持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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作者「はたして私の書いているものはウマ娘なのでしょうか……今回の話を書いていてさらにその疑問が膨らみました」


第八十二話 風の神 そして 移籍

 

「……逃げれている、ちゃんと、あの風から……!」

 

 風神が放つ風から逃げるため、走りながら不規則に足を変え続ける。

 

 ストライド、ピッチ、ストライド、中間、ピッチ、ストライド、中間……。

 

 トレーナーさんから事前に教えられていたこの作戦は風神をしっかりと封じ込めているらしく、私の脚が前へと進む。

 

 これならきっと勝てる。私のこの武器はただの『技術』によるものであり、レベル1に過ぎない。けど超常現象を封じ込めるのには十分な奇策だ。

 変えろ、変え続けろ。走り方も、腕の振り方も、手前さえも。

 

 変え続ければ……。

 

「風を突き破れる!!」

 

「(信じられない……走り方を複数扱うなんて相当訓練しなければ使えない……しかも走り方を変える訓練なんて誰もするはずがないから、はっきりとした練習方法もない。サンのトレーナー……木村と言ったか、あの男……)」

 

 

「……これ以上、担当ウマ娘に悔しい思いをさせたくないですからね……最善の選択肢を取ったつもりですよ」

 

「え? なんのこと?」

 

「いいえ……気にしないでください、独り言です」

 

 

「(でも……走り方を変えて、風神はどのように風を創ればいいのか戸惑っている! これならきっと……風神を破れる!)」

 

「っ……思ったより対応が早いなぁ、もう風のパターンを覚えたの……」

 

 私が走り方を変えて風を抜ける武器を使っていると、風神は私の使える3パターンの走りに対応した風を練り始めた。どれだけ走り方を変えても脚が風に捕まり前に進むことが出来ない。

 

 

「まずいぞ! サンの野郎また風に捕まり始めた!」

 

「レースは中盤……そろそろ他のウマ娘達も各々の武器を使って上がってくる頃だよ……。尤も、風神がいる限りこのレースを支配するのはツインサイクロンだけど……」

 

「(サン……あなたならきっと……)」

 

 

「まだだ……こんなにすぐ対策を作られたんなら……まだ引っ張るぅ……!!」

 

 脚に絡みついた風をしっかりと感じながら、ひたすらに足を前に突き出し続ける。重い、まるで銃器を引っ張っているようだ。

 先ほどまでとは全く違う足の重さに苦しみながら走っていると、当然減速した私を捕まえるためにすべてのウマ娘達の圧力がこちらに向かってきた。まだ最終直線は先だと言うのに、なんとせっかちだろうか。

 

「(な……何をしている、プロミネンスサン)」

 

 私は先ほどまでのように全力で走ることをやめ、風神の作り出した風と自らの脚を密着させるように走り始めた。

 

「(血迷ったか……プロミネンスサン)」

 

「まだ、まだまだまだ! 私の武器はこんなもんじゃないよ!」

 

 息を整え、風神の風を()()()脚に纏う様にして走る。

 

「(もう、ダメか……)」

 

 そして地面に思い切り脚を叩きつけ……

 

「ここだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 思い切り芝を捲り上げるっ!! 

 

「(……なっ、サンが、加速している……!? なんで!? 風を受けているはずなのに……)」

 

「サンにはまだ二の矢を隠しておきました……たった一つの武器で風神を倒せるなどとは思っていませんから」

 

 やはりだ、トレーナーさんと何度も話し合った通りになった。

 

 私をあれほど邪魔していた風は、今私を前に進める追い風となってくれている。逆に私を減速させる向い風は無くなっている。なぜこのようになったのか、トリックは単純だ。

 

「シャインさん、泥の上を歩くとき、足の裏に泥が跳ねてしまう事ってありませんか?」

 

「確かに、あるね」

 

「あれって、歩くときに脚を上に向けすぎているから泥が跳ねるんですよ」

 

「……あっ!」

 

「その通り、なら風も、きっと流れを変えられるはず。逆に足を上に向けて走ることで」

 

 トレーナーさんがこの武器について思いついたのは、夏合宿の時にクライトと併走した時だと言う。クライトの元地方ウマ娘特有のダートの走り方を見て、このように風を捲り上げる走り方を思いついたそうだ。

