持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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作者「ねむい……(23/05/28/2:48)」


第七十九話 何のために戦うか

 

「……」

 

「おう、シャイン、そんな嫌そうな態度するなっテ。授業始まるまでそうしてるつもりカ?」

 

 私の布団を介して同じ部屋の中から声がかけられる。声をかけてきたのは当然私と同じ部屋にいる、ルームメイトのヴェノムストライカ。声をかけてきたヴェノムに対して私はうんざりと言ったような顔を布団の中でする。

 出来る限り話しかけない様にしていたと言うのに何故わざわざ話しかけてくるのだろうか。

 

「おいおい、返事くらいしてくれヨ」

 

「……何?」

 

「お、やっと返事してくれたヨ」

 

 恐らくこのまま返事をしなければ私自身自分の行動にクズみを感じてしまうだろうし、それでなくたってヴェノムはずっと話しかけてくるだろうと思い、返事をする。

 

 私が返事をするとヴェノムはやれやれと言ったようにため息をついて、布団の外ではベッドから立ち上がる音が聞こえた。

 

「お前さ、ちょっとは強くなったかヨッ」

 

「……そんなくだらないことを聞くために声をかけたなんて言わないよね?」

 

 我ながらタルタロスにいた頃のような声を出して、ヴェノムに質問をし返す。布団からも顔を出してヴェノムの顔を見たが、質問し返されても気にしていないと言うような顔でニヤニヤしていた。

 

 布団から顔を出すのではなかった。

 

「だいたいお前よ、なんでそんなに怒ってんダ? ちょっとちょっかいかけてやっただけじゃねぇカ」

 

「……忘れたわけじゃないでしょうね? アンタが私を走りでいじめた事、何度も木の枝を持って私の事を追いかけてきたこと、挙句私の事を捕まえたら胸ぐら掴んで奇声上げて。今のアンタが不思議なくらいおかしいことしたの忘れたわけ?」

 

「……そんなこともしてたナ」

 

 今の今まで忘れていたと言うような顔をしたヴェノムに対し、私は頭を抱えた。なんとヴェノムは私に対して行ってきたことを忘れていたと言うのだ。もう本当に、このウマ娘は他人をムカつかせる天才か何かだろうか。でもヴェノムの周りにいるウマ娘達は全くムカついていないどころか、ヴェノムも普通の対応をしているからむしろ人気になっている。

 

「あ、あとあれダ、お前のプリン食ったりしたナ」

 

「そうじゃん、食ったじゃん。ぶっ飛ばすよマジで」

 

「まぁもう時効だロ」

 

「日本の時効期間は25年だし」

 

「まぁ今相部屋だし、ルームメイトのよしみで許してくれヤ」

 

「当時は相部屋じゃないんだけど? てか許すつもりないけど?」

 

「俺はあの時から友達だと思ってたゼ★」

 

「私は思ってないんだけど?」

 

 なんというか、ヴェノムと話していると本当に疲れる。

 

「ま、俺の気持ちなんてお前はわからないだろうけどナ★」

 

 早く授業の時間が迫ってこないかと思っていると、ヴェノムが気になることを言った。ヴェノムの気持ち? そんなもの分かりたくない、そう思っていたが……。

 私は、小さい時の嫌な気持ちをそのままヴェノムの印象へとつなげていた。しかし今、精神が成長した今になって昔のヴェノムを思い出してみると、あまり私に被害が無いようにも思えるのだ。もしかしたらヴェノムはいじめる意思はなかったのではないかとさえ思う。

 

 確かに精神が未熟でいじめのような行為をいじめと認識できない子供がいると言う話はよく聞く。ヴェノムもその一人なのかもしれないと考えれば、今のヴェノムはまともな成長を遂げたヴェノムという可能性も捨てきれない。

 

 ……そもそも、そう思わないと今後相部屋としてやっていける気がしない。

 

「どういう意味?」

 

 その可能性を捨てきれなかった私は、先ほどのヴェノムの発言にストップをかける。ヴェノムの気持ちと言うのはどういう気持ちなのだろうか。

 

「……俺みたいなのが自分の気持ちを語るのは良くないと思うからナ★やめとくゼ★」

 

「ちょっとまってよ、なにそれ。アンタの気持ちなんて知ったこっちゃないけど、私の解釈と違う考えしてるって言うなら教えてくれてもいいんじゃないの?」

 

