持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
作者「今作者は危険物取扱試験と、VBAと、英語を同時に勉強しているんですケド、流石にタヒんでしまいそうなくらい疲れた……」
「足りない……足りない……」
私はもっと……前に進む……。
「ここは……?」
気が付くと、知らない場所にいた。見たこともない場所。周りを見渡す限りの木々、どこまでも吹き抜けていく風、景色こそ最高のはずなのだが、この巨大な自然の中に一人取り残されているというのは、何とも言えない恐怖感を私に与えてくる。
当てもなく森の中を歩くが、木々はどこまでも続いている。一向に出口が見えない。
ついには脚が疲れ切ってしまい私はその場に倒れた。
「(ああ……このまま私……)」
このままこの森の中で死んでしまうのだろう。そう思った瞬間に視界が開けて目が覚めた。
「夢……」
目が覚めると私の手元にはふかふかの布団。目に見えるのは木造建築の宿場。そうか、私はトレセン学園の夏合宿に来ている最中だったのだ。夏合宿の最中だというのになんと不吉な夢だろうか。
私に振り分けられた部屋から出て、洗面所で顔を洗う。なぜあんな夢を見たのだろうか。タルタロスに来る前はあのような怖い夢を見ることはあまりなかったのだが。
やっぱり、私にまだ強さが足りていない証拠なのだろうか。心が弱いから怖い夢に支配されるのだ。
「くだらないことを考えているんじゃないだろうな?」
顔を洗っていると、突然に後ろから声をかけられた。私は一人で足音を立てずに起きてきたはずなのに、起こしてしまったのだろうか。というより、全く気配がしなかった。どんなウマ娘だろうと顔を拭いて後ろを見ると。
「……キングスクラウン……」
なんと私の後ろに立っていたのはキングスクラウンだった。以前トレセン学園のグラウンドで一回であって以来全くコンタクトを取っていなかったが、この人はキグナスの頂点に位置するウマ娘。私と話した事こそあまりないが、長い事因縁を持っている相手だ。
「想いの継承の力はそこまですごいのか?」
「どういう意味?」
「気分を害したのならすまない。ただ気になっただけだ。君の言う想いの継承という力は、君が言うほど強いのか? と思っただけだ」
「ふざけ……っ!」
私は今何をしようとした? ふわふわと浮いた感じのする右腕を触覚で感じながら自らに問いかける。私の拳は、キングスクラウンの前で止まった。
危なかった。私は怒りに任せて他のウマ娘に手を出そうとしていたのか?
腕を下げると右腕は何故かずっと震えていた。目の前に立つキングスは私の拳に驚く表情すら見せていなかった。
「……私の拳が当たったらどうするつもりだったの」
「当たりなんてしないさ。そのまま殴り抜けるつもりなら受け流したからな」
……受け流すつもりだっただって?
あまりにも悠々としたキングスの態度に私はだんだんと苛立ちを覚えてきた。
それこそもう一度拳が出てしまいそうなほどに。
しかし私は怒りを抑え、冷静になる。そうだ。それならレースで倒せばいいじゃないか。
「ならさ、私と模擬レースしようよ」
「……いいだろう」
「ふあぁぁあぁあぁあぁあぁあぁあ……ねんっっむ!」
昨日めちゃくちゃ本気を出して走ったからだろうか、寝起きだというのにもう眠い。
昨日スタ公やムーンと走った模擬レースにて出会ったヴェノムストライカと言うウマ娘、さらに進化してやがったスタ公の武器など、いろいろなことが起こって気付かぬうちに疲れが蓄積していたのだろう。
しかし起きなくてはトレーニングも出来ないため、何とか体を叩き起こして太陽と向き合う。
「クライトさん!」
「おっ、イーグルじゃねぇか」
俺が太陽とにらめっこをしていると、イーグルの野郎が起こしに来てくれていた。
宝塚記念の時に、原田の野郎が隠れて使っていた違法薬物が解けた空気を集め、何とか証拠を押さえてくれたイーグル。しばらく顔を合わせる機会が無かったが、夏合宿でもこうやって会いに来てくれるとはなかなか好かれているようだ。
「今日は私とトレーニングして貰えませんか?」
「ああ、いいぜ。行くか」
イーグルの奴に頼まれてやってきた砂浜、今日も今日とて真夏の太陽が砂を加熱している。本当に余計な事をしてくれるものだ。
「それで、どうしたんだよ、急にトレーニングに誘ってくるなんて」
