持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
……
…………
………………だ
……………………様だ!
「異様だ……!!」
何度その言葉を繰り返しただろうか。スパートをかけ始めた瞬間からずっと唱え続けているその言葉、恐らく他のウマ娘達も感じていることだろう。
「(私の目が……見えている!?)」
最初に異変を感じたのはそこだ、最初は私の視覚が復活していると、そう錯覚した。もちろん私は以前から周りの景色を疑似的に感じることはできたが、今回は違う。私の眼球が正しく機能していると錯覚するほどに、周りの景色が色づいて見えた。
一瞬だった。私が異常事態に気付くまでは一瞬だった。
気づいていた、レース中マックライトニングがまともな位置取りをできていないことを。当然だ、この霧の中まともに位置取りが出来るウマ娘の方が少ないだろう。他のウマ娘だってそうだ、シニア期だからちゃんとした位置取りが出来ているようなものなのだ。そんな霧の中で、マックライトニングの位置が私と同じ『最適な位置』に軌道修正され始めたのだ。
肌から感じるミストの感覚で考えても霧はまだ相当濃いだろう。それなのになぜ最適な位置取りが出来る……? 山勘で位置取りをしているのか……?
バチバチとスパークの音が聞こえるのは幻聴だろうか。しかしこれまで耳を頼りに周りの景色を見ていた私が幻聴など聞こえるのはあり得ない。ソナーを使わなければまともに見えず、黒一色だけの視界に、確かに紫と白の稲妻が走るのが見える。その稲妻は後ろから現れ私を通り過ぎていく。
その稲妻はこれから起こりうる未来を描いているのか。
聞いたことがある。時代を動かすほどの極めて少数のウマ娘が目覚めるという唯一無二の強さ。
かの有名なシンボリルドルフ、ミスターシービー、マルゼンスキーなどもこの強さに目覚めていたという。
その強さの名は、
「静かだ……」
視界が真っ白に染まり、周りの音が聞こえなくなった。先ほどまであんなにうるさかった足音が何も聞こえない。
俺の手足に繋がっている鎖はそのまま、何もない空間を走っている。
「……」
相変わらず視界は霧に包まれているが、なぜか走るべき道が分かる。
「しねぇ……負ける気が……しねぇ」
なんでだろうな、トレ公。今になってオメーの顔が頭に浮かんでくる。
『もうそろそろ最終直線でしょうか。ウマ娘達の走る音が聞こえてきます』
「クライト……頼む……」
本来2分程度で終わるレースのはずが、俺には何週間にも感じる。
俺たちの前を包んでいる霧は未だ晴れず、俺たちの視界を邪魔している。そのせいでクライトが今勝っているのか、負けてしまっているのかわからない。どうして俺はいっつもこんな異常事態を引き寄せてしまうのだろうか。
不安に耐え切れず俺は上半身が前に倒れ、コース前にある柵に突っ伏してしまう。
「頼むよ……俺たちは壁を何度もぶち破ってきただろ……地方から勝ち上がってきたんだろ……これを勝てば……これを勝てば俺たちの目標にきっと近づけるんだ!」
「速水さん!」
隣にいた木村さんの叫び声で俺は顔を上げる。
宝塚記念を走るウマ娘達が最終直線に突入してくる方向、右側を見ると、かすかに霧が晴れてきていた。いや、それどころか全体の霧が晴れてきて、そしてその晴れた霧の中にいたのは──
「だから……私はもう走りたくないんですって……」
「そんなこと言わずにさ! 君の走りには間違いなく何かがあるんだ!! きっと中央でも通用するはずなんだ!!」
練習用トラックを見つめながら
「でも、地方のレースですら通用しない私の走りなんて中央で軽く流されますよ?」
「構うもんか、勝てるようになるまで練習を改善していくさ」
この人は少し前から私を中央のレースにスカウトしてくる、速水という人。正直しつこくてうんざりしている。トレーナーさんに……トレーナーさんに見捨てられた私に価値なんてないのに……。