「良いんだヨ、お前はただ走ってリャ」

 

 私が食い下がると、なぜかヴェノムは自分の気持ちを明かすことをしないと言いだした。自分から気持ちの存在についてほのめかしたのに、何をいまさらビビっているのだろうか。

 

「……まぁ、どうしても知りたいなら、自分で俺を口説いてみロ。どうせ知っても何も面白かなイ。お前はただ単純に俺に対して疑問と怒りが湧き上がるだけだゼ」

 

「ふん、いいよ。私はどうしても口説いてやるから」

 

「ずいぶん興味津々じゃねぇカ。さっきまでのお前が嘘みたいにナ」

 

 この時私は既にヴェノムの挑発のような発言に乗せられていたのだろう。ヴェノムが私から気持ちを聞いてくるように仕向けるように綿密に練られたヴェノムの発言に、完璧に乗っていた。

 

 まぁ、この時の私はそんなこと知る由もなかったけど。

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……おいコラぁぁぁぁ逃げんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「へっへー!! 口説くのは自由だが俺はおとなしくしてるなんて言ってないゼー!!」

 

 ヴェノムが私に絡んでくる本当の理由、ヴェノムの気持ち。それらを知りたければヴェノムを口説けという挑戦を受けてから20分ほど経っている。私は何故か学園内でヴェノムを追いかけている。

 

 ヴェノムの言い分的には『俺を捕まえてから口説け』と言う事らしいが、なんのために逃げるのか全く理解できん……。

 

「ほらほらァ、こんなペースじゃ俺に追いつくなんて不可能だゼ!」

 

「まてコラぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 突然ヴェノムが走り出したせいで、私はスタートの時点でかなり距離のアドバンテージを取られている。このままではヴェノムに追いつける気がしない。

 幸いトレーナーさんと行っていたスタミナトレーニングで長時間走るスタミナは付いているが、流石にそろそろきつくなってきた。

 

 遠くの方にいるヴェノムもかなりの汗をかいているように見えるが、一向にスピードが落ちる気配が無い。デルタリボルバーの驚異的なスタミナについて悩んでいた矢先、ヴェノムのスタミナにも驚かされることになるとは思っていなかった。

 

 当然曲がり角を曲がる際や階段の上り下りの際に生じるスタミナ消費もあるだろうが、それにしたって私がバテてヴェノムがバテないのはおかしい。

 

「げっ……かはぁっ……オエッ……もう無理……」

 

「あばヨ~!!」

 

 私は疲れ果て、その場に座り込んでしまった。それを見てギブアップしたのを察したのか、ヴェノムは去る言葉を残してどこかに走っていった。

 

「……なにしてんだお前」

 

「ク……クラげぼっ……オエッ……」

 

「落ち着けよ、吐くなよ絶対」

 

 地面にしがみついていると、私とヴェノムの追いかけっこを見ていたクライトに声をかけられ、私の疲れた体を簡易ではあるが助けてくれた。

 

「で、何してんだお前……」

 

「聞いてよおおおおクライトおおおお」

 

 私は朝からヴェノムと交わした会話の内容をクライトに説明した。ヴェノムは私が先入観で思っているような人物ではない可能性があること。話をしたければ追いつけと言われたこと。

 

「あいつはなんなんだ……」

 

「さぁ……昔から知ってる私にもわからないよ……」

 

「うん、まぁ……頑張れよ、スタ公」

 

「……頑張る」

 

 

 

 そこからはまさにいたちごっこだった。

 毎日のようにヴェノムを追いかけて、追いつけず私が先にギブアップする。それがここしばらくのルーティンになっていた。あまりにも毎日追いかけっこをしているもんだから、他のウマ娘からは『ルパン三世』と言われるようになってしまい、なかなかに不服だ。

 夜寝る時間になり、お互いに部屋に帰ってきてもヴェノムはすぐに寝てしまう。そのため話すことができず、結局朝逃げられる。

 

『へあぁぁぁぁヴェノムぅぅぅぅぅ!!!』

 

『まだまだ俺は走れるゼ──っ!!』

 

 ヴェノムとの追いかけっこをした日も当然トレーニングをする、もちろん内容は以前行っていたスタミナトレーニングだ。だがそのスタミナトレーニングを行っているのにもかかわらず、ヴェノムには追いつけなかった。

