持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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作者「CSMのダブルドライバー買いました。さぁ、お前の罪を数えろ!(財布スッカスカ)」


第六十八話 二つの戦い 宝塚記念②

 

「ここがタルタロスのトレーナー室だよね……でっか……」

 

 スロウムーンと言うウマ娘に指示されて向かったタルタロスのトレーナー室だが、あまりにもデカい。一つのチームを経営するのであれば学園にあるトレーナー室で十分だろう、それなのに原田と言うトレーナーはなぜこれほどまで大きいトレーナー室を作ったのだろうか。とりあえず、この中にシャインを助けるヒントがあるかもしれないというのなら、私は全力で探す。

 

「あの……サンさん……」

 

「なんか変な呼び方だね……普通にサンでいいよ」

 

「う~ん……いきなり呼び捨てにするのは気が引けますけど……そ、それじゃあ、サン。サンはシャインさんとはライバルで友達なんでしたっけ?」

 

 一緒に来たイーグルちゃんが私にそう質問してくる。確かにシャインはライバルだが、友達と言うのは違う、もちろんいい意味で。もう私とシャインとクライトは、友達という言葉では片付けられないほど絆が深い関係になっている。そこを強調してイーグルちゃんに返事する。

 するとイーグルちゃんはどこか申し訳なさそうな顔で、言葉に困っているようだった。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、あの……今のシャインさんの様子を教えたら傷ついちゃうかなって……」

 

 イーグルちゃんの態度を見るに、今のシャインは相当悪い状態なのだろうと察することができた。態度で分かりやすすぎるからもはや聞くまでもないね……。

 

「うん……大体分かったから大丈夫だよ……」

 

 あまりにもわかりやすすぎるイーグルちゃんのかわいらしさと、シャインの今の状態を想像した二つの感情が混ざってしまった苦笑いをしながら、タルタロスのトレーナー室へと私たちは足を運んだ。

 

 

 

「いや、霧が濃いな!!!」

 

 ゲート前、今までは作戦が上手く行くかの不安があったり、スロウムーンの野郎とアイコンタクトでバチバチしていたから気付かなかったのだが、今日の阪神レース場のコースを見ると、どうにも霧が濃い。もはや観客席が見えないくらいの霧が立ち込めていた。……今日は本当に6月なのだろうか。

 

 なぜ今まで気づかなかったのだろうと自分を心配するレベルの霧の量だ。もしこのまま出走したら視界はどうなるのだろうか。

 

「……見えねぇだろうなぁ」

 

 この宝塚記念がますます不安になってきた、脚がじっとしていられなくなり、どうしてもそわそわしてきてしまう。

 

 ……そういえばトレ公の奴は橋田を見つけられたのだろうか。

 

『さぁ霧が濃い中で行われる宝塚記念、……ウマ娘達が見えませんね。ゲート入りは進んでいるのでしょうか』

 

 ほらみろ、霧が濃すぎて実況の人まで困惑してしまっているじゃないか。

 

 周りを見ると先ほどより霧が濃くなっているように見える。しかし自分の周囲が見えない訳ではないので、レース自体は出来る濃さだ。いつも以上に実況の人が大変になるだけで、特に問題はないだろう。

 

 ボケッとしていると係員の人に霧の中誘導され、ゲートまで導かれた。係員の動揺の仕方的にもイレギュラーな事なのだろうが、俺には関係ないな。

 

『阪神レース場・芝2200mで行われる宝塚記念。今年はいつもとは違う霧が濃い状態での開催となっていますが……』

 

 ゲートインが順調に進んでいるのにもかかわらず、実況のやつは呑気に何かを語っている。この霧の濃さではゲートの様子を確認する事も出来ないのだろうから、しょうがない事ではあるのだが。

 しかしよく考えてみると、スタンド前からのスタートなのに実況席から見えない霧の濃さって普通に考えてやばいな。なんで出走OKにしちゃったんだこれ。

 

『どうやら、もう少しで出走のようです。ゲートイン、恐らく順調に進んでいるのでしょう』

 

