持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
「クライトさーん!」
「ほらクライト、可愛い可愛い後輩が来たぞ」
トレーニングを終えたメテオがこちらに笑顔で走ってくる。相変わらず満面の笑みを絶やさないその性格は見事だと言えるだろう。メテオのトレーニングを見始めてから5日、あと二日であの二人との模擬レースがあるのだが、未だメテオに武器は見つからない。
しかし素のステータスは目に見えて上がっており、これならばオープンレースは総なめできるのではなかろうかというところまでやってきた。元々素質があったのかはわからないが、走っている最中の雰囲気にも貫禄が出てきており、俺も思わずぎょっとするような走りを見せる。
だがやはり危惧するべきは武器の未発見という点だろう。一応この前トレ公に武器を見つける方法についてのヒントは貰ったが、その着想をトレーニングに加えてもなおメテオの武器は形にならなかった。こいつの根性、それを光らせる方法があれば……。
「クライトさん! 私、またタイムが上がったんです……! これならきっとあの二人にも勝てますよね!」
「おう、そうだな」
「クライトちゃん、悪いわね~。私でも思いつかないようなトレーニングを発案するから驚いちゃうわ。それも速水トレーナーの教え?」
「……ま、まぁな」
「なんだクライト、大変なトレーニングを思い出したか?」
「……まぁな」
メテオのトレーナーは冗談半分のつもりだろうか、笑いながらそう俺に聞いてきたが、地方から中央に上がってきた俺をまともに戦えるような状態にするための過酷なトレーニングがフラッシュバックしてきて苦笑いしかできなかった。思い出させないで欲しい。
「いやぁ~……クライトさんのおかげでもっともっと強くなれる気がします。もうオープンレースなら誰にも負けない気がします!」
「……」
「ク、クライトさん?」
トレーニングを終えたばかりのまだ呼吸もままならない状態でクライトさんにそう冗談で問いかける。でも私の冗談があまりにも笑えなかったのだろうか。クライトさんは黙ってしまった。
「メテオ。お前にトレーニングをつける期間はあと二日あったな?」
「は、はい」
何をいまさら分かりきったことを聞いているんだろう。と思いながらも、質問に答えなければならないのでハイと一言だけ返事をする。返事をしてからもクライトさんは少し黙っていた。私のトレーナーさんもその異様な空気を察したのか、クライトさんの動きをうかがっている。
「メテオ……。俺はお前にトレーニングをつけるのをやめる」
「クライト、オメ何言って…………」
突然クライトさんから告げられたのは、もう私にトレーニングをつけないという宣言だった。
「ど、どういう事ですか!?」
「言葉の通りだ、もう明日からはお前の好きなようにトレーニングをしてくれ」
当然急な事だったので私は何回も説得した。しかしクライトさんは何回説得しても理由を教えてくれない。私が何か悪いことをしてしまったのだろうか。何かクライトさんの機嫌を損ねることをしてしまったのだろうか。
でもやはり私だって一人のウマ娘、感情はしっかりあるようで、何回聞いても理由を教えてくれないクライトさんにだんだんと腹が立ってきた。
「なんで……なんでですか! 絶対勝たせてやるって言ってたじゃないですか!」
「……いったん帰るぞトレ公」
私が怒りに任せて叫んでも、クライトさんは返事をすることなくトレーナーさんとどこかに戻ってしまった。
「まぁまぁメテオ……まぁ……あのレジェンドに5日間トレーニング付けてもらえただけでも大きな経験だよ……元気出して、あの二人に勝とう?」
「うぅ……」
私のトレーナーさんが一生懸命慰めようとしてくれているが、いきなりクライトさんに裏切られたショックで私は素直に慰めを受け入れることができなかった。しばらくうずくまっているとトレーナーさんも私が限界だと判断してしまったのだろうか、今日のトレーニングは引き上げにしようとトレーナーさんは提案してきたが、私はすぐにトレーナーさんの手を握ってトレーニングの継続をお願いした。
「おい、クライト。本当に今日は見に行かなくていいのか?」
自分の大きさが微生物の仲間になったのではないかと勘違いするほど大きい岩の下。寝ているクライトに声をかける。
クライトがメテオちゃんのトレーニングを付けないと言ってから二日。もうメテオちゃんがシューティングレイとレディナイザーの二人と模擬レースをする日だ。いくらクライトと俺が五日間トレーニングメニューを見たとはいえ、残りの二日間で出来るはずだったトレーニングをやらなかったことによるマイナスは大きい。