 きっと見に来たシャイン達にもトレーナーさんが説明してくれているだろうが、こうやって地面を抉りあげるような走り方をすることによって、私の脚に密着した風は上に押し上げられる。上に押し上げられるどころか、スナップの効いた私の脚首に乗せられて風はそのまま私の脚裏にぶつかる。

 そうすることで、前から私を減速させる風と後ろから私を押し上げる風がぶつかり合い、風神の生み出した減速の風は消え失せる。

 

 トレーナーさんと話し合った時はあくまでも想像の域を出なかったが、まさか本当に成功するなんて思わなかった。

 

「これなら!! いくら風を作り出しても無効化できる!!! ようやく、あなたに勝つときが来た!! ツインサイクロンッッ!!」

 

「……素晴らしい、プロミネンスサン。完敗だ。私は君が勝てるとは思っていなかったが、それは撤回しよう。さぁ、私を倒してくれ……私が敗れれば、きっと風神だって負けを認めるはずだ!」

 

 レースはもう最終直線に差し掛かっている、このまま風神の風を封じて、私がローズステークスを制してやる!! 

 

『さぁ、レースは最終直線に入る!プロミネンスサンが先頭で走り続ける!ツインサイクロンはまだ来ないか!』

 

脚に風をまとい続け、私は加速し続ける。無敵に思えた風神の風が、まさかこのようなレベル1程度の武器で対策できるとは。

 

あとはこのまま、走り方を変えずにゴールするだけだ。

 

「くっ……」

 

私がゴールへ走り込もうとした瞬間、強い圧力に身体が押し戻された。何をされたのかは明白だ。なんと風神はあろうことか、私の全身に向かい風を作った。全身に風をまとってしまえば、泥はねならぬ風はねなど意味が無い。このままでは大幅に減速してしまう。

 

「でも!判断が遅かったね!もう今更減速しても私には追いつかない!それくらい離してる!!」

 

そう、私は逃げウマ娘。距離でアドバンテージを取ることによって、減速によって追いつかれる時間をある程度先延ばしすることができる。

 

「トレーナーさん!シャイン!クライト!ノース!見てて!!私は……勝――」

 

 

「……まさか、勝てないからとサンにここまでするなんて……私にも予想が出来なかった……」

 

「プロミネンスサンッ!!」

 

 なんだ、一瞬目の前が暗くなったと思ったら、今度はすごく首が痛い。

 なんなら今もまだ痛い。何をされたんだ……。

 

「(これ……風に首を絞められて……)」

 

 落ち着いて自分の首元を触ってみると、そこにはあまりの風速に塊のように私の首へ食い込んでいる風があった。三種類の走りを潰しても、また新たな武器で風を封じられたと思い、全身を風で包んでもサイクロンが追い付けないと判断し、最終的には私の首を絞めに来たと言うのか……? 

 

「(ダメ……酸素が……走れな……)」

 

 もう後ろからツインサイクロンが迫っているのが感覚で分かる。ツインサイクロンからしたらこうして首を絞められると言うのは想定内の武器だったのだろうか。きっとそうだろう、彼女は風神と今まで過ごしてきたのだ。相手に対してどれほどの対応をするかなど分かりきっているに違いない。

 

「サン!! プロミネンスサン!! すまない……まさか私もここまでするなんて……!!」

 

 何か聞こえる気がするが、酸欠の脳では言葉を処理できない。もう意識も薄れてきた。

 

「(ごめ……トレーナーさ……また……)」

 

 私の意識が途絶える瞬間、しっかりと私の中で何かが切れる音がした。

 

 

 

「(っっ!?)」

 

 プロミネンスサンの首が風神によって締められ、もはやこれ以上の競争は無理だろうと思っていた矢先、私に……いや、このローズステークス全体に異変が起きた。

 

 まず最初に、私の脚にまとわりついていた風が消えた。それどころか前を見ると、プロミネンスサンの首についていた風も、脚についていた風も消えている。

 

 そして周りを見ると、皆混乱しているのが分かった。私の後ろにいるウマ娘は、かつてキグナスにいたノースブリーズと言うウマ娘と同じ深呼吸を自らの武器にしていたようだが、大きな呼吸が出来なくなっている。そのちょっと横にいたウマ娘は、自分なりのステップを駆使してバ群を抜け出す予定だったようだが、なぜか脚がもつれてちゃんとしたステップが踏めていなかった。