トレ公がまだ来ないようなので、俺は砂の上でストレッチをしながらイーグルの奴に聞く。
ここ最近でイーグルクロウと関わったことはない。しかしなぜこの夏合宿の最中に突然俺をトレーニングに誘ったのだろうか。さっき俺がふざけて感じたように、好かれているだけというのならそれはそれでよいのだが、もし別の理由があるのなら聞いておきたい。
「う~ん、なんというか、最近一緒に遊んでいる子がいるんですけどね、その子が強くなれないって悩んでるので私が強くなって教えてあげようって思って」
「そいつにもトレーナーがいるんじゃないのか?」
「いるにはいるんですけど……なんというか。私達って武器を大事にするじゃないですか」
武器。
今更説明する必要もないだろうが、俺達が共通して使う自分だけのレース中の特性だ。その特性一つ一つが他のウマ娘とぶつかり合い、お互いのしのぎを削っているように感じるから俺やスタ公は武器と呼んでいる。この武器と言う名称は俺たちが呼んでいたからか俺達と関わっているウマ娘が大体使っている名称でもある。
例えば俺の武器はこの間の宝塚記念で目覚めた『領域』という力。
スタ公なら『想いの継承』。サンなら『逃げて差す走り』が武器と言えるだろう。
その武器がどうしたのだろうか。
「その子のトレーナーさんは靴を大事にする子なんですね……」
「靴ぅ?」
イーグルの奴の話に耳を傾けてみると、どうやらそのウマ娘のトレーナーは靴や蹄鉄など、ウマ娘が走る際に身に付けるものばかり気にしていて、そのウマ娘個人が持つ武器について全く着目しないらしい。
そのウマ娘はURAで定められている靴の中でもかなり良いものを履いているようだ。
俺から言わせてもらえば靴程度で何も変わらないと思うけどな。
いや変わるのだろうけど、うん、いや……すまん、全国の靴屋や蹄鉄屋。
「靴だけを大切にしてその子の武器を見ないから、見た目だけ良くなっていく状態なんですよね……」
「なるほどな、俺達とは逆で『装備』を大切にするトレーナーか……」
「お~いクライト~、遅れてごめんな~。そいじゃ、トレーニング始めるか」
その子がどんなウマ娘なのか、もう少し話を掘り進めようと思ったが、いいところでトレ公が来てしまったので俺たちは話を中断しトレーニングを始めた。
トレーニング自体は問題なく流れて行った、夏合宿でしか走れないであろう整備された砂浜でのトレーニングは先日と同じようにかなりキツい。イーグルの奴とは初めて一緒に走ったが、相変わらず『元祖スタ公に一矢報いたウマ娘』という称号が名ばかりではない走りをしているようだった。
余裕でデカいタイヤも運んでいたし、晩成型というものなのだろう。これならいつかG2やG1で通用しそうなものだ。いや、もしかしたら俺が戦績を詳しく見てないだけでもう通用しているのかもしれない。
そうして俺たちは真夏のあっつい砂の上で、1時間ごとに数分休憩をはさみながらトレーニングをこなした。
「ふ~、なかなか疲れるな……」
「あの、クライトさん……」
終盤のトレーニングを何とか終え、日陰で皮膚を休ませているとイーグルの奴が話しかけてきた。恐らくはさっき言っていた靴を大切にするトレーナーの話をしたいのだろう。トレ公に聞かれても良い内容ではあるのだが……どうにもイーグルはトレ公に聞かれたくないようで、ひそひそ声で俺に話しかけてくる。
「あの、もしよかったらその子に一回会ってみてくれませんか?」
「……ああん? なに言ってんだお前」
「だから、その子に会って武器を見出してほしいんです!」
なんとイーグルの奴から出てきた提案は、靴を大事にされているウマ娘に会うというものだった。別に会ってもいいのだが、会いたくはない……。というのも、俺はある展開を危惧していた。もしそのウマ娘に会って、一緒に走るような事になったら、ますますそのウマ娘の不安を大きくしてしまうのではないだろうか。
イーグルと一緒に走るレベルという事は、恐らくはオープンレベルと言ったところだろう、さらに言うと靴を大事にしているあたりあまり走りのスキルを高めてはいないと思われる。そんなウマ娘と俺が一緒に走ったら俺がボロ勝ちしてしまうのは目に見えている。
レースはわからないとは言うし、まだ相手の強さは推測にしか過ぎないが、俺が負ける確率は紙のように薄いと思われる。
そんな状況で会っていいものなのだろうか……。