 他のウマ娘の気配が後ろの方向から消え、全て俺の横に並んで感じる。全員のゲートインが終わったようだ。

 

 赤いランプが光り、次の瞬間。

 

「(いくぜ……トレ公……)」

 

「(いくわよ……)」

 

 大きな音とともに目の前のゲートが開き、一気に走りだした。

 

『……どうやら既にスタートが切られたようです! しかし私からは何も見えません! 観客席からも不安な声が聞こえます宝塚記念! 恐らくスタンド前を通過しているのでしょうが、足音しか聞こえません!』

 

 なんつー実況だよ。と思いながら、俺は脚を前へと進めていく。

 

「げ……こういう障害があるのか……」

 

 スタートする前は考えてもいなかったが、こうも霧が濃いと他のウマ娘の位置を確認するのが難しくなるのだ。そのためいま俺がどの位置にいるのか、どの場所に控えているウマ娘がいるのか。いまいち分かりにくい。

 

 そのまままっすぐスタンド前を通過していくが、相変わらず白い視界の中俺は走っている。かすかに見える柵を見ながら、コーナーだと判断して体の方向を曲げる。

 

「……なるほど……ただ視界を邪魔してくる霧だと思ってたが……そうだよな……。()()()()を邪魔してくるんだよな」

 

 後ろの方を見ると、かすかに霧が薄くなっていたため、一瞬だけほぼすべてのウマ娘の位置が見えた。他のウマ娘はいつもより乱れた位置にいるのにもかかわらず、ただ一人だけしっかりと位置取りが出来ているウマ娘がいた。

 

「スロウ……」

 

 この霧は俺たちの視界だけを邪魔してくる。しかしこのレースには視界など関係無いウマ娘がいることを忘れていた。

 

「(スロウ、ね……人の名前を馴れ馴れしく呼ぶあたり余裕じゃない……)」

 

 きっとスロウは音の反射や風の流れで周りの景色を読んでいる。レース中であれどすべてのウマ娘の足音一つだけ聞こえればスロウにはすべての景色が見えているのだろう。

 しっかりとしたコース取りが出来ているのなら、スタミナを余分に使わないで走ることができる。それに加えて、他のウマ娘の位置取りが微妙にバラバラなせいで垂れて詰まることもない。

 

 最悪だ。何とも思っていなかった霧がここまで牙を剥いてくるとは。

 

 未だレースは中盤……! 

 

 

 

「イーグルちゃん、尻尾……!」

 

 小声でイーグルクロウの事を呼び止める。揺れていた尻尾が監視カメラに映る範囲まで入りかけていたのだ。

 

「あっぶ……~~!!」

 

 声にならない悲鳴を上げながらイーグルちゃんは息を吐く。スロウムーンから伝えられた情報によると、タルタロスのトレーナー室に付けられた監視カメラの映像は原田トレーナーのスマホから臨時確認できるようだ。それにトラップも多く、ただのトレーナー室にここまでするあたり、やはり原田トレーナーは何かを隠していると言う事なのだろう。それか極度に空き巣が嫌いなのか。

 

「もうそろそろ宝塚記念がスタートしてるころかな……急がないといけないね」

 

「そうですね……!」

 

 いくらか監視カメラを捌きながら、スロウムーンが事前に調べていたものを目指す。スロウムーン自身も原田トレーナーがいない間にタルタロスのトレーナー室をいろいろ調べていたらしいが、シャインを押さえつけているものに関して何も見つからなかったらしい。最終的に残ったのが、原田トレーナーがいつも座っている机に収まっているある金庫だったという。

 

 しかし原田トレーナー自体がなかなかトレーナー室を離れなかったり、宝塚記念も近く、何より他のウマ娘の視線をかいくぐるのが難しすぎるという事もあって、金庫を開けるまでに至らなかったそうだ。そうしてどうしようか困っていたところでクライトと出会ったという。

 

「さて……私たちの仕事だね」

 

 スマホの画面を覗いてみても原田トレーナーが何かをしているという様子はない。

 監視カメラに写っているという感じもないから、あとは私たちの役目を終わらせるだけだ。

 