 それほどヴェノムのスタミナが大きいのか、私の成長率が低すぎるだけなのか、それはわからない。

 ウマ娘には得意とするステータスがあると言うが、私は根性などに成長率を振り切ってしまったのだろうか……。

 

「はぁ……トレーナーさん、どうしよ……」

 

「どうしたとっつぁん」

 

「誰が銭形刑事やねん」

 

「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました」

 

「食堂のニンジンです ……じゃないよ何言わせてんの」

 

「別に回避できただろ今のは。バカな事やってないで早くトレーニングするぞ」

 

 スタミナの事について昨日トレーナーさんに相談してみたが、トレーナーさんにも『スタミナを伸ばすしかないだろうな……』と言われてしまった。いや実際問題そうなのだが、そのスタミナが伸び悩んでいると言う事も伝えた結果、新しいスタミナトレーニングを考えておくと言われたので、私も納得しそれ以上何も言わないでおいた。そして今日、トレーナーさんが持ってきたスタミナトレーニングと言うのが……

 

 

 

「ははぁ~ん、そう言うことね……じゃ、私帰る」

 

「そう言うことだ。逃がさん」

 

「はぁ……一応アタシの家の敷地内なんだけどね……」

 

 私が連れてこられていたのは、ドンナさんの家付近。以前ドンナさんの家を訪れた際、付近は山場だった、そこにトレーナーさんは目を付けたらしく、ドンナさんの家付近に会った角度90°を超えるのではないかと思われる断崖絶壁を登れと言い放った。

 

「卒業してから暇だからね、自然から丸々くりぬいた激ムズボルダリング施設を作ってみたんだけど……あんまりにも大変だからアタシは一回も使ってないんだよ。ちゃんと安全は確保されてるから安心しな」

 

「安全確保されてても嫌なんですけど!?」

 

「まぁまぁ、許可は貰ってるし、いいじゃん、チャレンジチャレンジ」

 

「めっちゃ簡単に言うじゃん! 登らなくても死ぬほど大変なの分かるからねこれ!」

 

 私は今までトレーナーさんの提出してくるトレーニングに対し、文句を言う事はあったが、抵抗する事はあまりなかった。だがしかし今私は珍しくごねている。それもそうだ、だってこんな、ゴツゴツしてて、高さ50mはくだらないだろう崖を登るなんて狂気の沙汰だ。命綱があっても嫌だ。

 

 それでもここまで連れてこられてしまった以上、もう登るしかないと言う空気が漂ってしまっている。ドンナさんも私に対して『ほんとに登り切れるのかね?』と言ったようなニヤニヤ顔を見せている。登り切れるわけないでしょこんな化けもん壁。

 

「ほら! もう命綱は繋がってんだ! なんかあったらアタシのせいにしていいから行ってきな!」

 

「あぁぁもぉぉぉぉ!! やればいいんでしょやれば!!」

 

 私があまりにも立ち尽くしていると、ドンナさんに背中を叩かれてしまい、ただでさえその場の『登るしかない』と言う空気に怯えていた私は壁の凸に手をかけてしまった。

 

「ぐ……ふ……」

 

 壁を登り始めて数分。未だ私は地面から5mほどの所で突っかかっていた。と言うのもこの壁、普通のボルダリング施設に比べて掴む所が圧倒的に小さい。尚且つ自然から丸々くりぬいた壁と言う事で、岩肌が私の手を蝕むのだ。ある程度掴む所にヤスリをかけられてはいるのだろうが、それにしても痛い。

 

 それに加え、掴む所が小さいと言う事は乗る場所も小さいという事。私は壁につま先立ちをするような形でしがみついていた。

 

 まだ全体の3分の1にも満たない場所だと言うのに、これでは私の体力が持たない。体力だけでは飽き足らず、汗は滝のように流れ、私の水分すらも奪っていく。

 

 しかし、トレーニング内容が幸いした。これは確かにスタミナが鍛えられるが、それと同時に根性も鍛えられる。根性は私の得意分野、スタミナの能力が低くてキツく感じるトレーニング内容はある程度カバーすることができる。

 

「うわっ!!」

 