「お願いします! アドバイスを少しだけしてくれればいいんです!」
「まぁ……アドバイスするだけならな?」
「ありがとうございます!」
まぁ、一緒に走る展開になったらきっとイーグルが止めてくれるだろうから、心配する事は無いだろう。
俺はトレ公に自由時間の許可を貰った後、イーグルに連れられてそのウマ娘の元に連れられた。
「はぁっ……はぁっ……」
「は~いお疲れ~」
どうやら俺たちが付いた瞬間にそのウマ娘はトレーニングの一部を終えたようだった。遠目にウマ娘の靴を見てみると、確かに俺たちが普段使っているようなものより走りやすそうな見た目をしていた。靴なんて実際は履いてみなければわからないのだが、見るだけでも圧倒されるような靴だ。
尤も、圧倒されるのは靴の部分だけだ、ウマ娘本体の方を見てもやはりオーラを感じない。これじゃ靴に履かれてるようなもんだ。
しかし直前に見えた走りは確かに靴の影響を受けているようで、とても軽い足取りだった。
「おーい!」
走りながら隣にいたイーグルが声を上げる。その声に反応してそのウマ娘とトレーナーは俺たちの方を向いてこちらに気付く。
「あ、イーグルちゃん……」
「いらっしゃ~い。あら、隣の子って……マックライトニング!?」
「気にしないでくれ」
「気にするわよ~……」
うむ、流石に宝塚記念を勝っただけあって俺の顔は既に知られているようだ。たまたまかもしれないが、俺の顔を見てすぐに目の前のトレーナーが気付くあたりそうなのだろう。
「どうしたのイーグルちゃん、こんなレジェンド連れてきて」
「えっとね、クライトさんに走りのアドバイスもらえるんじゃないかなって思って!」
「あ、うちのメテオに?」
「うん!」
イーグルの元気な返事が聞こえたと同時に、トレーナーの後ろ側から静かにウマ娘が出てきた。先ほどは楽しそうにトレーナーと話していたように見えたが、いつの間にか縮こまってしまっている。一体どうしたというのだ……。
「ちょ、クライトさん……! なんか……圧出てます……!」
「え? ……あぁ」
あまりにもメテオと呼ばれたウマ娘の強さを見るのに必死で、自分の圧力を抑えるのを忘れていた。完璧に敵を見るような雰囲気でイーグルの友達を見てしまった。……俺なんかとくに目つき悪いから睨んだように見えたかもしれないな。
「……レフトメテオです」
「マックライトニングだ……といっても知ってるか? よろしく」
とにかく俺のいかついであろう雰囲気を紛らわすために、出来る限り明るく演じて手を伸ばす。しかしどうしても怖いのか、ほんの0.2秒ほど握手を交わしたらすぐにトレーナーの後ろに隠れてしまった。
「いつもこんなんじゃないんだけどね~……」
メテオの事を少し見た後に、視線をトレーナーの方に移して様子を見る。見た感じは明るく担当の面倒を見ている女性のように見えるが、担当ウマ娘の走りや武器を見れていないというのは本当だろうか。まぁどうせこれから俺はトレーニングを見るだけなんだし、ゆっくり見て行こう。
「それじゃあクライトさん、さっそく併走してみてもらえませんか?」
やりやがったよ。このウマ娘。
俺が一番避けたかったこと、それはメテオとの併走になる展開だ。
それなのに隣にいるこのイーグルとかいうウマ娘は開口一発目から併走の展開に持ち込みやがった。
「いや、流石に併走は厳しいんじゃないかなぁ……」
「併……走!」
ふと小声で事を反芻する声が聞こえ、その声の方向を見るとメテオがめちゃくちゃキラキラした目で俺の方を見ていた。なんでそんなに興味津々なんだよ。
「そうねえ、メテオはいっつも同じくらいの強さの子と一緒に走ってるから、たまには格上のウマ娘とやるのも楽しそうね!」
「正気か!?」
思わす声に出して叫んでしまった。なんだたまには格上とやるのも楽しそうって、トレーニングって言葉の意味を舐め腐ってんのか。
「さぁクライトさん!」
「おっ……?」
「併……走!!」
「おっ……??」
「じゃあちょっとお願いしちゃおうかな~」
「おっ……」
「併『『さぁ!!』』……走ッ!」
「え、いや……さすがにちょっと……いや、な? えっとさ……」
「で、結局こうなるわけか。クソッタレ」
例のごとく俺はいつの間にか砂で作られたコースの上にいた。
隣にはメテオがいる。何やら準備運動にすごい熱を注いでいるが、そこまで入念にする必要があるんか……?
