持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
「それじゃ、私はちょっと控室でゆっくりしてるよ。早く来すぎてローズステークスはまだまだ先だしね」
「ん、そう?」
「気を付けろよ、ツインサイクロンの武器に」
以前二人には少しだけツインサイクロンの武器の内容について話したことがある。私が控室に行こうとした時にクライトにそう言われ、私は笑顔で心配はいらないと返す。
と言うのは建前だけどね……。本当は内心心配で心配でたまらない。もしかしたらまた負けて私のメンタルがやられてしまうのではないか。キグナスに消されてしまうのではないか、と。
しかも特にキグナスに刃向っている私とシャインとクライトは何をされるか分かったもんじゃない。だからこそメンタルで負けてはいけないと分かっているけど、相手が『神』という大きな存在である以上私の精神は既に負けかけている。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
正直大丈夫ではない。しかしこんなところでトレーナーさんに心配をかけている場合ではないのだ、無理してでも安心させなければならないと思い、笑顔を向けようとした時だった。
「無理をしている顔をしていますよ」
「……たはは、敵わないなぁ」
「……桜花賞の時に散々見ましたから」
「そうだったね」
トレーナーさんは私を心配しているようだが、心配される必要があるのはトレーナーさんも一緒だ。緊張しているのかさっきから手と足が一緒に前に出ている。それをトレーナーさんに教えてあげると、トレーナーさんは顔を赤くしながら歩き方に気を付けていた。
しかし、トレーナーさんが私を心配してくれた気持ちを無下にするのも酷いというものだろう。
「心配ありがとっ! トレーナーさん!」
私はそう一言だけ言って、スキップしながら控室へとトレーナーさんと一緒に向かった。
「……」
控室で一人、私は座る。座って何をしようと言うわけではないが、やる事が無いので座っている。そうだ。レース前だから家族の写真でも見て気持ちを落ち着かせよう。
ポケットから写真を取り出し、見つめる。私に遺された唯一の家族の証。昔台風に吹き飛ばされすべて消え去った、家族の証。
私は昔の記憶を思い出しながら怒りを募らせる。今この瞬間も忌々しく無風の部屋で私の周りに風を吹かせているこの風神に。
「いつまで!!」
私が大きくその声を上げたからだろうか、しつこく私の髪をなびかせていた風が止んだ。これほど大きな声を上げたのは久しぶりだ、それほど私は怒っていた。
「いつまで私の周りに付きまとうつもりなんだ!!」
大きな声に反応するように、風は再び吹き始める。
「私の家族を殺し、その上で見ものにしようと言うのか!? しつこいんだ、もう!!」
私は、知っていた。この化け物が私の家族を殺したことを。私がプロミネンスサンに身の上話をしたときには話していなかったことだが、私の出身地で起きた台風は、この風神が起こしたものだ。
この風神が起こす風には、特徴がある。風の吹き方のような微弱なものだが、長く付き合ってきた私にはその特徴が完璧にわかる。その特徴が分かるようになってきた頃に台風に巻き込まれた時の感覚を照合して見ると、あの台風はこの風神の風だと確信した。
それからというもの、私はこの風神への復讐心しか燃やしていなかった。でも風神はあくまでも概念的なものであり、生身の実体を持つ私にどうにかできるものではない。
家族の仇がすぐ近くにいるのにどうにもできない。この悔しさは誰に理解できようか。いや、誰にも理解できるはずはない。
私が放ったその言葉に風神は怒りを覚えたのだろうか、風が固まりとなって私の首や手首を壁に押さえつけた。
「ぐぁっ……。ふふ……自分の考えと違う行動を取ったら消すのかい? 私たちキグナスの真似事かな……? 神っていうのは意外と短気なんだね……」
今になって風神に刃向った私を始末しようとでもいうのだろうか。
……昔、風神がなぜ私を殺さずにいたのかはわからない。もしかしたら本当にたまたま私だけが生き残ったのかもしれないし、見ものにするためだけにウマ娘の私を生かしたのかもしれない。
しばらくしたら、風神は私を解放した。首にくくりつけられた自殺縄のような感覚が鮮明に感じられる。もしここで風神が私を殺す気なら、私はこの風神から解放されたのだろうか。でも……ここで死ねば私は家族の仇に一矢報いることすらできずに生まれ変わることになる。
「(……誰か、私に勝ってくれ……この風神に勝てるほどのウマ娘よ……)」
心の中で聞こえもしないヘルプを出し、私はあるウマ娘の名前を頭に思い浮かべた。……彼女ならば、もしかしたら……。