何より、クライトがあんなに悩んでいたメテオちゃんの武器がまだ見つかっていないようだし、今回ばかりは本当にクライトの行動が分からない。俺が声をかけてもクライトは横になったままで、返事をしようとしない。
「クライト、一昨日からいくらなんでも酷すぎるぞ」
「まだなんだトレ公、まだ探すもんがある。……行くか」
「え? メテオちゃんの所へか?」
「……トレ公もいくか」
そう言ってクライトは立ち上がり、ある方向へと歩いて行った。これ以上メテオちゃんにしてやれることはないというのに、まだ探すものとはなんだろうか。
クライトは森の茂みの中へと入って行き、俺もスーツが汚れるのを少し気にしながら進んでいく。オキニなのに……。
しばらく歩いていると、ある広間に出た。まるで森の妖精が集会を開くようなちょっとした広間。そこには久しぶりに見たシャインちゃんと橋田とサンがいた。
「橋田! つかシャインちゃんまで……なんで三人ともここに?」
「クライトにシャインを探しておけ~って言われたんだよね、だからしっかり探して連れてきておいたよ。あと必要だと思ったからついでに橋田さんも!」
「上出来だサン」
なぜだ? 何故メテオちゃんの模擬レースがある日にシャインちゃんが必要なのだろうか。俺の疑問は止まなかった。そんな俺を無視するかのようにクライト、それに加えて三人も歩き出してしまい、俺もついていくほかの選択肢が無かった。
橋田とシャインちゃんは気まずそうに何も喋ってないし、俺も気まずい。
再び森の中をしばらく歩いていると、今度は砂浜に戻ってきた。
「ここは……」
「もうすぐやるとこか」
砂浜は砂浜でも、先ほど俺たちが入ってきた入り口ではなかった。クライトが向かっていた砂浜は、メテオちゃんがキグナスの二人と模擬レースをする会場のすぐそばだった。
「ど、どういうことだ……?」
「スタ公、オメーに見せたいものがあるって言ったのは、これだ。あのメテオの走りを見ておけ」
シャインちゃんはクライトの言う事に対し反応を返すことはなかったが、目だけで睨むわけでもなくただこちらを向いて了解の意思を伝えてきていた。
シャインちゃんが地面に座り、メテオの方向に視線を合わせたのを皮切りに、橋田やサンちゃんも各々座りやすい位置に座って観戦を始める。
「お前、メテオちゃんが勝てると思ってるのか? 相手はいくら所属して日も浅いような奴とはいえキグナスのウマ娘で、メテオちゃんは武器を持ってないんだぞ」
「まぁ見とけって。……でもま、一つ分かったことがある」
「あ?」
「アンタがウマ娘じゃなく、新人トレーナーばっか面倒見てたのが分かった気がするよ。俺が体験したのは5日間だけだが、こりゃ大変な作業だ」
「……クライトさん……見に来てないな」
少し前から私のトレーニングを見て応援してくれていた人たちがまばらに見える中でクライトさんを探すが、どこを見てもクライトさんはいない。視線をコースの方に向けると、シューちゃんとナイちゃんがこちらを訝しそうに見ていた、さしずめ『なんでひとりで模擬レースを申し込んできたんだ』という顔だ。それもそうだろう、実力差はチームからして目に見えている。
才能を認められ、学園内最強のチームキグナスにスカウトされた二人のウマ娘。それに対してチーム無所属の私じゃ、肩書からして勝負がついているようなものだ。
二人は一週間前の行動が問題視され、レースの出走停止を命じられた。それもあってか、これといった目標レースもないためピークを上げも下げもせず、とてもトレーニングに集中できている様子だった。
一昨日、クライトさんに見捨てられてから私もトレーニングを続けていたが、やはりクライトさんほどのレジェンドにトレーニングを付けてもらっていた恩恵と言うのは大きかったようで、クライトさんがいなくなってからは私の成長が著しく停滞した。
「トレーナーさん……私勝てるかな……」
「大丈夫だって、勝てるよぉ」
思わずトレーナーさんにそう聞いたが、相変わらず私のトレーナーさんは明るい態度でそう答えた。
「どうして……クライトさんは私の事を見捨てたんでしょう」
「さぁ……ちょっと私にもわからないねぇ……。でもま、メテオ。アンタに今できるのは全力であの二人に勝つことだよ。案外勝てばクライトちゃんも見直してくれるかもしれないよ?」
「見直してくれる……。いや、いいです」
トレーナーさんはクライトさんが見直してくれると言ってくれているが、この二日間で私のクライトさんに対する思いはすべて消えた。
勘違いしないで欲しいのですが、これはクライトさんへの感謝が消えたというわけではない。当然5日間トレーニングを付けてくれたことには感謝してる。でももうそれ以上は関心が消えたという意味だ。
必ず勝って、自分であの二人を乗り越えるんだ……!