 スタミナが切れてきて、手の力が抜けてきた頃、私が掴もうとしていた左手側の壁が少し崩れた。私は掴もうとしていたところが突然亡くなったパニックで体勢を崩したが、何とか持ちこたえた。しかし体勢が崩れてしまった事で余分に体力を削られる。

 

「お~~い! シャイン!! 本当に限界なら降りてきてもいいんだぞ~!!!」

 

「けぇっ! 誰が降りるもんか!」

 

 提案してきたのはトレーナーさんだろうに、今更なに優しさを見せてきているのか。

 

「登り始めたからには登りきる!」

 

 そのままトレーナーさんの優しさに甘えることなく登り続け、私は壁の半分というところまで来ていた。手の感覚は無くなってきており、ゆっくりと登っているはずなのに脚の筋肉は全力疾走しているかのような疲労を覚えていた。

 

 私の口からは大きな酸素の移動が止まらず、この状態でレースが終わった後のレース場に紛れ込めばバレないだろうという感じだ。

 

 たがしかし、あと少しで頂上だと言うところで、またも問題が発生した。

 

「は……? マジ……???」

 

 なんと私の安全を保障してくれていた命綱が、どこかで崖のでっぱりに引っかかってしまい千切れたのだ。命綱が千切れたせいで、私は手を離せば落下する状況となった。高さは10mほどだろう、落ちれば落下死は免れない。

 

「うわぁぁぁシャイン!! 絶対に手を離すなよ!!」

 

「アタシが頂上に先に行ってシャインの手を掴む! 橋田、アンタはシャインが落ちた時の為に構えておきな!! 絶対にキャッチミスるんじゃないよ!!」

 

「はぁ~っ……はぁ~っ……」

 

 命綱が落下していった崖下を見て、私は叫び声をあげる事すらできていなかった。ただひたすらに、自分が今生きていることを証明するかのように不安定な呼吸を繰り返すばかり。

 

 神のいたずらなのか、私の全身のスタミナがもう切れかかっていると言うタイミングでのハプニング。

 

 手はもう感覚が完全に無く、疲れた状態でいるため次はどこに手をかければよいのかすら分からなくなってきた。頂上は見えているのに、微妙に距離があるせいで一気に登ることができない。

 ドンナさんが登り用の道を使って頂上に向かっているが、その助けもまだ来る様子が無い。

 早く登らなければならない。こうしている間にも私の体力は岩肌に奪われていく。しかし腕を上げれば間違いなく力尽きる……。

 

 そうして迷っている間に──

 

「あっ……」

 

 ──私の手は、崖から離れてしまった。

 

 

「死……っぅあっ?」

 

「面白そうだからついてきたけどヨ、ダセーな、相変わらズ」

 

 私の手は掴まれていた、頂上にいつの間にかやってきていたヴェノムに。

 

「なんで……付いて来……は……? あっ……」

 

 どうにかして状況を理解しようとしたが、ただでさえ疲弊していた体に死の恐怖が重なり、なおかつ死ぬ直前までいったところに緊張の緩和が訪れたことで私は意識を失った。

 

「うオッ、気絶しやがって、おめーんだヨ」

 

「アンタは……」

 

 

 

「んぅ……?」

 

「お、起きたかシャイン」

 

 目が覚めると、以前見たドンナさんの家だった。同じ部屋にはトレーナーさんとドンナさん、……それにヴェノムまで座っていた。

 

「やれやれぇ、ずいぶん危険なトレーニングしてんナ、お前んとこのトレーナーハ」

 

「面目ない」

 

 何故かトレーナーさんはヴェノムの隣で正座しているが……。

 

「私は……」

 

「それについてはアタシが説明しよう。アンタはね、そこにいる子に命を助けられたんだよ。まさかアタシより先に頂上にいるやつがいたなんて思いもしなかったけどね、なんでも学園からアンタたちに付いてきたみたいだよ」

 

「……は? アンタ学園から付いて来てたの!?」

 

「ああ、そうだゼ」

 

「うわきもっちわる!! きもっっっちわる!! ほ~んまド変態ウマ娘が!!」

 

「ハァ!? お前ド変態だけは聞き捨てならないゾ!?」

 

「はぁ~ほんま、ちょっかいの次はストーカー?? やめてよねも~」

 

「お前が学園抜け出して山ン中行くからだロ!? 面白そうでしかないだロ!!」

 