「(……プロミネンスサン……どうか、私に……)」
たとえ私が戦意を喪失しようとも、風に無理やり足を動かされ。私を躱そうとするウマ娘がいればそのウマ娘は風によって脚を止められる。
最初こそキグナスに貢献できると思い活用していたこの力だが、もう私の精神は耐えられない。ウマ娘でありながら、自分の才能や力で勝負できないもどかしさ。それは何事にも言い替えがたい。
「サン、そろそろローズステークスのパドックに向かいましょう」
「そうだね!」
椅子に座って仮眠をとっていたトレーナーさんが、目覚まし時計の音によって覚醒し私に声をかけた。寝ぼけた顔をしているが意識ははっきりしているようだ。
「サン……」
「ん? な~に?」
部屋を出ようとしたとき、トレーナーさんが寝ぼけた顔を維持しながら声をかけてきた。しかし言う言葉こそ思い浮かんでいるが、発するまでいかないといった顔をしている。
トレーナーさんが何を言おうとしているのかわからない……けど、またきっとトレーナーさんは自分に何も関係ない責任を感じているのだろう。
「……いえ、なんでもありません」
「……大丈夫だって! 私は、
部屋を出る前に少し会話はあったが、私は声をかけられてすぐに控室をトレーナーさんと共に飛び出し、ローズステークスへのパドックへと向かった。
ローズステークス……
秋華賞へつながるトライアルレースと言う事もあって、オークスに挑戦したウマ娘達が多く出走する。そしてこのレースの特徴として、オークスで下の着順だったウマ娘はローズSでも同じく下の着順、上なら上のままという傾向がある。
そう、このレース、前走オークスで負けたウマ娘が巻き返すことは難しいと言われている。極まれにオークス15着でありながらローズSで巻き返しの2着を見せたウマ娘のような存在が出てくるが、そんな事はめったにない。
私はオークスにて1着を取れていない。果たして、私はそのような存在となり巻き返すことができるだろうか。
『8枠11番、プロミネンスサン。前走オークスではツインサイクロンに大敗してしまいましたが、秋華賞を前にしてリベンジしたいところですね』
「オークスの事わざわざ言わなくてもいいよぉ!!」
パドックの実況と言うのは前走の戦績を加味してコメントしないといけないのはわかるが、コメントされる側としては自分が負けたレースの事をわざわざコメントされると言うのは恥ずかしい。
わんちゃんシステム変わらないだろうか……。
「サン~~! ファイト~~!」
「飯を口に頬張りながら叫ぶなバカスタ」
「バっ……クライトあんたせめてスタ公って呼びなさいよ~!」
遠くの方でシャインとクライトが相変わらずの喧嘩をしているが、どうせいつかは仲直りしているだろうと思いパドックで行うパフォーマンスに集中する。今日はすごくいい天気で、バ場も良バ場のはずだ。
いや……これほどまでいい天気なら、きっと風も良く吹くはずだ……。良バ場になって喜ぶべきなのか、風がよく吹くことを恐れるべきなのか。
「やぁ……、今日は良く風が吹くね」
「ツインサイクロン……」
パドックの上から去り、裏側へと戻るとツインサイクロンが私を待っていた。その表情はやはりいつもの笑った顔だが、やはり根元からの笑いは見えない。まるで生気が無いようだ。
やはり、私が思っている考えは正しいのだろうか。ツインサイクロンが家族を失い孤独を感じていること。風神を邪魔と感じていること。
今になって考えに間違いが無いか
自らが努力して手に入れたわけでもない武器で勝たされる気持ち、それは体験したわけじゃないから完璧には理解できない。しかしとてつもなく悔しく、情けない気持ちになると言うのだけは理解できる。
「ねぇ、サイクロン……」
「ん? なんだい? そうだ……パドックの時は流石にボイスレコーダーを持たされていないから、今なら何でも話せるよ」
「……ううん、やっぱりなんでもない」
友好的な子の態度、やはりおかしい。キグナスのウマ娘として私を倒そうとしていることは間違いないのだろうが、それにしても友好的過ぎる。ブルーマフラー・シーホースラン・ノースブリーズ……戦ってきたキグナスのウマ娘達は皆私たちに敵対するような言動を貫いていた、それなのにこれほど穏やかで友好的な態度と言うのはどうにも調子が狂う。これまでがおかしかったから私がマヒしているのだろうか。
「……サン」
「え?」
私がサイクロンの横を通り過ぎようとした時、私に声がかけられた。
「私を……た、たすけ……」
「たす……?」
「……いや、やめよう……。プロミネンスサン、君とはこのローズステークスで決着を果たす」
「……そうだね、ツインサイクロン」