そう改めて自分に誓うと、急にやる気が出てきた。絶対にあの二人に勝つ。そんな闘争心が私の中を駆け巡っていた。
「なんかあいつ、調子乗ってないか?」
「そうだねレイ」
私の近くでストレッチをしていたナイザーと共にメテオの陰口を言う。こうしている最中が自分の強さを証明できているようで楽しい。
遠くの方で自分のトレーナーと話しているメテオを見ていると、まるで自分が私たちに勝てると思っているような顔をしていて嫌気がしてくる。なんだか最近マックライトニングと言うウマ娘にトレーニングを監修して貰っていたが、それで強くなった気でいるのだろうか。突然模擬レースをしたいだなんて申し込んできて、生意気だ。
なんにせよ私達は昔からメテオに勝ち続けているのだ。今回の模擬レースだって勝てる。私たちは学園内最強のチームにスカウトされたウマ娘なんだぞ。
「なんにせよ、こっちも出走停止喰らってイライラしてるし」
「走りでもボコボコにしてスカッとしよっか」
「お前達」
私たちがストレッチを続けていると、後ろの方から威圧的な声が聞こえてきた。この声を聴くといつも汗が噴き出てくるのは、キグナス内でも私達だけじゃないはずだ。
後ろに立っていたのは、私達のトレーナーさんだった。どうしてここにきているのだろうか。確かに私たちは模擬レースを受けると言って許可を取ったうえでキグナスのトレーニングを抜け出してきたはずだ。なぜこんなにも敵意を感じるオーラを放っているのだろうか。
「どのタイミングで言おうかずっと迷っていたんだが……お前たちはキグナスを強制脱退だ」
「「えっ?」」
一瞬、ナイザーと顔を見合わせて私たちの時間が止まった。キグナスを強制脱退?
「ど、どうしてですか!? 私達実力もあるし……」
「キグナスの先輩にだってついていけてるじゃないですか!」
「やれやれ……『調子に乗っている』のはどっちだ? たしかにお前たちは実力こそある、だが一週間前、お前たちが勝手に起こした問題行動でキグナスは世間からの印象が悪くなった。当然、お前たちは危険因子として脱退させるほかない。必要とされるのは強さじゃない。強さも必要だが、世間体が大事なんだ」
トレーナーさんは落ち着いて手ごろな岩に座り、離し続ける。今更ながら一週間前メテオをいじめてしまったことを後悔し始める。
「そんな! 許してください!」
「私達頑張るから!!」
冗談じゃない、学園内最強と謳われていたキグナスに憧れ、必死に努力を積んでアピールし続け、やっとスカウトの声がかかって入れたというのに。こんなにすぐ脱退させられてたまるか。
ここで脱退させられたら、私達の血のにじむような努力が無駄になる。
それにしても……なんでだ、なんで今なんだ。今までメテオをいじめても誰も何も言ってこなかったのに。あのマックライトニングとかいう奴がいたせいだ。
「一つチャンスをやろう。この模擬レース、あのレフトメテオというウマ娘に二人とも先着できたらキグナスに席を残してやろう。出来なければ……脱退だ」
私たちが必死に説得すると、トレーナーさんはそう条件を提案してきた。この模擬レースでメテオに勝てというもの。内容はすごく簡単だ。
「……な、なぁんだ」
「……メテオに二人で先着するなんて楽勝だよね、レイ」
トレーナーさんに提案された条件を聞いて、私達は一気に肩の力を抜く。昔から私たちに負け続きだったメテオをボコボコにするなんて、私達なら楽勝だ。ナイザーも安心しきったようで、地面で再びストレッチの続きをしている。私も万が一負ける可能性をなくすため、入念にストレッチを始めた。
「(脱退理由は実際違うがな……お前達が問題行動を起こしたのもそうだが、お前達には強さが足りない。この一週間でお前たちの走りをよく見てわかった……。お前たちの実力はキグナスにふさわしくない)」
