持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話   作:りのちゃん

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作者「外痔核を切除したのですが、非常に痛くてやばいです」


第八十七話 クライト、悩みの巡回

 

「クライトの脚を蝕んでいくって……どういう事ですか!?」

 

「私達も一瞬、マックライトニングのあの武器は領域のように感じた。しかしレース中のマックライトニングから感じたのは領域のそれじゃあなかった。あれは彼女()()の武器だ、スターインシャインの使う武器のようにね」

 

「じゃ、じゃあ、あの武器を使い続けたらクライトは……蝕まれていくその終着点はいったいどこに……」

 

「あの武器を使い続ければ……いずれもう二度と、彼女は脚が動かせなくなるだろう」

 

 宝塚記念でクライトが勝ったのを喜んでいるのもつかの間、生徒会長に呼び出された俺に突き付けられたのは無情な現実だった。

 

「クライトが……脚を動かせなくなる……? いずれ……?」

 

「そうだ……彼女のあの武器は、領域のように不明確な部分が多い、そのため私達にもわからない部分は多いが……あの武器は自らの脚を生贄にして力を手に入れているように見えた……だから、絶対に彼女にあの武器を使わせてはならない」

 

 見えた、というまるで分かっていないような言い方をする生徒会長に、最初は噛みつこうと思った。クライトの武器の正体が分かってもいないくせにそのように驚く発言をするなと言おうと思った。しかし相手はあの生徒会長、何人、何百人とウマ娘を見てきたあの生徒会長がクライトの武器について指摘してきたのだ。

 

 自らの脚を生贄にして力を手に入れている『ように見えた』

 

 と言っても、恐らくその的中率は9割方なのだろう。

 

「わかり……ました……」

 

「……すまない、私も全力で彼女を走らせてやりたい。しかし、脚が動かせなくなる未来が見え切っていると言うのにそのままにするわけにはいかなかった……。そうだ、私の知っている良い病院を紹介しよう、そこならきっと──」

 

 

「……もう、行ってしまったか……」

 

 

 

「ねぇクライト、私がタルタロスに行ったとき、つか私をタルタロスから助け出そうとしたとき、ボイスレコーダーを原田から取ったじゃん」

 

「ん? あぁあったなそんなの」

 

 昼下がり、スタ公と食堂で昼飯を食べていると、藪から棒にそう確認してきた。一体なんだろうか。

 

「あの時、レコーダーに入ってる私の音声、聞いた?」

 

「あぁ~、あの甘っっったるい観覧車の音声か」

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

「ここ食堂だから叫ぶなバカスタ」

 

 タルタロスから橋田の奴がボイスレコーダーを手に入れた時、当然その中に入っていた音声は俺達スタ公に関わる人物は聞いている。スタ公はそのことを知らないようだが……あまり言わない方が良いだろう。

 中に入っていた橋田とスタ公の甘ったるい会話は、俺にとって恥ずかしくすごく聞けたものではなかったが、すこしだけ恋愛している二人に憧れる。……俺はトレ公にそんな感情があるのだろうか。

 

 わからない、でも感謝しているのは当然だ。地方から俺を引き上げてくれたトレ公には絶対感謝しないといけないし、義務的に感謝するまでもなく俺の思考は感謝一色だ。

 

 でも、俺がトレ公にそんな感情を抱いているのだろうか……。

 

「クライト、どうしたの?」

 

「ん?」

 

「いや、脚押さえてるから」

 

「あぁ、これな、なんか最近ちょっとズキズキするんだよ」

 

「大丈夫? 一応病院行ってみたら?」

 

「気にすんなって、大した痛みじゃないんだから」

 

「そう……」

 

 

「……サン、お前、木村のことどう思ってる」

 

「え? 普通にトレーナーさんだよ? ってかクライト私ピンポイント狙いで甲羅投げないで!!」

 

「恋愛感情とかあるか? ……あ、甲羅もう一丁」

 

「……う~ん、ないかも。もう私の中でトレーナーさんとはコンビってイメージがついてるかな。だから特に恋愛感情とかは無いと思うよ。もっともっと勝ってトレーナーさんを有名にしないと。だから私しか狙ってないじゃん!」

