てに私が優位になれなければ、最強のウマ娘とは言えない……真っ先に目覚めさせて、私が最初に弱点を見極めるのよ……お互いの全力をぶつけ合って、私が上になるの……」
「腹黒」
「黙りなさい……」
喧嘩が勃発しかけていたが、最近トレ公の奴に念を押されているアンガーマネジメントで何とか耐えた。耐えて、俺の威圧感に眠る武器を覚醒させる特訓が始まった。
まず最初に始めたのは、シンプルに併走だった。最初からレースでもよかったのだが、それではお互い早くから疲れてしまって覚醒にまで至らないかもしれないという理由で併走になった。少しだけ速めに走るスロウムーンの横を走り、その上でレース中に使う威圧感を送っているが、何も変わらない、ただ走っているだけだ。これといって何も特筆することが起きない。
というより、本来俺の放つ威圧感は、レースに勝ちたいという欲望や渇望のようなものから出てきてる威圧感なので、何も勝ち負けの目標が無い併走においては威圧感が送りにくい。
俺も出したいと思ったらなんか出てるからイマイチ感覚とかわからねぇ。
「どう? なにか分かりかけて来たかしら……?」
適度に走ったところで併走を終了し、スポーツドリンクを飲みながら座っているとスロウムーンはそのように聞いてくる。相変わらず目を瞑りながら見えているのかいないのかわからない表情で歩いている。そのウマ娘の走りのフォームから垣間見えるのはキグナスやタルタロスのトレーニングの厳しさとそれについていくこいつの地の力。……ノースやランス、シャイニングの野郎もこんな風に……。
たった今タルタロスに捕まっているスタ公もこれほど絞られるトレーニングをさせられているのか……? しかしこれで強くなれるならウマ娘として不正解ではない、のではないだろうか……。
「いんや、何も感じねぇ。本当に武器に目覚めるのかよ?」
「分からないわ……」
分からねぇのかよ。と思いながら、コップに残った残りのスポーツドリンクを飲み干す。
「あ、やべ」
気が抜けていたからか、スポーツドリンクが入っていたコップをベンチの下に落としてしまった。転がって転がって、コップはベンチの真下に入り込んでしまった。うわ背中曲げないといけないのめんどくせぇ。
「……!? ちょっとこっちに来て! 荷物も全部持って……!」
コップを拾おうとしながら次はどうするかなどと考えていると、急にスロウムーンが俺の腕と荷物を引っ張って学園に生えている木の後ろに隠れた。俺も引っ張られているので自然と木の中に引き込まれる。俺とスロウムーンと荷物で、三本の木を使っている隠れ方だ。
「おい、急にどうしたんだよ……」
「出来る限り静かにして……」
それだけ言うと、スロウムーンは先ほどまで俺たちが走っていたグラウンドの方に耳を傾け始めた。あいにく俺は音だけで周りの景色を見ることができるわけではないので、木からはみ出さないようにしてその方向を覗く。
「さて……今日も一人でこのメニューをこなしてろ」
「はい……」
「スタこ、んっ……」
一瞬声が出かけてしまったが、急いで引き留めた。なんとグラウンドの方に来たのはスタ公の奴と原田の野郎だった。スタ公の奴はやつれている様子で、メイクデビューの頃の橋田みたいになっていた。以前のような明るい雰囲気は微塵も感じられない。明るめの赤色をしたトレセンのジャージが、今日だけはまるで血が固まったような不気味な色をしているように見える。それにしても、なんでスタ公と原田の野郎がこんな授業中のグラウンドに来てやがんだ……?
「一本だけ見ていくよ」
「はい……」
「……なんだあのトレーニング方法……!?」
始まったスタ公のトレーニングは、異常そのものだった。速度はスパート、曲がる時でさえスパート、最初から最後までスパート。あんな方法で走ったらすぐに息が上がるに決まっている。しかしスタ公の奴は止まらない。普通のレースと同じくらいの時間走っている。
「ふ──っ……ふ──っ……かふっ……」
あまりの光景に一秒が十分ほどに感じるトレーニングを走りきったスタ公は汗が滝のように流れ、目はうつろ、息も絶え絶えだった。手や足に至っては震えている。
「まだだな……まだ完全に限界を超えられていない……」
パソコンを見ながら原田の野郎は何かを話している。なぜこのような状態の担当ウマ娘を前にしてあんな平然と話していられるんだ……?