「それじゃあ、まぁ……なんだ、このコイン弾いて、地面に着いたらスタートな」
「はい」
正直今すぐにでもこの場を逃げ出してしまいたいが、もうスタートラインの上には立ってしまっている、もうメテオとレースをするしかないんだろうな。と思いながらしぶしぶスタート用にいつも持っているコインをはじく。
「っ……。……やっぱり遅いな」
後ろを見るまでもなくスタートの時点で分かった。というか走る前からわかりきっていた事ではあるが、やはり俺とメテオは明らかに走る世界が違っている。コインが地面についてから数秒もしないうちに、俺は恐らくメテオの事を4バ身ほど離していた。
「やべぇ……すげぇ止まりたい」
止まってしまっては勝負を申し込んでくれたメテオに対してとんでもない失礼になるため当然止まるわけが無いのだが、ここまで放してしまうといくら競争本能の強いウマ娘とはいえ止まりたくなってしまう。勝っているのにすごく嬉しくないのは初めてだ。
そのまま勝負は流れていき、俺はメテオに圧勝した。やはり勝負などするべきではなかった。どう考えてもこの勝負の内容ではメテオのモチベーションを削ってしまっただろう。
「はぁ……はぁ……」
「……ほら、手ぇ貸すよ。……なんか、悪かったな」
「クライトさん……! すごく楽しかったです! なんていうか、負けちゃったけどすごく楽しかった! ありがとうございました!」
俺の手を取ると、なんとメテオの奴は嬉々として俺に感謝を伝えてきた。
そうか、この子には勝ち負けなんてさほど関係ないんだ。忘れていた。この二年間、キグナスやタルタロスと死闘をしていたせいで忘れていた。レースを心から楽しむというのを。
「トレーナーさん! 見てた!?」
「……」
そのまま立ち上がったメテオは、遠くでレースを見ていたトレーナーの元に一直線に走り去ってしまった。レースを終えて体力も切れ、脚も痛いだろうに。相当楽しかったのだろうと全身で感じる。
走りを見る限り、この子には恐らく武器という武器は無い。多分トレーナーもそれを分かっていてメテオの靴みたいな周りの環境から整えてあげているのだろう。
「メテオ!」
「……はい?」
「お前が上まで上り詰められるような武器は今走ってみて見つけられなかった」
「……」
俺がメテオの走る能力についてすべて正直に言うと、メテオは明らかに肩を落として落ち込んでいた。
「だが! ……煌めくもんはあったぜ」
「きらめ……?」
「いつか俺の前を走れるようなウマ娘になったら、またリベンジしてこい! その時はもっといろんなものを見せてやる!」
「っ!! はいっ!」
イーグルは勢いよく頭を下げて俺に返事をすると、トレーナーの元に向かう足を速めた。
……こういうのが後輩って言うのかな。地方時代はいっつも周りの奴らに煙たがられてたから、今度こそ頼られる先輩になれるといいな……。
「っはぁっ……ぐっ……おぇぇえっ……」
……負けたっ……?