「サン」

 

「ん? なにイーグルちゃん」

 

突然後ろからイーグルちゃんに名前を呼ばれたが、スロウムーンの地図に書いてある監視カメラの死角と現実のトレーナー室を見比べるのに集中していたので、返事だけ返した。しかし次の瞬間聞こえてきたのは、イーグルちゃんの動揺したような声だった。

 

「あ、あの……今呼んだの私じゃないです……」

 

「え、じゃあ誰が呼んで──」

 

 確かに、確かにそうだった。このタルタロスのトレーナー室に私とイーグルちゃんしかいないと思っていたのは、私の先入観だった。宝塚記念が開催されてるから、タルタロスのメンバーは全員阪神レース場に向かったとばかり思っていた、そう決めつけていた。

 

「シャイン……!?」

 

「えっ、えっえっえっっっ、えええっえっとえっとえっと」

 

 私たちの後ろに立っていたのはシャイン。壁に寄りかかりながら私たちの事をじっと見据えていた。しかしそこに立っていたシャインは、以前の私が知っているシャインではなかった。体からどす黒いオーラを滲み出し、完全に私を『敵』として見ている目でこちらを睨んでいた。

 

「原田トレーナーから言われた通り、ここにいたんだけど……本当に来るとは思わなかったな」

 

「シャイン……もうすぐ助け出せるよ! もうすぐシャインを助け出せる!」

 

「ごっごめんなさえっっ、えっと、えっとえっとごめ、いやあの、えっと」

 

「イーグルちゃんちょっと静かに……」

 

「きゅっ!!」

 

 なぜだろうか、シャインはもうすぐ橋田さんの元に戻れるというのに一向に喜ぶ気配が無い。それどころか戻ると言う事に嫌悪感を感じているように感じる。タルタロスのウマ娘である以上この不法侵入を見逃すつもりがないのかもしれないし、かなりまずいかもしれない……。

 

 ……なんでイーグルちゃんは息止めてるの!? 

 

「シャイン……私達はシャインをタルタロスから解放するために来たの……! お願いだから見逃して……! きっと助け出すから……!」

 

 シャインを必死に説得するが、相変わらず視線は変わらない。シャインは黙ったままこちらを睨み続ける。ふとシャインの右手が動き、ポケットの中に入れられる。ポケットから出てきたのはスマホ、シャインは番号を入力して、ある場所へと電話をしているようだった。

 

 あ、まずい、これ原田トレーナーに連絡されて。

 

「シ、シャインまっ──」

 

急いでシャインの事を止めようとしたが、シャインはとっさに私の口を押さえた。

 

「もしもし。はい、サンはトレーナーさんが言った通りトレーナー室に来ました。はい、トレーニングルームの方です」

 

 終わった……。

 

「でも……逃げられてしまいました」

 

「(え?)」

 

「申し訳ありません……」

 

 逃げ……ウマではあるけど、今この状況においては私は一切逃げていない。むしろ覚悟決めてちょっと正座してたくらいだ。つまりシャインは原田トレーナーに嘘をついた。なぜ、シャインはそんなウソをついたのか……。

 

 私はひたすら困惑していた。隣にいるイーグルちゃんなんか汗が出すぎて風呂上がりみたいになってしまっている。

 

 しばらくシャインの相槌が部屋に響いた後に、原田トレーナーとの電話が終わったようだった。

 

「5分間だけだよ」

 

 それだけ言ってシャインは振り返ってどこかに歩いて行ってしまった。

 

「シャインちょっとま……。……いこっか、イーグルちゃん」

 

「……」

 

「いつまで息止めてんの!?」

 

 

 

「スターインシャインからの連絡からして、トレーナー室の外に逃げたのか……」

 

 宝塚記念に対する期待で熱いくらいに熱気を感じる阪神レース場で、呟く。スマホでトレーナー室の映像を流しても姿一つ見えないあたり、プロミネンスサンは監視カメラの死角を完璧に知っているようだ。先ほどスターインシャインから来た連絡を受け、改めて今後の展開を考える。