「すぅぅぅ……はぁぁぁ……。耳の上部を引っ張る……。手に人って書く……」
トレーナーさんにさっき教えてもらった落ち着く方法を一通り試しながら、私はレースが始まるのを待つ。もう隣にはレイちゃんとナイちゃんが並んでおり、これから始まるレースに向けての気合を入れ直しているのだろうか。
「私は内からのスタート……」
クライトさんが言っていたように、砂の上は芝に比べて多少走りずらい。だから脚に入れる力が重要だと言っていたが……。
「うん……私の靴ならいける……」
私の靴はトレーナーさんが厳選して選んでくれた最高級の靴だ。凄く力を入れやすい。クライトさんにトレーニングを付けてもらっていた時、砂の上で足に力を込める方法も教えてもらったからすごく行ける気がする。
クライトさん……。
「いけない……忘れよう」
クライトさんはもう私を見限ったんだ。今更思い出して悲しんでも仕方がない。
私はクライトさんに教えてもらっただけの技術を使って、今私にできることをするだけだ。
「じゃー、スタート行きまーす」
自分から立候補してスタートの合図を出す役をやってくれた子がこちらに手を振る。それを聞いて私とナイちゃんレイちゃんは一気に走り出す体制をとる。
「模擬レース、え~っと1600m~の砂浜~。よ~~い……」
スタートの子が右腕を上に上げて合図用のピストルを構える。
「ドン!」
「クライト、一体何する気だよ」
「だからいいから見とけって言ってんだろ、バカトレ公」
「バカとはなんだバカとは」
クライトの方を向いて意図を聞くも、全く答えてくれない。諦めて俺はピストルの音がした模擬レース会場の方を見る。
「……あ~あ、あれは後半でバテるな。能力こそあるが掛かり気味だ。クライト、これでもまだ勝てると踏んでるのか?」
クライトの顔は見ずにそう聞くも、返事は返ってこなかった。それが勝てないと思った事による絶望の意思なのか、勝てると確信しているからこその余裕の意思なのか、俺には分からなかった。
俺がそうやってクライトの扱い方について久しぶりに悩んでいると、突然クライトが呆れたように口を開いた。
「オメー自分が前に言ってたこともう忘れたのか?」
「俺が前に言った事? なんか言ったっけ?」
「……『どんな時でも担当の事を信じて、いつまでも担当の勝利を願う職業だ』……だろ? 俺はあいつを見限ったわけじゃねぇ。勝てると信じてこの方法を取っただけだ」
「あぁ……言ってたな、そんな事」
いつかのシャインちゃんの未勝利戦で言っていたことを思い出す。まだ橋田がトレーナーとして精神的に幼かった時に言った言葉だったな。それをクライトが覚えていたというのも驚きだが、だからこそこの行動を取ったというクライトの言葉に疑問を感じていた。
メテオちゃんを突き離すことにどのような意味があるのだろうか。純粋にクライトがトレーニングを直接つけた方が良いと大半の人は思うだろう。しかしクライトはそうしなかったのはなぜなのか、ロジックをまだ聞いていない俺には分からなかった。
しかしこうやって悩んでいる最中にも残酷にレースの時間は進んでいく。メテオちゃんは中盤でスタミナが枯渇したのかガス欠気味な走り方になっていた。
「さぁクライト、メテオちゃんはもう限界みたいだぞ。ここからどうするって言うんだ?」
「さっきあんなかっこよくキメたけどよ、正直一か八かなんだ」
「そうか……見ておくよ」
「……」
無理だ……。スタミナが切れた今、彼女は勝てるわけが無い。
前で話し合っているクライトと速水さんの事も見ながら冷静にレースの状況を分析する。
レフトメテオと言うウマ娘のスタミナは中盤で切れた。あのままでは終盤に限界を迎え、ゴールまでたどり着くことができないだろう。