時には警察を呼んで注意して貰った時もあったが、それでもこの人は毎日私の所にやってきてスカウトしてくるのだ。非常にめんどくさい。
骨折した脚を見ながらそのトレーナーさんを見る。そのトレーナーさんは練習中のウマ娘達を見ながら、これからの未来でも見据えているのだろうか。そう感じるほどのハイライトが掛かった眼だった。
「なぁ、君は何のために走るんだ? マックライトニング」
私がトレーナーさんの目に見とれていると、急にそのような質問をされた。何のために走る。私の目標についてだろうか。確かに、今までそんなもの考えた事が無かった。ただ走るのが楽しいから、競い合いたいからただ走っているだけだった。
しかし今、私がこれからも走るための目的はなんだろうか。原田さんに見捨てられて、これからどうするべきなのか。
……舐められていたのだろうか。原田さんに。
舐められていたから、見捨てられた。舐められていたから、他のウマ娘にバカにされた。
……私の目標は。
「……誰にも舐められないため」
「ん?」
「強くなって……誰にも舐められない為……!!」
「……そうか」
私が精いっぱいの言葉をひねり出すとトレーナーさんは、まだ私の担当でもないのにまるで私が担当ウマ娘かのように誇らしそうな顔をしていた。
なぜそこまで私に熱心なのか。
「俺も、君のその気持ちに答えたい! 俺だって、君と一緒に功績をあげて、周りに舐められないようなトレーナーになりたい!」
「それはこっちのセリフだッ!! 」
俺がここまで上がってこれたのも……ここまで強くなれたのも……全部全部全部トレ公のおかげだ!! トレ公がスタ公を見つけてくれたからライバルとして、走りで殴りあえた。トレ公が徹夜で本を読んで勉強してくれたから、俺の走りが磨かれた! トレ公が……トレ公が……。
だからオメーがドン引きするくらい、恩を倍にして返してやるんだよ!
ライトニングと付く俺の名前に恥じないくらい、ここに衝撃を走らせる!
「霧が、晴れ……。こんないい位置で走ってたのか……」
最終直線に入った瞬間、コースを包んでいた霧が晴れた。目の前を走っているのはスロウムーンを含めたシニア期のウマ娘が6人ほどバラけている。
見えた……トレ公とのトレーニングで培ってきた集団の抜け方。目の前を走っている7人の集団を抜け出すルートが頭の中で自動的に構築され、俺の視界に映し出される。
「見せてやる……ライトニングを!!」
「いいえ……私が勝つのよ! マックライトニング!!」
あなたの走っている位置、呼吸のリズム、今前に出ている腕、脚。すべて私が持つ感覚の目に見えてる……! あなたがどんな思考で、どんな捲り方をしようとしているか分かれば、そのさらに三手先を読んで、あなたの行動を潰すなんてたやすい……!
霧の中で視界が邪魔されてまともな位置取りが出来なかった他のウマ娘はもはや相手じゃない! この宝塚記念は私とあなたのタイマンレース! この前の賭けレースの時のようにひねりつぶしてあげるわ!!
『霧が晴れてウマ娘達の姿が見えました! 先頭から……』
やっと俺たちの姿が見えたことで急いで実況を始めている声が聞こえ始めた。
実況はいいのだが……スロウムーンの奴がおかしい。
スロウの奴の顔や走り方を見ると、足取りがふらついており、歯も食いしばっているように見え、相当限界なのだろう。そのような状態になるまで体力・精神を削ったからなのか、スロウムーンの奴は俺の追走から逃げ切ろうとしていた。
俺の今の状態が普通じゃない事は既に気づいてる。だけどその普通じゃない状態でさえスロウムーンには逃げ切られようとしていた。
「(これで終わりよ……もう残り200m! このまま……このまま私があなたを倒す!!)」
このまま逃げ切られたら……また他のウマ娘に舐められる……!