 

 いつかの時に来たゲームセンターにて、俺は自分のトレ公に対する感情の答えを探していた。

 昼にシャインに気付かされたように、俺はトレ公に感謝の気持ちを抱いている。だがそれ以上に何かの感情を持っている気がする。しかしそれをうまく言語化することができないのだ。これが恋愛感情なのか、はたまた別の感情なのか、答えが出てこない。

 

 そこでシャインとは一度別れ、誰よりも自分の気持ちを包み隠さずストレートに伝えてくるサンを呼び寄せてそれとなくトレーナーに対しての感情について質問してみたのだが……。

 帰ってきた答えは単純。やっぱりサンはトレーナーに対してまっすぐな尊敬の念だったりを持ち合わせていた。羨ましい。

 

「だぁあああ! クライトレースゲームうんまぁ! ちょっとぉ! 次は太鼓で勝負! 太鼓の時間!」

 

「自分の得意分野に引きずり込むなバカ」

 

 

「ノース、ランス。オメーらトレーナーのことどう思ってる」

 

「どう思ってる……?」

 

「森田さんの事を?」

 

 サンとゲームセンターで別れた後、街をぶらついていたらノースランスのコンビに出くわした。そう言えばこいつらも新しいチームであるアルビレオのトレーナーについてどう思っているのか気になったため、近くのカフェに誘ってから聞いてみた。

 

 しかし二人は森田トレーナーへの気持ちがイマイチこれと言って出てこないようで、しばらくうんうんと悩んでいた。

 

「そうね、私はキグナスから追放されていたところを拾ってくれた森田トレーナーには感謝しているわよ」

 

「私もだな」

 

「その……恋愛感情とか抱いたりするのかよ」

 

「ないわね」

「ないな」

 

「そ……そうか……」

 

 トレーナーへの感謝の気持ちに、恋愛感情が含まれるのかという旨を聞いてみたが、即答でそう帰ってきてしまい少したじろいでしまった。やはり担当ウマ娘がトレーナーに恋愛感情を抱くなど少ない事例なのだと実感する。

 しかし、収穫はあった。ノースランスが『トレーナーに感謝』の気持ちを抱いておきながら、恋愛感情が含まれていないと言うのなら、俺の感謝の気持ちにだって恋愛感情が含まれていない可能性が大いにある。

 

「私達担当ウマ娘がレースで勝てば、トレーナーの評価だって上がる。そのためにもクライト、あなたには負けてられないわね」

 

「そうだな。お前らもがんばれよ」

 

「スターインシャインにもよろしく伝えておいてくれ」

 

「おう」

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……階段登るのもきつくなったな……歳か?」

 

「クライトお姉ちゃん……まだ学生だよ……? はい、水」

 

「さんきゅ……シャイニング……。 つかお前、一応所属キグナスなんだよな? 俺から誘っておいてあれなんだが……俺達と関わってていいのかよ」

 

「大丈夫大丈夫! 特段悪いことしてるわけじゃないもん!」

 

「ふ……それもそうだな」

 

 カフェで軽食を楽しんだ後は、神社に向かってみた。するとシャイニングランがめちゃくちゃ長い階段を滝登りのように登る自主トレーニングをしている最中だった。階段を独占していると言うわけでもなく、ちゃんと登りたい人を見かけては退いていた。

 

 以前スタ公に倒され、リベンジするべくトレーニングを続けているらしい。確かに俺もスタ公に勝てた覚えがない。あいつが橋田と出会う前? くらいの模擬レースが懐かしいな。

 

 スタ公に負けてもなおキグナスに所属し続け、活躍しているシャイニングラン。あのノースやランスを即追放した氷野にしては珍しいが、一体そこにどのような意図が含まれているのかはわからない。確かノースたちが追放された理由については『弾圧行為を行ったから』とノースの口からきいたが、弾圧行為など今のキグナスが行っていることではないのだろうか。

 

 ……あぶね、聞きたいことを忘れるところだった。

 

「シャイニング……オメ、トレーナーのことどう思ってるんだ? っていうか、どうしてまだ氷野になつくんだ? あっ……」

 