「面白そうだからって付いてくるのがまず──」

 

 ドンナさんから話を聞いて、全てを聞き終わった直後にヴェノムに対して過剰な拒否反応が出てしまった。ドンナも珍しく怒っており、数分ほど喧嘩が続いた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ハァ……ハァ……」

 

「……喧嘩は終わったかい?」

 

「まことに申し訳ない」

 

「アンタはいつまで謝罪してんだい、つか誰に謝罪してんだい」

 

 なぜヴェノムが私にここまで固執するのか、わからなかった。なぜ山の中までストーカーしてくるほど固執するのか、疑問だった。

 

 そうだ、その気持ちを聞きたければ口説けとヴェノムは言った。今なら逃げ場はないかもしれない。

 

「……あんたさ、なんで私に拘るのよ」

 

「……ア、そいじゃ俺は帰らせてもら──」

 

「はい、確保」

 

「……アアアアア!!」

 

「……なにやってんだいアンタら」

 

「あ、それは俺から説明します」

 

 隣にいるヴェノムに私への執着の理由を聞くと、ヴェノムは逃げようとした。しかし恐らくここで口説かれるとは思っていなかったのだろう、逃げ遅れたところで腕を掴んでヴェノムを確保し、何とか逃げられずに済んだ。腕が先ほどのトレーニングで疲弊しており、豆腐すら握りつぶせない力で掴んだが、ヴェノムにとっては敗北の証明だったらしい。以外にもすぐにおとなしくなって話をしてくれるようだった。

 

「……小さい時から、お前の強さには気づいているつもりだっタ。だからお前の強さに、もっと触れてみたかっタ。それが結論ダ……。でも確かに、幼いながらにいじめていた気持ちはあるかもしれなイ……」

 

 ヴェノムが私をいじめていた理由については、とてもくだらないものだった。いや、とてもくだらないと見下すのは良くないだろう。強い人を見たらその強さに触れてみたくなる気持ちはよく分かる……。しかし、ヴェノムの場合はやり方がよくない……。

 

「まぁ、とりあえず結論だけ聞いてみての感想……聞く?」

 

「……今更そんな言い訳をしてなんだ、といったところカ?」

 

「……」

 

 何も言えなかった。確かにヴェノムの言う通り、数年越しに会ったと思ったら、いじめをしていたあの時は一時の気の迷いだったなどと言われて納得できるわけが無い。

 しかしヴェノムの気持ちを考えるとその感想を直接言うわけにもいかなかった。

 

「ま正直お前の事を倒したいって言うのは本音ダ。お前との決着をつけたいのも本音ダ」

 

「夏合宿で再開した時やたら昔の敗北をいじってきたのは?」

 

「恥ずかしくテ……」

 

「本当は?」

 

「お前に会ったことによる昔を思い出した脊髄反射」

 

「ひきずりまわす?」

 

「勘弁してくレ」

 

 まぁ兎に角、ヴェノムの話を聞く限り、今のヴェノムに悪意が無いと言う事はわかった。そんなヴェノムがなぜ問題行動をしたのか疑問は残るが……もともと荒っぽい正確なのは変わってないし、さしずめ何か万引きでもやらかしたのだろう。

 

 ……やはり何とも言われようのない気分だ。どうあがいてもヴェノムはとても性格の悪いやつと言うイメージが抜けない。でもそれは昔のヴェノムであって、今のヴェノムは違う。今のヴェノムを受け入れてあげないといけないのに、どうしても昔の記憶がフラッシュバックしてくる。

 

「……シャイン、アンタ、納得いかないって顔だね」

 

「……昔のいじめっ子のイメージは抜けない。どうしても」

 

「……」

 

 私たちが分かりあう方法、それは……それは──

 

「やっぱり、セントライト記念で私達の決着をつけよう。私たちはそれ(走り)でしか分かりあえない」

 

「……ああ、いいゼ。戦おウ」

 

 私が決着についての話を再提案すると、そこからヴェノムの瞳の中で、毒々しい紫の瞳孔が光り輝いているように見えた。

 

 

 

「失礼、スターインシャインさんと橋田瑠璃さんで間違いないでしょうか」

 

 ヴェノムとの会話が終わり、私達は学園に帰った。しかし学園に到着して数分、私とトレーナーさんがそれぞれの寮に帰ろうとしたところで、私達の事をフルネームで呼ぶ声が聞こえた。