 

 このローズステークスに出走しているウマ娘全員が、自分の武器を使えなくされている。

 

 これが誰の武器か、今の今までぶつかっていた私には分かる。

 

「プロミネンスサン……! 君はまさか……」

 

 プロミネンスサン以外にありえなかった。

 

 まさか風神に首を絞められてもなお走り続けているのかと思い前を見たが、既にプロミネンスサンにほぼ意識は無いようだった。

 だがその手足には幻覚のような炎が燃え盛っているのが見えた。観客はただよろめいたプロミネンスサンに驚いている様子から、私だけに見えているようだ。

 プロミネンスサンの脚は行動が本能的に植え付けられたかのようにしばらく走り続けたが、しばらくして本当に意識を失ったようで、これまた無意識下にコースを外れ地面へと倒れた。

 

「(でも……これは間違いなく彼女の……)」

 

『プ、プロミネンスサンが倒れた! プロミネンスサン転倒です! しかしレースはもう最終直線! プロミネンスサンの後ろにいたウマ娘達が走り込んでくる!』

 

『先頭はツインサイクロン! ツインサイクロン先頭でゴールインッッ!!』

 

 

 

「ねぇ、ルドルフ。最近気になってる子たちがいるみたいじゃない。あの先頭を走っている子?」

 

「……彼女達は、キグナスを打ち破る可能性を秘めた新星たちだ。あまり言葉にして認めたくはないが、トゥインクル・シリーズにおいてキグナスはトレセン学園で最強を誇るチームだ。そんなチームを今倒せるのは、今の世代で彼女達しかいない。かつてのトレセンを汚したキグナス……それを倒そうとするウマ娘が現れれば、私もレースが気になるさ」

 

「でも……なんだか心配って顔してるわよ」

 

「……君には私の本心を話そう。正直な話……スターインシャイン・プロミネンスサン・マックライトニング、この三人がいずれキグナスを倒したとして、またキグナスのようなウマ娘として走り出してしまわないかどうか、とても心配なんだ」

 

「ふふっ、それを止めるのが、あたし達先輩の仕事でしょ?」

 

「……感恩戴獲。それもそうだな……やはり君が友人でよかった、マルゼンスキー」

 

「(今の若い子たちは、あたし達の想像もつかないようなスキルを使うみたいね……)」

 

「我々も、ゆずりはのように、後を託す世代を守らなくてはな……」

 

「……どうやらあの子、まずい様子ね。行ってくるわ」

 

「私も行こう」

 

 

 

「っぅはっ……」

 

「サン!」

 

 目が覚めると、レース場の医務室だった。どうやら私はレース中に気を失い、失格になったようだ。気絶した原因は当然、風神の妨害による酸欠だ。

 

 他者からの妨害、と言う事でURAに訴えようと考える人もいるかもしれないが、私が気絶した理由は風神という超常現象によるものだ。ツインサイクロンからの妨害があった証明のしようが無い。

 

 医務室にはトレーナーさん、シャインやクライトも来てくれていて、皆とても心配そうな顔をして私のベッドを囲んでいた。

 

「トレーナーさん……」

 

「言わなくても分かってますよ、見てましたから」

 

「私達も説明されたよ、災難だったね、サン……」

 

「いよいよ勝負事の域をはみ出てきた感じだな」

 

 首元を触ると、未だレース中のあの感覚が鮮明に思い出される。とうとう勝てると思っていたのに、目の前で勝利を奪われた私は、確かに少しの怒りを感じていた。

 一生懸命練習し、風神の風を封じる武器も見つけたのに、最後の最後にはズルをされるなんて。

 

「……泣かないでください、サン。また秋華賞に向けて、考えましょう」

 

「……泣いてない……」

 

「……」

 

「泣かない……ツインサイクロンに勝つまでは、泣かない……!!」

 

 口の中が痛い、どうやら唇を噛んでいたようだ。

 温厚というかおてんばというか、自分でもそういう性格だと思っていたのに、今の私はツインサイクロンに向ける熱い闘争心を抱いていた。倒したい……神を……!! 