 しまった、あくまでも氷野の事を慕ってるであろうシャイニングの前で、すごく嫌な気持ちにさせるような言い方をしてしまったと思いとっさに口を押えるが、シャイニングは気にしていないようだった。

 

「大丈夫大丈夫、そう言いたい気持ちはわかるから!」

 

「そうか、すまん……」

 

「私のトレーナーさんに対しての気持ちかぁ……、やっぱり尊敬してるし、大好きなトレーナーさんだよ? キグナスの方針はともかくね! あ、これはシーッ! ねっ」

 

「分かってるよ。ちなみにシャイニング、その『大好き』っていうのは?」

 

 今日少なくとも四人に聞いている質問を、同じようにシャイニングにも行う。その中に出てきた『大好き』という単語は、今俺が探しているものだった。

 キグナスの方針をあまりよく思っていないことを口外しないでくれ、というシャイニングのお願いを承諾しつつ、俺は続けてそう質問した。

 

「大好きは、大好きだよ!」

 

「恋愛的な好きなのか?」

 

「うん! そりゃあ……他のウマ娘を消すなんてことはしてほしくないけど……すごくかっこいいし……優しいし……」

 

 身内には優しいのか……。

 

 それにしても驚いた、シャイニングの好きと言う感情には、恋愛的な意味が含まれていると言うではないか。それならば氷野にアタックなどはしているのだろうか。

 さらに続けてそれについて質問してみたが、帰ってきたのは意外な返答だった。

 

「ううん! まったくアタックはしてないよ!」

 

「え? なんでだ!? 好きなのに」

 

「だって、トレーナーさんはチームを率いるトレーナーさんだよ。私だけが独り占めは出来ないもん。それでなくたって、私が成長してこの学園を卒業するくらいになったら、また別の子が担当になるんだよ。私がそう言う立場にいたら、きっとトレーナーさんはお仕事に集中できなくなっちゃう。わたしはあまりトレーナーさんの邪魔をしたくないな」

 

「そういうものなの……か?」

 

「う~ん、私がおかしいだけ、かな? きっと他の子は素直にアタックするんじゃないかな? 自分の好きな人だからこそ、その人には輝いていてほしい。ならアタックなんてしてる暇ない、自分が現役の内にたくさん勝って、トレーナーさんの知名度をもっと上げなきゃ!」

 

 好きな人に輝いていてほしい、か。確かに俺もそうかもしれない。

 

 トレ公には……もっと有名になってほしい、もっと輝いて欲しい。地方で落ちぶれていた俺をここまで成長させてくれた腕を持っているトレ公をもっと有名にしたい。

 

 そのためなら、もっともっとつらいことだって乗り越えられる気がする。

 

「よし! サンキューな、シャイニング!!」

 

「えへへ、じゃあ今年のハロウィンは私にお菓子頂戴ね?」

 

 

「はぁ……みんなちゃんと自分なりの関わり方してんだな……」

 

 すっかり太陽が沈み、真っ暗になったトレセン学園でベンチに座りひとり呟く。今日一日色んなところを巡り、いろんな奴のトレーナーに対する気持ちを聞いて、皆多種多様な関わり方、されどしっかりとした芯がある関わり方をしているのだと思った。

 

 それに比べて俺は……昨日トレ公から言われた、たった一言で落ち込んでいる。

 

「俺も、自分の気持ちに白黒つけなくちゃな……」

 

 俺のこのトレ公への気持ちが、恋愛に傾いているのか、それともただの何気ない尊敬の気持ちの塊なのか。

 

「そろそろ寝るか! うだうだ悩んでるのは俺のキャラじゃない。神戸新聞杯でしっかり勝って、トレ公にいいところ見せないとな!!」

 

 そう思い、ベンチを立ち上がった時。

 

「いっ……」

 

 この前から俺の脚に走る痛みがまた来た。もういつからこの痛みがあるのかはわからないが、気付いたらまるで持病のようにこんな痛みが走るようになった。一体何故……? 