 

 プロミネンスサンはトレーナー室から逃げた。もう戻ってくることもないだろうし、心配する事もないだろう。

 一応、プロミネンスサンがタルタロスのトレーナー室に戻る可能性を考えるが、その点においても問題はない。宝塚記念が始まる前から僕の事を見張っている奴が一人いるが、それも心配する事は無い。

 

「彼らが捜しているのは恐らくスターインシャインと橋田瑠璃の会話が入ったレコーダー。しかし……そのレコーダーは僕の金庫の中にあるからこのタイミングを狙った。でも全部無意味だ」

 

 

 その金庫の中は今、空洞だ。

 

 

 数日前、スターインシャインのトレーニングを行っている最中に見つけたスロウムーンとクライトの痕跡。あれを見つけてからスロウムーンの動向に気を付けていたら僕の金庫を開けようとしていることが判明した。だから宝塚記念が始まる前にあらかじめ関係者室の中に持ってきておいたんだ。

 

 だから仮にプロミネンスサンがトレーナー室に戻ってきたとしても、当然金庫には何も入っていない。完璧に僕の勝ちだ。

 

 レコーダーは保持し、宝塚にも勝つ。

 

 これがタルタロスだ。クライト。

 

「……そろそろレースも終わるかぁ、戻るか……」

 

 勝利を確信したところで、僕は関係者室に向かって歩き始める。

 

「……?」

 

 ここである違和感に気付いた。

 

 何か重要な事を見落としているような気がしてならなくなった。先ほどのスターインシャインからの電話に違和感を感じているのだが、違和感の正体が分からない。

 

「……ちょっとまて……トレーニング室……!?」

 

 僕は歩みを加速させ、関係者室へと全力で走り始めた。タルタロスのトレーナー室を熟知している僕には分かる、僕が設計したタルタロスのトレーナー室は、トレーニング室と金庫がある部屋をつなげていない。もしスロウムーンが協力しているのであれば、間違っても金庫が無いトレーニング室に入るわけが無いのだ。

 

 つまりこれは……あのプロミネンスサンは……。

 

「囮だ……! 奴らの目的がタルタロスのトレーナー室にある()()()()()だと思わせるための!!」

 

「(作戦始動ね……原田トレーナー……。あとは頼むわよ……橋田さん、プロミネンスサン、イーグルちゃん、あなたたちにかかってるんだから……)」

 

 

「はぁ~っ……はぁ~っ……。何とか間に合った……ってか霧が濃いな!? なんだこれ……」

 

「あれ、速水さん。クライトのレース最初から見ていなかったんですか?」

 

「ん? ああ木村さんか、ちょっと色々あって……いや、も、この歳で全力疾走ってキツイな……タバコやめたはずなんだけど……ウマ娘も走る時これくらいキツイんだな……。クライトのトレーニング少し優しくしてやるか……」

 

 阪神レース場で原田を見張っていた木村さんと合流し、何とか一息いれる。コースの方を見ると、霧が視界の邪魔をして、芝もウマ娘も掲示板も何もかもが見えていない状況だった。一応霧がほんの少しだけ晴れて来たのか、スタンド前の芝は見える状態だ。クライトは今向こう上面にいるのだろうか。

 

「……原田は?」

 

「少し前に動きました。……しかし、スロウムーンの巧妙さはキグナス譲りと言ったところでしょうか。橋田さんがスロウムーンから伝えられた作戦を私たちに暴露しなければ、気づきもしませんでしたよ」

 

「極秘の作戦を同僚にすぐばらす橋田には今度説教だけどな」

 

 きっと今頃橋田は……。

 

 

 

「すみません! 宝塚記念に出走しているマックライトニングの関係者なんですけど……」

 

 あわただしい俺の雰囲気を察してか、受付の人は身分を確認してからすぐに通してくれた。受付を通り抜けてすぐに俺は走りだす、ただ一点を目指して。

 

「くっ……どこだ……タルタロスの関係者室……」

 

 シャインを助け出す時間は、少ない。

 

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