 

「どうやら、意識は戻ったみたいだな」

 

「会長さん!? えマルゼンスキーさんも!?」

 

「おっは~★……って時間でもないわね」

 

「そうですサン、シンボリルドルフさんとマルゼンスキーさんがサンを運ぶのを手伝ってくれたんですよ、いくら私でも人一人運んで走るのは厳しくて……。お二方、本当に助かりました」

 

「礼なら先ほど受け取ったさ、木村トレーナー」

 

 なんとあの生徒会長さんに加え、レジェンド中のレジェンド逃げウマ娘、スーパーカーの異名を持つマルゼンスキーさんに運ばれてしまうなんて……。もう少し早く意識が目覚めなかった自分に腹が立つ。

 

 高ぶる気持ちを押さえながらも、憧れのマルゼンスキーさんと会話をする。まるでレースを失格になってしまった事を忘れたかのように会話してしまっているが、周りの人は特に気にしていないようだ。まぁ、私も気にしていないし、そこらへんは分かってくれているのだろうか。

 

「……領域の可能性があるな」

 

「え?」

 

「いいや、なんでもない」

 

 微かに会長さんから聞こえた言葉、領域……? 何のことだろうか。

 

「シンボリルドルフさん」

 

「……目覚める時を待つ、私達はそれを見守るしかできない」

 

「……」

 

 シャインが会長さんに何かを訴えようとしていたが、ゆったりと止められている。一体何を話しているのだろうと思い二人に聞いたが、依然として二人は答えてくれなかった。

 

「さて……そろそろ帰りましょうか、サン」

 

「……そうだね」

 

 私が2人の話していた内容に興味をひかれていると、トレーナーさんにそう諭された。時間を見るともうそろそろレース場も閉まるような時間が迫ってきており、いくらレース関係者でもいてはならないであろうと危機を感じ、トレーナーさんについて行った。

 

 秋華賞で……秋華賞で必ず倒してやる……! 

 私のメンタルは負けてない……! 

 

「……グスッ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「こんなところにいたのか、シャイン」

 

「暗い時間にどうしたの、トレーナーさん」

 

「これはそっちのセリフだ」

 

「……逆じゃね?」

 

「……あ」

 

 サンと共にトレセン学園に戻り、噴水のある広場で一人寮を抜け出したのがバレないように夜風を浴びていると、たまたま通りかかったのであろうトレーナーさんに声をかけられた。

 今日ここで夜風を浴びていたのは単純な理由だ。

 今日のローズステークスで失格になったサンの体調が心配なのもそうだし、明日出走するセントライト記念で戦うヴェノムとの決着が不安だからだ。

 

「結局、デルタリボルバーは神戸新聞杯だったか」

 

「まさかの出走だったね」

 

 すこし前、キグナスからデルタリボルバーの神戸新聞杯への出走をほのめかすような発言がメディアにされた。あくまでほのめかすような発言であり、それが神戸新聞杯への出走を確定づける物ではなかったため、きっとセントライト記念へ来ると思っていたが、思い違いだったようだ。

 あの発言が私達をおびき出す餌だったのか、今はわからない。とにかくレースが被らなかった。それが現状だ。

 

「逆に考えれば、ヴェノムストライカとの決着に集中できるんじゃないか?」

 

「それもそうだね」

 

「……」

 

「……」

 

 私たちの間に、静寂が流れた。決して気まずくは無い、二人で夜空を見上げ、明日への不安を忘れるというのは現実逃避にも近かったが、あまりにも魅力的な空に私たちは意識を奪われていた。

 

「私の名前にある『スター』、私もあの星みたいに輝けてるかな」

 

「ああ、間違いなくお前は希望の新星だ。このトレセン学園に流れ落ちた『流星』」

 

「セントライト記念を乗り越えて、菊花賞を勝てば二冠なんだよね……」

 

「そうだな……」

 

「誰にも越えられない記録……じゃないよね。三冠ウマ娘はもういるし」

 

「……そうだな……」

 

 顔を見なくてもトレーナーさんが悔しそうな表情を浮かべているのが分かる。私だって悔しい。

 

「そういえば、何かと私達夜空を見るよね」

 

「確かに、観覧車の時もそうだったか?」

 