確かにキグナスの
「トレーナーさん……私は、勝つよ」
ローズステークスはG2レース。そのため私の着ている服は勝負服ではない、体操服とブルマを整え、私もレース場に向かう地下バ道へと歩みを始めた。
『さぁローズステークス、秋華賞に向けて実力を上げんとするウマ娘達が滾っている気配がひりひりと感じられます』
「……風神か……」
レース前になって怖気ついてしまったのだろうか、それだけつぶやいたのは意識しての行動ではなかった。
大丈夫だよね。トレーナーさんと何度もトレーニング重ねてきたんだもん。
桜花賞・オークスで負けた時から……。
「ずっと……」
『全ウマ娘、ゲートイン完了しました。ローズステークス今……』
「ずっと!!」
『スタートしました!』
「っくぅっ!?」
何故だ……!? 今日は最初から私の脚が風によって強制的に走らされている……。先ほど控室で反抗的な態度をとったことを未だに根に持っていたとでもいうつもりだろうか、今日はもう私に走らせる気はないらしい。
「やめろ! 私だって……私だって自分の力で勝ちたいんだ!!」
「ツインサイクロン……?」
「……サン……」
やってしまった、というより当然か。風神に対しての怒りを声を出してしまったから、私の隣あたりを走っていたプロミネンスサンに聞かれてしまっただろうか。他のウマ娘はレースに集中しているため聞こえていないようだが……サンはどうだろうか。
「あなた……風に……?」
どうやら思い違いのようだ、私の言葉は聞こえてこそいないようだが、脚の風には気づいたようだ。……私の脚を見て心配そうな視線を送るのはやめてほしいな。もうどうにもならないというのに。
「……」
プロミネンスサンは、
「そんな……」
ツインサイクロンが……叫んでいた……。
『私だって……勝ちたいんだ!!』
スタート直後で目の前の位置取りに集中していたこともあってか、言葉が全部聞こえず聞こえたのはその二つの単語のみだ。
そして私がこの逃げの位置に来る前だったからこそ見えた、最終直線以外のサイクロンの脚。彼女の脚に、桜花賞やオークスで私の脚を止めた風と同じような風がまとわりついているのが見えた。あれが彼女の脚を無理やり運んでいるのだろうか……!?
「もしかしたら……本当に……」
本当にツインサイクロンは風神から逃れたいと思っているのかもしれない。
それならば絶対に勝たなくてはならない……。
「あ、木村さん」
「どうも、シャインさん、クライトさん」
サンのローズステークスが始まったと同時くらいだろうか、まさに今からサンが走るレース展開を参考にしようとしている私たちの後ろから木村さんが歩いてきた。
「関係者の席で見なくていいの?」
「屋内で見ると迫力が薄れますからね、一般席で見るに限りますよ」
「そういうものなのかよ……」
コースの方を見ると相変わらずの恐るべき逃げを展開しているサン。サンと先頭を争うウマ娘はおらず、スタミナの消費も少ない、ツインサイクロンもいつもより後ろに付けているようだ。今のところは負ける要素は見られないが……。これからが分からない。
ウマ娘が使う武器にはレベルのようなものが存在している。レベルが高いものほど発動や習得は難しくなるが、それに伴う強さの上昇がある。
例えばノースブリーズの『深呼吸』のような武器は『技術のみが必要』といったレベル1
シャイニングランの『最後まで根性走り』は『本人のメンタルや技術次第』といったレベル2
そして……キングスクラウンや私の『想いの継承』といった『超常現象』のような武器はレベル3と考えている。というより、考えられていると言った方が良いか。
当然武器のレベルが高い方が勝つ。だがたとえ相手の方がレベルが高くとも、ウマ娘本人が持つ『闘争心』が爆発的な高まりを見せれば、それに限らない。
だがサンから聞いた話だと、ツインサイクロンの武器は常軌を逸した『風神』という武器……。当然『超常現象』だからレベル3に分類されるものだ。それも神が関わっているからそのレベルに収まらない可能性もある。
恐らく並大抵の武器では勝つ事が叶わないだろう。それこそ私のように『想いの継承』や、クライトの『
サンに残された勝機はきっと『
私たち以上の敵を相手にしているサン……。
「信じるしかないだろ、スタ公。あいつの火事場力を。お前がそんな顔しても何も変わりゃしないよ」
「……そうだね!」
「そうですよ、サンもこの日の為にたくさんトレーニングしてきたんですから」
自信満々にそう言う木村さん。そう言えば夏合宿の時もあまりトレーニングするサンを見かけなかったが、どのようなトレーニングをしていたのだろうか。