 

 しばらく痛みに悶えしゃがみ込んでいたが、時間が経つと痛みは一時的に引いて行った。しかしまた間を開けて痛みは襲ってくるのだろう。

 

 もしレース中にこの痛みが襲ってきたとしたら……。

 

 あまりそう言う事は考えない様にしよう。

 

 そうだ、神戸新聞杯では領域を使えば勝てるはずだ。当然それに頼り切って負けるなんて失態も犯さない。俺はきっと勝てるはずだ。

 

「なぁ……? トレ公、俺たちは、地方からのし上がって、中央に名を轟かせるんだったよな……スタミナイーターだって、大分感覚分かってきたんだぜ」

 

 寮に帰る途中、俺の脚に鎖がついているような感覚がしたのは気のせいではないはずだ。しかし俺はそれを見たくなかった。見てしまったら、恐怖に呑まれる気がしたから。助けてくれよ、トレ公。どうして昨日、領域を使っちゃダメなんて言ったんだよ……。なぁ……。トレ公……──

 

「すまねぇ……トレ公……なんか怖ぇよ俺……自分の脚がいつか使い物にならなくなるんじゃないかって不安がいっぱいで、怖ぇ」

 

 しかしその場には俺しかいない、当然返事など返っては来なかった。

 

「トレ公に、打ち明けてみるか」

 

 

 

「先生、クライトの脚は?」

 

「厳しいでしょうね、相変わらずルドルフさんの言う通り彼女の脚を細かく見ていますが、やはり足の状態は悪いです。午前中の時点でかなりダメージを受けています」

 

 思わず唇を噛んでしまう。明日はクライトの神戸新聞杯があると言うのに、未だにクライトの脚は良くならない。いや、領域……あの領域もどきを使わなければよい話なのだが、クライトがそれをおとなしく聞き入れるとは思えない。せめてクライトの脚が領域もどきを使えるくらいまでに回復してくれれば、神戸新聞杯の一回だけは許そうと思ったのに……。

 

 シンボリルドルフの紹介で出会った腕の良い医者に話を聞いて、俺は病院の外にある寂れたイスに座る。

 

 俺は、どうすればいい……。

 

 このままでは、クライトの脚が……。しかし武器を使わなければデルタリボルバーに打ち抜かれる……。

 

 担当の為に負けを取るか……自らの栄誉の為に勝ちを取り担当を見捨てるか……。

 

 バカか、そんなの決まってるだろ。前者に決まっている。もし俺が後者を取ればきっとクライトは、二度と立ち直れなくなる。俺は原田と同じく担当を見捨てたトレーナーになる。そんなのはごめんだ。

 

 でも、もし負けたら、負けず嫌いな性格のクライトは悔しがるはずだ……。

 

「クソッ……クライト……クライトォッ……。俺は一体、どうすればいいんだ……お前のために何かしてやりたいのに……力不足でごめんよ、クライト……うっ……くっ……」

 

 もはや周りの視線なんて気にならないくらい、久しぶりに大泣きした。

 

「トレ公?」

 

 その声が聞こえ、俺は思いっきり顔を上げた。多分相当ひどい顔をしていたのだろう。目の前にいつの間にか立っていたクライトは、俺のことを心配そうに見ていた。

 

「俺の事を強くできないのかよ、俺に嘘ついてたのかよ」

 

「……すまない」

 

 俯いてクライトにそう謝罪する、しかし返事は返ってこない。不自然に思って顔を上げてみると、そこにクライトはいなかった。

 

 幻覚だったのか……。

 

「こんなんじゃ、ダメだよな。今一度、あいつにちゃんと向き合おう」

 

 震える手を押さえ、俺はクライトに最大限不安を与えないよう領域の事を伝える文章を考えるため、トレーナー寮へと戻った。

 

 

 

「なぁトレ公……今日、やっぱりあの武器使っちゃダメなのか? ……俺の脚が蝕まれるから」

 

「あぁ……」

 

 レース場の控室で、クライトが弱弱しそうにそう聞いてくる。こんなに弱弱しいクライトの声は、実に久しぶりに聞いた、そのような気持ちにさせてしまっているなら、俺はトレーナー失格だ。