「そうだねこのニブトレーナー」

 

「にぶ……は?」

 

 未だによく分かっていないトレーナーさんをハリセンでぶっ叩こうか迷ったが、やめておいた。

 今の不安な気持ちの状態でハリセンを気持ちよく振り回せる気がしない。

 

「見せてやる……ここから、私の伝説を……!」

 

「そうだな……行くぞ、セントライト記念!」

 

 トレーナーさんにぽつりとそう言うと、その言葉に共鳴するかのようにトレーナーさんも気合を込める動作をしてくれた。その共鳴に共鳴し返し、私も拳を上に上げ、トレーナーさんとアイコンタクトをして同時に声を上げた。

 

「「おうっ!!」」

 

「そこ! 何をしている!」

 

「「あっ……」」

 

 

 

「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……」

 

 なんだ……なんだあいつラ……。寮抜け出して散歩してたら急に追ってきやがっテ……。

 

 それに足の速さも尋常じゃねェ……俺が全力疾走してるのに全く距離を離せなイ……。

 

「そこまでだ、ヴェノムストライカ」

 

「うげっ……挟み撃ちかヨ」

 

 曲がり角を抜けようとしたところで、出てきた男に俺の走りは止められタ。こいつは……確か一度トレーナーに聞いたことがあル。今トレセン学園で最強を誇っているチームのトレーナー、氷野とかいう男ダ。

 

「……後は任せるよ、トレーナー君」

 

「助かる、キングス」

 

「……確かキグナスだナ? 俺に何の用ダ」

 

 俺の後ろに立っていたウマ娘は未だ警戒態勢を解いていなイ、このまま走り去ろうとしても捕まるのがオチだろウ。諦めて俺は対話を試みル。

 

「キグナスに入る気はないか? ヴェノムストライカ」

 

「……スカウト、なのカ? だとしたら遅すぎだナ、そりゃ去年の初めにやるこっタ」

 

「移籍と言うべきだな」

 

「俺のトレーナーに許可は取ったのカ?」

 

「まず最初に君の意思を聞きたい」

 

 一歩も引かなイ、長年最強のチームを経営しているからこその余裕だろうカ。今まで先公にも誰にも臆してこなかった俺が、自分でも自覚するくらいに怯えていル。

 

 でも、今更トレーナーを裏切るつもりはねェ、答えは決まっていル! 

 

「……断ル」

 

「……そうか、俺の予想とは違う回答だな……」

 

 俺が一言断る意思を伝えると、意外にもあっさりと氷野は退いタ。後ろにいたキングスとか言うウマ娘もいつの間にかいなくなっていル、一体、なんだったんダ……。

 

「……」

 

 

「レシート大丈夫でス。どモ」

 

 氷野と対話したあの後、どうにも散歩する気になれなかった。結局近くのコンビニで夜食だけ買って帰ることにしたのだが、どうにも胸騒ぎが凄い。

 

 ……

 

 電話だ。スマホを取り出して画面を見ると、電話をかけてきた相手はトレーナーだった。

 

「もしもシ? トレーナー、こんな時間にどうしタ?」

 

「……やれやれ……。ヴェノム、明日のセントライト記念、作戦変更だよ」

 

「変更? だけど俺に最適な作戦を選んだはずだゼ?」

 

「……私がいなくてもアンタが走れるようにね」

 

「ん? 何か言ったカ?」

 

「ううん、なんでもないよ。寮抜け出したことはフジキセキに報告しといたからよろしくやりな」

 

「ハ!? おいコラ何しやがル!! ……って切りやがったヨ。チクショー、めんどくセ」

 

 電話を切る前、トレーナーが最後に言っていたこと、ノイズが大きくて聞こえなかったが、一体なんだろうカ。

 でも、トレーナーに何もないようでよかっタ。もしあんたがいなくなったら俺ハ……。

 

 

 

「……やれやれ、ヴェノム。馬鹿な事して……キグナスに行けばもっと強くなれたでしょうに……。それでも私を選んでくれたのは、うれしいね」

 

 暗い部屋でヴェノムにかけた電話を頭の中でリプレイしながら、ゆっくりと覚悟を決める。

 

「……今になって、移籍届を書くことになるなんてね」

 

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