何やらクライトがトレーニングを付けて鍛えていたらしいが、それでもなおどうしてスタミナが切れてしまったのか、その理由は明確だった。
シューティングレイとレディナイザーと言うあのウマ娘、二人で一つの武器を使っている。
位置関係としては先頭をレフトメテオが走り、その後ろをキグナスの二人が追っている形だが、形だけだ。わざと後ろを走っている。二人がどうしてわざわざ後ろを走っているのか、私はおろかサンやクライトもすぐにわかっただろう。
あの二人は『追込み漁』をしている。
負けたくないという闘争心を持つウマ娘にとって、背後からの追込みは恐怖以外の何物でもない。目の前に敗北の要因が迫ってきていれば、誰だってもっと加速して逃げたがるだろう。それを利用して、マークしたウマ娘の後ろをハイペースで走ることによって、自分のペースが遅いという錯覚を相手に与える、もしくは負けるかもしれないという恐怖を相手に与えるのがあの二人の武器だ。
しかし、私達のようにG1を走っているのならまず引っかからない武器だ。恐らくあの二人は未だG3レベルと言ったところだろう、だから周りが引っかかるウマ娘だけだったのだろうが、レフトメテオと言うウマ娘はオープンクラスと聞いた……。引っかかるなと言う方が無理がある。
あの子はペースを上げすぎた。
『レフトメテオが逃げ続ける!! レフトメテオが逃げ続ける!』
ボランティア的な感じで付いた実況は今もなおレフトメテオの事を応援しているが、それもあの数秒の事だろう。クライトは勝てると思っていたのだろうが、読み違いだったらしい。私はバレないように視線を地面に落とし、レースを見るのをやめた。
「負けたくない……負けたくない負けたくない負けたくない!!」
レースはすでに終盤に差し掛かっている頃らしい、しかしそれも酸素の移動を激しく行いすぎて激痛を感じている肺をどうしようかということに思考を奪われ考えられない。
背後から迫っている二人の気迫がたまらなく怖く、レースどころではない。二人は私より先に重賞を走っているとは聞いていたが、まさかこんなに怖いとは思わなかった。
「でも…………楽しいっっ!!」
二人のオーラに私はレース中何度止まりかけたか分からない。だけどこれだけは言えた。今まで私は二人にいじめられ、周りに同情されながら生きてきた。でも今は違う、周りの人は私を応援してくれている。あの二人と同じ土俵で勝負させてくれている。
それならばその期待に応えたい。このレースに勝って、あの二人に私の強さを証明したい。
そう実感した時、私の体が軽くなる感覚があった。まるで私の体が砂そのものに順応したような感覚だった。5日間、砂の上で激しくトレーニングを行ったから砂地に慣れたのだろうか。
でも足りない。少しスタミナが回復した程度じゃ、あの二人には勝てない。ならどうするべきか……。
『お前、根性はすごいからな』
『根性ですか?』
『ああ、普通G1を走るような俺の走りにオープンクラスがついてくるなんてできないぞ』
「(……私が目指していたあの走りを……真似するっ!!)」
私はそれまで守っていた自分の走りを崩し、地面を抉るような走り方をする。この走り方は私がずっと見ていた走りだ。結局追いつくことはできなかったけど、ずっと追いつきたかった、あの走り。
追いつくことはできないかもしれない、だけど五日間必死に見てきた私なら真似する事が出来る!!
「嘘っ!!?」
「その走り方……」
「(すごい……この走り方、負担が結構……でも、加速や最高速が伸びた気がする……!)」
「でも……」
「すぐにバテさせてやる!」
普通なら数秒この走り方をしただけでバテてしまうだろう、でも私の根性なら出来る! 私の根性なら! 気合で乗り切ってやる! この直線だけ……この直線だけ耐えきれればいい!!