 

 後ろを振り向いた時、そこには。

 

「キグナスのトレーナー……!?」

 

「なんでこんなところに?」

 

 私たちの後ろに立っていたのは、私達がジュニア期の頃から散々戦ってきたチームキグナスの大元、チームを立ち上げた本人であり、現トレーナーである男だった。

 

「もうすぐ、クラシックレースの最高潮、菊花賞がある。君たちは、私のチームに勝てない」

 

 キグナスのトレーナーが語るのは、菊花賞での全面的な宣戦布告だった。恐らくはデルタリボルバーで勝てると踏み、私の事を精神共々消しに来たのだろう。

 得意げに話しながらも静かに、上品に話すその男からは、ウマ娘ですらないものの圧倒的なオーラを感じた。

 

「なんでそう言い切れるんです? うちのシャインは菊花賞に向けて()()()調整を行っていますよ」

 

 私のトレーナーさんも負けじと反論する。まさか反論されるとは思っていなかったのだろうか、キグナスのトレーナーは少しだけ、本当に少しだけ驚いていた。その後に少しだけ笑みを浮かべて言葉を放った。

 

「……デルタリボルバーのスタミナに勝てるとでも? 先のダービーを見たと思われますが、あのウマ娘は規格外のスタミナを持っている。距離が長い菊花賞で戦うなどもっての外、あなたたちに勝算は無い」

 

「ならデルタリボルバーに追いつけるくらいスタミナをつければいいんだろ? うちのシャインなら余裕だ」

 

「あなたたちは私のチームに楯突きすぎた。ドンナから話は聞いているでしょう? 私のチームは他のウマ娘を消す。……一つ聞かせてください、もう一度言いますが私のチームは他のウマ娘を消す、それなのになぜ私のチームに刃向おうとしたのかを」

 

 キグナスのトレーナーは周りの耳を気にしながらも、私達にそう聞いてきた。

 

 当然、答えは一つのみ。

 

「私には目標がある、『誰にも越えられない記録』を作る目標が! それを邪魔するなら、容赦しないだけだよ!」

 

「誰にも越えられない記録……か」

 

 トレーナーさんが答えるより先に私がそう答えると、キグナスのトレーナーはだんだんと様子を変えた。先ほどまで落ち着いたような、王者が玉座に座っている時のようなオーラが、とても激しい怒り、まるで家族を殺されたかのようなオーラを浮かべていた。

 

「面白い。なら徹底的に潰します」

 

 オーラこそ変わっているが、落ち着いた様子は維持している。これまで見てきたトレーナーは結構怒りをあらわにすることが多かったが、そこらへんは流石学園一のチームと言ったところだろう。

 

「俺たちに宣戦布告をしてビビらせるのが目的だったみたいだが、失敗したみたいだな」

 

「……構いませんよ、あなたたちに敵を意識させるのが目的なので。私も気合が入りました」

 

 言葉に力が入っている、恐らくこの言葉は嘘ではないのだろう。そう言ってキグナスのトレーナーは立ち去ろうとしたが、立ち去る前に私はキグナスのトレーナーを引き留めた。

 

 まだ、まだ聞いていないことが一つある。

 

「あなた……あなたの名前はなんですか?」

 

 私が聞いたのは名前。今まで『キグナスのトレーナー』と呼んでいたが、私達は未だこの人の名前を知らない。

 

 キグナスのトレーナーは後ろを振り向き、再びオーラを出しながら答える。その時に放ったオーラは、紛れもない一番の担当ウマ娘、キングスとほぼ同じのオーラだった。

 

氷野(ひの)飛鳥(あすか)……それがあなたたちを潰す男の名前です。このまま無事にクラシック期を終えられるとは思わない方が良い」

 

「氷野……氷野トレーナー……覚えたから、あんたの名前。アンタのチーム全員に、私は勝つ!」

 

「私が話すことは以上です。さようなら」

 

 そう言ってキグナスのトレーナー、氷野は立ち去ってしまった。

 

 そうだ、私達の敵はヴェノムだけじゃない。

 

「デルタリボルバーについても、おいおい考えないとね……」

 

「ヤツがセントライト記念に出るかどうか、そこだけが心配だな」

 

 今再び、私の闘志に火が付いた。

 

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