木村さんに聞いてみたが、教えてはくれなかった。まぁ一応私達も敵同士といえば敵同士なわけだし、そう簡単にトレーニング内容は言えないか。
「……あでも結構分かりやすいね」
「え?」
「今一瞬、サンが3個の小さな武器を使ったでしょ」
「……はは、シャインさんには敵いませんね」
「伊達にキグナスと何度もやりあってないよ」
「俺も知ってたけどな」
私がサンの武器を見抜くと、木村さんは驚いたような顔をしていた。なんとサンは知らぬ間に3つも武器を取得していたようだ。
・躓きそうになった勢いをそのまま加速に使った武器。
・上り坂を勢い任せにがむしゃらに登りつつ、スタミナを温存する走り方。
・影を踏ませぬ勢いでどこまでも加速するピッチの上げ方。
どれもサンの走りでは見た事が無い武器だった。
「よく考えてみたら、サンって昔から小さな武器を積み上げて相手を倒すよね」
「その通りです。サンはレース中、小刻みに自らのトップスピードや持久力を上げ、相手をじわじわと倒す……そのスタイルが一番彼女に会っているんです」
「つもちりだな」
「……
「……出てきた……こんなに早く!」
レース中盤、先頭を走っている私の脚に違和感を覚え、下を向くとレース中盤にもかかわらず風がまとわりついていた。
桜花賞やオークスの時は最終直線で出てきていた風がなぜローズステークスでは中盤に出てきたのか、わからない、分からないが、やばい事だけはわかる。
「脚が……進まない……!」
風がまとわりついた事によって、私の脚は前に進まなくなった。これではまた桜花賞やオークスの時のように……負ける……。
「(まだ最終直線に入ってすらいないと言うのに、もうプロミネンスサンを襲ったのか……。いや、前走前々走で負けているのならこのローズステークスで危険因子になりかねないと思ったのか……!)」
「ぐ……くっそ……ぉ……!」
思う様に脚が動かずもどかしい。いやもどかしいなどと言っている場合ではない。序盤から私の逃げで中団のウマ娘達とは距離を置いている、それでもここまで減速すればいつか追いつかれるのは必然、追いつかれる前にこの減速をどうにかしないと桜花賞オークスの時よりひどい結果になってしまう……。
「(いや……プロミネンスサンが減速しない!?)」
「……よし……トレーナーさんの読み通りだ。いける!!」
私が取った策は、私の走り『ストライド走法』を『ピッチ走法』に変えること。
ツインサイクロンに憑いている風神が出す風は、私の脚の角度に対して変わらず後ろの方向に吹き続ける。そのため私のストライド走法では、接地していない一瞬の時間に風に押し戻されて減速してしまうのだ。だがそれは『接地する時間を短くすれば短くするほど減速力が減る』と言う事を表している。
つまり、接地時間が短いピッチ走法ならば減速は最低限になる!!
「(考えが甘すぎる……)」
見るとプロミネンスサンは、自らのストライド走法をピッチ走法に変えることで減速を無くしていた。だがしかし、もしその程度の対策で風神の風が封じられるのならば、私は苦労していないさ……。
ウマ娘の走り方には、大きく分けて三つが存在する。
足の間隔を大きく広げ飛翔するように走るストライド走法
脚の回転を速くすることで小刻みな加速を繰り返し続けるピッチ走法
そしてその間、どちらにも振りきれていない中間の走法。
ウマ娘の走法は三つに一つ。私が何度もレースを走るうちに、当然その三つの走法はすべて相手にしており、そのすべてが風神にやられてきた。風神はもう三つの走法の潰し方を分かっているのだ。
「君が今更ピッチ走法にしたところで……ピッチ走法を潰されるだけだ」
きっと数秒後には再び減速している。そう確信し、私は自分の走りに集ちゅ……いや、今は自分で走らせてすらくれないのだったか。
「……」
「…………」
「……プロミネンスサンが、減速しない!?」
おかしい、もうとっくに風神が走法を潰しにかかり、再びの減速をしてもおかしくないというのに、一向にプロミネンスサンが沈んでくる気配ない。
「バカな……なんという事だ……そんなことを君は可能にするなんて……」
前方のプロミネンスサンの走り方に注目すると、なんと彼女は数秒に一回、走法をランダムに変えていた。法則性は無く、見ている私にすら次が何の走法で走るのか予想できない。
そうか、走り方をランダムに変え続ければ、風神は対応できない。たとえ山勘で三つに一つが当たったとしても、すぐに走法を変えればまた風を作り直す必要性がある。
それを可能にする彼女のテクニック……そしてそのような不可能にも近い走法を指示するトレーナー……まさに最高のタッグと言える……やはり彼女ならばきっと……。
「いくよ風神!! ここからは私の時間だぁぁぁぁぁぁ!!!」