『背後から二人が来てるけどレフトメテオ逃げる!!』
……
『最終コーナーに入ってまだレフトメテオ! 最初から最後までレフトメテオ!!』
おかしい、数秒経っても実況はレフトメテオの事をずっと読み上げている。とっくにスタミナが限界を迎えて垂れてもおかしくないというのに。
地面に落としていた視線をレースの方向に戻してみると、信じられない光景が広がっていた。
G3クラスだと思っていたキグナスのあの二人から、オープンクラスのレフトメテオが逃げ続けていた。
どう見てもスタミナが切れて上体が上がってきているのに、その足色は衰える事が無い。
しかもその走り方は、クライトそのものだ。速度ですらクライトと並ぶかもしれないほどの気迫。
「いや、すご……」
『レフトメテオそのままゴ──ル!! 最初から最後まで先頭でした!』
そのままレフトメテオは、キグナスのウマ娘を近寄らせることなくゴールした。
「っ!」
ゴールした後のレフトメテオを見て、私はあることに気付いた。あの子の顔は笑っていた。激戦を乗り越え、息も整わず辛いはずなのに、笑っていた。思い出してみれば、レースの最中も笑っていた。何故だ、自分のプライドをかけて戦っているというのに、なんでレース中に笑う余裕があったのかわからない。
「スタ公、オメーなら気づいただろ?」
「笑ってるね……」
「ああ、俺も最初驚いたよ、どんなにボロ負けしても、勝っても、あいつは笑っている。俺たちはレースを楽しむって事を忘れていたんだ」
レースを楽しむこと、確かに忘れていたかもしれない。ずっと自分の強さばかり追い求めて、周りを敵と見なして、レースを楽しめていなかった。元々はお互いの強さを比べあい、切磋琢磨をする競技。それを楽しまなくて正しい道を行けているわけが無かった。
「ああ……そっかぁ……」
地面に座り込んで上を仰ぐ、横を見ると橋田さんも驚いた顔をしていた。きっと同じようにレースを楽しむと言う事を忘れていたのだろう。
そして私は過去を思い出す。レースを楽しむには何が必要か。そんなもの決まっている。
「……ね……ねぇ、橋田さん。私には、今更あなたを『トレーナーさん』って呼ぶ権利があるかな……」
橋田さんに向かい、そうつぶやく。クライトと速水さんとサンがニヤニヤしながら見ているが、そこは気合で羞恥感を我慢して見つめ続ける。
橋田さんはしばらく迷っていた。でもそれは私の質問を良しとするか迷っているというわけではなさそうだった。まるで自分に何か非があるような表情をしていたが、私は途端に心配になってきた。
「……俺だって、今更お前を『担当』って呼んでいい権利があるか分からねぇよ」
しかし橋田さんから出てきたのは、私を拒絶する言葉ではなかった。
「っ、シャイン?」
その言葉を聞いた瞬間、私はトレーナーさんに抱きついた。
それは承諾の意味も込めた抱擁、トレーナーさんにもきっと伝わっているはずだ。しばらくして私の背中にもトレーナーさんの手が軽く添えられた。
言葉なんて交わさなくてもわかった、だって一年半一緒にいたから。
「よ~っし! 仲直りだね!」
まだ口約束だけではあるが、私とトレーナーさんが再び担当契約を結んだ後、サンが突然声を出して激しく動き出した。
「でけでけでけでけ~~……じゃん!!」
「四つ葉のクローバー……?」
サンが後ろから取り出したのは、糸で器用に四つ葉のクローバーが描かれたお守りだった。持ってみると中はふわふわしているようで、何か緩衝剤のようなものが入っているようだった。
「さすがに四つ葉のクローバーをそのまま渡したら散り散りになっちゃうから……お守りの中に厳重に入れたよ! 二人の新しい門出を祝うのだぁぁぁ!!」
「そっか……ありがと、サン」
今私の中にある感情は、幸せのみだった。最近心に穴が開いたような虚無感を感じることがあったが、もう感じない。あの虚無感を埋めるには、やっぱりここに戻ってくる必要があったんだ。
「それじゃあシャイン……早速次走に向けて色々トレーニングメニュー組むか! よっしゃそう考えたら気合出てきた! やってやろうぜシャイン! 今再び『誰にも越えられない記録』を目指すか!!」
「……あったりまえ!!」
「はぁ……はぁ……」
勝った……? 私が?