「その程度か。想いの継承は」
目の前に立つキングスが私にそうつぶやく。何とか言い返してやりたいが、体が動かない。想いの継承を使いすぎた。使いすぎて私の脚がショートしている。
目の前から立ち去ろうとするキングスをなんとかして止めたい。ただ一つ、ただ一つだけ気になったことがある。
「ちょっと待ってよ!!」
「……なんだ」
「あんた……走ってる最中私と同じ光が出てた……あんたまさか……」
「なんだ、気付いたのか」
私が聞いたことにキングスはそう言うと、いきなり圧を放ってきた。すでに体が限界の私にはこの圧力でさえ激痛に感じる。
背中をこちらに向けたままのキングスからは、想いの継承の際に出る独特な光が放出されていた。それも私より大きいように見える。
「……私の力も、想いの継承だ。今使ったのは不死鳥グラスワンダーの力……お前の方はスペシャルウィークか……まだ知り合ったものしか使えないと言ったところか……」
キングスから出た言葉を処理するのに、私は時間がかかった。
想いの継承を使えるのは私だけではなかった。その事実に驚きすぎて何も言う事が出来なかったのだ。よく考えたら最初からそうだった。なぜキングスが想いの継承について知っていたのか疑いすらしていなかった。
「その程度で得意げになっているようなら、もうキグナスに刃向うのは辞めるんだな」
「っ…………くっそぉぉぉぉぁぁぁ!!」
「あ、そういや今日スタ公見てねぇな……」
ふとスタ公の事を思い出す。いや、決して忘れていたわけではない。メテオとの出来事が大きすぎて忘れていただけだ。ちゃんとどうやって目を覚まさせるかについてはゆっくり考えているつもりだ。とはいえ方法に全く見当がつかない。どうやったらあそこまで気持ちが傾いているスタ公を助け出せるというのだろうか。
「クライトクライトクライトクライト──っ!!」
「お、スタ公センサーがいたじゃねぇか」
俺が砂浜を一人適当に歩いていると、大きな声で俺の名前を連呼しながらサンの野郎が走ってきやがった。お前に疲れというものは無いのか。
「サン、スタ公見なかったか?」
「シャイン? 見なかったよ? そういえば影すら見かけてないような……」
「だよな。どこ行ったんだあいつ……」
サンですらスタ公の気配を感じられないのなら相当遠くに行っているのか、今日は別に走っているわけではないのだろう。まぁ特に作戦が立っているわけでもないし会う予定もないのだが……。
「……ん? あれって確かキグナスのキングスとかいう奴じゃねぇか?」
「あ、ほんとだ。どうしたんだろあんな茂みの中から出てきて。他のメンバーとかどこ行ったの?」
「さぁ……」
ふと茂みの奥からキングスとかいうウマ娘が出てくるのを見て、俺たちは首をかしげていた。まさか天下のキグナス・様ァがあんな人っ気のない練習するスペースもないであろう場所にウマ娘を向かわせるわけが無い。だからこそ謎だ。
しかし、俺たちの困惑はすぐにある疑惑へと変わった。
「……なぁサン、あいつまさかあの茂みの奥で走ったんじゃないか? なんか汗かいてるぞ」
「確かに?」
「サン、茂みの奥からスタ公オーラ感じるか?」
俺がそう聞くとサンの野郎はおでこに両手で三角を作り、茂みの方向を向いてスタ公オーラを捜索している。
いつの間にやらサンはスタ公から出るあいつ自身が得意な圧力を感じ取れるようになった……らしい。実に文字面は変態臭いが、便利な能力ではある。
「!! クライト! 茂みの奥にシャインがいるよ! なんか圧力にキレが無いよ!」
「……少し心配だな、行ってみるか」
俺は少しだけ焦っていた。というのもキングスが負けたような雰囲気ではないからだ。仮にスタ公とキングスが走り、スタ公が勝ったのならもう少し悔しそうにキングスは歩きそうなものだ、しかし今のキングスは自身に満ち溢れている感じだ。そしてスタ公が負けたと言う事は今より精神状態が悪くなる可能性があると言う事だ。それは非常にまずい。絶対に避けなくてはならない。
俺はサンに導かれ、スタ公がいる方向を目指す。
走り続け、茂みの中を抜けるとそこには少し広めのスペースがあった。
そしてその中心には。
「スタ公……!」
「シャイン!!」
中心にはスタ公が仰向けに寝ていた。何故かずっと空を見上げたまま。
俺達に気付いたのか一瞬こちらを向いたが、すぐに上を向きなおした。
「スタ公……お前、キングスに負けたのか」
俺の質問にスタ公は静かに頷いた。
「……どうしてそんなに静かなんだ? いつもみたいな悪態ついてみたらどうだ?」
「……そんな余裕ないなぁ、今」