「あと十本、今の走りをするんだ。しばらくしたら戻ってくるからね。あ、いつもみたいに言っておくんだけど……水分は摂っちゃダメだからね」
しばらく話して原田の野郎はどこかに行ってしまった。
俺は思わず拳を手がマヒするほど握りこんでいた。怒りの対象は当然原田の放つ言葉全てだが、特に最後に聞こえた一言に対してだ。水分を摂ってはいけないだと……? 狂っている、すでに6月だ。夏の熱さは既に現れ始めている下で、水分を摂らないであのトレーニングを続ければ脱水症状は免れない。率直に言ってスタ公が死んじまう。
しかし、原田の野郎が離れたのが唯一の幸いだ。原田の監視下に無いのならば今のうちに水分を隠れ飲んでしまえば良い。そうすれば宝塚記念でスタ公を助け出すまでのスタ公の水分状態は守られるだろう。
……俺は原田の野郎が完全に離れたのを見て、スタ公に声をかけようとした。のだが。
「シャインさん!」
「うわ……今なの……」
なんと俺たちより先にスタ公に声をかけた奴がいた。イーグルクロウの奴だ。でも時間はまだ授業の真っ最中、なぜイーグルの奴が……。
「……あなたとの特訓のついでに、作戦の確認もしようと思って呼んでたのよ……だけどよりによってこんな時に……あの子スターインシャインにすごい尊敬の念を抱いてるから、今のあの姿見たら何をするかわからないわ……すぐに私達も声をかけましょ……」
スロウムーンの指示に頷き、イーグルに続いて俺たちもスタ公に声をかけようとしたその瞬間だった。
「痛っ……!?」
なんとスタ公の奴が、イーグルの野郎を突き飛ばしやがった。先ほどスタ公の奴を呼んだイーグルの大声で、原田の野郎も戻ってきちまった。木から出かかっていた俺たちはすぐさま木の後ろに隠れ、様子をうかがう。しかし一時的だ。イーグルの身に何か危ないことがあるようだったらすぐに飛び出して原田の野郎をとっ捕まえてやる。
「うちのシャインに何か用でしょうか?」
「水分を摂っちゃダメって……おかしいんじゃないですか!? あなたそれでもマル地のウマ娘を活躍させてきたんですか!?」
「これはうちの教育方針なので……」
「ね、ねぇシャインさん……また、
「うるさい……私はここじゃなきゃ強くなれないの……! 今更近づいてきて……どうせレースで邪魔するつもりなんでしょ!?」
「まぁまぁシャイン」
そう言ってスタ公はイーグルの胸ぐらをつかんでまた突き飛ばした。しりもちをついているイーグルにスタ公は追撃を入れようとしていたが、原田の野郎がスタ公を抑えている。
「あいつ!」
思わず俺はスタ公の奴を一喝してやるために木から飛び出そうとした。しかし腕をスロウムーンに掴まれて引き留められてしまった。
「なんで止めんだよ! あいつ一回ぶん殴らないとダメだろ!」
「どうしてそうやって思考が脳筋なのよ……!」
掴まれた腕を引っぺがし、原田の野郎とスタ公に気付かれないようにスロウムーンと小声で話す。
「耐えなさい……いくら木に隠れてるとはいえ、注意深く凝視されればバレかねない位置よ……あなたが木から出てくれば、あの人たちの視線はこちらに向く……。そして私がいることもバレる、あなたと私が一緒にいることを原田が見たら、怪しまれるわ……!」
確かに……今一番バレてはいけない事は、俺とスロウムーンが一緒にいることだ。バレてしまえば、作戦がお釈迦になる可能性だって否めない、そうなれば次にいつスタ公を救い出す打開策が思いつくか分からない。
確かにそうなんだが……!このまま見ているのも……!
「……私の知ってるシャインさんは……こんな人じゃなかった……」
突き飛ばされたイーグルの野郎が立ち上がってそうつぶやくのが聞こえた。言い合いをしていた俺とスロウムーンはイーグルの方向を再び向き耳を傾ける。
「私の知ってるシャインさんは! みんなに希望を与えてくれる人だった! 夢を与えてくれる人だった! それなのに今は! ……今はただの乱暴な人だよ……!」
それだけ言って、イーグルは涙目になりながら走って帰って行った。
「……イーグルちゃんには、あとで謝らないといけないわね……。今日の所は引き上げましょう、スターインシャインはこれからここを使うみたいだし……」
「……そうだな」
……腑に落ちない、それしか言えなかった。
いや、一つだけ確信できたことがある。
「あの方法は間違っている……」
「ん……?」
「原田の野郎は他のウマ娘にもあんな感じなのか?」
「いや……確かに厳しいトレーニングをするのはよく見るけど、水分を与えないというのは初めて見たわね……極限状態に追い込む必要でもあるのかしら……?」
許せねぇ。スタ公の奴をあんなになるまで追い込んで、挙句反省している様子もない。強くなれるならタルタロスにスタ公がいても問題ないなどと思っていた数分前の俺を殴ってやりてえ。そんなわけあるか! あのトレーニング方法は確実に間違っている! 救い出して……原田を殴って……そしてスタ公も一回ぶん殴る!!
「絶対にスタ公の奴を救い出す」
「……ハナからそのつもりよ……。……あなたのトレーナーや知り合いにも連絡はしておきなさい……少し作戦を手伝ってもらうわ……」
「ん? これは……」
スターインシャインの元友人? のようなものを追い払い、僕はタルタロスのトレーナー室に戻ろうとした。しかし一つだけ気になるものを発見し、しゃがんでそれを拾ってみた。
「これは……コップ……?」
紙コップがベンチの下に落ちていた。トレセン学園はこういうゴミには厳しいはずだから落ちているはずがないし、底を見るとまだ新しいスポーツドリンクの残り液があった。つまり僕とスターインシャインが来る寸前に誰かがここを使っていた。普段ならトレーニングしていただれかで片付くが、今は授業中だ。授業を抜け出してトレーニングしているウマ娘がいるというわけだ。
「……クククッ、前から変わってないなぁクライト。コップのふちを噛む癖で丸わかりだ」
しかし誰が使っていたかは一目瞭然、クライトだ。僕に数日前、宝塚記念での挑戦状をたたきつけられて特訓でもしているつもりなのだろうか。
「しかし! スロウムーンは既に武器を完成させている……クライト……お前に勝てるかな……?」
紙コップを握り潰し、タルタロスのトレーナー室に戻ろうと再び歩き始めた時。脚に何かが当たった感覚があった。
「ん……?」
またゴミか……などと思って下を向いてみると、そこに落ちていたのは見覚えのある容器だった。
「これは……スロウムーンの水筒……?」
スロウムーンとクライトが同時に授業中の時間にここでトレーニングをしていた……? 一体何のために……?
「スロウムーン、キグナスから委託されたウマ娘だからと思って警戒はしていたけど……まさか本当に裏切るつもりとはね……」
水筒を踏み、僕はタルタロスのトレーナー室に戻った。