「そんなこと……ダメだぁ!!」
「ん”っ!? ん、く……」
突如私の心臓を貫いた痛み、マックライトニングに負けまいと自らの限界を超えようとしていた時に突然訪れたその痛みは、限界寸前だった私を宝塚において再起不能にするには十二分な威力を持っていた。
後ろを見ると、マックライトニングの脚から伸びている鎖のようなものから黒い龍のようなものが伸びていた。その牙が私に突き立てられていた。当然幻影だ、本当に牙が突き立てられているわけではない。でも確実にその牙は私の体を、脳の処理をショートさせた。
『マックライトニングだ! マックライトニングが差し切った! クラシック期のウマ娘がシニア期を倒そうとしている! 年代なんて関係ない! 地方の才能が、今開花した──ッ!!』
「トレこ……勝っ……」
スロウムーンの奴をやっとの思いで倒しタあと、走り終わって疲れた体を休ませるため立ち止まると、先ほどのようなはっきりとした真っ白な視界は無くなり、周りの音も聞こえるようになった。それと同時に、すごい量の疲労感が俺の体を襲い、そのまま俺は意識を手放した。
「……」
意識がはっきりと復活した。
周りを見ても何も見えなかった。ただの暗闇だ。俺がレース中に見たあの空間のような場所に俺はいた。
脚に引っ張られる感覚が走る。足元を見ると、レース中に見えた鎖がまだ俺の脚に引っ付いていた。鎖はしばらくカチャカチャと震えていたが、しばらくして動きが収まった。動きが収まった後、鎖が伸びてきている暗闇に向かって何かが収束していくのが見える。見た目的に俺が聞いた恐ろしい声の主だろうか。
その主が鎖の根元にすべて収まりきると、鎖は俺の脚に埋め込まれ始めた。釣竿がリールを巻いて、糸を巻くように素早く。
「……俺の新たな武器、って事だったのか……」
すべての鎖が収まりきったあと、再び俺は意識を失った。
「……あ?」
次に目を覚ました時は、俺はトレセン学園のトレーナー室だった。見慣れた俺のトレーナー室にあるベッドだった。外を見ると時間は夜のようで、学園内には人影一つない。
机に目をやるとたくさんの新聞記事で溢れていて、その内容を見ると俺は驚いた。
「マックライトニング、宝塚記念後に意識不明か……だって?」
日付を見てみると、宝塚記念の1日後だった。俺は、ゴールした後に気絶して、今の今まで寝てたって言う事か……?
「着順は……一着……」
よかった……着順が一着でさえあれば、俺の勝利はどうあがいても覆らない。やっと、やっとこさ原田の野郎に勝ったんだ……。
俺は息を突きながらベッドに寝なおす。これからどうしようか、原田の野郎を倒して、今後俺はもっと舐められないウマ娘になるためにどうしていこうか。
そんなことを考えていると、トレ公の声が微かに扉の奥から聞こえてきた。
「はぁ、一体どう……ってクライト! 起きたのか!?」
「あぁ、バッチリとな!」
「そうか……。医者からいつ目覚めるか分からないなんて言われた時はどうしようかと思ったぞ」
そんなにやばい状態だったのかと、トレ公の話を聞きながら少しだけ背筋が凍る。
ここで俺はあることを思い出した。あの宝塚記念で行われていたのは何も走りの戦いだけではない、橋田の野郎がスタ公を助け出すための戦いも行われていたのだ。俺とトレ公が橋田の野郎を見失ってしまったあと、トレ公は橋田の野郎を見つけ出せたのだろうか。スタ公の奴は、タルタロスから帰ってきたのだろうか。
はやる気持ちを押さえられず、俺はトレ公に早速そのことについて聞いた。しかしトレ公は特に明るく切り出すというわけでもなく、ただ苦い顔をしていた。
「お、おい……何かあったのかよ。橋田の野郎は失敗したのかよ!?」
「いや……橋田はしっかりと作戦を遂行した……しかしな……」
まずトレ公から聞いたのは、俺たちの作戦が失敗していないという事だ。レースが終わった後、原田の野郎をトレ公が探した時、ずいぶんとやつれた顔をしていたらしく、見た感じからして失敗したと言う事はまずないのだろう。橋田の野郎もしっかりとスタ公をタルタロスに押さえつけているレコーダーを持ち帰って来たらしい。
「橋田が作戦を成功させ、シャインちゃんを助け出すための準備は整ったと思ったんだ。しかし……」
コーヒーに入れる角砂糖の量を数えながらトレ公は話し続ける。
そして俺はこの時、努力が報われないという言葉を頭に思い浮かべた。なぜ思い浮かべたのか、次にトレ公が話した事に驚いたからだ。想定外だった。もはやそんなところまでタルタロスの影響が出ていたとは思わなかった。
「橋田が原田の野郎のレコーダーをシャインちゃんの所に持って行ったんだよ……そしたらな……シャインちゃんこう言ったんだ……」
『私はもう、タルタロスのウマ娘だから。今更、戻る気はないよ』