今までの恨みを少し込めて言葉を放ったが、全然スタ公には効いていないようで、むしろキングスに負けたことの方が効いているように見える。
「……ねぇ、シャイン。もう橋田さんの所に戻る気はないの? 橋田さん、すごく寂しがってたよ……?」
「……分かんないんだ」
「え?」
「分かんないの、なにもかも。私は強くなりたい、強くなるならタルタロスの方が強くなれる。でもそれは本当に私にとって正解か分からない。だけどだからってタルタロスより強くなれないところにいていいのかなって。そして橋田さんの事をタルタロスよりトレーニングが下手って言ってけなしてる私を客観的に見てもっと嫌になるの……もうわかんないよ」
すべての言葉を語り終ると、スタ公からは静かに液体が零れ落ちた。声を上げるでもなく、鼻が詰まるでもなく、ただ静かに。
「……お前は、レース界から身を引くのか?」
「……引けるわけないじゃん。今更」
「お前の目標はなんだ」
「『誰にも越えられない記録』を作ること」
「ならもっと、がむしゃらに目標に向かえよ。走りを楽しめよ」
「……」
それからスタ公は、何を言っても答えなくなってしまった。サンが体調について聞いても無言、俺が勝負について聞いても無言。何を聞いても無言だった。
ただ一つ答えてくれたものと言えば『ここから一人で帰れるか』という質問だけだった。
その質問の答えだけ聞いて、俺たちは茂みから抜けた。
「シャイン大丈夫かな……」
「もう俺たちは元に戻ることはできないのかもしれないな……」
「そんなことっ……っ!!」
「分かってる、俺だって戻りたいさ。でも遅すぎた……」
もう、スタ公の事を戻すことはできない。俺はさっき話してそう確信した。
……いや、待て、まだ。
もしかしたらスタ公を戻せる奴がいるかもしれない。俺が目の当たりにして心を少し救われたように。
「サン、イーグルクロウの奴を探してくれないか? イーグルが知っている奴に会いたいんだ」
「ん、分かった」
サンがたくさんウマ娘達がいる方向へ走って行ったのを皮切りに、俺もサンが向かった方向とは逆方向に歩き始める。
レフトメテオ。
きっと彼女に見た純粋さなら、きっとスタ公にいろいろ思い出させられるかもしれない。
しかし、スタ公と会っている間に数十分は経っている。連絡先を交換しているわけでもないし、探すのは相当困難になるだろう。
そう思っていたのだが……。
「クライトさん!! ここにいたんですね!!」
何やら焦った様子のイーグルが俺の方向に走ってきた。サンの奴が探し当てて俺の所に案内してくれたのだろうか。
それにしては焦りすぎな気がするが、一体どうしたのだろうか。
「メテオちゃんが……メテオちゃんが!!」
「……メテオがどうしたって?」
俺は焦りすぎてまともに話せていないイーグルを落ち着かせ、詳しく話を聞く。
「メテオちゃんが同級生の子に暴力されてるんです!! 私だけじゃどうしようもなくて……!」
「分かった、急ぐぞ!」
イーグルに連れられた場所で、確かにメテオが二人にいじめられているように見える。イーグルから話を聞いただけでは少し怒りが湧いてくる程度だったが、こうして視覚情報としてみることで俺は怒りが頂点に達した。
「おいオメーらぁ!! 何してやがる!!」
「あれマックライトニングさんじゃない……?」
「うげ本当だ、逃げろ!!」
メテオをいじめていた二人に向かい怒号を上げると、一斉にこちらを向いて焦り始めているのが目に見えてわかった。
何やら逃げるつもりみたいだが、こちとら宝塚ウマ娘だ。逃がすわけが無い。
「早っ!!」
「きゃっ……」
「G1ウマ娘舐めんなよ?」
メテオをいじめていた奴らをとっ捕まえ、俺は急いでメテオの元に戻る。メテオの体を見ると結構やられてしまったようで、うずくまっている。
「おいメテオ、大丈夫か!? おい!」
「クライトさん……大丈夫です……!」
いじめっ子が離れてもなお怯えていたメテオは、俺の姿を見るなり安心したのかそのまま意識を失ってしまった。
「……イーグル、メテオのトレーナー呼んで来い、俺はこいつらと話がある」
「分かりました! すぐ連れてきます!」
「さて……メテオのトレーナーが来るまでたっぷりお話を楽しもうじゃねぇか」
「ひいい……」
「だからやめようって……」
いじめっ子を地面に降ろし、説教を始めようと思っていた。しかし俺はある一点に目が行ってしまい、それまで考えていた説教の文章がすべて消え去ってしまった。
その子たちのジャージには、チームキグナスと書いてある刺繍が施してあった。
「またキグナスかよ……」