一瞬信じられなかった、でも私に向けられるうるさいほどの拍手や歓声がそれを物語っていた。
「メテオ──!!」
声がした方向を見ると、トレーナーさんが嬉しそうにこちらに走ってきた。トレーナーさんは私の元にたどり着くと、すぐに私を持ち上げて嬉しそうに回っていた。重力や慣性の影響を受けて私の体はグワングワンと振り回されたが、それほどトレーナーさんを喜ばせられたと言う事を全身で理解でき、嬉しかった。
「よくやったね……よくやったねメテオ……」
「もう、泣きすぎだよトレーナーさん……」
「そんな……」
「勝てなかった……」
遠くの方を見ると、シューちゃんとナイちゃんが地面に倒れ込んでいた。その表情はただ負けたから悔しんでいるというには歪みすぎており、私は不自然に感じた。
「ねぇ……この模擬レース、負けたらキグナスに何されるの……?」
「……うるさい! お前には関係ないだろ!」
「あんたは勝ったんだからもう放っておいてよ!」
二人に話しかけても私は拒絶されてしまった。しかし明らかにおかしい、まるでもうキグナスと名乗れないような表情をしていた。
「……負けたらキグナスを脱退させられるの……?」
「っっ……。あぁそうだよ! キグナスは脱退だよ!!」
「もう! せっかくキグナスに入れたのに! あんたのせ──」
ナイちゃんが『あんたのせい』と言おうとしたのだろうか、でもそれをシューちゃんが止めた。
「……やっぱりやめよう、もう」
「でも……」
「ごめん、メテオ。私たち、アンタに嫉妬してた」
「……ご、…………ごめん」
突然シューちゃんが私に謝罪してきて、少し驚いた。まさか今まで私の事を敵対視していた子から謝られるなど思ってもいなかったからだ。
「アンタ、どんなレースでも笑ってるでしょ。そんな風に私たちはレースを楽しめなかったの」
「……だから楽しんでるアンタが嫌いで仕方がなかった」
「……」
「でも……メテオに負けた今、そんな事言ってられないよね……私達はキグナスを脱退する。もし今後一緒に走ることがあったら、また走ってね……」
「……」
そのまま二人は覚悟を決めた顔をしてキグナスの宿泊施設がある方向に歩き始めた。私は何も言えなかった。何せ今まで私をいじめてきていたのだ、どう言葉をかければよいのかわからない。
「あんたたち!」
突然、私のトレーナーさんが声を上げた。
「……私、チームを経営して見ようと思ってたんだ。メテオを入れて、3人くらいのチームをね」
「えっ……」
「それって……」
「……行くとこ行って、書くべき書類書いたら、私のところにおいで。いつでも待ってるよ」
「い、いいの……?」
「私達、前からひどいことしてたのに……」
二人が信じられないといった顔で私のトレーナーさんを見ている。そんな二人を見ても私のトレーナーさんは笑顔を絶やさず言葉をつづけた。
「前は前、今は今だよ。私はもう気にしてない。アンタたちが心から反省している様子だったからね」
「……はい……!」
「……所属させてください……!」
「所属していいよ! ……と言いたいところだけど、ま、先にキグナスを脱退させられてからだねぇ!! アッハッハッハッハ!!」
「……よかったね、ふたりとも……」
でもただ一つ、クライトさんがいないというのが心残りだった。こうして私は
「……ん?」
自分の力で……?
そうだ、最後の方、私がクライトさんの走りを真似したのは、完全に自分の判断だ。でもなぜ急に自分の判断が冴えたのか……。
そうだ、クライトさんが去り、もう味方がトレーナーさんしかいないと思い込んでいたからだ。もしクライトさんが私のトレーニングを続けていたらどうなっていた……?
勝てたかもしれない、でもそれは誰のおかげだと感じるだろう。きっと私はクライトさんのおかげと信じたはずだ。別にそれでもいいのだが、クライトさんのおかげだとしたなら、このレースに勝てたのは自分の力と言うには少し弱い。勝てたことに喜んでも、多分私はずっとクライトさんに
「クライトさんは……私にそう思わせない為に……?」
そう思ったら、私の脚は勝手に動いていた。レースで使い果たし、もうしばらくまともに動かないと思っていた脚が、勝手に動いた。
「あっ……」
模擬レース場の付近を探していると、草木が茂っている方にクライトさんを見つけた。
「ク、クライトさ──」
私がクライトさんの方向に近づこうとすると、クライトさんは遠くの方で右手を突き出し、私の方に『来るな』と行動で語った。
クライトさんは立ち上がると、そのまま後ろの草木の中に歩いて行こうとしてしまった。でも私は感謝の言葉を言えていない、クライトさんの事を引きとめられずにいられなかった。
「クライトさん!! 一週間、ありがとうございました!!」
クライトさんは振り返ってはくれなかった。でも最後に左手で『じゃあな』とハンドシグナルを私に送り、そのまま立ち去って行った。
「本当に……ありがとうございました……!」
幸せの粒が、私の目から零れ落ちていた。
またどこか、レースの場で会いましょうね、クライトさん。