 

 神戸新聞杯の朝、俺はクライトにシンボリルドルフから聞いたことのすべてを話した。そこからレース場に向かうまでクライトは落ち込んでいて、今もそう、という状態だ。

 

「今思えば……だから、だからあのレストランに行ったとき、怒ったのか」

 

「あぁ、何も言わずに怒ってしまったのは本当に良くなかったと思う。すまん」

 

「……まぁ、しばらく時間が経って落ち着いたからよ、俺も納得した。分かったよ、もうあの武器を使うのはやめる」

 

「……分かってくれてよかったよ」

 

 トレセン学園の方で打ち明けた時にはすごいショックを受けているようだったが、レース場に向かうまでの道のりでクライトは納得してくれたようだった。しかし、相変わらず自分の武器が使えなくなったと言う事に対する衝撃は大きいようだった。

 

「もうすぐ神戸新聞杯か、俺達も準備しよう、スタミナイーターの感覚は忘れてないな?」

 

「ばっちりだ。まさか本当に数日で仕込めるとは思ってなかったけどな」

 

 クライトにここ数日教え込んでいた武器の確認をすると、問題なく元気よく返事をしてくれた。スタミナイーターの熟練度こそないものの、クライト自身も実感するほど武器として仕上がっているようだ。

 

 デルタリボルバーを倒すためには、あの膨大なスタミナを削らなければならない。三つの心臓を持つと言われる彼女のスタミナを、スタミナイーターでどれだけ削れるかがこの勝負の肝だ……。

 

 またスタミナイーターは、その武器の特性上自分より後ろにいるウマ娘には効果を発揮しない。そのためクライトはシャインちゃんと同じ追込寄りの走りを求められるわけだが、クライトはこれまで差しを専門に走ってきた。『差し追込み』とひとくくりにされるほどだから差しも追い込みも同じに思うかもしれないが、それはあくまでも位置の話であり、走っているウマ娘本人からしてみると差しと追込は天と地ほどの差がある。

 

 恐らく先のセントライト記念でもシャインちゃんが陥っていた現象なのだが、ウマ娘は自分の得意な位置で走らない場合、武器の使用タイミングが分からなくなる場合がある。そのため差しを専門に走っているクライトはもしかしたらスタミナイーターの発動タイミングを見極めあぐねる可能性がある。

 

 どうか、クライトがタイミングを見極められればいいが……。

 

「それじゃ、パドックの方行ってくるぜ、トレ公」

 

「おう」

 

 体操服をしっかりと着て、ゼッケンも締め直すとクライトは控室を出て行こうとした。俺もそれを見送ろうとしたのだが……。

 

「待て、クライト」

 

「……?」

 

 何か、何かクライトの動きが不自然と言うか、何か不安になる感じがして、思わず呼び止めてしまった。

 

 何故俺はこんなにも不安な気持ちになるのだろうか。まるでここでクライトを見送ったら、もう二度と会えなくなってしまうような感じ。

 

「……変な事は考えるなよ」

 

「……わぁってるよ」

 

 俺は心臓の警鐘を無視して、クライトをそのまま見送った。

 

 

 

「……」

 

 パドックのエリアへ向かう地下通路を歩きながら、俺は考え事をする。と言うより、過去を思い出す。

 

 トレ公と出会ってから、何度も何度もスカウトされたあの日常。トレーニングをしている最中のトレ公の表情。スタ公と出会って、サンと出会って、キグナスとやりあったあの日常。

 

 すべてがフラッシュバックしてきた。それが今俺は、自分の最大限の力を封じられ、デルタリボルバーに確実な敗北を喫することを約束されている。このレースで負けて自信を失った俺は、その後も領域もどきを使わずしてレースに勝つことができるだろうか。分からない。

 

「トレ公……」

 

 俺の足首に見える鎖の幻覚は、ジャラジャラと金属音を鳴らしていた。これをレース中断ち切れば、俺は再び領域にも勝るような状態になる。しかし使えば俺の脚は……。

 

 再び牙を剥いた足の痛みに顔をしかめながら、俺はパドックへと向かった。

 

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